ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

テレビでドキュメントを見るのが好き!
1回見ただけでは忘れてしまいそうなので、ここにメモします。
地球環境を改善し、自然に感謝する心を皆で共有してゆきたいです。
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聖書の掟で知るキリスト教の世界2 セックス

聖書は、史上まれに見るベストセラーである。
この聖なる書物には2000近い規律や掟が記されている。
それは神の掟だけでなく、人間が作り従った決まりでもあった。
特にセックスに関する決まりである。

紀元前7世紀ごろの聖都エルサレム、そこに驚くべき聖書の掟の1つを見出すことができる。
IF TWO MEN ARE STRUGGLING,AND THE WIFE OF ONE COMES NEAR TO DELIVER HER HUSBAND FROM THE ONE WHO IS STRIKING HIM AND SEIZEZ HIS GENITALS,THEN YOU SHALL CUT OFF HER HAND;YOU SHALL NOT SHOW PITY.
[DEUTERONOMY(申命記) 25:11~12]
(妻が夫を救おうとして相手の急所をつかんだら、手を切り落とすこと 憐みはいらない)
この掟には重要な事柄が書かれている。
争う2人の男、止めに入る妻、つかんだ急所、3000年前の喧嘩の一場面である。
これがなぜ聖書にあるのか。
実際に起きたと仮定しよう。
妻が夫を守ろうとするのは自然なことだろう。
それともこれが、古代の人々には異様に思えたのか。

この掟を読み解くため、はっきりしている部分から検証しよう。
まず男性の急所である。
なぜ女性が狙おうとすると問題になったのだろうか。
その手掛かりは石器時代から続く風習にあるようだ。
男性器崇拝である。
古代世界では、エジプトからインドまで、男も女も男性器を崇拝した。
男根像はギリシャ語でファルスという。

ペニスには悪魔から守る聖なる力があり、神のペニスほど聖なるものはない。
そうギリシャ人は信じていた。
柱にヘルメス神の頭をのせたヘルメス柱像は、中央部にペニスがあった。
守り神として道端に置かれていた。
現代ギリシャの街ティルナコスでは、毎年男性器崇拝のお祭りが行われている。

古代の男性器崇拝は、この聖書の掟の重要性を裏付けているのだろうか?
もし神聖なものなら、生死にかかわる戦いでも、触れてはいけないはずである。
ただその掟は、夫がけんか相手の急所を攻撃することは講じていない。
つまり何をつかんだかより、誰がつかんだかを重視しているといえる。
聖書は、女性は許されないと言っている。

その証拠の1つが、現在パリのルーブル美術館に展示されている。
高さが2mを超える黒い石柱には、古代バビロニアの法律、ハンムラビ法典が刻み込まれている。
本店に282条ある法律が聖書の掟に影響を与えたと考えられている。
女性に関する法律は、掟に厳しさを裏付けているのだろうか?
法典によると女性は父親または夫の所有物で、特にセックスについてはそう明言している。
女性は男性以下で、レイプされたら石打の刑に処された。
当時女性には何の権利もなかった。
男性が女性を殺したいと思えば殺すことができ、男性は責任を負うこともなかった。

ハンムラビ法典は古代エジプトからペルシャに至るまで、社会の法制度を形作った。
その影響力を考えると、女性が男性の局部を狙えば厳罰は免れないだろう。
女性が男性器をつかむと、それは男性の誇りに対する攻撃を意味した。
こうした理由のために聖書の掟がよくある喧嘩に言及したかについては定かではない。
旧約聖書も、新約聖書にも、このような話も、また男性の急所を狙って手を失う女性も出てこない。
しかしメッセージは異なるが男性器は聖書の他の掟にも登場する。

(睾丸をつぶされた者 陰茎を切断された者は、主の会衆に加わることはできない。)
局部を損傷している男は聖なる神殿に入れないのである。
男性の局部を攻撃した女性が厳しい罰を受ける。
それは男性が神殿に入れなくなるからだろうか?

3000年前以上のインド、聖なる文書リグヴェーダが編纂され、男性に降りかかるという呪いが書かれたとされる。
4000年以上前のインドでは、生殖能力がない男性は、宦官と呼ばれていた。
どんな人物で、何をしていたのだろう?
当時のインドでは、異性愛ではない性的思考を持つ男性は、麻袋に入れられて宦官が住む地区に運ばれた。
そこには虚勢をした男性も、虚勢せず強い同性愛の思考を持つ男性もいた。
宦官の中には奴隷から兵士になった者もいた。
マリク・カーフールである。
1300年頃北インドのスルタンに仕えていたカーフールは、素早く出征して軍事指導者になり、モンゴル軍を破り南インドの大半を征服した。

聖書にも権力を持つ宦官階級が登場する。
列王記のアハブとイザベルだ。
紀元前9世紀、イスラエルの北王国にはアハブ王がいて、妻はイゼベルといった。
2人は別荘を持っていたが、アハブは隣のブドウ畑が欲しいと思うあまり、床に伏してしまった。
そこでイゼベルが自ら事に当たる。
彼女はブドウ畑の所有者に、神への冒涜と王への反逆の罪をでっち上げる。
すると街の人々はイゼベルの言う通り、所有者を石打の刑にして死なせた。
その後すぐ預言者エリアがイゼベルに言った。
あなたは罰を受ける あなたの体は犬の群れの餌食になり、血は通りで踏みつけられるだろう。
宦官たちはイゼベルを宮殿の窓から投げ出し、その予言通りとなった。

しかしこの掟が述べているのは宦官ではなく、神聖なものについてのイスラエル人の考え方かもしれない。
男性の生殖器は、誰が仲間で、誰が違うかを知る1つの方法だった。
聖書の掟、それは古代世界への新たな扉を開ける。

セックスは楽しいだけのものではないという。
セックスは何度も聖書に出てくるため、英語では「聖書のようなことをしよう」というスラングも生まれた。
意味は「セックスをしよう」である。
そして聖書の数多くの掟の中には男性の生殖器について述べているものもある。
なぜ聖職者たちは男性の睾丸がつぶれているかどうかを気にしたのだろう。

古代世界では身体的な特徴で部族を見分けることが多かった。
厳しいようだが、無傷の睾丸を持つ男は認められ、つぶれていれば認められなかった。
身体的な特徴で部族を見分けていたのは、古代ヘブライ人だけではない。
聖書の時代では、独自の特徴を生み出した。
例えばピアスである。
ペルシャ兵は小さな輪を、アステカ族はリップリングを、そしてローマ兵は乳首にピアスをつけた。

古代の男性の身体的特徴が重要なら、この聖書の掟は理解できる。
男性器の状態で、その人が誰で、どの部族かが分かるからである。
WHEN A MAN HAS TAKEN A NEW WIFE,HE SHALL NOT GO OUT TO WAR,NEITHER SHALL HE BE CHARGED WITH ANY BUSINESS;BUT HE SHALL BE FREE AT HOME ONE YEAR;AND SHALL CHEER UP HIS WIFE WHICH HE HAS TAKEN.
[DEUTERONOMY 24:5]
(人が新妻をめとったならば兵役に服さず公務も課せられず1年間はすべてを免除され妻を喜ばせねばならない)
2000年以上前にこの掟が書かれたころ、結婚しても確かなものは何もなかった。
当時は恐ろしい伝染病がはびこり、栄養状態もかなり悪かった。
早死にや戦士はもちろんのこと、出産時に死ぬこともよくあった。
乳幼児の死亡率が極めて高く、2人のうち1人が2歳まで生きられなかった。
女性の死亡率も高く、比較的若い時に亡くなっていた。
2世紀にアントニヌスの疫病と呼ばれる天然痘の大流行で、ローマ帝国では500万人が犠牲となった。
しかも戦争も絶え間なく起きていた。
戦争は無数の死者をもたらした。
1つの都市の人口が激減するのだ。
アテネでは信じられないほど人口を失った。
なんと10%も人口が減ってしまったのだ。
30か35歳くらいまで生きるのは、かなり難しいことだった。

病気や戦争であっけなく命が奪われていた社会では、妻と過ごす時間は大切だった。
しかし妻を喜ばせる掟は具体的にどう過ごすかを述べているようだ。
古代イスラエルでは、セックスは奨励されていた。
子供を産み、夫の家系を絶やさないことが重要だった。
イスラエル人は少数民族で、常に隣国との戦いにさらされていた。
200年にわたってユダヤ人と戦っていたローマ人を例に挙げれば、何万人も命を落としている。
人口を増やす方法は、ただ1つ、子供を作ることだった。
男性は子供を持つことを期待され、女性は身ごもることを期待されていた。
子供を増やすことに重点を置いていたのはイスラエル人だけではない。
敵のローマ人も同じことだった。
ローマ帝国の死亡率は高く、歴史家によると平均的な上層階級の男性の寿命は25歳、女性の寿命はさらに短く、男女とも40歳になれれば幸運だった。
だからこそローマ皇帝アウグストゥスは、子供を増やす対策を講じたのだろう。
子供が3人以上いる家族は税金を一定額免除された。
つまり人々は結婚することと、跡継ぎとなる子供をもうけることに重点を置かざるを得なかった。
それは社会が必要としていたから。
帝国は女性が子供を次々と生むことを求めていた。
最盛期のローマ帝国は、6500万人以上の人々を支配していたが、病気や戦争の犠牲になりかねない。

災難に打ち勝つ唯一の手段は子供を産むことだった。
聖書の掟で、夫は家にいて子作りに励み、妻を喜ばせようと勧めるのは当然かもしれない。
しかしこの掟は男性に警告も発しているようだ。
家を離れるときの危険性である。
家を離れると、常に新たな誘惑が待ち受けている。
そして常に新たな問題が生じる。
男性が戦争へ行ったら、戻ってこないかもしれない。
誘惑の一例は他の女性との出会いだが、聖書のある掟では、それは絶対に避けるべきこととしている。
BUT I SAY TO YOU THAT ANYONE WHO HAS LOOKED AT A WOMAN WITH LUST HAS ALREADY COMMITTED ADULTERY WITH HER IN HIS HEART
[MATTEW(マタイによる福音書) 5:28]
(みだらな心で人の妻を見たら、既に心の中でその女を犯したのである。)
妻以外の女性のことを考えただけで浮気したことになるのだ。
不倫は普遍的なもの、どの社会でも調査をすると不倫が行われていた。
不倫は人間が生れながらに持つ特徴のようだが、人間のように頻繁にセックスする動物もほとんどいない。
人間は生殖のためももちろん、喜びや社会性のためにもセックスをする。
そこが動物と違う。
人間は女性が排卵期でなくでもセックスを行う数少ない生き物。
女性が妊娠中でも授乳の時期でも閉経後でも生理中でもセックスをする。
哺乳動物で社会性のためにセックスをするのはチンパンジー、ボノボ、イルカだ。
ただし古代世界では、相手を間違うと致命的な結果を招いた。
この掟では、情欲を抱いただけで姦通。
しかし本来ある欲望を抑えることはなかなか難しい。
だが実際は世界的に有名な男性がその掟を破っている。
道徳的指導者たちがカーター氏の記事に反応。
大統領工法のジミー・カーターは、雑誌プレイボーイに対しこう語った。
みだらな心で女性を見て、心の中で姦淫をしたが、神はお許しになるだろう。
カーターは神の許しを信じていたようだが、掟を書いた人はそうではなかったようだ。

2000年前の不倫は現代と同じだったのだろうか?
古代世界の不倫というのは結婚している女性と関係を持つ男性をさしていた。
古代オリエントのような一夫多妻制の社会では、結婚していない女性となら誰とでも関係をもてた。
扱いが男性と女性とで違っていた。
そして不可解なことに古代イスラエルでは、不倫が起きた場所により処罰が異なっていた。
もし男性が人妻と関係を持ち、それが町の中で起きたとしたら、2人とも処刑された。
なぜなら同意の上での不倫と判断されたから。
もし男性が町の外で人妻と関係を持った場合、女性は同意していないと判断された。
大声で叫んでも誰にも聞こえないからだ。
その場合、男性だけが処刑された。
古代世界の部族社会は家系を重視しており、家族がすべてだった。
女性が夫以外の男性と関係を持ち、妊娠したとしよう。
それは恥ずべき事どころか、不倫で生まれた子供は、男性とその子孫を呪うと言われている。
ローマ人も不倫を脅威とみなしていた。
1世紀、皇帝アウグストゥスはユリウス法を制定し、不倫を取り締まった。
罪人は円形競技場に連行され、何千もの見物人の前で石打の刑を受けた。
新約聖書では、手厳しいものになっている。
考えただけで行為に及んだとしているのだ。
古代世界では、人間の思考には神秘的な力があると信じられていた。
多くの宗教には禁欲的なグループがある。
彼らは今生きている世界から抜け出して抑えきれない欲望や衝動から解放されようと願っている。
どうやって欲望を抑えるのか?

200年頃、キリスト教指導者オリゲネスは悍ましい方法で試している。
自ら去勢し、信仰の証として禁欲を貫こうとした。
それから100年後、肉欲から逃れるためキリスト教徒は修行にでた。
有名なのは荒野の教父達である。
自由意思を示す行為として、現実世界から逃れた。
日々起きる仕事や結婚生活での心配ごとなどから逃れるためだ。
荒野の教父たちは日常を逃れて性行為を絶つだけでなく、食べることの喜びからも遠ざかった。
断食は性行為から気をそらし、神に集中するための究極の修行だった。
2000年前、断食が荒野の教父達の心と体にどう影響したかはわからない。
しかし現代科学によってその過酷さが解明された。
1944年、断食が心と体にそう影響するかを調べるため、アメリカでミネソタ飢餓実験が行われた。
被験者36人が半年間飢餓状態におかれた。
その結果興味深いのは鬱状態に陥り不安になったこと。
被験者の1人は指を3本斧で切り落としたが理由を言えなかった。

今も昔も、自らを飢餓状態におくことは、極端な意志の表し方と言えよう。
しかしそれでも掟を守れということなのだろうか。
それとも聖書は、人間にもう少し寛大なのだろうか。
旧約聖書や福音書の記者たちは、人間は感情を持ち、何かを考える者だと捉えていた。
しかしそんな考えに何度も浸ると、やがてそう行動するようになる。
絶え間なくその考えを頭に浮かべていると、いつしかその考え方に乗っ取られてしまう。

(ひれやうろこのない生き物は海のものでも川のものでもすべて汚らわしいものだ。)
この掟が書かれた時期ははっきりしないが、現代医学が登場する数千年前、今から2500年以上前とされる。
聖書記者たちは知っていたことがある。
甲殻類はろ過してエサを摂るので、もし大量のチフス菌が下水に流れ出たら、甲殻類を食べると腸チフスになる恐れがある。
また甲殻類はアレルギー反応の一種であるアナヒラキシーショックの原因の1つ。
古代の人々は甲殻類は食べないほうがよいと分かっていたのだ。
甲殻類が危険視されていたのは古代だけではない。
現在アメリカ人の2.3%、つまり700万人近くが甲殻類にアレルギーを持つと言われている。
古代の人々には病気やアレルギーの知識はなかったようだが、この掟は健康に関連しているらしい。
しかもこれには地理的要素もあるとみられる。

古代イスラエルの乾いた砂漠に甲殻類はいなかった。
そのため他の土地の食べ物だと思われたようだ。
古代イスラエル人は海岸の周りを支配することはあまりなかった。
海沿いに住む人々は甲殻類を食べていたが、古代イスラエル人はこの食べ物がすぐに手に入らなかったので、禁止することで隣国と差別化した。

聖書も他の法典も実際に何かが起きたために掟を定めている。
つまり遊女と結婚した祭司が1人以上いたということになる。
旧約聖書には613の掟があり、そのうち247はレビ記にある。
この掟が書かれたとされるイエスの時代から400年ほど前、みだらなことが行われていた。
この掟の謎を紐解く前に、史上最古の職業とされる売春について・・・
現代と違い3000年前は、娼婦として仕事をしても投獄されなかった。
聖書は特に売春を禁じていないが、古代イスラエル社会では、娼婦は社会の底辺にいた。
現代のように、娼婦になることは最後の手段だったのだ。
古代世界では、娼婦は小さな部屋にベッドとなる石がある売春宿で働いていた。
ローマではこうした宿はオオカミの家を意味するルパナーレと呼ばれた。
火山の噴火で破壊されたポンペイの町から、紀元1世紀の売春宿が発見された。
その壁に性的な場面を描いた絵があった。
古代世界の男性は、口コミに頼ったのかもしれない。
トルコのエフェソスに、売春宿とみられる建物がある。
面白いのは、入り口の1つが通りの向こうの図書館につながっていること。
つまり図書館に行くと言って、売春宿に行くことができた。
時に神殿は売春宿の代わりをした。
豊穣祈願の儀式には、儀式的な売春が行われた。

古代イスラエルでは、もちろん娼婦は日陰の存在だったが、祭司は名高い公の人物だった。
祭祀が聖なる指導者なら、なぜ娼婦との結婚を考えたのか。
本当に結婚したのなら、なぜ戒める掟が書かれたのか。
古代世界ではなんと娼婦と祭祀が同じ仕事をすることもあった。
紀元前5世紀、古代ギリシャのコリント、ここには聖なる娼婦がいて、愛と美の女神アフロディティの神殿でサービスを行った。
紀元前464年ギリシャの軍人で歴史家のクセノポンが、感謝のしるしとして100人の若い女性を神殿に奉納している。
性的なサービスをすることで報酬を得る売春婦は特殊な身分にあった。
神殿へ来る娼婦は神への捧げもの、または神の力に加わるものと受け止められていた。
カナン人は嵐の神バールを信仰していたが、その中心は性行為だという。
バール神の信仰は、古代の豊穣を祈る儀式とかかわっていた。
もしバール神を性的に興奮させることができれば、バール神は彼の種で雲を肥沃にすると考えられていた。
そうすれば雨が降り、大地は実り豊かになり、家畜も太る。
人々は儀式的な売春という行為で豊穣をもたらしていた。
古代イスラエル人はバール信仰を避けていた。
よってこの掟は祭司への警告かもしれない。
聖書の掟の謎は答えが見つからない場合が多い。
しかしこの祭祀と娼婦との結婚を禁じる掟には理由が1つあるという。
祭司の元祖はアルンで大祭司だった。
彼の息子たちも祭司としてアロンを支えた。
祭司の仕事は世襲されていた。
娼婦を娶ることの懸念の1つは生れてきた子供が本当に自分の子かわからないこと。
2000年前には父親を確定する検査はなかった。
だから祭司たちは家系を汚さないために娼婦を避けていたかもしれない。

(父の妻を犯してはならない。父を辱めることだからである。)
英語で犯すは「裸から覆いを取る」と表現されるが、聖書で性行為は意外な言葉で表現されている。
セックスをするとは足元に横たわると表現されているのだ。
この掟は育ての母と関係を持つことに触れているが、当時は近親相姦と考えられていた。
現代も3000年前もタブーだったようだ。
この親族とセックスをしないことには生物学的な理由がある。
人間も他の種にも生まれつき近親相姦を行わないという性質がある。
有性生殖の目的は異なる遺伝子をかけ合せてより生命力のある親より強い個体を生み出すこと。
親族との生殖では先天性異常をもたらすことがある。
しかし育ての母親など血縁関係がない人とセックスをして、何が問題なのだろうか。
古代イスラエル社会では、妻は男の所有物である。
つまり父親の妻とセックスをすることは無礼なだけではない。
盗みなのだ。
妻は夫以外の男性が触れてはいけなかったが、窮屈な場所に大勢で住む人には厳しい掟だった。
古代の農民は大きなテントに大家族で暮らし、家族は並んで眠っていたのである。
まず夫と妻がいて、第1婦人以外の妻がいる。
そして息子や娘の結婚相手がいる。
息子にも複数の妻がいる。
男性の家系の家族を中心に、3世代、4世代の家族が1つ屋根で暮らしていた。
近親相姦の掟が生れたのは、こうした背景がある。

エジプトに住んでいたギリシャ人は、兄弟同士の結婚が許されていた。
一族の富が外に出ず、とどめておける。
一緒に育っているので仲が良い。
知らない家族と縁組をして問題が起き、夫婦の仲が悪くなるよりずっと安心。
驚くことに結婚契約書を交わす習慣があったのだ。
100点に及ぶパピルスの結婚契約書が発見されているが、そこにははっきり父親と母親は同じと書かれている。
同じ親を持つ兄弟の結婚・・・

近親相姦の掟に矛盾しなくても、食い違っているような興味深い記録がある。
レビレート婚、子供のいない夫婦で夫が死んだ場合、残された妻は夫の兄弟と結婚するというしきたり。
第二次世界大戦中の軍人も、軍の基地でパートナーを紹介しあるパーティーを行っていた。
それは空軍パイロットと、その妻や恋人たちが主催したもの。
パイロットは日本へ飛行任務に就く男性たちで、死亡率は25%近くに達していた。
同僚やパートナーでコミュニティを作ることが重要だった。
そうすれば男女が親しみを覚え、もし戦士した場合には仲間が妻の面倒を見てくれると安心できた。

2001年の同時多発テロのの後、消防士の妻がこう言った。
夫はツインタワーで亡くなった。
でもその後私は彼の親友と恋に落ち、どうしてよいかわからないという相談を受けた。
そこで彼女に聖書の時代、レビレート婚の話をした。
故人の思い出を称えるだけでなく、その人生や価値観を広めたいという兄弟たちの思い。
それがレビレート婚。
普通なら受け入れることはできないが、悲劇に見舞われた時は受け入れられるだけでなく、最も聖なる行動になる。
セックスと性欲についての聖書の掟は、互いに矛盾していることが多い。
セックスがよい時もあれば、タブーの時もある。
聖書はどういう立場をとっているのか。
聖書に書かれている戒めの言葉を読むと、セックスに対してとても神経質な見方をする箇所がある。
そのせいかセックスは不道徳で下品などと思われている。
でも神からの贈り物として祝福する文書もある。
そういった言葉から、セックスに対して健全かつ分別を持つという教えを見出していくべきなのだ。
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聖書の掟で知るキリスト教の世界
古代世界の真の姿、その答えは聖書に記された数多くの掟に隠されている。
掟は衝撃的で謎めいている。
その掟を紐解き、古代世界の失われた真実を明らかにしよう。
モーセの十戒はよく知られているが、聖書には2000近い掟や戒律がある。
そのすべてが古代世界を理解するための扉である。
古代の人々の衣服から神に誓った呪いの言葉まで古の人々がどのように生き、死んでいったのかを綴った書物、それが聖書。
家庭生活や人付き合い、社会秩序のあり方や支配者のこと、部族の役割など、こういったことすべてが古代の文化や社会を統制していた掟に反映されている。

紀元前2000年エルサレムの町からほど近いヒノムの谷、空を切り裂くような甲高い声が今もなお旧約聖書のレビ記に残っている。
DO NOT GIVE ANY OF YOUR CHILDREN TO BE SACRIFICED TO MOLOCH(LEVITICUS 18:21)
「自分の子を1人たりともモレク神に捧げてはならない」
モレクという恐ろしい神、この子供を生贄として求める神とは一体何者なのだろうか。
モレク神とは冥界の神、この異教の神は紀元前2000年頃、中東である宗派に崇拝されていた。
我が子をモレク神にささげることは生死にかかわる問題とその宗派は信じていた。
子供の生贄が本当に行われていたことを示す物的証拠が見つかっている。
その場所は現在のチュニジアにあった古代都市カルタゴ。
新生児から2歳ごろまでの子供たちの骨を詰めた骨壺が無数に発見された。
これで要求の多い神へ実際に子供を捧げていたことが、より確実となった。
我が子を生贄にすることなど、悪魔がなすことのようだが、その背景には古代世界のある事情が隠されていた。
おぞましい習わしや土地の神々だけでない、当時の人々の寿命も大きな原因となっていた。
治療できない病気(コレラ 腸チフス 天然痘など)で瞬く間に命が奪われた。
人の寿命は短い、そこで家族の誰かを神に捧げれば、自分だけでなく家族も早死にを免れると信じていたのだ。
神に気に入ってもらうために生贄をささげえる、それは古代世界全体で行われていた。
例えば1000年前、メキシコに暮らしていたアステカ族、実際儀式で甘いものを使った最古の記録はこのことに関係している。
アステカ族はピラミッドの天辺で若いおことを生贄にした。
男が怖がったりするとチョコレートの飲み物を与えた。
それには血が混じっていたが、その地は前に生贄になった人のものだった。

紀元前2000年ごろ、古代イスラエル人は生贄を邪悪だとしていたが、常にそうとは限らなかった。
「出エジプト記22章」で神は最初に生まれた息子を私に捧げねばならない、と命じている。
DO NOT GIVE ANY OF YOUR CHILDREN TO BE SACRIFICED TO MOLOCH [LEVITICUS 18:21]
(自分の子を1人たりともモレク神に捧げてはならない)
これは旧約聖書で子供の生贄の存在を示す箇所の1つ。
しかし聖書にはもっとも衝撃的と言うべき逸話がある。
それは子供の生贄がどう思われていたかを知る決定的な手がかりとみられる。
登場するのは父親と息子、いわゆるアブラハムとイサク。
イサクがある年齢に達した直後、アブラハムは神から息子を生贄に捧げよと命じられた。
そこで山へ登り祭壇を造る。
神はこういったとされている。
「息子を焼いて捧げものにしなさい。
そして刃物を持って行き、それで息子を殺しなさい。」
アブラハムはひどく悩んだはず。
アブラハムはイサクの胸を刺そうとして刃物を振りかざした。
その時天使が現れて「やめなさい」と言い、そばに茂みに角をとられた牡羊がいた。
アブラハムは神がイサクの代わりに動物の生贄を与えたと理解した。
神が与えた試練に応えるなら、親はほとんどのことをやり遂げてしまうだろう。
アブラハムは生贄にすることを神に止められたが、この瞬間古代世界が転換点を迎えたといえよう。
神が止めたことで、神とアブラハム、その子孫の間に子供を生贄にしない新たな取り決めができたのだ。
こうして子供の生贄は減っていたが、古代イスラエル人は時折行っていた。
戦いに勝つためだった。
古代イスラエル人がモアブの王のもとへ攻め入った時、王が息子を神に生贄にしたところ、戦いに勝った。
子供を捧げるなという掟こそ反撃の手段で、子供の生贄という攻撃を封じるためのものだったのだろうか。
もしそうだったら効果的だっただろう。
しかし今もなお続けられている地域がある。
例えばアフリカのある地域では宗教儀式として子供を生贄にしている。
子供の血を守り神とみなした古と同じ考え方なのか。
モレク神はその謎を解く1つの手掛かりに過ぎない。

一方こうした掟を調べると古代世界の姿が見えてくる。
子育てがその例といえる。
WHOEVER CURSES FATHER OR MOTHER SHALL BE PUT TO DEATH [EXODUS 21:17]
(父あるいは母を呪う者は死刑に処せられる 出エジプト記21章17節)
現代はどうか、最近の研究では親を罵る子供が10年前より増えるだけでなく、低年齢化して、3歳ごろから親に悪態をつく子もいるという。
古代世界では悪態をつくと死刑になったのだろうか。
掟の中の「呪う」という強い言葉は何を意味するのか。
呪いの中には恐ろしい暗黒の魔力のための呪文もあるという。
「夜の神々と共に呼び出す。夜を、ベールを被った花嫁を」
聖書の掟には今を生きる私たちの暮らしに新たな光をあてるものもあるという。


呪いという言葉は、3000年前は今よりはるかに強い意味を持っていたのだろうか。
呪いという言葉は社会のあらゆる階層で使われた。
国際政治でも呪いを使ったので、国同士の協定は神によって保障された。
もし協定を破ったら、神から残虐な罰を受けると言って脅したのだ。
この掟の呪いは罵ることだけでなく、悪魔を呼び寄せることも含まれる。
ほんとうにそうしたのだろうか。

その答えは、中東から地中海沿岸に点在する神殿や墓に見られる。
実際に使われた呪文が粘土板に刻まれているのだ。
そこには呪いだけでなく手順も記されている。
効き目を高めるには決まった手順に従う必要があった。
呪いは聖なる場所で行われていたようだ。
神に近づくほど神によって理解され、願いを聞いてもらえるからだ。
呪うときは呪文を唱えるだけの場合もあれば、呪いの対象代わりの人形や痛めつけたい部分を模ったものを用意することもあった。
相手を痛めつけたいときはこんな具合だった。
「女と寝るとき、ペニスを傷むのだ。」

もし呪いを確実にかけたい時などは深い皿などを割った。
呪いたい人の名前を深い皿に書き、声に出して読む。そして粉々にする。
古代人は呪いをかける側には魔力がなかったので、自分より高い存在に頼べば、実行してもらえると信じていた。
神や悪魔にはとてつもなく大きな力があり、その力は他者を痛めつけるためにも使われた。
誰かを呪いたいときにはその力が相手に降りかかるように祈った。
古代人は地獄が実在すると信じていた。
そのため呪えば相手を傷つけることができると考えていた。

親を呪う子供は死ぬという聖書の掟は、ある時代では意味を持ち始める。
古代人は呪いを信じていたので、その手順も整っていた。
親を呪う子供は親に殺意も抱いていた。
だから子供をおとなしくさせる必要があった。
聖書の中の命令や呪いの多くは生き延びることが前提。
古代世界は家父長制の世界で権力ある男性のもとにいるのが安全とされた。
権力ある男性が戦っている時、その男性は自分が守っている者たちが忠誠心を持っているか知る必要があった。

古代世界では言葉には絶大な力があった。
それが呪いや呪文。
ある出来事の結果を変えようとして魔力を使う者もいたが、聖書では掟を述べている。
A MAN OR A WOMAN WHO IS A MEDIUM OR A WIZARD SHALL BE PUT TO DEATH
(男であれ女であれ 口寄せや霊媒は死刑に処せられる[レビ記20章27節])
レビ記の魔術師の魔力は思いもかけないある目的に役立った。
当時は天気図がなく、地震も地面が揺れる仕組みが分かっていない。
なので魔術師は人々を意のままにできた。
身体についても支配できた。
怪我や病気をしたとき、自分が何も悪くなければ誰かのせいだと考えた。
そこで魔術師に責任をとらせた。

魔術を信じることは古代世界に広まっていたが、それを禁じる掟が古代文書に見られる。
古代メソポタミア 紀元前1772年 ハンムラビ法典にはこう記されている。
「もし魔術師が責任を問われ、証明できない場合、問われた魔術師は川で水攻めに処される。
もし助かれば訴えたものは殺される。
魔術師が川で死ねば有罪。」
古代において魔力は存在することが当たり前とされた。
メソポタミアの祭祀は魔力を持つと思われていたが、ヘブライ人の預言者も神の名において奇跡を起こしていた。
もし本当なら、なぜ聖書は魔術師に特に厳しい判断を下しているのだろうか。
正しい手順を経ていないことが問題だった。

もし神が人々と話を望むなら、神は伝言を預言者に託すはず。
現代は魔術を法で取り締まるのが難しく、アメリカ政府は一部を認めている。
1996年国防総省は現代の魔女信仰ウィッカを兵士も信仰できる宗教として承認。
現在軍に5つの実践グループがある。
2007年にはウィッカの五芒星を軍人の墓石に刻むことを許可した。
その一方で魔女への恐れは今も続いている。
ある人々が私たちには理解できない力を持つと思うと、不安を抱く。
部族社会の人々は今も魔女を恐れている。

ONE WHO BLASPHEMES THE NAME OF THE LOAD SHALL BE PUT TO DEATH THE WHOLE CONGREGATION SHALL STONE THE BLASPHEMER [LEVITICUS 24:16]
(主の御名を呪う者は死刑に処せられる 共同体全体が石で打ち殺す)
石打の刑は古代イスラエルでよく使われた死刑の方法。
それは村をあげての行事で村中の人々が集まり男も女も罪人が死ぬまで石を投げた。
なぜ村全体が参加したのだろうか。
石打は忠誠心を試すものだという説がある。
近所の罪人に石を投げることを拒否したら、敵から村を守れなくなるのだ。
どんな状況でも団結が求められたため、処刑には全員が参加した。
絞首刑や斬首刑もあったが、石打の刑は部族にとって特別な意味があった。
石を拾い上げることは同意を意味し、みんな投げた。

石打の刑を受けたのは男性だけではない。
多くの場合女性は首まで埋められた。
そしてその女性が死ぬまで人々は石を投げた。
石打の刑は今では投石刑ともいわれ、15か国で許可されている。
しかし頻繁に行っているのはイランとパキスタン、ソマリアの3か国だけ。
石で打ち殺すという掟は地域社会を守ることと言える。
この掟が実践された背景には何があったのだろう。
古代世界では誰もが崖っぷちに立った状態だった。
つまり生きるか死ぬか。
現代の私たちは快適で安全な暮らしをしている。
それに対していつも命の危険にさらされていた古代世界がどんな場所だったか、想像できる。

3000年前、聖書の掟は衣服でさえ神を冒涜することがあると述べている。
NOR SHALL YOU PUT ON A GARMENT MADE OF TWO DIFFERENT MATERIALS [LEVITICUS 19:19]
(二種の糸で織った衣服を身に着けてはならない)
古い格言でも、衣服はその人を表すというが、聖書もそれを知っている。
つまり植物から作り出される生地と、動物から作り出される生地とを混ぜてはならないということ。
混合は不純を暗示するので物事を混ぜてはいけない。
また混合は不浄で不適切な結合を意味する。

紀元前450年頃、部族を守ることが重要だった古代の中東では、敵か味方かを見分ける必要があった。
使われたのは旗のような意味を持つ布。
衣服でも食べ物でも、つい不純物がないものが欲しいと思うもの、同じく忠誠心にかける人を仲間にしておきたくない。
例えばある男性が他の部族の女性と結婚した後、女性の部族が襲ってきたとする。
その時男性の部族は女性がそれまでの部族ではなく、自分たちの味方であってほしいと願う。
現代では衣類の掟に従うことは無理だろう。
生地の多くは、実用的な合成繊維だ。

YOU SHALL NOT REVILE THE GOD OR CURSE A LEADER OF YOUR PEOPLE.[EXODUS22:28]
(神をののしってはならない 民の代表者を呪ってはならない)
もし現代の政治が過激だと思うなら、指導者を呪うことが許されなかった古代世界を調べるとよいだろう。
古代、民の代表者は検閲を厳しく行っていたが、それは神のようにふるまっていたためもある。
現代社会では、宗教と政治は明確に分けられている。
しかし古代世界、イスラエルでは明確な線引きはなかった。

民の代表者を呪うことは、敬い従うべき親や神を呪うことでもあった。
イスラエルの民が砂漠の中をモーセに導かれていこうとしていた時、長老や統率者、指導者たちに民が彼らに従うよう権限が与えられた。
現在民需主義国家には言論の自由があり、指導者を呪っても逮捕されない。
その件は、聖書の解釈と共に発展してきた。
神は不可侵の権利を与えられると言われ、その権利には生きること、自由、幸福の追求が含まれている。
そこには政治的な指導者に反論する自由はもちろん、神を冒涜する自由も含まれている。

古代世界では、王は民の上にあり、王の上に神がいるということははっきりしていた。
なぜ民の代表者を呪ってはならなかったのか。
代表者が神に立ち向かうとどうなったのか・・・
紀元前2000年頃、場所はペルシャ湾北部からイランに位置していたアッカド王国、史上初と言われるこの王国には、無数の呪いがかけられたという。
そして栄華を極めていたにも関わらず、王国は滅んでしまった。
アッカド王国の滅亡からおよそ100年後、滅亡について書かれた詩を考古学者が発見した。
原因は何だったのか。
神々はアッカドの町を呪った。
なぜなら王が神の意志に反して神殿を建てたから。
王が古い神殿を取り壊すと、神々は嘆き、アッカドを呪った。
すると権力が近くの都市に移った。

考古学者たちによると、呪いの言葉とは歴史的事実を示し、大惨事は実際に起きたのだという。
紀元前3000年頃に干ばつが起きたという考古学的証拠がある。
アッカド王国の場合、王が神に背いたため王国は滅亡した。
しかし神に従い王の権力を奪うとしたらどうなるのだろうか。
ダビデ王はイスラエルの王の中で最高とされている。
しかし聖書の研究者のほとんどがダビデ王の話はかなり美化されていると考える。
実際の彼は意地の悪い人物だったと言われている。
ダビデ王は実在の人物とされ、紀元前およそ1010年から、紀元前970年頃までイスラエルを支配したと言われる。
キリスト教徒にはイエス・キリストの直径の先祖だと信じられている。
ダビデに政治的才能があったのは確かだろう。

彼はサウル娘との結婚を望んだ。
国王の娘だったからであり、深い愛があったわけではない。
しかし平凡な青年であるダビデがどうやって王女と結婚するというのか。
どんなことをしても、ダビデは結婚を望んだ。
時の王サウルはダビデの野心を感じ取り、難題を吹っ掛ける。
普通の男なら、とてもできないことだ。
ペリシテ人100人分の放屁をもってこいと命じた。
事の始まりはさらにさかのぼること数百年前のエジプトの慣習にあった。
エジプト兵は敵を殺した証拠としてペニスを切り取り、それで金銭的報酬を受けていた。
イスラエル人はエジプト人から割礼の慣習を取り入れた。
つまりイスラエル兵は割礼を受けていたが、ペリシテ人は違っていた。
サウルの要求は残虐な行為を必要とした。

古代世界では権力を握るために殺人と暴力が行われていた。
サウルの命令の狙いは100人分の放屁を集める過程でダビデが死ぬことだった。
しかしダビデは200人分を持ち帰り、それが花嫁の家への持参金となった。
2倍の放屁を持ち帰ったダビデは、王に絶対服従を命じる聖書の掟に、倍で返すことで答えた。
そして力は正義なりと言わんばかりに王への道をひた走る。
民の代表者を呪うなという聖書の掟は、指導者にたてつくなと正式に述べている。
指導者は初めからこの掟を見ているのかもしれない。
聖書の掟は現代の趣味にも言及している。
入れ墨である。
YOU SHALL NOT MAKE ANY CUTS IN YOUR BODY FOR THE DEAD,NOR MAKE ANY TATOO MARKS NO YOUR ELVES.[LEVITICS 19:28]
(死者を悼んで身を傷つけたり入れ墨をしてはならない)
入れ墨は異教の進行に関わるため禁止された。
その答えはカナン人、古代イスラエルの隣人で、宗教的な習わしで体に傷をつけていた。
カナン人の神バールの預言者たちは、神の気を引こうとして、体中が赤く染まるまで剣で切りつけたと言われている。
古代エジプトから、ギリシャ、ペルシャまで、入れ墨には様々な意味があった。
通過儀礼、勲章、セックスアピールなどだ。
しかし古代イスラエル人は例外のようだ。
他の民族と違って体を傷つけることを拒んだ。
身体は神の神殿、精霊の神殿、なので体を傷つけたり軽んじたりすること、痛みや苦しみを与えたりすることをしてはならない。
聖書には本質をねじ曲げる言葉を禁じるという掟も見られる。
これはどういう意味だろう。

PUT AWAY YOUR CROOKED SPEECH,AND PUT DEVIOUS TALK FAR FROM YOU.[LEVITICUS 25:17]
(曲がった言葉を口から退け、ひねくれた言葉を唇から遠ざけよ)
嘘にはいろんな段階がある。
何とかうまい言葉を探しながら取り繕う、自分の本当の気持ちを隠す、相手のことを騙す・・・
これは聖書全体の深いテーマ。
生れてはじめて物を考え、話した時はどうか。
子供は言葉を覚えると同時に真実を変える方法も身に着ける。
人間が言葉で行う基本的なことの1つが嘘をつくこと。
現代は言葉が意味をなさない社会、誰かが言葉を口にしても、そんなつもりじゃなかったということがある。
しかし古代世界では、自分が口にした言葉に忠実だった。
現代ではネット上に何でも書きたいことを書きこめる。
古代、なぜ人々は約束を守らなかった時のことを恐れたのか。
現代社会は様々な法律や契約、法廷がある。
しかし古代社会はほとんどの人が文字を読めず、遊牧民族には一冊の本さえなかった。
そんな社会では口約束や何を言われたかを覚えていることが社会をまとめる糊のような役割を果たしていた。
つまり自分の言葉に忠実であることが需要だった。
それを物語るユダヤのたとえ話がある。
ある男が隣人の噂を広めていた。
そこでその男は賢者のもとへ行き、相談した。
彼はカッとなって近所に住む友人のことを悪く言い始めた。
すると賢者は彼にこう言った。
「家に帰ったら羽毛の枕を手に取り、中身の羽毛を取り出して風に飛ばしてしまいなさい。」
その後中身を集め、枕の中に戻す。
彼は言った。
「それは無理です。一度外へ出した羽毛をまた枕の中に戻すなんてできなせん。」
賢者は言った。
「あなたが話した隣人の話も同じです。」
この聖書の掟は言葉の持つ影響力を物語っている。
だがコミュニケーションの方法ならたくさんある現代にこの掟は通用するのだろうか。
言葉で騙されることは、金銭の被害より悪いと考えられていた。
金銭なら返済すればよいが、言葉による被害は治せないからだ。
言い換えれば古代において言葉とは行動を表していた。
何かを約束したときには特にそうであった。
聖書の掟は約束を守るよう戒めている。
守らなければ悲惨な結果になると。
そのような世界では、口から出た言葉は覚えておいて、言葉通りに行動しなければならない。
そうでなければ社会は混乱して崩壊する。

WHATEVER YOUR LIPS UTTER YOU MUST DILIGENTLY PERFORM.[DEUTERONOMY 23:23]
(唇にだしたことはそれを守り実行しなさい)
古代世界は約束をどうとらえていたのか。
その謎を解く手がかりが古代ギリシャの神々の外見にあるという。
紀元前5世紀のギリシャの歴史家ヘロドトスによると、ギリシャの神のほとんどはエジプトから取り入れられた。
しかし外見は変えている。
動物の頭を持つエジプトの神々と違って、ギリシャには動物の頭を持つ神はいない。
これはどういうことか。
動物は話をしない、理性があって話をするのは人間だけ。
ギリシャ人にとって重要な話すという行為は、神々に結び付くものと考えられていた。
当時それはごく普通のことで、口から出た言葉には目的意識が強く込められていた。
約束とは危険を承知の行為だったのだ。
法廷が存在しない世界、文書による契約書がない世界、デジタル録音がない世界、そういう世界。
口から出た言葉を覚えておき、言葉通りに行動しなければならない。
そうでなければ社会は混乱して崩壊する。
約束を守るという聖書の掟を無視すると、報いを受けることになっていた。
古代世界だけでなく、今日も強い影響力を持つ言葉がある。
人種についての発言や人種差別主義者という言葉でさえ、仕事や人生を深く傷つけることがある。
3000年前の人をののしる言葉は違っていただろう。
そんな言葉でも古代ヘブライ語とは要点に直接触れる言語だった。
ヘブライ語はまさに砂漠の言語と言える。
実際砂漠にいけばわかると思うが、できるだけ無駄なエネルギーを使いたくないと思うはず。
暑くて体力を消耗するからだ。
ヘブライ語は、英語のTheやAなど定冠詞を使わない。
前置詞のToやForなど小さな単語を使わない。
ヘブライ語を使っていた人々は言葉に忠実であれば、日常生活を維持できると信じていた。
社会は言葉でまとまっていたのだ。
言葉は影響力があるので、天地創造も言葉で理解された。
言葉がなければ何も現れなかった。
神はこう言った。
光あれ、生き物を生み出せと。
神の言葉は天地創造を実現させた。
聖書は史上まれに見るベストセラー、そこに書き記された2000近い掟や戒律は、古代世界を理解する扉となっている。
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