ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

テレビでドキュメントを見るのが好き!
1回見ただけでは忘れてしまいそうなので、ここにメモします。
地球環境を改善し、自然に感謝する心を皆で共有してゆきたいです。
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ノストラダムス、2012年の予言

2012年を宇宙にとって重要な年とするマヤ文明に考えに符合する、数多くの古代の予言。
ノストラダムスも2012年を目前にした今日の世界の危機的状態を予言している、と考えられている。
そして『失われた書』の占星術的なシンボルも同じくこれからおとずれる変化を知らせるヒントが画されているように見える。
2枚目の絵、弓を持つ男性、いて座。
いて座が矢を向けている方向はほぼ正確に銀河の中心。
描かれた矢は2012年に太陽が昇ってくる銀河の中心を指している、と一部の研究者は確信している。
銀河の整列は、地球が自転しながらコマのように揺れているために起こる。
空の景色が変化して見えるのはこの揺れのせい。
2012年12月21日、地球から見た太陽は銀河の中心と一直線に並んでいると予測されているが、『失われた書』はこのクライマックスの瞬間に何か重大なことが起こると警告しているのだろうか?

古代の預言者たちと同様、ノストラダムスも自分の予言をカムフラージュしている。
彼が南フランスで予言集を書いた1500年代、王族やカトリック教会に対して意義を申し立てることは死刑に値する罪だった。
そのため彼は議論を巻き起こしそうな未来の予言を極めて慎重に書いた。
注目を避けたのはノストラダムスだけではない。
教会の怒りにふれるような行動を見せないことが16世紀のヨーロッパに生きる術だったため、多くの団体が身を隠す。
その秘密結社の1つはフリーメイソン
今日の彼らは友愛団体だが、長きにわたり秘密の知識の伝承を行ってきたと見てる人もいる。
ノストラダムスもフリーメイソンと交わりがあったと伝えられている。
彼の自宅近くに教会があり、その正面の彫刻には終末の日のキリスト再臨が描かれている。
2012年に太陽が銀河の中心に昇ってくるのと全く同じ構図。
ノストラダムスもその共通点に気づいていて、少なからずそれが世界の終わりのもの、彼の予言に影響したと思われる。

当時卓越した職人工と言われていた石工職人達はヨーロッパ中で仕事に励み、カトリック教会のためにゴシック様式の見事な大聖堂を建てて熱意に溢れる結束の固い集団だと評判になる。
しかし錬金術師のFulcanelliはその著書『大聖堂の秘密』で彼らには隠れた目的があったと主張、これら石の建造物の正面に物議を醸すような予言を伝える秘密のシンボルを彫りこんでいるという。
ノートルダム寺院のシンボルの中には牡牛、獅子、鷲、人間の顔が含まれている。
キリスト教においてそれらは死者の象徴だが、Fulcanelliいわく、真の意味は警告。
Jay Weidner「それらは黄道12宮における4つの不動宮の象徴的な表現。
弾性は宝瓶宮(ほうへいきゅう)、獅子は獅子宮、牡牛は金牛宮、鷲は天蝎宮
(てんかつきゅう)、現在はサソリがシンボルだが、その頃は鷲だった。」
黄道12宮のこれら4つのサインは太陽がその軌道上において毎年通過してゆく星座。
星座は時代を象徴し、それぞれが数千年ずつ続く。
占星術によると人類は今、うお座の時代からみずがめ座の時代へと移行しようとしているところ。
この転換は銀河の整列の到来を示している。

地球の天候パターンが徐々に異常をきたしているのが事実だとしたら、それは間近に迫った危機の合図なのだろうか?
ノストラダムスの4行詩にも自然が猛威を振るう時が来ると謳っているものがある。
Quatrain9:48 程なくそれほど長い年月をおかずに大地と海に大規模な嵐が巻き起こる。
炎と動物が更なる大混乱を招くだろう。
Quatrain2:40 大海原の大いなる都市、水晶の沼地に囲まれる。
冬至そして春、恐ろしい風に悩まされるであろう。
これはハリケーンカトリーナが襲ったニューオリンズのことを言っているのだろうか?
ノストラダムスが嵐の激化を予言しているのなら、最終段階はどうなると言っているのだろうか?
嵐が頻繁になり、激しさを増してゆくと、心配されるのは2012年のこと。
真実の探求はさらに急を要している。

Jay Weidner(Author,Secrets of Alchemy)「南フランスにあるノストラダムスの町サロンの近郊に、さらなる不吉な警告を発する十字架がたっている。
その警告はずばり2012年を指していると言われている。
この絵で注目すべきはまたしてもいて座、彼は弓を引き、女性に向かって矢を放とうとしている。
その女性とは銀河の中心のこと。
女性の下には天秤が描かれていて、つまり銀河の整列が起こる時、私達がどんな行動をとるかが重要になることを意味している。」
そしてさらなる研究により興味深い象徴的な意味が見えてきた。
いて座の天と女性が銀河の整列のように交差している。

Quatrain3:46 天は我々に予告する。
明確な兆候とこうせいを持って投じる変化の時が迫る。
良き事のためでも、悪しきことのためでもなく。

“明確な兆候とこうせい”という2つの表現は、変革の時の到来を告げながらも、銀河の中心に昇ってくる太陽のことをほのめかしているのだろうか?
ノストラダムスの詩と失われた書の絵は、この世にこれらをもたらす宇宙の現象を示唆しているのだろうか?
銀河の整列が地球における深刻な変化の引き金になるのなら、その整列の時期を特定することは重要。

本名も明らかでない謎めいた錬金術師Fulcanelliは、1920年代にゴシック様式の大聖堂にあるシンボルを解読したと主張し、南フランスにひっそりと立つHendayeの十字架についても書いている。
十字架の起源は不明だが、大聖堂と同様に世界の終わりに関するメッセージを秘めていると彼は確信した。
一部の研究者達は十字架の台座に刻まれたシンボルによって危機がおとずれる日付だけでなく、できごとが展開してゆく順序までもが明らかになると考えている。

Weidner「Hendayeの十字架のシンボル1つ1つを調べていて、台座に刻まれた星は銀河の中心を表していると気づいた。
しかもその位置は怒った顔の太陽とちょうど対峙する形になっている。
そして月は奇妙な楕円と向かい合っていて、解読を進めてゆくうちにこの楕円は地球の
歳差運動を意味していることが分った。
ようするにあれは大きな時計なのだ。」
その時計は独特な方法で銀河の整列までの秒読みを行っている。
太陽と月の引力により、地球の自転軸は首ふり運動をしており、そのせいで地球から見る星座の位置は72年ごとに角度で1度移動する。
これが春分点歳差、星座たちは26000年以上かけて360度を回り、最初の位置へと戻る。
ある研究者によると、この十字架はマヤのカレンダーと同様に、26000年前に起きた前回の銀河整列を、次回つまり2012年へのカウントダウンへの開始点にしているという。

ノストラダムスは大惨事が起こるのは2012年といているが、彼の4行詩を読むとすでにその予兆は現れているように思える。
Quatrain1:29 陸生であり水生である魚が大波で海岸に打ち上げられる時、その姿は奇妙で滑らかでおぞましい。
敵たちは海を渡り、すぐさま城壁へと。
この詩は2005年に150000人の犠牲者をだした破壊的な津波のことを予言しているのだろうか?
銀河の整列という現象ははたして本当に津波などの自然災害を引き起こす原因になるのだろうか?
地震や津波は世界を滅亡させてしまう大きな自然災害の単なる前兆ではないかと懸念されている。
巨大火山スーパーボルケーノが眠りから覚め、大噴火を起こす可能性がある。
Lawrence Joseph(Author,Apocalpse 2012)「スーパーボルケーノの1つが噴火したのは70000年前、インドネシアのトバ湖だった。
その時人類のおよそ90%が絶滅した。」
ワイオミング州にあるイエローストーン国立公園の地下に潜むスーパーボルケーノが科学者の言うレッドゾーンへと突入した。
噴火の準備態勢が見られるということ。
噴火のキッカケは2012年におとずれるという説もあるが、本当にそうなれば結末は正に大惨事。
Joseph「2012年には太陽の活動がピークを迎える。」
それが火山やスーパーボルケーノに刺激を与えて噴火させてしまうかもしれない。」

いつ襲ってくるか分らない地震、津波、スーパーボルケーノはかなりの脅威だが、これら全てをしのぐ自然界の悪夢が存在すると指摘する人もいる。
それはすでに地球へと向かってきているかもしれない。
ノストラダムスの失われた書に描かれた↓の絵は、私達の運命がどれくらい不安定かを物語っている。
Weidner「この絵でノストラダムスは文字の書かれた生命の書を見ている。
その下にいる3人の女性は運命の女神。
ギリシャ神話では運命の糸をつむぐ3人の女性が人間の定めを決定しているとされている。
つまり私達の選択が運命を決めると彼は言っているのだ。」

選択について語っているのはノストラダムスだけではない。
選択は多くの古代文化における基本原理であり、アメリカの南西部に住むHopi族にとっては信仰の中心となる心情。
彼らは人間が岐路に立つ時、常に2つの結末が用意されていると信じている。
善が悪に勝ち、人生がそのまま続いてゆくか、破滅に直面するか、ホピは世界の終わりの間際には厳しい試練の時期がおとずれると考えている。
それは社会的、環境的、政治的な問題の深刻化であり、気候変動もしかり。
これは正に現代のことだろう。
ホピによるとこれまで4つの世界があり、それぞれ大変動に終わりを迎え、今は5番目の世界に移るところ。
彼らに答を与えてくれるのは過去の賢者達。
祖先の霊魂カテナの出現は重要な出来事の前触れだと信じている。
もっとも恐ろしいカテナは“青い星”と呼ばれるもの。
青い星は2012年の銀河の整列とは直接関連付けられてはこなかったが、その警告の無い湯おから考えればつながりが見えてくる。

ネイティブアメリカン達によるとホピのメッセージはアリゾナ州の居留地にある神聖なモニュメントに暗号として記録されている。
予言はアリゾナ州Oraibiにある予言の岩に描かれていて、人間を現代の生き物の代表として描いている。
その絵では道が途中で二手に分かれ、人間はどちらかを選ばねばならない。
1つは作物が育ち、人間が豊かな生活を送る世界。
もう1つは人間は存在するが、世界とは切り離され、食糧もない厳しい世界。

ホピの中には青い星はすでに現れたという長老もいる。
1990年代に金星が木星に衝突し、木星の大気中で閃光を放った時、その輝きはある一定の条件下では青い塊に映った。
青い星が出現するのはこれからだと考えているホピたちは、それが空に現れた時、新たな価値か、または神が広場で踊ると信じている。
ホピは彼らの最終警告においてこう述べている。
“変化や新たな時代の到来を歓迎しない者は、変化への恐れによって命を失うだろう。”

ホピはこれからおとずれる破滅の時代で人類が味わう苦しみを理解している。
現代世界で3度の動揺が起こるとホピは語っている。
1度目は第1次世界大戦、2度目は第2次世界大戦、そして3度目は予見できないという。
なぜなら現在の私達の生き方次第で、どのような動揺になるか決まるから。
3度目の動揺は天から降りかかる災いだという説もある。
もしそうであれば銀河の整列との新たなつながりになり、ノストラダムスの詩にも当てはまる。

Quatrain5:32 太陽と月の中、全てに恵まれ豊かに満ちるところ、その破滅が近づく。
そなたの幸運を振るい落としに、それは空からやってくる。
7番目の岩と同じ状態で。
Joseph Jochmans,LIT.D.(Maya Scholar)「ノストラダムスはある種の核による大惨事について述べている。
それは必ずしも広島や長崎のことではなく、放射能漏れなどを暗示していると考えられる。」
ノストラダムスとホピの予言を比較した科学者達は、そのどちらも銀河のスーパーウェーブの特徴を表していると述べている。
それは核爆発の破壊力に相当すると考えられる。
つまり宇宙線粒子のブリザード。
この宇宙エネルギーの正確な状態を把握するのは困難だが、その衝撃は破壊的に違いない。
興味深いのはスーパーウェーブが銀河の中心で誕生したと言われていること。
銀河の整列において重要なあの場所。
Paul Laviolette,Ph.D.(Author,Earth Under Fire)「スーパーウェーブの問題はスピード。
銀河の中心から地球へ向かってくる宇宙線粒子は光の速度で移動し何の警告もなしにいつもの日常を突如混乱に陥れる。
やってくるスーパーウェーブは人工衛星を破壊するくらいの小規模であることを願う。
携帯やテレビが使えなくなり、何年かは経済に影響するかもしれないが、それくらいなら立ち直れるし、運が良かったといえる。
他の影響としては大気中で核爆発を起こしたかのように電子パルスが発生し、送電線に高エネルギーの電流が流れて世界全体が停電になることが考えられる。」
ノストラダムスやホピが語っているのはこの現象のことか、それともさらに危険な何かがあるのか?
Laviolette「最悪のシナリオは、例を挙げれば氷河時代が終わりを遂げた時のような事態。
前回のスーパーウェーブは北アメリカにいた大型動物の95%を絶滅へとおいやり、人類の大半も消え、生き残ることができたのはほんのわずかだった。」

ニュートンも予言や錬金術を信じていた1人で、その事実が思いがけない形で彼とノストラダムスを結びつける。
Weldner「失われた書の7枚の絵の締めくくりの1枚、女性が2人だけになっている。
運命の女神が1人消えてしまった。
時の輪のスポークが全てなくなっている。
輪が落ちてくることを意味している。
さらに全く白紙の生命の書、もう何も書かれていない。」
生命の書”は聖書のシンボルでノストラダムスが作品に取り入れてきた宗教的イメージの1つ。
何千年にもわたり人々を導いてきた。

聖書には未来に関する暗号メッセージが隠されているという説がある。
聖書の暗号の研究は17世紀にイギリスの物理学者ニュートンから始まる。
彼はそれを解読すれば世界の終わりの時期を明らかにできると考えていた。
そして20世紀、イスラエルの数学者が再び謎に挑む。
Joseph「エリアフリップスは聖書の特定部分における統計的な分析を行った。
その結果聖書の中からおおよその暗号を発見した。
それは後に現れるラビや宗教関連の人物の名前を予言するもので、単なる偶然の一致などではなかった。」
1994年イスラエルの3人の数学者が、ある数字パターンを発見する。
そしてそれをアメリカの作家Michael Drosninが応用してマヤのいう世界の終わりの日を示す聖書の暗号と特定し、2012年問題に進展をもたらす。
Joseph「彼が行ったのは聖書の特定の一部にある文字を書かれているままに並べて交差するか、または近くに現れた単語は重要な関係性を持つというもの。
2012と地球全滅の単語の並びには驚いた。」

聖書とユダヤ教のトーラーはどちらもハルマゲドンへの警告を含んでいる、と多くが信じている。
Rabbi Ariel Bar Tzadok(Author,Walking in the Fire)「新約聖書のヨハネの黙示録には、たくさんの火が地球に投げ込まれる下りがあるが、今日ではそれを隕石や彗星など何か破壊的なエネルギーを持つものの衝突だと考えることができる。
そしてユダヤ教におけるノアの洪水に関しては、現在トーラーの研究者達の多くが天文学的な現象のせいで発生した災害であると主張している。
宇宙空間からやってきた何かの物体が太陽の周囲を回り始め、私達の地球の重力場を強く引張って海底から海を引き裂き、そして文字通り地球の軌道を大きく変化させてしまったせいだという。」
さらに世界の終わりの予言とユダヤ暦がその7000年期を締めくくるとされている時期との間に、関連の可能性が見えてきている。
Vincent Bridges(Co-Author,Monument to the End of Time)「ユダヤ暦は7000年を数えており、私達はちょうど7000年目に入ったところ。」
太陽が天の川銀河の中心と重なりあう銀河の整列という現象はマヤ暦やユダヤ暦が示す終わりの日とつながりがあるのだろうか?
Tzadok「今の時代にイランが欧米諸国にとっての大きな脅威になることは、1500年前の予言の中に書かれていること。
そして現在のこの世界的な混乱状態は全て、これから人類が直面することになるさらなる危機の前兆だと確信している。」

ノストラダムスも中東における扮装について多くの予言を残している。
特に気づいていたのはイラク戦争のことのようだ。
Quatrain8:70 やつが入ってくる。
邪悪で不愉快で忌まわしく、メソポタミアに君臨す。
全ての友、不義を働く女からなり、恐るべき土地、見通しは暗く。
研究者いわくノストラダムスはイラク戦争を宗教戦争と考えている。
Quatrain3:61 十字派の大きな軍隊がメソポタミアに集結するだろう。
川の近く、忠実な神々が、そんな法律は敵のものだと言うだろう。
John Hogue(Author,Nostradamus and the Antichrist)「当時のブッシュ大統領は十字軍のように対テロ戦争を聖戦と呼んだ。
この予言を理解するポイントは最後の1行をどう読み解くか。
ノストラダムスはアメリカがイラクを敗北すると語っている。」

ノストラダムスは現代における多くの問題を予言している。
金根の金融市場の大幅下落は現在世界を苦しめている危機の1つ。
Quatrain3:6 閉ざされし寺院の中、雷が貫き、砦の中の市民達を傷つける。
馬、牛、人間、波が城壁に達し、飢え、乾き、もっとも弱い武装の下に。
閉ざされし寺院はウォール街の証券取引所だと考えられる。
雷に打たれたように実際そこでは大混乱が起きた。
この詩からは最近の経済破綻によって引き起こされた動揺や混乱の様子が読み取れる。
Jochmans「ノストラダムスは語っている。
お金を引き出そうと銀行に人が群がっても、金庫は閉まったままで、お金は価値を失ってしまい、その辺に捨てられたり、紙のように燃やされたりするようになるだろうと。
つまり金融システムの崩壊。」
金融危機や戦争は世界を滅ぼしてゆくが、これらは2012年に待ち受けている事態の単なる序章かもしれない。
Gregg Braden(Author,The Divine Martrix)「過去20年に都市に現れた多くの病気は治療法がないのが現状。
そして生命維持に必要な資源の減少やその資源が残りわずかだという思い込みから起こる争奪戦は地域戦争へとつながってゆく。
さらにそれが世界戦争にもなりえる。」

失われた書には最後にもう1つ、この疑問を解く決定的な手掛かりが隠されている。
2012年は破滅が終わりを迎える時なのか、それとも破滅的な終わりの時なのか。
過去からの解釈や未来の予測の際に大切なのは、自らも死を免れないのだという自覚。
失われた書の最後の絵は、そこに込められた警告に気づかなければ、人類は破滅的な結末を迎えるという明白なメッセージを発している。
Weidner「この絵は2つの道を暗示している。
1つは今のまま歩み続け生命の書を綴ってゆく道。
もう1つは絶滅を引き起こしかねない事態に遭遇する道。」
Quatrain2:91 日出に凄まじい炎を見るだろう。
轟音と閃光が北へと広がる。
地球では死と叫びが響き、武器、炎、飢餓をもって死が待ち伏せする。
Hogue「ノストラダムスは私達が自滅しないように、あえて怯えさせている。
つまり恐怖心を抱かせて海面上昇を食い止め、子供達を飢餓から守り、気候変動に歯止めをかけなければ、という危機意識を持たせようとしている。」
2012年が近づくにつれ、世界が抱える問題は膨れ上がってきている。
Hogue「ハーバード大学の生物学者エドワード・オズボーン・ウィルソンは、私達は現在ボトルネックの時代を生きていると表現している。
問題解決のための資源や能力が皆限界に達するのだというのだ。」
問題がかさむにつれ、都市の破壊は加速するように感じられる。
私達が現在の道を歩み続ければ、銀河の整列が起きる時、ノストラダムスの暗い予言が現実になると考えられている。
しかしわずかな望みはあるようだ。
失われた書の最後の絵で、白紙の生命の書は、絶滅を示唆しているが、希望を意味しているという解釈もある。
Weidner「この人物は白紙の生命の書を掲げて、選択肢はあなたにある、どうするかは自分自身で決めなさいと訴えかけている。」
多くの文化が未来の世代へ暗号化した警告を残したのは救いのためだろうか?

銀河の整列は、人類が食い止めようとしている結末を引き起こしてしまうのだろうか?
マヤのカレンダーの終了は、希望と言うメッセージだと語る人もいる。
2012年12月21日は終わりの印ではなく、1つの時代の幕開けであり、そこから新たな時代が始まるのだと。
全ての予言においてノストラダムスはこれからおとずれる時代には様々な結末の可能性があると語っている、
石に刻まれ、定められた未来だけでなく、人類がその運命の中で切り開いてゆく未来もあるというのだ。
ノストラダムスは国王アンリ2世にも2つの未来を提示した。
カール大帝のように優れたまとめ役になるというもの、そして馬上槍試合で命を落とすというもの。
人生の道はどちらか一方に続いている。
それは私達においても同様、自分で新たな道を切り開くのか、それとも他者に任せて作ったレールの上を進んで終わりの世界に落ちるのか。
文化は盛衰を繰り返し、文明も繁栄してはまた消えてゆき、偉大な預言者ノストラダムスでさえも最後は死ぬ運命にあった。
しかし彼のメッセージは生き続ける。
私達を成功、又は破滅へと誘いながら。
変革は大変に困難であろう。
都市も田舎も変化による恩恵を受けるだろう。
その変化は高い水準に保たれ、分別が確立され、狡猾な者達は追い出される。
海と陸が復活する。
人間の調和が目覚めるように。

【その他人類の滅亡を示す予言】
ノストラダムスの4行詩の中に2012の数字は見られないが、ある詩が天文学的な出来事が起こる可能性を示唆しているという人もいる。
“空に炎が現れる。火花の尾をつけて。”
これが小惑星や彗星を意味しているという研究者もいる。
数10億年に渡り、地球には様々な天体が通過してきた。
絶滅を引き起こしたものもある。
2012年、小惑星は衝突するのか?
NASAによると太陽系の中にある脅威となりえる小惑星や彗星は全部で20000個にのぼる。
その中で位置を把握できているのは6000個のみ。
衝突軌道にのっているものもあるという人もいる。
また太陽の活動が2012年に活発化する。
もし2012年にこれまでにないほど活動が活発になれば何が起こるのだろうか?
何の前触れもなく、緯度の高い地域で通信が途絶える。
そのあと陽イオンや電子などの荷電粒子(太陽プラズマ)の塊が地球にぶつかり、地球磁気圏を圧縮する。
そして磁気圏の中に磁気嵐が引き起こされる。
人工衛星が故障し、通信は途絶え、電力がダウンする。
電力の供給が止まれば待っているのは混乱だけ。
これが現実となるのか、それとも弱まりつつも磁気圏は守ってくれるのか、今までのように・・・

ヒンドゥ教の神話も宇宙にあるすべてのものには周期があるという考え方。
この神話によるとこの世の中は誕生と消滅を繰り返す。
それを4つの周期に分ける。
人間は周期の初めには善なることや崇高な理想を教え諭されているが、そのうちに悪や堕落といった状態になってゆくという。
古代のヒンドゥ教の文書によれば、今はカリユガの最後にあたるらしい。
またカリユガの始まりは紀元前3102年だという。
その時はマヤ歴の長期暦が始まった時と12年しか違わない。
カリユガが2012年に終われば世界の終りも来るのだろうか?

1970年代シャーマンと名乗るアメリカ人が変った宇宙旅行を経験した。
現代社会を否定していた彼は、人間と言うものについて深く追求していた。
名前はTerence McKenna、高等数学と中国哲学、幻覚剤を融合して、新たな予言の公式を生み出そうとしていた。
最終的にたどり着いた結論は、マヤ人と同じく人類は2012年に絶滅するというものだった。
1971年彼は弟のデニスと共にコロンビアアマゾンへ行き、神秘体験をする。
その時に得た世界の終焉という結論の奇抜さは、研究者の注目を浴びた。
この兄弟がコロンビアへ言ったのはウークーヘを手に入れるためだった。
それは幻覚剤のDMTを含んでいた。
幻覚剤を使ってテレンス・マッケナが行き着いたのは、タイムウェーブ0理論と言う画期的な理論。
この理論によればこの世界の重大な出来事は、いつ発生するか、元々決まっているらしい。
そしてここ数千年でその数は急激に増えており、2012年頂点に達するという。
この経験についてマッケナ兄弟は人間の中に眠る潜在能力の探究だという。
その経験の中でテレンスは数値パターンについて書かれた古代中国の書物、易経について分析するよう神に命じられたと感じた。
易経は一見無作為に思える過去や未来の出来事を記号の組み合わせによって体系化するためのもの。
この書は現在でも未来を占うための方法として使われている。
易経は破線と実線を使った八卦というパターンを土台に、そこからさらに64通りの組み合わせを作り上げている。
テレンスはチャート図を書き始めた。
チャートは易経にある64卦が表す周期を実際の出来事と組み合わせたもの。
6本の線が64通りだと384本になる。
これは太陰暦で13ヶ月ある時、閏年の日数と同じ。
テレンスは易経をベースに高等数学も利用して、新しい出来事があった時をチャートの上に書き込んでいった。
そしてその中からこの世における最後の周期の始まりとなる出来事を探した。
彼が選んだのは1945年8月広島に原爆が落とされた日。
その日付にさらに67.29年を足した。
これは易経によって求められた周期1つ分の長さだという。
はじき出された答は2012年12月、マヤ人が予言した世界が終わる日と同じ。

2008年10月ニューヨーク、世界の金融の中心で、アメリカ経済が混乱状態へと急激に落下。
その影響は世界中に飛び火した。
大手の金融会社が破綻し、食品や燃料の価格は急騰、アメリカの失業率は第二次世界大戦以来最悪となった。
2012年を4年後にひかえ、世界は大混乱に陥った。
2012年問題に終止符を打つ新たな予言があるらしい。
それはコンピューター時代の革命的な偉業だという。
1997年元コンピューターコンサルタントのクリフという人物がWeb-botと呼ばれるプログラムを開発した。
インターネットは世界中にある膨大な量の情報を蓄積したり広めたりすることができる。
そこには我々が第六感によって察知した未来の情報が溢れているという人もいる。
ウェブボットはそれを解読する道具。
Web-botは世の中の動向に関するキーワードをネット上から自動的に探し出すプログラム。
しかも探し出したキーワードとそれを含む文章を言語プログラムを使って分析もするらしい。
データは最後には1ヶ所に集積される。
場所は非公開だが、そこで分析作業が行われているという。
そして出た答は謎めいた単語の羅列。
1990年代Web-botは無数の言葉を分析し、結果をまとめ、2001年思いもよらない単語が吐き出された。
「2001年6月友人からメールが来た。
夏の終わりに何かが起こるらしい。
高層ビルの破壊、飛行機、テロ、多くの死がキーワードだという内容。
その後9.11が起こった。
数年後また何か起こるらしいといメールがきた。
無いような南の都市、洪水、多くの死。
3週間後、カトリーナがニューオリンズに上陸した。」
2005年8月29日、ハリケーンカトリーナがアメリカ南部の沿岸地域に上陸、堤防が決壊しニューオリンズは市内の8割が水没した。
2000人近くの人が死亡、被害総額は1000億ドル以上にもなった。
Web- botを予言プログラムだとみなしている人達は、これからまだ起こることがあるという。
その多くが指し示しているのは悲惨な未来。
2008年の株価暴落、銀行の破綻、失業者の増大、住宅市場の崩壊、こういったことが起こるということをWeb- botはインターネットを通じて知っていたと主張する人もいる。
そのWeb-botは2012年について膨大な数の犠牲者を予知しているらしい。
その原因は疫病、経済の崩壊、宇宙からおとずれる未知の脅威・・・
もしWeb-botの信仰者が信じているように、2012年に世界が壊滅するとしたら、その翌日2012年12月22日はどうなっているのだろうか?
生き残る人はいるのだろうか?
世界は再建できるのだろうか?
地球の片隅にある終末の日のための貯蔵庫が我々の頼みの綱となるかもしれない。
研究者達はこう言っている。
大異変の後、落ち着きを取り戻し、安全になる可能性があるのは都会や海、原子力プラントから遠く、少なくとも海抜1800mはある場所だと。

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般若心経 心を癒す処方箋


戦後の復興を経て、昭和30年代以降、急激な経済成長を遂げた日本。
わき目もふらず働く日本人は、同時にストレスの多い競争社会を生み出した。
そんな時代に人々の心をつかんだお経が般若心経。
般若心経は、ものにこだわらない空の思想を説く。
その教えはストレスの多い競争社会で心の拠り所を失った人々を癒し、広く浸透していった。
町の本屋さんの仏教のコーナー、他を圧倒してズラリと並ぶのが般若心経の本。
漫画で描かれた入門書から、本格的な専門書まで、様々な種類が出版されている。
般若といえば、脳のお面を思い浮かべるが、般若心経とは全く関係ない。


“般若”とはもとはサンスクリット語で“智慧”を意味している。
古都奈良、宗教評論家・ひろさちや氏は、般若心経の魅力を探るため、世界遺産・薬師寺(法相宗大本山)へやってきた。
薬師寺で、最も重要なお経の1つとして位置づけられているのが般若心経。
毎日般若心経が唱えられている。
般若心経は300時足らずの短いお経、何度も繰り返し読まれる。
その1字1字に非常に深い意味がある。
般若心経が日本に伝わったのは7世紀。
その後急速に広まってゆく。
インドで作られた般若心経を私達が今読んでいる形に翻訳したのが玄奘三蔵。
1000巻以上のお経を翻訳したが、旅の最中常に唱えていたのが般若心経だったといわれている。
般若心経は仏教の真髄が凝縮されたお経と捉えられているため、日本に入ってきた後、宗派を問わずほとんどの寺院で読まれるようになった。


般若心経は正式には『摩訶般若波羅蜜多心経』という。
この名前に般若心経の重要性が表現されている。
摩訶=大きい 般若=智慧 波羅蜜多=完成
つまり摩訶般若波羅蜜多心経とは完成された最高の智慧のお経ということ。
波羅蜜多にはもう1つ深い意味が込められている。
波羅蜜多は元々のサンスクリット語では“パーラミター(Pāramitā)”、これは般若心経が説く智慧がどういったものなのかを明らかにしている。
川を船で渡る姿を思い浮かべてみよう。
向こう岸を彼岸というが、これをサンスクリット後で言うと“パーラム”、仏の世界を表す。
一方一生懸命船をこいで川を渡ろうとする、この渡るという行為は“イター”という。
“パーラミター”とはパーラム+イターつまり“彼岸に渡る”という意味。
般若心経は私達が住むこの娑婆の世界から離れて、仏の世界に渡り、そこで仏の智慧を学びなさいと説くお経。
ひろさちや「私達は娑婆世界に行き、娑婆世界で智慧を持っている。
しかしこの智慧は多かれ少なかれ人を騙くらかす智慧。
得をしたり、何とかして儲けたいという智慧。
どうしたら儲かるか、損をしないようにできるかという智慧ばかりが発達している。
そこで仏教の智慧という意味で般若という新しい概念を作った。
損得の智慧じゃない、もっと仏様の智慧を持つ。
競争原理に基づいて得したいという智慧ではなく、ちょっとぐらい損したっていいよね、という智慧をもって、こっち岸を見るならば、もう少しゆとりのある生活ができる、もう少し楽に生きられる、と教えているのが般若心経。」


般若心経は具体的にどのような教えを説いているのだろうか?
全てあわせても300字足らずの般若心経、実はその最初の25文字に重要な教えが要約されている。
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄
「観自在菩薩」とは観音菩薩のこと。
観音様が彼岸の智慧について修行した時のことについて語っている。
「五蘊」とは物質や精神、肉体のことだが、これらが皆、実態のない空だと分かって一切の苦しみから抜け出すことができたとおっしゃっている。
つまりすべては空だから、苦しむ必要はないのですろ、と語っているのだ。
ひろさちや「空とは何なのか。
まず1つは、あるとかないとかいう概念を超越したものが空。
例えば苦しみや災難に遭った時、何とかしてその災難から逃れようとする。
それは災難というものを実態視している。
現実に災難がある、その災難から逃れようとする。
でも本当に災難はあるのかどうかということ。」


空とは一体どういうことなのか?
禅の僧侶、菩提達磨のエピソードによると・・・
ある日達磨が座禅をくんでいた。
そこへ1人の弟子が深刻な顔をしてやって来た。
弟子「毎日不安で仕方ありません。
何とか安心させて下さい。」
達磨は即座に答えた。「今からお前を安心させてやる。」
弟子「え〜!本当ですか?」
達磨「安心させてあげるから、その不安な心をここへ持ってきなさい。」
弟子「いくら探しても不安な心は見つかりませんでした。」
達磨「不安なんて元々ないということだ。
安心しただろう?」
弟子「はい、安心しました。」


ひろさちや「私達は不安だ不安だと思っているが、不安は本当にあるのだろうか、ということ。
そのこだわりを取りなさいということが、空。
例えば小学生が校庭で遊んでいる時、この学校の運動場は狭いなぁ、もっと広い運動場であればいいなぁと思うが、その同じ運動場を掃除させられると、なんて広いんだ、もっと狭い方がいいなぁと思う。
広さ狭さというのは、実態的にあるわけではない。
私達の見方によって広くもなり狭くもなる。
あるとかないとかいう概念を超越している。
そのようなこだわりのない心で見ればよいのだ。
私達は苦しいときに苦しみから逃れようとするが、本当に苦しみを実態視してはいけないということ。
むしろ苦をなくそうとするよりも、苦でなくせばよいのだ、という角度で考えてごらんという、般若心経のアドバイス。」


日本の多くの寺院で読まれるようになった般若心経。
庶民が親しむようになったのは、戦後のこと。
そのキッカケの1つが薬師寺の復興だった。
創建以来薬師寺は、幾たびも戦火に見舞われてきた。
戦国時代には、東塔、東院堂以外のほとんどの伽藍が焼失。
その後400年以上、荒れたまま放置されていた。
本尊を安置する金堂も、雨漏りのする仮住いでしのいでいた。
この薬師寺をよみがえらせたのが、般若心経の魅力だった。
昭和43年薬師寺は、般若心経の写経を呼びかけた。
集まったお金を債権にあてようと考えた。(写経勧進)
この呼びかけに多くの人が賛同し、薬師寺での般若心経の写経は一大ブームとなり、その教えが民衆の間に広がっていった。
写経勧進が始まった昭和40年代半ば、日本は高度経済成長の真っ只中にいた。
ビルや道路の建設、工業製品の開発・・・
敗戦からわずか20年で、世界の経済大国の仲間入りを果たそうとしていた。
人々が豊かな暮らしを求め、一心不乱に突き進んだ時代。
こうした中、薬師寺の再建を目的とした般若心経の写経は、大成功を収めた。
当初も目標とした写経100万巻は、10年足らずで達成。
写経勧進で集まったお金で、次々と伽藍が再建され、薬師寺は白鳳時代の威風を取り戻した。
写経勧進は現在も引き続き行われ、そのお金は寺の修復などにあてられている。
薬師寺では全ての写経を境内に大切に保管している。
これまでに集まった写経の数は730万巻。

ひろさちや「経済が発展するするためには、ある意味競争しなければならない。
競争原理が支配するので、私達の娑婆(現実の世界)は競争社会になっている。
競争世界の中で、競争が激烈に行われるからこそ、経済が発展してゆく。
その中で確かに物質的に豊かになったが、民衆としては何か心の拠り所がないなぁ、経済だけでよいのだろうか、もうちょっと何か欲しいという思いが潜在的にあった。
それが薬師寺の写経運動とうまくマッチしたのだろう。
豊かさは空しいもの、実態がない。
そんな豊かさの実態を求めてもしょうがない、貧しいことは実態的に貧しいのでななく、空なもの、単なる縁なのだということに気付かせてもらっとということが、人々の心の癒しになったのだろう。」


色即是空 空即是色とは、どんな意味なのだろうか?
「色」とは肉体や物質、つまり形あるもののこと。
それはまるで空に浮かぶ雲のように、いつまでも同じ形でいられるものではなく、いつかはなくなってしまう。
一方でまた、すぐに形作られるものでもある。
このように全てのものには実態がないということを説いている。
この教えは競争社会を生きる現代の私達にも輝きを放ち続ける。
今も根強い人気を誇る般若心経の写経、多くの人々が心の安らぎを求めて訪れている。
ストレスの多い現代社会、般若心経の空の教えは、私達に大きな癒しを与えてくれる。
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Freemasons フリーメイソンの謎
世界で最も古い秘密の団体、フリーメイソン。
これまでの長い歴史の中で、世界征服を企んでいると疑われ、イギリス、フランス、アメリカで流血の革命をあおったとなじられ、悪魔を崇拝し、陰謀の資金源とするためにソロモン王の古代の宝を盗んだと非難されている。
しかしフリーメイソンは自らを、福祉活動に熱心で儀式を執り行うことによって結束を深めている親睦団体に過ぎない、と述べている。
フリーメイソンの真の姿とは?
彼らの秘密とは?


きょろきょろフリーメイソンの起源
起源の1つは、建築中の神殿が舞台となる。


紀元前1000年頃、聖書『列王記』に出てくるヤモメの子、Hiram Abiffは、ソロモン神殿建設時の棟梁とされている。
ソロモン神殿は、十戒が刻まれた石版を保管し、神を祀るために建てられた。
フリーメイソンの伝説によると、イスラエルのソロモン王は、その設計図を神から直に受け取ったという。
同時にHiramも神の秘策を知っていた。


建設中、Hiramの3人の部下は、石工技術の秘密を神からもらっていないことに嫉妬し、Hiramから聞き出そうと画策した。
3人は秘密の暗号の言葉があれば、Hiramが持っている秘策が手に入り、果ては魔法に変えられると信じていた。
毎日正午になると、Hiramは祈祷のために現場を離れた。
3人の男達は、神殿の3つの扉でそれぞれ待ち伏せた。


Hiramが東の扉に近付くと、男が呼びとめて秘密の言葉を求めた。
Hiramは「工事が終わったら教えてもらえる。」と答えた。
その秘密の言葉は、達成度合いによって与えられた。
石工職人は、徒弟職人の後、棟梁という言葉が与えられた。
男は逆上してHiramの喉を研いだ石で切りつけた。
Hiramが逃げると、南の扉にいた男が言葉を要求した。
ここでもHiramが断ると、男は直角定規で襲い掛かった。
よろめきながら西の扉へ向う。
ここでも脅されたが、やはり話さなかった。
その時決定的一撃をくらう。


死ぬ直前、Hiramは叫んだ。
「未亡人の息子を助けよ。」その言葉は仲間達に助けを求める時のフリーメイソンの合言葉になった。
秘密の言葉を守りぬいたHiramは、今やフリーメイソンでは英雄として敬われている。
Hiramは自由な石工職人、自由な建設者の代表。
宗教の自由、言論の自由など、現在尊重されている全ての自由を持つ人。
ただし自由な建設者は、常に3つの大きな敵に狙われている。
無知理性を失った状態抑圧

Hiramとソロモン神殿が存在した記録は聖書以外にほとんどない。
しかし世界中に15000あるフリーメイソンのLodgeそれぞれが、聖書のソロモン神殿の記述に則って設計されている。


会員はソロモン神殿に関連する象徴をつけた儀礼用衣装を身につけ、Lodgeの中にある礼拝堂で、Hiram Abiff殺害の儀式を行う。
儀式を受ける人は、この部屋でのことを決して口外せず、背いた場合は命を差し出すことを誓う。


その後Hiramの役を演じる。
3回なぐられて死ぬ場面を儀式的に行う。
その儀礼は秘密を守り、つながりを保つという忠誠心や誠実さを意味している。
Hiram役を2度生き返らせようとするが、うまくいかない。
そして3度目に成功する。
Hiram役は起き上がり、棟梁として生まれ変わる。
死からの復活は、魂が不滅であることを教えるもの。
それを知ることによって会員は、肉体的、知的に向上するだけでなく、奥義に通じるために自らの霊的な部分を高めてゆける。
死と復活はフリーメイソンの理念の柱。
会員はみな死から復活したことになっている。
儀礼は物語的だが、儀礼の体験はそれぞれの会員が心の内側に秘める個人的な秘密。



現在フリーメイソンの会員数は世界中で約300万人と言われている。
その多くが教育を受けた男性で、地域のリーダー的立場の者が多い。
Winston Churchill、Henry Ford、Duke Ellington、思想家Voltaire、Wolfgang Amadeus Mozartなど。
アメリカでは独立宣言の9人の署名者、George Washington、13人の歴代大統領などが会員。


しかしフリーメイソンに多くの権力者が集まったため、いくつかの陰謀説が噂された。
ダイアナ妃の死は、フリーメイソンのユダヤ人帝国主義者の陰謀だとインターネットにある。
それは違うと反論すると、まだ階級が低いから知らないのだと言われる。


フリーメイソンは設立直後から謎の団体として恐れられていた。
ヨーロッパが暗黒時代に入った時、数人の石工職人が秘密の技を手に入れて、荘厳な大聖堂を建てた。
それが秘密結社の下地となる。
フリーメイソンの起源の謎を解くカギの1つはある労働者集団の伝説の中にある。
中世時代、北ヨーロッパの石工職人達は、読み書きはできなくても切り出してきた石を荘厳な聖堂に変えていた。
石で造られた建物は、神と関わりあっていることを意味していた。
建築技術や知識は、幾何学天文学がもとになっていた。
信仰と建築は結びついていた。


石工職人は、魔法のような技を見せるので、中世ヨーロッパでは特別な存在だった。
仕事先へ向うため、国境を自由に越える権利を与えられていた。
その特権により、彼らは「自由な石工職人」と呼ばれるようになった。
新顔の職人は現場に来ると階級を示すため、責任者と握手をした。
石工の3つの階級、徒弟 (Entered Apprentice)、職人 (Fellow Craft)、棟梁(Master Mason)は手の握り方が違っていた。
フリーメイソンはこの石工職人の握手の仕方を採用している。
19世紀の書物にその秘密の握手法が記されている。
徒弟:親指で相手の人差し指の付け根の関節を上から押さえる。
職人:相手の人差し指と中指の付け根の関節を押さえる。
棟梁:相手の右手を手首まで深々と握り、相手の親指と組み合わせる。
これはライオンの握手法という。
握手法は労働組合の先駆けでもある中世の石工職人ギルドで考案された。


組合の精神は民主的で、石工達は裕福な棟梁から階級が最も低い徒弟までお互いを「兄弟」と呼び合った。
その平等の理念は、現在のフリーメイソンでは中世の時代の水準器に象徴されている。
英語の「Level」には水準器という意味もある。


中世の石工職人の道具は簡素であり、だからこそ特殊な能力を発揮できた。
スコットランドにあるJedburgh Abbeyの窓枠は、石工の棟梁がコンパスを何度か回転させながらデザインした。
石工職人は、縦横の分割比率1:√2を好んだ。
この比率をもとに、Jedburgh Abbeyの入口から祭壇までの長さが計算された。
この比率は見た目にバランスがよいだけではない。
神と結びつくために必要な神聖な比率だと受け止められていた。


幾何学は数学の一分野というだけではなく、神に続く確実な道だった。
現在石工職人が生み出した数学と神秘の混合はフリーメイソンに受け継がれている。
現在のフリーメイソンの中核には2つの異なる世界観が複雑に混じり合っている。
1.現在生きている私達が知らないことを過去に生きてきた人々は知っている、という神秘的でミステリアスな世界。
2.とてもシンプルで規則に則っていて基本的に数学的な世界。


中世の石工職人が生み出した正確な技術、神秘性、民主性はヨーロッパに新たに生まれた求心的な思想家達を引きつけた。
啓蒙主義の科学者、哲学者だ。
18世紀これら高貴な紳士達は、自由な石工職人達の後を継ぎ、世界的な勢力を作り出した。


イギリスではIsaac Newtonが教会の教えに背を向け、世界を理解するために科学理論に目を向けた。
この時代の科学の中心は、王立協会で、18世紀初めNewtonは協会の会長になった。
王立協会は彼らの経験に即した信仰体系、宇宙論、世界観を作り出そうとしていた。
Newtonは数学と観察だけを頼りに、物理の合理的な法則を打ち立てた。
神の存在を意識することなく、自然界の作用の謎を解いた。
しかしNewtonは法則の発見だけに満足していなかった。
Newtonとフリーメイソンは色々な知識を交換しあった。
数学や科学の知識を提供したNewtonは、古代世界と人間の起源についての知識をフリーメイソンから得た。


またNewtonは錬金術にも興味を持ち、賢者の石
(lapidis philosophorum)を作るために実験を重ねた。
賢者の石:病気を治し、心を癒し、寿命を延ばし、非金属を金に変える魔法の物質。
Newtonは聖書に記されたソロモン神殿の記述の中に、賢者の石を作るための秘策があるに違いないと考え、ソロモン神殿を図に表した。
その神殿の構造を平面に描くことによって、大きさを理解し、建物を想像したが、賢者の石は見つからなかった。


啓蒙思想は政治にも強い影響を与えた。
1649年裁判で専制君主Charles気僚莊が命じられた。
王制が廃止され、共和制がしかれた。
その知らせにルイ14世などヨーロッパのほかの絶対君主は危機を覚えた。


ヨーロッパ中の啓蒙思想が弾圧されたが、カトリック教会もその新しく力のある驚異に目を向けた。
もし科学に関わり、自由主義や人間主義を信仰し、教会と国から分離することを望んだ場合は、反対分子とみなされ、宗教裁判を受ける恐れがあった。
迫害を避けるため、啓蒙主義の人々は安全に会える場所を探した。
そこで見つけたのが石工職人ギルド
その民主性は啓蒙思想を一段と飛躍させるかのように思えた。
石工職人はこれらの紳士達が尊敬すべき人々に思えた。
18世紀のフリーメイソンのメンバーは、コーヒーハウスをLodgeの代りに使っていたと言われている。
そこから生み出されていた思想は、寛容兄弟愛平等主義で、当時としては斬新な考え方だった。


やがて石工職人はいなくなり、紳士達だけになり、1717年1月ロンドンのパブで、Newtonの友人Jean DesaguliersがFreemasons Grand Lodgeを設立。
Lodgeとは中世の建築現場で職人が飲食をした小屋のこと。


フリーメイソンは基本理念として、当時は求心的だった宗教の寛容を挙げている。
リーダーは民主的に選出したが、考え方は衝撃的だった。
自由な建築者Hiram Abiffの伝説を中核とし、道徳心を向上させ、社会を改善することを目的とする多くのシンボルを作り出した。
直角定規は「自分の行動を正せ」、コンパスは「感情を抑えよ」。
「G」の文字は幾何学Geometry、神Godの頭文字。
また宇宙の偉大なる建築士の頭文字。
会員は最高の存在を誰にしてもよいので、Gは宗教の自由を意味してる。


カトリック教会は、設立後すぐにフリーメイソンを非難した。
1738年教皇Clemens12世はフリーメイソンを攻撃する始めての大勅書を発令した。
カトリック教会は、フリーメイソンの拡大を食い止めるため、できる限りのことをしたが、フリーメイソンは新しい世界観を展開していたので、たちまち広まっていった。
まもなく民主革命が起こり、古い秩序は取り除かれた。
フリーメイソンはその中心に身を置いた。

フリーメイソンの歴史は、中世の石工職人に端を発するという説がある一方、約3000年前の古代の伝統が時を越えて中世のテンプル騎士団に受け継がれ、フリーメイソンが生まれたとする説がある。
現在フリーメイソンで行われている儀式はテンプル騎士団からきていると思われる。
騎士団はそれをキリスト時代のエルサレムの聖職者から教わった。


教皇の特別なキリストの兵士達は、十字軍遠征時に異教徒、特にイスラム教徒を大量虐殺した後、ヨーロッパで富と権力を築いた。
1118年キリスト教徒巡礼者の警備のため、聖地エルサレムへ向ったフランス人9人。
エルサレムに到着した一行は、Al-Aqsa Mosqueを拠点に活動することにした。
Al-Aqsa Mosqueはユダヤ教寺院の廃墟の真上に建てられていた。
言い伝えによるとその廃墟にはフリーメイソンにとって重要なソロモン神殿が建てられていたという。


テンプル騎士団は、自分達の馬をモスクの南東の高台の下にある「ソロモンの厩」につないでおくことにした。
騎士団はその場所を片付けることにしたが、大変な作業になった。
騎士団がその散らかった厩を選んだのは、埋蔵された宝を掘り起こすためだったと言われている。
ソロモンの黄金、古代ローマの略奪品、聖杯、そして古代ユダヤの宗教一派エッセネ派の失われた秘密など。
エッセネ派の儀礼の書には、ソロモン王のように人間が神と直接対話できる秘策が記されていたという。
死海文書に書かれていたその記述を、作家でフリーメイソン会員のChristopher Knightは「真の秘法」という。
秘密を見つけたとされるテンプル騎士団は、1127年ヨーロッパへ戻り、教会の支援を取り付けた。
その後すぐ1200人の騎士と20000人の家来を持つ組織に膨れ上がった。
活動の範囲も銀行業務、貿易、保安に広がり、10年もしない内にテンプル騎士団は有力な国際勢力になった。


テンプル騎士団は会合を夜間にのみ行うと規則に定めた。
数年後キリスト教のものではない不思議な儀式をしているという噂が流れた。
そうした儀式は、テンプル騎士団が発見した古文書に記されていたのではないかと言われている。
古代の宗教の礼拝を再現するために行われたそれらの儀式は、テンプル騎士団の結束を強めた。
そしてその後すぐ、石工職人と結束する手段として使われることになる。
テンプル騎士団は石工職人達を雇い、巨大建造物の建設に乗り出した。
シャルトル大聖堂、ノートルダム寺院などの建物だ。
テンプル騎士団は石工職人達を騎士団の下の階級に所属させ、互いの結束を強めるため秘密の儀式を行った。
その儀式は現在のフリーメイソンに受け継がれている、とChristopher Knightは言うが、その意味は失われているという。
フリーメイソンが秘密の雰囲気を持つようになったのは、彼らが行っている儀式のせいだが、彼らはその意味を分かっていない。


1307年10/13(金)フランス王は騎士団の財産を没収するため、1日でテンプルの騎士を全員逮捕する命令を下した。
教皇Clement垢蓮▲謄鵐廛襪鯣麁颪靴拭
逮捕の容疑は神への冒涜と異端、十字架に唾をはいた、猫や切断した人間の頭やBaphometを崇拝した、など。


偶像Baphometの意味は今でも謎のまま。
イスラムの預言者「ムハンマド(Muhammad)」の名をもじったという説や、ギリシャの言葉「知恵の洗礼(Baphe Metis)」からきていうという説もあるが、今でも悪魔信仰の偶像となっている。
テンプル騎士団の最大の容疑はキリストの神聖と十字架の力の否定だった。
テンプ津騎士団は否定はしていなかったのだが、残虐な拷問を受けた。
5年間に渡る裁判や処刑の後、1312年ローマ教皇はテンプル騎士団を解散させた。


騎士団はそのまま歴史から消えたのだろうか?
テンプルの騎士達はヨーロッパ全土に散らばり身を隠し、新しい秘密結社を作り騎士団の伝統を残した。
中には石工職人の組合に紛れ込み、各地を渡り歩いた者もいた。
Christopher Knightの説によると、テンプル騎士団の残党は、秘密の知識や巻物を持って、スコットランドにあるRosslyn Chapelsに行ったという。
フリーメイソンの儀礼の書に、ソロモン王がソロモン神殿の地下室で上級の司祭達と会う場面がある。
それと全く同じ空間がロスリンにもある。
礼拝堂には入念な彫刻が一面に施され、その量に圧倒される。
15世紀の貴族で地元石工職人ギルドの後援者だったWilliam St.Clairが建設した。(1446年)
彼の死から大分後に刻まれた碑文によると、テンプルの騎士がロスリンの所有権を主張している。
William St.Clairがテンプルの騎士だったことを証明する文章はない。
Rosslyn Chapelsを建てたのはテンプルの騎士達ではないが、騎士達がRosslyn Chapelsの近くに砦を設け、秘密結社として生き残ろうとしたことは確か。


テンプル騎士団との関係を探るために、毎年Rosslyn Chapelsに数1000人の人々が訪れている。
『ダヴィンチ・コード』に登場するからだ。


窓際にある彫刻、騎士が人と一緒に馬に乗っている。
馬に乗って人を後ろに乗せているのはテンプルの騎士を暗示している。
槍と十字架を持っているのは、まさにテンプル騎士団の像と言える。
Rosslyn Chapelsはソロモン神殿の複製で、テンプル騎士団の古代信仰が再開したことを、各地の騎士達に伝える合図という説があるが、Christopher Knightは異論を唱える。
なぜなら途中まで建てられた礼拝堂の西の壁は、エルサレムの嘆きの壁の複製であり、全体の設計についてはソロモン神殿の跡地に建てられたヘロデ神殿を基本にしていると思われるから。


徒弟に殺害された棟梁Hiram Abiffと似たような伝説がRosslyn Chapelsの「徒弟の柱」に秘められている。
ローマでこの上なく美しい柱を見たWilliam St.Clairは、そのレプリカを自分の礼拝堂にも欲しいと思い、石工の棟梁に同じ柱を造ってほしいと頼んだ。
棟梁はローマに行き、同じ柱を見てくることにした。
棟梁が留守の間、1人の徒弟が夢を見た。
美しい柱の造り方を教えられ、見事に完成する夢。
棟梁が戻ってこないので不安に思ったSt.Clairは、徒弟に柱の製作を頼み、できたのが↓。


ところが棟梁は戻ってきた。
その美しい柱を見た棟梁は嫉妬にかられ、小槌をつかんで徒弟の頭に振り下ろし、殺してしまった。
すると他の徒弟が皆で棟梁を攻撃し、その場で殺害した。
徒弟達はこの話を残すべきだと考え、礼拝堂の内部にこの話に関連する顔を掘った。
徒弟の顔の額の右上に大きな傷があるが、ここが小槌の当たった場所だと言われている。
そして反対側に、表情は消えつつあるが、石工の棟梁の顔がある。


他にもフリーメイソンに関連する彫刻がある。
独特のポーズはフリーメイソンの参入の儀礼で参入者がとる体を曲げたポーズと全く同じ。


またフリーメイソンの入会の儀式を受けている入会希望者を表す小さな彫刻もある。
フリーメイソンができるずっと前の彫刻で、入会に必要な縄を首にかけている。
儀式を執り行っているのは胸にテンプルの十字架をつけて、ヒゲを生やしたテンプルの騎士。
現代のフリーメイソンの入会の儀式とこの彫刻には、類似点がとても多い。


Christopher Knightの説を否定する学者がいる。
Rosslyn ChapelsはWilliam St.Clairがキリスト教、ケルト文化、民間伝承など、貴重な文化遺産を保存するために建てたものだという。
アメリカに生息する種のトウモロコシの彫刻。
コロンブスが大航海に出発する50年前に掘られた。
1500年頃の伝説によると、William St.Clairの祖父ヘンリー卿は、テンプルの岸として新世界へ遠征隊を導き、トウモロコシを持ち帰って孫に渡した、とされている。
新世界にしか生息しないミヤコ草の仲間、Prairie trefoilの彫刻もある。



テンプル騎士団がアメリカに存在したことは、状況から判断されているに過ぎず、研究者は認めていない。
しかしアメリカでのテンプル騎士団が後にフリーメイソンに生まれ変わったとする説がある。
古代のユダヤ人聖職者達が心の中に抱いていた平等と自由の思想を基盤に、フリーメイソンの会員達は、自由が保障された新しいユートピアを造った。
Benjamin Franklin、George Washington、Paul Revereなど、フリーメイソンの会員はみなアメリカ独立で重要な役割を果たした。
そのためアメリカの独立はフリーメイソンの陰謀ではないかという噂が流れた。

きょろきょろアメリカにおけるフリーメイソンの真実
アメリカ合衆国の首都ワシントンDCは、美しい都市としていられている。
近年かつて取沙汰されたある疑いが再び嵐のように世間に渦巻いている。
それはアメリカがフリーメイソンに操られているという噂。
フリーメイソンを象徴するシンボルは、私達がよく見る景色の中に、ひっそりとあちこちにある。
その1つがフリーメイソンのLodgeで見かけるコンパスと直角定規のシンボル。
中央の「G」は神を意味する宇宙の偉大な建築士のこと。
他のシンボルは目立たない所にある。
ドル紙幣には秘密の暗号が記されている。
それはアメリカ征服計画は上手くいっている事を意味するという。
しかし研究者はその説を否定している。


物語はイギリスで始まる。
どのような経過を辿ったかは不明だが、18席中世の自由な石工職人は野心を持った貴族達によて全く別の組織に変わっていた。
この新しいフリーメイソンは、科学、理性、平等、言論の自由が混ざった啓蒙思想の秘密の会を作り出そうとしていた。
フリーメイソンを知性と科学的知識の貯蔵庫として捉えるのは重要なこと。
なぜならその当時教会が支配権を握っていたので、フリーメイソンは秘密結社として活動しなければならなかった。

1730年代後半、ローマ教皇は勅書を発令し、ローマカトリック教徒がその親睦団体に入ることを禁じた。
なぜならフリーメイソンは異なる宗教間のバリアを打ち破って区別をなくそうとしていたから。
フリーメイソンは未来を期待させる新世界観を展開していたので、たちまち広まっていった。
フランスの思想家Voltaire、フリーメイソンのために『魔笛』を作曲したWolfgang Amadeus Mozartも会員だった。
Adam Smith、David Humeなどアメリカ独立に影響を与えた人も会員だった。
Benjamin Franklinはフリーメイソンに入会した最初のアメリカ人の1人。
1731年フィラデルフィアで奇妙な入会儀式に臨んだ。
フリーメイソンで行われている儀式は、古代ユダヤの伝説をもとにしている。
3000年前のソロモン王の頃のものだ。
死と復活はフリーメイソンの理念の柱。
会員は皆死から復活したことになっている。
フリーメイソンの秘密主義とどの宗教の信者でも受け入れる理念が、疑惑を増幅させている。
1730年代、アメリカではフリーメイソンの存在が大変話題になった。
フリーメイソンは宗派の区別なく入会させていたので、多くの人々に衝撃を与えた。

フリーメイソンは植民地全体に広がり、1770年代になると独立の気運が高まり会員のPaul Revereなどが活躍した。
ボストン茶会事件は、アメリカの独立運動を起こすキッカケとなった事件。
これにもフリーメイソンが深く関わっている。


ボストンにはGreen Dragon Tavernという酒場があった。
フリーメイソンの会合場所で、茶会事件の打ち合わせが何度も行われた。
当時のGreen Dragon Tavernの絵に「A planning site for the Boston Tea Party(我々はここで計画した)」と書かれている。
同じLodgeにPaul Revere、John Hancock、Joseph Warrenがいた。
皆リベラル派。


アメリカの独立運動は確実にフリーメイソンの影響を受ける。
Thomas Jeffersonが起草した独立宣言の文案に、会員のBenjamin Franklinが変更を求めた。
「我々は神聖で否定できない真理として…」この「神聖」という言葉が気になった。
進んだ啓蒙思想を抱いていたFranklinは、アメリカは信仰ではなく理性で結束すべきだと考えていた。
そこでより相応しい「自明の」と言う言葉を使った。
「自明の理念として全ての人々は平等である。」
独立宣言は初期のフリーメイソンと同じく啓蒙思想に基づいていた。
基本となった世界観は今尚神は存在しているが、宗教で人々を区別することはしないという思想。
独立宣言では、神の摂理については語っているが、神そのものについては語っていない。
人間の信仰やよい行いを実践することの重要性、寛容、進歩、社会を変えるために結束する必要性について語っている。


独立宣言に署名した56人の内、9人はフリーメイソンだった。
その中には裁判所の判事John Hancockもいたが、最も重要なフリーメイソン会員はGeorge Washington。
独立戦争が行われいる間、Washington将軍は寄せ集めの陸軍を一大戦力に変えるために努力していた。
野営地にフリーメイソンのLodgeを設けたが、そこは議論の場となり、アメリカらしさが形作られることになった。


初め陸軍は劣勢に甘んじていたが、Washingtonは多くの軍事物資と人材を集めなければ独立戦争に勝てないと案じた。
そこでWashingtonのフリーメイソン仲間Benjamin Franklinがその課題を引きうけ、フランス国王に援軍を頼んだ。
Benjamin Franklinはフリーメイソンの活動に積極的だった。
パリのLoge des Neuf Soeurs(Lodge of Nine Sisters)で思想家Voltaireの入会の儀礼を執り行ったのはBenjamin Franklinだった。
フリーメイソンのネットワークを使い、有能な将軍や将校をヨーロッパ中から集めることができた。
彼らもまた独立をかけて戦うアメリカに、進んで協力を申し出たが、それはフリーメイソンの理念の1つだったから。
フリーメイソン会員のドイツ人男爵、プロイセンで実戦経験を積んだVon Steubenは、険しいValley ForgeでWashingtonの部隊を先導した。
彼はヨーロッパから到着したばかりであったが、休むことなく兵士達を鍛え上げ怒鳴りつけて有効な軍隊に変えた。
シュトイベンの力強いやり方で日々激しい訓練が行われ兵士達に新たな自信を植え付け、完遂能力を与えた。
同じくフリーメイソンのMarquis de Lafayetteはヨークタウンでイギリス軍を抑え、アメリカ軍に勝利をもたらした。
フリーメイソンのリーダーシップがなかったら、独立戦争には勝てなかっただろう。


1789年WashingtonはフリーメイソンのLodgeから借りてきた聖書を使って大統領就任の宣誓をした。
フリーメイソンは新しい国造りに加わるチャンスを与えられた。
Washingtonは首都の設計に乗り出した。
1791年夏、独立戦争の退役軍人Pierre Charles L'Enfant少佐を町の設計士として雇った。
L'EnfantはWashingtonから1つの条件を頼まれた。
1辺の長さが16卍甘戮寮喫形になるよう町を造ることだった。
新しい町は科学的、幾何学的に設計された。
重要なメッセージを送るためだ。
それまでの古い社会では、国民をまとめるために主に宗教の力に頼っていた。
新しくできた社会のもとでは、国民をまとめるために主に理論、科学、幾何学に頼ることになった。
多くの人々が町の設計に加わった。
Thomas Jeffersonは基本的な街路計画を作った。
L'Enfantはその上に中心点の連邦議会議事堂から放射状に伸びる街路を加えた。
フリーメイソンの会員ではない人も多かったが、町の設計はフリーメイソンらしさが存分に繁栄されるものとなった。
町の設計や建物には、現在のフリーメイソンで使われているシンボルが見られる。
3の概念の三角、4の概念の四角。
フリーメイソンは基本、三位階、クラフトの位階の参入儀礼で多くのシンボルを使った。
18世紀のフリーメイソンの会員は、シンボルには心の奥底の深層心理や複雑な政治的理念を伝える偉大な力があると気付いた。


フリーメイソン会員のAkram Eliasは、暗号化されたシンボルを最初にWashingtonDCに組み込んだのはGeorge Washingtonで、その後も町にはフリーメイソンのシンボルや図形が取り入れられているという。
コンパスの上の連結部分を連邦議会議事堂に置くと、片方の足はホワイトハウスに延びる。
もう片方はジェファーソン記念堂に行く。
直角定規はリンカーン記念堂からホワイトハウスとジェファーソン記念堂に延びる。
このコンパスと定規の構造を完成させるために、ジェファーソン記念堂を建てる必要があった。
そこは川だったが1933〜1939年まで6年かけ埋め立てられ、ルーズベルト大統領が記念堂を建てた。
反対意見もある。
四角の模様の上に、放射線状の線を重ねたら、どこかに必ずコンパスと直角定規のように見える部分ができる。


町の設計が決まり、作業が進む中、国民は首都の建設を心から祝った。
フリーメイソンは中心的役割を演じた。
1793年連邦議事堂の礎石を置く儀式が行われた。
George Washingtonはフリーメイソンの正装をしてフリーメイソンの儀式を行った。
そのときトウモロコシ、ワイン、オイルを使った。
トウモロコシは豊穣と繁栄の象徴、オイルは平和の象徴、ワインは幸福の象徴。
Thomas Jeffersonは議事堂のことを、国民に初めて捧げられた神殿であると言った。


大統領の所属を公にしたことにより、フリーメイソンは勢力を拡大し、国内で会員を増やし、影響力を強めていった。
「どういうことだ、どっちを見てもフリーメイソンだらけだ。
この人たちは国を乗っ取ろうというのか?
何かの陰謀でも企んでいるのか?」という噂が聞かれるようになった。

18世紀末フランス革命がロペス・ピエールの恐怖政治の時代に入ると、数1000人の反対派がギロチン台に送られた。
1798年アメリカで衝撃的な本が出版された。
フランス革命をその後の恐怖政治を実行したのはフリーメイソンと関わりのある小さな悪魔崇拝の団体Illuminatiであると書いた本。
Illuminatiは1776年ドイツのバイエルンで誕生し、一気に人気を高めた。
各地で革命を先導しようとしながら密かにヨーロッパ中に広まっていった。
George Washingtonはフリーメイソンの評判が落ちたら政府も崩壊しかねないと懸念した。
Washingtonはフリーメイソンの会員の名士達から「会員ではない、と宣言してほしい。」という内容の手紙を受け取った。
それに対し「今も昔もIlluminatiとは無関係だ。」と答えただけだった。
Illuminatiが敬遠されていたのは、善良な団体とは思えない過去があったから。
公開裁判や追放などにより、設立後10年にも満たない1785年に解散したが、フリーメイソンはIlluminatiとの関りを断ち切れずにいた。

疑惑が高まる一方1820年代になるとフリーメイソンは小さな町の住人や州の議員を含め全国に広がった。
そして会員のJames Monroeが大統領に選ばれた。
参入儀礼はフリーメイソンにとって重要。
その不思議な儀式は数1000年前の伝統に則っている。
フリーメイソンの会員は、全員それを体験し、死んでも秘密を明かさないことを誓う。
1826年その誓いを破った者がいた。
ニューヨーク州西部のBataviaに住んでいた元フリーメイソンのWilliam Morganが、フリーメイソンの儀礼の全てを書いた本を出版すると発表した。
その直後、泥酔したMorganは、2ドル60セントの借金を返さないという些細な容疑で逮捕された。
その地方にいた会員達は、印刷所を燃やし、出版をやめさせようとしたが、結局Morganを刑務所から連れ出して馬車に乗せ、闇の中に消えた。
Morganが姿を現すことは二度となかった。
Morganは殺されたという人もいるが、カナダへ送られたという人もいる。
地元の4人のフリーメイソンの会員が、誘拐の容疑で逮捕された。
保安官がフリーメイソンだったので、有利な陪審員が選ばれ、フリーメイソンのネットワークを使って目撃者を他の地域に移したりしていた。
被告人に軽い刑が言い渡されたので、大衆から抗議の声があがった。
有力なニューヨーク州知事DeWitt Clintonはフリーメイソンとの共謀を疑われた。
世論は逮捕された地元の4人だけでなく、フリーメイソン全ての会員が殺人で有罪だと騒ぎ立てた。


その時からフリーメイソンへの見方が変わった。
それまではアメリカのために正しい事をしている団体だと思われていたが、アメリカにとってよくない団体になった。
フリーメイソンは危険で恐ろしく、社会の平等を主張しているのに内部は細かく階級に分かれているということが分かった。
Lodgeには王がいて、高位の司祭がいて、尊敬すべき棟梁がいた。
1831年大統領選挙戦が始まる頃になると、反フリーメイソンの動きが高まり、強力な政治勢力になった。
アメリカの政党の1/3が反フリーメイソンだった。
何かに対抗するために反フリーメイソン党を作った。
1832年大統領選では、民主党でフリーメイソンのAndrew Jacksonが当選したが手遅れだった。
小さな町の宣教師は、フリーメイソンに非難の言葉を浴びせた。
神への冒涜者、無心論者と呼び、フリーメイソンをやめようとしない者を追い出した。
ニューイングランドの学校ではフリーメイソンの子供達を教室に入れなかった。
女性グループは全員が男性のLodge内での不自然な行動について警告文を出した。
VermontやMichiganのGrand Lodgeは閉鎖され、ニューヨークやニューイングランドでは建物が破壊された。
フリーメイソンはMorgan事件をキッカケに徐々に姿を消していった。
フリーメイソンは自分達の影響力を自慢することのない、おとなしい親睦団体になっていたが、1860年代に入る頃、再び急速に成長した。


Albert Pikeはフリーメイソンの姿を変貌させ、数々の陰謀説を生み出す要因を作った。
Pikeは人種偏見と悪魔崇拝を噂され、フリーメイソンの幹部達にアメリカ征服を指示したという陰謀の首謀者として注目された。
体重130kg、身長180cmで、魔術師マーリーに憧れてた。
ルネサンス的教養人だった。


彼が成し遂げた大きな仕事の1つは儀礼を書き直したこと。
倫理的で道徳的な教訓を教える寓話的な儀礼。
彼が書いたのは大作『フリーメイソンの古式公認スコットランド儀礼における道徳と教義(Morals and Dogma of the Ancient and Accepted Scottish Rite of Freemasonry)』。
古代の哲学、宗教、その他色々な秘密の儀式について解いた。
キリスト教や古典の題材同様、ドルイド卿やグノーシスについても語った。
Pikeは古代の宗教、占星術、神話や伝説を組み合わせ、新たに33の手の込んだ参入儀礼を作り出した。
それら33の段階に分かれた奇妙な儀礼と階級は、フリーメイソンの真実を理解するカギになると言われている。


陰謀説を唱える人々は、上位の階級の会員は陰謀の真実を知らされていたが、下の会員には知らされていなかったと言う。
なぜならPike自身が騙しを語っているから。
「下の三位階の参入儀礼は神殿の外際で行われる。
シンボルの一部をそこに飾るが、参入者は意図的に誤った解釈によって導かれる。
真の解釈は高位の王子達のみぞ知る。」
高い階級の会員が低い階級の会員に情報を教えないでおくという説は、文脈から判断されたもの。
それは道徳と教義のテンプルの伝説を再現した儀礼。
Kadoshの騎士に見られるテンプル騎士団は、十字軍に参加した後、時の教皇とフランス王に追放された。
Pikeは教皇と王を危険だとみなし、Kadoshの騎士が権力の乱用をフリーメイソンに警告する役割を持つと位置づけた。
また儀式を神秘的なものとして保つため、当時は下級会員に意味を教えていなかったと信じていた。
南北戦争時、南軍の准将だったPikeとクラックスクラン(KKK:Ku Klux Klan アメリカの秘密結社、白人至上主義団体)との関わりも謎。
Pikeは1868年新聞の社説に「Ku Klux Klanは結束が弱いので、たいしたことはしないだろう。」と書いた。
そして別の秘密結社について述べた。
「我々は黒人の投票権に反対する南部の白人を全員まとめて強大な南部友愛会を組織し、その存在は会員のみ知ることとする。」


Pikeは最高位の第33階級、最高大総監になった。
会員の紹介のみで入会できる彼の団体は、今でも南部に存在している。
第33階級の会員には、Harry Truman大統領、MacArthur将軍、FBI長官、John Edgar Hooverがいた。
その誰もが陰謀の疑いをかけられたが証拠はなく、結局権力を維持することができた。

フリーメイソンへの疑惑で最たるものは悪魔崇拝。
その要因はPikeが書いた861ページに及ぶ著作『道徳と教義』の中に見られる。
Lucifer、明けの明星よ、光を運ぶのはあなたか。
その耐え難きほどの輝きは意志が弱く官能主義や利己主義な魂の目をくらませる。」
明けの明星は金星のことで、ラテン語でLucifer。
朝日が出る前に空に上るので、光を運ぶもの、光を持ってくるという意味。
Luciferは悪魔やサタンを意味する文献もある。
その意味で解釈すると、Pikeはサタンを礼賛し、賛美していることになるが、彼はそう定義したつもりはなかった。
Luciferの文章を、1890年代にフリーメイソンをペンで攻撃したフランス人作家Leo Taxilは笑いものにした。
1897年Pikeを悪魔崇拝者として非難したことはすべてでっちあげだったと発表したが、噂は拭い去れなかった。
陰謀説に熱心な人は、WashingtonDCの町に悪魔が描かれていると主張している。
WashingtonDCの町の中に五芒星(Pentagram)の図柄が組み込まれていて、2つの角を上に置いてみるとその星の下にサタンの顔があるという。


20世紀に入ると、フリーメイソンはアメリカにすっかり溶け込んでいた。
1915年には、ホワイトハウスから13区画離れた場所に神殿の館が完成した。
階級の数と同じ33段の階段の上に、未完成の13段のピラミッドがそびえ立つ。
それは1ドル紙幣の裏に印刷されたものと同じ形。


長い間アメリカ人は1ドル紙幣にフリーメイソンの秘密が隠されていると憶測してきた。
図柄の周りに六角形を置くと、角が「MASON」の綴りにあたる。
1776年はバイエルンでIlluminatiが誕生した年。
目と未完成のピラミッドは、フリーメイソンが世界を牛耳っていることを意味すると言われている。


1ドル紙幣のデザインは、アメリカの国の紋章に由来している。
表にはハクトウワシが描かれ、裏にはミステリアスはピラミッドと万物を見る目が描かれている。


国の紋章を決めるため、1776年7/4独立宣言と同じ日に、委員会が設置された。
委員会は4つに分かれ、6年かけて別々に図案を練った。
デザインに関わったフリーメイソン会員はBenjamin Franklinだけ。
彼はモーゼが紅海の岸辺に立って、水を二手に分け、片方にはイスラエルの子供達が、もう片方にはファラオと軍がいるデザインを発案した。


最終的なデザインは、1782年議会で承認された。
建国の父達はみなフリーメイソンだったので、紋章の図柄はその伝統と新国家の夢が反映された。
最初に決まったのはフリーメイソンと建国の父のシンボル、未完成のピラミッド。
国務省の説明によると未完成のピラミッドは、「私達はまだ自分達の国を完成していない。
一生懸命建設中だ。」という意味。
ピラミッドは見慣れた図案だが、光を放っている目は珍しい。
古代エジプト時代に生まれた神の目は、ルネサンス期になると全ての創造物を見る目となり、その図柄はキリスト教の一般的なシンボルになった。
フリーメイソンも万物を見る目(All-Seeing Eye)を採用したが、それは国の紋章に登場してから14年後。
万物を見る目は彼らにとって、特定の宗教に頼ることなく神の存在を認める手段だった。



ことさら議論を呼んでいるデザインは、ラテン語の一説「NOVUS ORDO SECLORUM」。
発案者でフリーメイソン会員ではないCharles Thompsonが2000年前のラテン語の詩から引用した。「SAECLORUM NASCITUR ORDO」
意味はアメリカ建国の夜明けを示す新しい時代の秩序。「New Order Of The Ages」
この言葉はフリーメイソンには直接関係ない。
この言葉には誤解が生まれた。
宗教をなくすことに重点をおいた新しい非宗教的な国の建設と思われた。
これを見た人からフリーメイソンは、独立運動の目的のポイントをはずしてるのではないか、と勘違いされた。


建国の父達の理念は、民主主義の町として建てられたWashingtonDCで形になった。
1979年あるフランス人作家が新しい説を発表した。
「建国の父だったフリーメイソンの会員は、WashingtonDCに秘密の暗号を組み入れた。
町全体をある女神を祀る巨大な祭壇にした。」
彼の理論はワシントン記念塔(Washington Monument)、連邦議事堂(U.S.Capitol)、ホワイトハウスを結ぶFederal Triangleから始まる。

彼が次に目を向けたのは夜空に浮かぶ星。
毎年8/10〜8/15までの日没直後からFederal Triangleの上で3つの星が明るく光る。
ウシカイ座の星Arcturas、シシ座の星Regalus、オトメ座の星Spica。
Arcturasはワシントン記念塔の上に、Regalusはホワイトハウスの上に、Spicaは議事堂の上に出る。
町で最も重要な地域の上にトライアングルが浮かぶ。
その中に現れるのはオトメ座の処女神アテナ。


星と建物が毎年そろうのは単なる偶然かもしれないが、フリーメイソンのGeorge Washingtonが古代の宗教儀礼に倣って意図的に配列したかもしれない。
オトメ座に関する歴史を遡ると、まずキリスト教の聖母マリア、さらに遡るとギリシャ神話の女神ミネルバ、古代エジプトの女神イシスがいる。
町を女神と関連付けたかったのは、その女神から神聖な慈悲の心を得たいという気持ちがあったからだと思われる。




星座説をほのめかす裏付がある。
アメリカ初代大統領George Washingtonを描いた絵。
Washingtonの息子がフリーメイソンのシンボル、コンパスを持ち、Washingtonと妻と娘がWashingtonDCの地図を広げてどこかを指している。
それを結ぶと三角形になるが、場所は特定できていない。


Albert Pikeはオトメ座を含んだ星座の絵を、フリーメイソンの各Lodgeの天井に貼るよう指示している。
19世紀には棟梁に付き添われた乙女の絵がいくつも描かれた。
中にはオトメ座の星座記号が明記されているものもある。
WashingtonDCの町ではオトメ座の図柄をいくつも見かける。
星座がデザインされている場所は53ヶ所。


大統領でフリーメイソン会員のJames Abram Garfieldの彫像にもオトメ座の図柄が刻まれている。
しかしフリーメイソンの多くの謎と同じく、オトメ座についての理論も全て証明できているわけではない。
フリーメイソンは革命運動の最初の日からずっとアメリカの独立、平等、友愛の精神の実現化に努めてきた。
その一方長年秘密を持ち続けてきたため、これからも謎の集団と呼ばれてゆくだろう。



↑THE FELLOWCRAFT DEGREE SOME THOUGHTS FOR CONSIDERATION
Masonic thinkers often point out that the three degrees of Ancient Craft Masonry (The Entered Apprentice, The Fellowcraft, and The Master Mason Degrees) can be associated with man's passage through life his youth, his adulthood, and his fully mature years. In such a view, the Fellowcraft represents adulthood.
1. Does adulthood mean having lived through a certain number of years or does it represent a condition in which a man has become acquainted with the realities, the responsibilities, the disillusionments, and the rewarding challenges of life? A Fellowcraft, as our ritual describes him, is a hewer in the mountains a man laboring in the midst of life and being put to the test of whether he shall be proven adequate. As an adult his life is in the balance. Will he find in life's experience a joy and reward or defeat and drudgery?
2. Experience and education are two important contributors to the state of adulthood. Through his senses and contact with life around him, man learns the lessons of experience. Through education, a man's awareness and understanding are greatly extended by means of the experience of others. A Fellowcraft will recall that both experience and education are principal concerns in the Fellowcraft Degree, and that there is a third concern toward which the progress of that degree continually travels that concern is the quest for wisdom.
3. Experience brings us into direct contact with life; education expands our knowledge and competencies, but there is a greater and essential element. To make meaningful the varied experiences which come our way, to see ourselves and others in a fair perspective, to feel that our lives have a meaning associated with that which is far greater than ourselves involves wisdom.
4. If a man is to acquire wisdom, it is by a winding and upward climb and arduous progress involving caring and sacrifices, knowledge and understanding, faith and communion.
5. In adulthood it will be made evident whether or not a man has discovered for himself that "pass" which will admit him into the Middle Chamber where dwells the source of wisdom and universal meaning and there he will receive the wages of joy and fulfillment.



1. The badge of a mason
2. The working tools of a Fellowcraft.
3. The ornaments of a lodge.
4. State of perfection and state of imperfection.
5. Symbolizing the advance of architecture through history.
6. The immortality of the soul.
7. Symbol associated with the spreading of brotherly love.
8. The working tools of an Entered Apprentice.
9. The working tool especially associated with a Master Mason.
10. Symbol associated with faith, hope and charity.
11. Symbol of human life (may be more than one)~
12. Symbol of a wise division of time.
13. An instrument which symbolizes equality.
14. Symbol of the lesser lights.
15. Symbol of the pure heart.
16. A symbol which teaches morality and right actions.
17. A symbol of a mason's devotion to the arts and sciences.
18. Two objects represented by the lesser lights.
19. A symbol of youth, manhood and age.
20. A tool closely associated with the Craft but not a working tool.
21. Symbol of rectitude.
22. A symbol which teaches us to circumscribe our desires.
23. A symbol of circumspection and watchfulness.
24. A symbol of innocence.
25. An instrument which can be used to prove a square.
26. Symbol of those designs and plans by which a mason should live.
27. Symbol of Divine Providence (may be a symbol within a symbol).
28. Emblem of industry and of taking one's part.
29. Symbol associated with the bounds of a mason's obligation.
30. A symbol of plenty.
31. Symbol associated with ancient branches of learning (may be a symbol within a symbol).
32. Jewel of a master of a lodge.
33. Symbol of time as well as of death.
34. Symbol associated with a genius and master of geometry.
35. Symbol which includes the fact of good and evil in life.
36. The Great Light of Freemasonry (in our jurisdiction).
37. The jewel of a junior warden.
38. Symbol of the human senses (may be a symbol within a symbol).
39. A symbol associated with violence and death.
40. Symbol associated with the universality of Masonry (may be a symbol within a symbol).
41. Symbol of strength.
42. Symbol involved with the inevitability of divine justice:
43. Symbol of a well spent life.
44. Symbol representing an individual brother (may be a symbol within a symbol).
The jewel of the senior warden.



"Magic lantern" was the name given to the forerunner of the modern slide-projector, and during the nineteenth century and early twentieth century, every local post of any fraternal lodge worth its salt, from the Masons and Odd Fellows to the Knights of Pythias, owned a magic lantern and a collection of glass magic-lantern slides. The slides were used in initiatory rites and for general instruction. A complete set of Masonic slides, including those relevant to Scottish Rite, York Rite and Eastern Star and all the related appendant bodies would number well over 500 slides.
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無常観
Wikipediaによると・・・
無常(サンスクリット:anitya)は、この現象世界のすべてのものは消滅して、とどまることなく常に変移しているということを指す。
釈迦は、その理由を「現象しているもの(諸行)は、縁起によって現象したりしなかったりしているから」と説明している。

釈尊が成道して悟った時、衆生の多くは人間世界のこの世が、無常であるのに常と見て、苦に満ちているのに楽と考え、人間本位の自我は無我であるのに我があると考え、不浄なものを浄らかだと見なしていた。
これを四顛倒(してんどう=さかさまな見方)という。
この「無常」を説明するのに、「刹那無常」(念念無常)・「相続無常」の二つの説明の仕方がある。
刹那無常とは、現象は一刹那一瞬に生滅するこというすがたを指し、相続無常とは、人が死んだり、草木が枯れたり、水が蒸発したりするような生滅の過程のすがたを見る場合を指していうと、説明されている。
この無常については、「諸行無常」として三法印・四法印の筆頭に上げられて、仏教の根本的な考え方であるとされている。
なお大乗仏教では、世間の衆生が「常」であると見るのを、まず否定し「無常」であるとしてから、仏や涅槃こそ真実の「常住」であると説いた。(常楽我浄)

日本人の多くは移ろいゆくものにこそ美を感じる傾向を根強く持っているとされる。
「無常」「無常観」は、中世以来長い間培ってきた日本人の美意識の特徴の一つと言ってよかろう。
[Wikipedia]

刹那:梵語クシャナの音写。
極めて短い時間のことを言い、正確には1秒の75分の1を一刹那という。
釈尊は時間は連続するものではなく、素粒子のようなものから成っていると考えておられた。
その時間の素粒子に相当するのが「刹那」といわれるもので、一刹那間に生れ、滅びがあると考えられ、これを刹那生滅、刹那無常という。
現代の医学は人体が極めて短い時間に生滅をくり返していることを突きとめているが、釈尊は2500年前にこのような事実をすでに直観によって見通されていたのである。

インドの仏教は、「すべてのものは無常である」と観ずる無常観を説く。
この無常観は、人間が苦を脱却するための哲理としての無常観。

その哲理とは?
「無常」の「常」とは、「常にそのまま」ということ、「無」がつくと、「常にそのままで無い」となり、「変化する」ということ。

何が変化するか?
「すべてのものが」。
私たちのこの体も変化する。
すなわち、刻一刻老化し、最後に死んでしまう。
このように観ずることが無常観。

ところが私たちは、若くありたい、死にたくないと思っており、刻一刻老化し最後に死ぬという「事実」と、私たちの「思い」とは食い違いを起こす。
そこに「苦」というものが起こる要因がある。
この場合の「苦」の意味は、その原語である「dukkha」から「思い通りにならないこと」という意味だとされている。
その苦を脱却するためには、「事実」と「思い」との間に食い違いを起こさないこと。
ところが、「事実」の方は変えようがないので、私たちの「思い」の方を換えて「事実」に合わせるしかない。
すなわち「刻一刻年を取り、やがては死ぬのだ」という思いに換える。
そうすると「事実」との食い違いがないので、「苦」というものは起こらず、心は平安となる。
勿論その場合、自己の「思い」を換える程の厳しい無常観が求められることになる。

日本人は、仏教の説くこの「無常観」に大きな影響を受けたとされている。
人の命のはかなさ、世の中の頼りなさを歌った『万葉集』、無常を想う遁世生活を述べた『方丈記』、「諸行無常」の言葉で始まる『平家物語』、更には〈能〉の中にも無常観を表そうとしたものが多いと言われている。
しかし、これらは単に、人間や世間のはかなさ、頼りなさを情緒的、詠嘆的に表現しようとした日本的美意識としての「無常感」であり、インドの仏教が主張する、苦を脱却するための「無常観」とはかなり趣が異なる。

●『平家物語』巻第1
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。
奢れる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の中の塵に同じ。


経家(諸仏)が「諸行無常」とか「諸法無我」と説かれる真意はどこにあるのか?
仏教は菩提心・真心の宗教であり、修行・浄業の因縁によって人生を善処し、清浄・荘厳の果報を自他に得てゆく教え。
変革不可能な運命に従って生きよ、と命令する宗教ではない。
「変革可能」の大筋に随って「諸行無常」の法が説かれた。
つまり「諸行無常」と説かれたのは、「人生の空しさ」や「厭世観」を伝えたいのではなく、「現状が悲惨でも、心がけと努力次第で輝かしい人生を得ることができる」とか「人間は修行次第で仏になれる。」と、自己改革の可能性を大いに示唆し、社会を創造していく積極的な流れの中で「無常」と説かれたのだ。
これは「諸法無我」も同じで、たとえば「凡夫としか言えない今の私も、それは固定的実体ではなく、法の潤いがあれば必ず仏に成れる」と、修行の無限の可能性を示している言葉。
総じていえば無常・無我は、修行の意味やモチベーションを与える原理である。

ただし、<盛者必衰>の裏返しで「貧者必盛」とか「よわき者も遂にはたけき者になる」と言いたいのではない。
「禍福は糾える縄の如し」の幸せは本当の幸せではない。
金銭や名誉ばかり求めているのは我執・無明の欲望で、これらを得るためには身を汚さねばならず、たとえ欲望が叶っても、福を保つ際にまた身を汚し、福を失う苦しみが身を破滅させてしまう。
これを「流転」といい、苦しみの中でもがき続ける迷いの衆生の有様をいう。
仏教では、流転する原因の「欲望」を、不純な煩悩と純粋な菩提心に割り開き、智慧によってコントロールし、方向づけ、人生の覚りと徳を得る「願い」に転じることを勧める。

●蓮如上人 著『御文章』
それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おほよそはかなきものはこの世の始中終、まぼろしのごとくなる一期なり。
さればいまだ万歳の人身を受けたりといふことをきかず、一生過ぎやすし。
いまにいたりてたれか百年の形体をたもつべきや。
われや先、人や先、今日ともしらず、明日ともしらず、おくれさきだつ人はもとのしづくすゑの露よりもしげしといへり。
されば朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。
すでに無常の風きたりぬれば、すなはちふたつのまなこたちまちに閉ぢ、ひとつの息ながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて桃李のよそほひを失ひぬるときは、六親眷属あつまりてなげきかなしめども、さらにその甲斐あるべからず。
さてしもあるべきことならねばとて、野外におくりて夜半の煙となしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。
あはれといふもなかなかおろかなり。
されば人間のはかなきことは老少不定のさかひなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて、念仏申すべきものなり。
あなかしこ、あなかしこ。
『御文章』5帖16 白骨章


【訳】
さて、人間というもののよるべない有様を心を静めて見つめれば、「およそ儚いものとは、人がこの世に生を享けてから去ってゆくまでの始中終、幻のような一生である。
これだから、人が一万年の寿命を受けたとはいまだかつて聞かない。
一生はすぎやすいものである。末世の今にいたっては、いったい誰が百年の姿形を保ちえようか。
われが先か、人が先か、命の終わりを迎えるのは今日とも知れず、明日とも知れない。
先立たれる人、先立つ人、それは草木の根もとの滴がしたたり落ちるよりも、葉先の露が散りゆくよりも多く、人の死の前後はうかがい知ることができない。」と先人は言っています。
ですから朝には美しい生き生きとした顔をしていても、夕には白骨と化してしまう身。
無常の風がさっと吹いたならば、二つの眼はたちまちに閉じ、命の息は永遠に絶えてしまう。
美しい顔も空しく変わりはて、桃李のような愛らしい姿も失われてしまったなら、親族たちが集まって嘆き悲しんでも、もはや何の甲斐もありません。
いつまでもそうしてはいられないので、野に送って荼毘に付し、夜半の煙となりはてれば、ただ白骨だけが残ります。
あわれといっても、なおいい足りません。
人間の儚いことといえば、老いて死に、また若くしても死ぬこの世ですから、どなたも早く浄土往生の一大事に真剣に心を向けて、阿弥陀仏にお従いして、お念仏を申すべきです。
あなかしこ、あなかしこ。


『御文章』は、蓮如上人が教化活動のため長年(寛正2年[1461年]〜明応7年[1498年])に渡り、信徒に書き送った手紙の集大であり、当時の人々の心情と仏法との接点が解る貴重な資料。
この時代は度々起こる戦乱と飢饉で、庶民は未来に絶望せざるを得ない時代であり、学問をする機会も得られず、成仏・浄土往生など望むべくもない境遇にあった。
蓮如上人自身も前半生は物質的には決して豊かではない環境にあったが、常に仏法研鑽に励み、多くの著や編纂本を残した。
中でも『正信偈大意』や『真宗相伝叢書(真宗相伝義書)』は本格的な教学書だが、『御文章』(お文)は文字も読めない一般の人々に贈られた教化用の手紙。
ここでは徹底的に民衆の悲惨な境遇に同感し、「随他意説」のみで仏法が説かれているので、「浄土とは何か」「如来とは何か」という法の真実面を明らかにする作業はほとんど為されていない。
また「一切衆生悉有仏性」という面の展開もなく、「機法一体」であるはずの衆生と如来の関係が、まるで「機と法は別の存在である」というような印象を抱かせる。
つまり「衆生はとことん愚かで劣っていて、如来はとことん賢く尊い」と思わせる表現であったり、「如来の慈悲心だけで罪悪深重の衆生を救済する」というような「機法合体」の印象を与えかねない表現になってしまった。
このままでは外道の教えや啓示宗教と同じになってしまう。
つまり『御文章』を文字通りに読むと、愚民政策に協力しやすい教えになってしまい、仏教の大原則である「自灯明」さえ否定しかねない。
仏教は「この世で自らを島(灯明)とし、自らをよりどころとして、他人をよりどころとしない」教え。
本当は、衆生と如来は元々一体なのであり、仏法によってその真実を幾重にも開いて明らかにし、その功徳によって本来の仏性が芽を出し身に満ち、現実に展開することを尊ぶ。
こうした表現の問題は、時代のせいで仕方がなかったのだろう。
「生死即涅槃」とか「煩悩即菩提」と書いても当時の民衆には誤解と混乱を与えるだけ。
『御文章』は、おそらくこうした理由等から「随他意説」に徹したのだと思われる。
そのため、「寂しさ」や「人生の空しさ」のみが強烈に伝わる懸念もあり、この懸念を払拭するためには、法を説く側に相当の仏教研鑽と留意が必要となる。

●鴨長明 『方丈記』
行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。
世の中にある人と栖と、またかくの如し。
玉敷の都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き・賤しき人の住ひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家は稀なり。
或は、去年焼けて、今年造れり。
或は、大家亡びて、小家となる。
住む人もこれに同じ。
所も変らず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わずかに一人・二人なり。
朝に死に、夕に生るる習ひ、(ただ)、水の泡にぞ似たりける。
知らず、生れ・死ぬる人、何方より来りて、何方へか去る。
また知らず、仮の宿り、誰が為にか、心を悩まし、何によりてか、目を悦はしむる。
その主と栖と無常を争ふさま、言わば、朝顔の露に異ならず。
或は、露落ちて、花残れり。残るといへども、朝日に枯れぬ。或は、花しぼみて、露なほ消えず。
消えずといへども、夕を待つことなし。
鴨長明 著『方丈記』


【訳】
遠く行く川の流れは、とぎれることなく続いていて、なおそのうえに、その河の水は、もとの同じ水ではない。
その河の水が流れずにとどまっている所に浮ぶ水の泡は、一方では消え、一方では形をなして現れるというありさまで、長い間、同じ状態を続けているという例はない。
世の中に存在する人と住居とは、やはり同じく、このようなものである。
玉を敷いたように美しく、りっぱな都の中で、多くの棟を並べ、その棟の高さを競争しているかのような、身分の高い人・低い人の住居は、時代時代を経過しながらなくなってしまわないものであるが、その都の中の家々を、なくならないのがほんとうかと探ってみると、昔あったままの家はきわめて少ないものである。
あるものは、去年、火事で焼け、今年造ったものである。あるものは、大きな家が滅んでしまって、その跡が、小さい家となっている。
その家々に住む人も、これと同じである。
都の中の場所も変らず、中に住んでいる人も多いけれど、昔逢ったことのある人は、二、三十人のうちに、やっと、一人か二人くらいである。
人間というものが、ある者は朝に死ぬかと思うと、ある者は夕方に生まれてくるという、世の常例は、まったく、消えたり、現れたりする水の泡に類似しているのだ。
わたしにはわからない、生まれたり死んだりする人は、どちらから来て生まれ、どちらへ死んで去ってゆくのか。
またわからない、無常の世における仮の住まいというものは、だれのために、心を労して作り、何にもとづいて、目に快楽を与えるように飾り立てるのかが。
その主人と住居とが、争うように、変遷を続けている様子は、たとえてみれば、朝顔の花とその露の関係と同じである。
ある時は、露が落ちて、花だけが残っていることもある。残っているにしても、やがて、朝日によって生気を失ってしまうのだ。
ある時は、花がしおれて、その花の露はまだ消えないでいることもある。
消えないでいるにしても、しばらくの間だけのことで、夕方のくるのを待つこともないのである。


鴨長明は久寿二年(1155年)から建保四年(1216年)、平安末期から鎌倉初期にかけて歌才文才を発揮した僧侶。「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」は、日本人ならほぼ誰もが知っている一節だろう。
鴨長明は「行く河の流れは絶えずして」という常住の方の譬えを深めず、「もとの水にあらず」の無常の譬えばかりを強調しているが、本来「行く河の流れは絶えずして」の常住の方が仏教では重要。

「もとの水にあらず」の内容は、おそらく仏教を学べば、いや学ばなくとも、誰もが体験している諸行無常の現実。
しかし諸行無常の足元には常住の世界が控えている。
それが本来の「行く河の流れは絶えずして」であるはず。
鴨長明は「絶えずして」を、「物事を固定化実体化した見誤り」と批判したのかもしれない。
これは教学的に言うと、「絶えずして」を「遍計所執性」のはからいとした見方。
本当は、「依他起生性」から「円成実性」に、さらに「真実報土」へと話を具体的に展開してほしいのだが、『方丈記』はどこまで行っても「依他起生性」を批判する厭世的な「無常」に留まってしまっている。
また、「知らず、生れ・死ぬる人、何方より来りて、何方へか去る」も「また知らず、仮の宿り、誰が為にか、心を悩まし、何によりてか、目を悦はしむる」という言葉も、本当の仏教者であれば、「我が命の来し方、世界の行く末」に皆の往生を願う浄土の菩提心を説き、諸仏浄土の有様を説く題材としなくてはならないはず。
しかし『方丈記』を読むと、そうした問題意識は欠落しているとしか思えない。

真実の経典には、こうした課題について以下のように諭している。
まさに菩薩に記を授くべし。いま説かん。なんぢあきらかに聴け。
十方より来れる正士、われことごとくかの願を知れり。
厳浄の土を志求し、受決してまさに仏となるべし。
一切の法は、なほ夢・幻・響きのごとしと覚了すれども、もろもろの妙なる願を満足して、かならずかくのごときの刹を成ぜん。
法は電・影のごとしと知れども、菩薩の道を究竟し、もろもろの功徳の本を具して、受決してまさに仏となるべし。
諸法の性は、一切、空無我なりと通達すれども、もつぱら浄き仏土を求めて、かならずかくのごときの刹を成ぜん。
『仏説無量寿経』27 巻下・正宗分・衆生往生因・往覲偈


【訳】
今、ここにいる菩薩たちが未来にさとりを得ることを約束しよう。
これからそのことを説くから、よく聞くがよい。
わたしはさまざまな国から来た菩薩の願をすべて知っている。
菩薩たちは清らかな国をつくりたいと志して、その願の通りに必ず仏になることができる。
すべてのものは夢や幻やこだまのようであるとさとりながらも、さまざまなすばらしい願を満たして、必ずこのような国をつくることができるのである。
すべては、稲妻や幻影のようであると知りながらも、菩薩の道をきわめ尽し、さまざまな功徳を積んで、必ず仏になることができる。
すべてみな、その本性は空・無我であると見とおしながらも、ひたすら清らかな国を求めて、必ずこのような国をつくることができるのである。


このように、菩提心をもって問えば必ず答えが発見できるところが経典の素晴らしいところ。
如来や経典の内容を信じていれば、必ず応えてくれる。

「煩悩即菩提、娑婆即浄土」ということを、親鸞聖人は――
次に信楽といふは、すなはちこれ如来の満足大悲円融無碍の信心海なり。
このゆゑに疑蓋間雑あることなし。ゆゑに信楽と名づく。
すなはち利他回向の至心をもつて信楽の体とするなり。
しかるに無始よりこのかた、一切群生海、無明海に流転し、諸有輪に沈迷し、衆苦輪に繋縛せられて、清浄の信楽なし、法爾として真実の信楽なし。
ここをもつて無上の功徳値遇しがたく、最勝の浄信獲得しがたし。
一切凡小、一切時のうちに、貪愛の心つねによく善心を汚し、瞋憎の心つねによく法財を焼く。
急作急修して頭燃を灸ふがごとくすれども、すべて雑毒雑修の善と名づく。
また虚仮諂偽の行と名づく。真実の業と名づけざるなり。
この虚仮雑毒の善をもつて無量光明土に生ぜんと欲する、これかならず不可なり。
なにをもつてのゆゑに、まさしく如来、菩薩の行を行じたまひしとき、三業の所修、乃至一念一刹那も疑蓋雑はることなきによりてなり。
この心はすなはち如来の大悲心なるがゆゑに、かならず報土の正定の因となる。
如来、苦悩の群生海を悲憐して、無碍広大の浄信をもつて諸有海に回施したまへり。
これを利他真実の信心と名づく。
『顕浄土真実教行証文類』信文類三(本) 三一問答 法義釈 信楽釈


【訳】
次に信楽というのは、阿弥陀仏の慈悲と智慧とが完全に成就し、すべての功徳が一つに融けあっている信心である。
このようなわけであるから、疑いは少しもまじわることがない。
それで、これを信楽というのである。
すなわち他力回向の至心を信楽の体とするのである。
ところで、はかり知れない昔から、すべての衆生はみな煩悩を離れることなく迷いの世界に輪廻し、多くの苦しみに縛られて、清らかな信楽がない。
本来まことに信楽がないのである。
このようなわけであるから、この上ない功徳に遇うことができず、すぐれた信心を得ることができないのである。
すべての愚かな凡夫は、いついかなる時も、貪りの心が常に善い心を汚し、怒りの心が常にその功徳を焼いてしまう。頭についた火を必死に払い消すように懸命に努め励んでも、それはすべて煩悩を離れずに自力の善といい、嘘いつわりの行といって、真実の行とはいわないのである。
この煩悩を離れないいつわりの自力の善で阿弥陀仏の浄土に生れることを願っても、決して生れることはできない。
なぜかというと、阿弥陀仏が菩薩の行を修められたときに、その身・口・意の三業に修められた行はみな、ほんの一瞬の間に至るまで、どのような疑いの心もまじることがなかったからである。
この心、すなわち信楽は、阿弥陀仏の大いなる慈悲の心にほかならないから、必ず真実報土にいたる正因となるのである。如来が苦しみ悩む衆生を哀れんで、この上ない功徳をおさめた清らかな信を、迷いの世界に生きる衆生に広く施し与えられたのである。これを他力の真実の信心というのである。


というように、仏性が兆載永劫において衆生に報いた結果である「信楽」の本質を明らかにしている。
これこそ「煩悩即菩提」「娑婆即浄土」と言われる「即」の内容であり、「絶対矛盾の自己同一」とも「弁証法」ともいわれる思惟の内容。
具体的には、私たち人類の「無始よりこのかた」の無明は、人間本来が宿す仏性により五眼が開いたおかげで無明が無明と見出されてきたのであり、阿弥陀如来の「菩薩の行を行じたまひしとき」よりの浄業によって、三悪道の宿業の娑婆が娑婆であると見出されてきた。
このように娑婆と浄土は互いを照らしあい、現実社会に浄土の働き場を見出してゆく。
現実社会は何一つ仏法から外れたものなどなく、現実のどの一片をとっても虚しいものなどない。
今この場の私こそが永遠の法と報身の働き場なのであり、常住の世界は無常の現実以外に存在しているのではない。
私たちは無常の身でありますが、無常を無常と本当に覚れば、それは既に常住の身に成っている。
如来は我が身に至って、無量無辺にその働きを展開し、阿僧祇劫にわたって菩提心(寿命)が相続されてゆく。

●吉田兼好 『徒然草』
「人は、ただ、無常の、身に迫りぬる事を心にひしとかけて、束の間も忘るまじきなり」(49)
「無常の来る事は、水火の攻むるよりも速かに、のがれ難きもの」(59)
「閑かなる山の奥、無常の敵競ひ来らざらんや」(137)

もののあはれ(もののあわれ、物の哀れ)とは、平安時代の王朝文学を知る上で重要な文学的・美的理念の一つ。
折に触れ、目に見、耳に聞くものごとに触発されて生ずる、しみじみとした情趣や哀愁。日常からかけ離れた物事(=もの)に出会った時に生ずる、心の底から「ああ(=あはれ)」と思う何とも言いがたい感情。
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2012年 地球最後の日
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古代マヤの暦、中国の易経のお告げ、そしてハイテク技術化した預言プログラムさえ、2012年に何かが起きると言う。
世界最後の日が来るのだと・・・


この預言に科学的根拠はあるのか?
古代の預言者は本当に未来を預言できたのか?
その答えは我々にとって大問題。
なぜなら彼らには、驚くべき実績があるからだ。
戦争、天災、天災による破壊、今ha暗黒の時代であり、現代起きている破壊的な出来事は、偶然ではないという。
現在起きている出来事は、以前から預言されていた。
聖書の中で、古代ローマの神殿の中で、古代マヤのピラミッドの中で、そしてインターネット上でさえも。

複数の預言が、ある特定の日を示している。
古代マヤ人は、正確な暦を作った。
マヤ暦は、2012年の冬至の日で終わっている。


Web Botプロジェクト:1990年代後半、株価を予測するために開発されたプログラム。
膨大な情報をスキャンし、目に見えない世の中の動きや将来のヒントを見つけ出そうというもの。
その実績は?
2004年12月に地震による津波で、30万人が死亡するだろうと予測した。
2001年ワシントンを襲った炭素菌テロ、2003年東海岸で起きた大停電、2005年ハリケーンカトリーナによる被害を予測した。
さらに、2008年か2009年に、核戦争につながる悲惨な出来事があると予測している。
そして、一連の惨事は2012年にピークを迎えるという。


これは本当の預言なのか、ただの予測なのか?
その答を求めて、西欧文明の初期の頃を振り返ってみよう。
古代世界において、最も尊敬された霊能者は、“Oracleオラクル”と呼ばれた。

古代世界で重要なオラクルの1人、ローマ帝国のsibyl。
シビルは紀元前6世紀頃、現在のナポリの近くにあるクマエの洞窟に住んでいた。
政治家や貴族などが、戦争や政治、家庭内のことなど様々なことに助言を求めた。
シビルは預言の前に、幻覚状態にはいった。
神アポロンが彼女の体に乗り移るのだと言われた。
神がシビルに乗り移り、シビルの口を使って預言した。
多くの場合、激しい口調だった。


シビルは預言を木の葉に書いた。
その木の葉が風に吹かれると、預言の内容が混ざってしまうこともあった。
預言は巻物にまとめられ、ユピテル神殿に納められた。
そして古代ローマの重要な宗教的書物とされた。


シビルは世界の終わりも預言していた。
「世界は800年を一区切りに、9回分続くであろう。
10回目が始まるのは、西暦2000年頃で、それが最後になるであろう。」
「第10世代では次のことが起こるであろう。
大地震が起き、多くの町が海へ放り出される。
戦争が起き、天国から炎が噴出して、多くの町が焼け、黒い灰が空を覆いつくす。
そして神の怒りを知る。」(シビルの書第4巻)
シビルは紀元前6世紀に、700年後にハンニバルがイタリアを侵略し、ハンニバルが負けることを預言した。
ローマ皇帝コンスタンティヌスの誕生を、生まれる800年前に預言した。
キリストの降誕を預言し、初期のキリスト教徒から崇められることになった。
ミケランジェロはシスティナ礼拝堂の天井画に描いたほどだ。


ギリシャ Delphiの巫女は、神アポロンが、霊感を与え未来を預言させていたと考えられている。
紀元前8世紀〜4世紀の間、巡礼者が地中海沿岸全域から、アポロンの巫女の話を聞きに訪れた。
巫女は地下の洞窟で、幻覚状態に入った。
幻覚状態の中で、巫女は預言を語った。
それは正確で具体的だった。
預言をする時は、別人のようだった。
月桂樹の葉を噛んでいたという記述もあり、それが生死に影響を与えていたのではないかと考えられている。


1998年地質学者の研究チームがデルフィの神殿の地下に2本の割目を発見した。
そこからはエチレンガスが噴出していた。
エチレンは、少量だと軽い高揚感をもたらす。
シンナーの主原料。
大量に摂取すると、幻覚や支離滅裂なうわ言をもたらす幻覚剤となる。
このあいまいさが、オラクルの成功のカギかもしれない。
あいまいだと、どうにでも解釈できる。


シビルが預言した地下洞窟にも、火山ガスにつながる割目があった。
幻覚剤を摂取すると、脳はそのイメージが外からきたものだと勘違いするので、何か特別なことが起きているように感じる。


デルフィの巫女は、ソクラテスの活躍、紀元前480年ペルシャによるギリシャ侵攻の失敗、アレクサンドロス大王の征服を預言した。
古代の預言の正確性を疑うわけにないかない。
古代の預言射よれば、世界が終わりを迎えるのは私達の時代だからだ。


研究者の間では、古代マヤの暦が2012年終末論を立証するという説がある。
そこには世界の終わりが訪れる日付までが、正確に示されているという。
マヤ暦によれば、世界は2012年に終わるという。
マヤ文明は6〜9世紀にかけて、中米で栄えた。
その時代の人々は、時間を記録することに熱心で、その暦は現在以上に正確。
それは月と太陽と惑星の周期を考慮して作られた。
何千年も先までの日食を正確に予想することができたという。
8世紀の時点で、1519年3/5に白い肌でヒゲのある神々が海を渡って現れると示していた。
まさにその日、スペイン軍人コルテスが、兵を率いてメキシコへやってきた。


これは偶然だろうか?
預言が正確だとしたら一大事だ。
マヤ人が“Hunab kuフナブク”と呼んだ日に、世界が終わると預言しているからだ。
2012年12/21、銀河の中心の暗い亀裂の部分に太陽が昇ると言っている。
その亀裂のことを、母なる宇宙やブラックホールと呼んでいた。
ここ5年くらいで、天文学者達が、銀河系の中心に巨大なブラックホールを発見した。
2012年12/21、地球と太陽と銀河系の中心は、一列に並ぶ。
これは25800年に1度の出来事。
この現象が地球にもたらす影響はわからないが、マヤ人はそれを恐怖だと信じた。
銀河系の赤道を越えるような感じになるかもしれない。
地球を流れる電流の向きが逆になり、地球の磁場が反転するような現象が起きることになるのか?


地球物理学者は、マヤ人の預言とよく似た学説を唱えている。
ポールシフト(pole shift):地球のマントル全体がほんの数日、数時間で移動して、北極と南極の位置が変わるという説。
これは世界中に災害をもたらすだろう。
1955年アインシュタインが始めてこの説を提唱した。
プリンストン大学の最近の研究では、ポールシフトが過去に起きていたことがわかった。
8億年前、北極は太平洋の真中にあり、アラスカが赤道の上にあった。
ポールシフトは何年もかけてゆっくり起こったとしても、気候や海の水位は変わるであろう。
ましてや短期間で起こったとしたら、地球規模の災害や、あらゆる種の絶滅は避けられない。


別の場所でも預言の中に、2012年という年が現れる。
中国の古い書物、易経の中にも世界最後の日が示されているという。
易経の起源は謎に包まれているが、一番古いものは約5000年前のものである可能性が高い。
帝王伏義が紀元前2800年頃に、易経を考案したという伝説がある。
易経は通常、個人的な占いに使用される。
まず占いたいことを心に念じ、3枚のコインを投げる。
裏が多く出れば実線を書き、表が多く出れば破線を書く。
これを6回続け、実線と破線でできた6本の線の組み合わせを作る。
これは“卦”と呼ばれる。
全部で6000種類の組み合わせがあり、それぞれの“卦”には短い説明がついている。
そこから未来を読むことができる。
本の中から自分の卦を探し、自分の卦を見つける。
それは驚くほど正確。


しかし科学的な合理主義者達は、易経の占いは正確に見えるだけだという。
バーナム効果といい、誰にでも該当するような言葉を正確なものだと思ってしまう現象。
懐疑的な意見にも関わらず、5000年前に書かれた易経は、占い師、心理療法士、上海ビジネスの大物にも利用され、いまだにベストセラー。


1:前向きに一生懸命がんばるとき:999999 Ch'ien - The Creative
2:一歩下がって進むとき:666666 K'un - The Receptive
3:生みの苦しみに堪え忍ぶとき
:966696 Chun - Difficulty at the Beginning
4:先がもうろうとして見えないとき:696669 Mêng - Youthful Folly
5:今はとにかく待つとき:999696 Hsu - Waiting (Nourishment)
6:訴え、争いごとの多いとき:696999 Sung - Conflict
7:良き指導者と戦争に向かうとき:696666 Shih - The Army
8:仲良く和気あいあいと進むとき
:666696 Pi - Holding Together [Union]
9:渋滞に巻き込まれたようなとき
:999699 Hsiao Ch'u - The Taming Power of the Small
10:虎の尾を踏むような、危険なとき:996999 Lu - Treading [Conduct]
11:天下泰平、万事順調のとき:999666 T'ai - Peace
12:世はまさに闇のとき:666999 P'i - Standstill [Stagnation]
13:一致団結して進むとき:969999 T'ung Jên - Fellowship with Men
14:我が世の春のとき
:999969 Ta Yu - Possession in Great Measure
15:低姿勢で謙虚に進むとき:669666 Ch'ien - Modesty
16:うれしく楽しい準備のとき:666966 Yu - Enthusiasm
17:立派な人に従うとき:966996 Sui - Following
18:空気がよどんで物が腐ったようなとき
:699669 Ku - Work on What Has Been Spoiled [Decay]
19:希望に燃えて出発するとき:996666 Lin - Approach
20:人生を深く洞察するとき:666699 Kuan - Contemplation (View)
21:障害物を断固として除去するとき:966969 Shih Ho - Biting Through
22:見栄を捨て内面充実のとき:969669 Pi - Grace
23:崩壊寸前の危機のとき:666669 Po - Splitting Apart
24:一陽来復のとき(失敗しても一から再スタート)
:966666 Fu - Return (The Turning Point)
25:成りゆきまかせがいいとき
:966999 Wu Wang - Innocence (The Unexpected)
26:大いに蓄積ができたとき
:999669 Ta Ch'u - The Taming Power of the Great
27:食うために正しい努力をするとき
:966669 I - The Corners of the Mouth (Providing Nourishment)
28:家の棟木が傾いたようなとき
:699996 Ta Kuo - Preponderance of the Great
29:一難去ってまた一難のとき:696696 K'an - The Abysmal (Water)
30:灼熱の太陽を浴びたようなとき:969969 Li - The Clinging, Fire
31:フィーリングを大切にするとき:669996 Hsien - Influence (Wooing)
32:方針を変えてはいけないとき:699966 Hêng - Duration
33:逃げるが勝ちのとき:669999 Tun - Retreat
34:今すぐスピードを落とすとき
:999966 Ta Chuang - The Power of the Great
35:出世階段を勢いよく昇るとき:666969 Chin - Progress
36:無能をよそおい引き下がるとき
:969666 Ming I - Darkening of the Light
37:家内安全第一のとき:969699 Chia Jên - The Family [The Clan]
38:不和反目の多いとき:996969 K'uei - Opposition
39:冬山で遭難したようなとき:669696 Chien - Obstruction
40:春が来て厚い氷が解けるとき:696966 Hsieh - Deliverance
41:損して得取るとき:996669 Sun - Decrease
42:ビッグチャンス到来のとき:966699 I - Increase
43:堤防が決壊するようなとき
:999996 Kuai - Break-through (Resoluteness)
44:天下の美女と出会うようなとき:699999 Kou - Coming to Meet
45:人や物が集まり繁盛するとき
:666996 Ts'ui - Gathering Together [Massing]
46:一歩一歩昇るとき:699666 Shêng - Pushing Upward
47:困難きわまりなく八方ふさがりのとき
:696996 K'un - Oppression (Exhaustion)
48:陰日向なく仕事を続けるとき:699696 Ching - The Well
49:改革、革新のとき:969996 Ko - Revolution (Molting)
50:天下に堂々と存在するとき:699969 Ting - The Caldron
51:雷のような大騒動のとき
:966966 Chên - The Arousing (Shock, Thunder)
52:山のように動かないのが一番のとき
:669669 Kên - Keeping Still, Mountain
53:順序正しく進むとき
:669699 Chien - Development (Gradual Progress)
54:順序が逆でチグハグなとき
:996966 Kuei Mei - The Marrying Maiden
55:豊かで盛大なとき:969966 Fêng - Abundance [Fullness]
56:移りゆく旅で人生の孤独を感じるとき:669969 Lu - The Wanderer
57:優柔不断は禁物のとき
:699699 Sun - The Gentle (The Penetrating, Wind)
58:おしゃべりに注意のとき :996996 Tui - The Joyous, Lake
59:よいことも悪いことも離散するとき
:696699 Huan - Dispersion [Dissolution]
60:節度を正しく守るとき:996696 Chieh - Limitation
61:真心が人を動かすとき:996699 Chung Fu - Inner Truth
62:身の程を知って進むとき
:669966 Hsiao Kuo - Preponderance of the Small
63:勝ってカブトの緒を絞めるとき:969696 Chi Chi - After Completion
64:大きな人生目標に向かって進むとき
:696969 Wei Chi - Before Completion


Terence Mckenna は易経を、数学的にグラフ化し、時間の地図のようなものを作った。
マッケンナは易経の64種類の卦の中にあるパターンを見出した。
まず6本の線による64種類の卦を、それぞれの卦の変化の率として数字に表し、グラフ化した。
そのグラフを歴史の時間軸に重ねてみると、不思議なことに4000年分の過去の歴史とピッタリと一致した。
グラフは中国で殷の時代に易経が作られた頃から始まる。
これは世界各地で文明が始まったのと同じ時期。
64の卦は歴史を越えて64回繰り返す。
マッケンナはこの説を“タイムウェーブゼロ”と呼んだ。
グラフの高い部分と低い部分は、ローマ帝国の没落、アメリカ大陸発見、20世紀世界大戦を正確に表しているという。
最も不思議なのは、この時間軸は2012年12/21で終わる。


アーサー王伝説の中の魔術師マーリンは、物語の中の人物だが、実在したマーリンは不吉なオラクルの1人。
中世の時代に、現代のテロ攻撃、地球温暖化、世界の終末を預言した。
イギリスで預言書が出版されたのは1135年だったが、その内容は5世紀頃に預言されたもの。
この中でマーリンは、人間と悪魔の間に生まれたケルト人のシャーマンだと記されている。
Merlinという名前は、古いウェールズ語の名前Myrddinの英語名。
古代ウェールズ人は彼を、野生のマーリン、森に住む男と呼んだ。
マーリンは伝説上の人物なのか、実在したのか?
マーリンは何世紀も先のことを預言したと言われ、アメリカ大陸が発見される1000年前に、アメリカ最初の植民地の名前ヴァージニアを預言した。
ワーテルローの戦いでのイギリスの勝利、ナチスによる大量虐殺も預言した。


20世紀の出来事に関する預言:「イギリスの海岸にいる人が、話のできる石を使ってフランスの海岸にいる人と話をする。」
これは携帯電話や液晶技術のことか?

イギリスの大惨事を預言:「セバーンの海が氾濫し、川は7ヶ月間燃える。
魚はその熱で死に、複数の尾が生える。」
セバーンとは原子力発電所の横を流れる川の名前。
これはメルトダウンのことを言っているのか?
「ロンドンが2万人の死を嘆き、テムズ川は血で赤く染まる。」
これはテロ攻撃のことか?


地球規模の預言:「海が瞬く間に氾濫し、風が恐ろしい音と共に吹き荒れる。」
世界終わりに関する預言:「惑星が定められた起動から外れるだろう。
惑星が正座の間をでたらめに動き回るであろう。」
それが起こりうるのは、地球が回転を変えた時。
マヤ暦と同じように、マーリンの預言もポールシフトを暗示しているようにとれる。


1500年代前半、イギリス ヨークシャーに住んでいたMother Shiptonの預言。
「絵が生きているように動く時、船が魚のように海中を泳ぐ時、人が鳥のように空高く舞い上がる時、世界の半分が血に染まり消えるであろう。」
マザー・シプトンは、デルフィの巫女のように洞窟に住み、マーリンのように人間と悪魔の間に生まれたということになっている。
彼女はヘンリー8世の死、スペインの無敵艦隊の敗北、ビクトリア女王の誕生、世界大戦を正確に預言したという。


マザー・シプトンの預言は、1641年に始めて出版されたが、原本は見つからない。
生きていた証拠も全くなく、彼女のほとんどは後の時代の人々によって書かれたもの。
私達の知るマザー・シプトンは、1684年伝記を書いたロンドンの作家リチャード・ヘッドの創作である可能性がある。
学者達はそれを事後預言と呼ぶ。
しかしたとえマザー・シプトンの預言が捏造だったとしても、その後の多くの預言は当っている。
「人が空に見えるであろう。思想が世界を瞬時に飛び回る出あろう。
女性が男性のようにズボンを履き、髪を短く切るであろう。」
マザー・シプトンの預言によれば、今の時代の後には全く別の世界がくるようだ。
「世界の半分は血に染まり、消えるであろう。」


マーリンやマザー・シプトンの預言は、聖書の内容に似ているという説もある。
聖書に記された預言の正確性は、周知の事実。
エルサレムがバビロンに征服されるであろうというJeremiahの預言、エルサレムがローマ帝国によって滅ぼされるであろうというイエスの預言も当った。

黙示録は、遠い未来に起こる終末的な戦争を預言し、それが現在のことを示すという説もある。
黙示録の文体、内容に使われている言葉などは、マヤ文明、エジプト文明、アメリカ先住民の文明など、他の古代文明の中で生まれた預言とそれ程大きな違いはない。


黙示録の著者ヨハネは、世界を震撼させるような恐ろしい幻を見た。
ヨハネがパトモス島に流刑された時、神から受けた夢物語のような啓示が記されている。
黙示録は恐ろしいもの、奇妙なもので溢れている。
馬千頭分の轟音をあげながら髪をなびかせて空を飛ぶ生き物、火を噴きながら自力で動く馬車、地球の全人口の1/4を死に至らせる病気・・・
ヨハネは中東を中心に起きる地球規模の戦争や、反キリストとされる悪魔のような世界の指導者の台頭も預言した。
これらのことを前兆として、世界の終わりまでを預言した。


黙示録の内容は、あまりに奇妙なので、私達の常識に当てはめる必要がある。
ヨハネが予期したのは、差し迫った世界の終末であり、今の時代のことではないとし、黙示録と現在の出来事との関係性に疑問を持つ人もいる。
例えば666という不吉な数字、黙示録では“獣の刻印”と呼んでいる。
666は反キリスト、現代における悪魔のような指導者を表す、という説もある。
666は現代において全く意味がなく、古代ローマの皇帝ネロを意味する可能性がある。
ネロはキリスト教の迫害者だった。
数例学にそってネロの名前(Neron Caesar)を数字にして足し合わせると、ぴったり666になる。
しかし黙示録の内容が、2012年終末論と不吉なほど似ているという人もいる。
現代の国家と同じ規模の軍隊、古代には想像できないような武器、最近発見された伝染病・・・


1890年代アメリカ先住民スー族(Sioux)のシャーマン、ブラック・エルプは、大惨事の夢を見た。
彼はある幻を見て、自分達の民族が滅亡するのではないかと思った。
この幻をキッカケに、ゴーストダンスという宗教的な踊りが生まれた。
これは彼らが繁栄した時代の復活を願って行った儀式だったが、アメリカ軍は反乱だと受け取り、スー族を追い出すために部隊を送り込んだ。
エルプ:「宇宙全体で野生動物が戦っているような風の音が聞こえた。
それは煙をあげながら砲撃される砲弾のように、世界中で女性や子供が泣き叫んでいるように、恐ろしかった。」


世界の終わりは2012年12/21なのか?
世界中の預言者はこの日に恐ろしい出来事が起こると預言している。
最も具体的なのは、アメリカ南西部に住むホピ族の預言。
1940年代後半からこの預言を語り始めた。
ホピ族は、世界は4回生まれ、4回滅亡すると考える。
私達は今、第5世界へ移行する境目にいるという。
それが起こるには、ある一定の条件が満たされねばならないが、あと数個で条件がそろうと言われている。
ホピ族は、その兆候として、海面の上昇、地球全体を襲う大地震、太陽の温度の上昇をあげている。


ホピ族の預言の中で、世界の終わりに近付くと、世界は蜘蛛の巣、ウェブと呼ばれるもので結ばれるであろう、というものがある。
これは世界をつなげるインターネットのことを指しているのか?


Web Botプロジェクトと呼ばれるオラクルから、不吉な預言が現れ始めている。
このプログラムは、未来に関するヒントを探すために、インターネット上の星の数ほどある情報をスキャンし、古代のオラクルと同じくらいあいまいで、不吉な預言をはじき出す。
イスラエルの攻撃や、西海岸の大地震など、不吉な予測ばかり。
Web Botプロジェクトには、スパイダー、エージェントなどのミニプログラムが使われている。
マイクロソフトの新高値を予測するために始まったが、2001年プログラマーの1人が、株価予測以上の結果が出ていることに気付いた。
日付と結び付けられた言葉が現れ始めた。
2001年6月その情報から、60〜90日のうちに、国民の人生を変えるような恐ろしい出来事が起こると予測した。
Web Botの開発者達は、これが9/11同時多発テロのことだと考える。
Web Botもまた、世界最後の時を2012年と示している。
太陽に関する珍しい現象が起こるだろう、しかしそれにより大量のプラズマが放出されて、地球にぶつかり、北アメリカのほとんどを焼いてしまうということを語るのは・・・?


いつの時代にも、世界の終わりは近いという人はいる。
人を脅かすが、単に金儲けしたいだけなのでは?
未来は予見できない。
未来に希望を持ち、前向きに生きることが重要。
それが預言に込められたメッセージかもしれない。
2012年12/21は刻々と近付いてくる。
どんな結果が待っているのだろう?
間違いであってくれることを望む。
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Koran コーラン






コーラン・・・イスラムの世界では神が直接預言者に啓示した言葉とされている。
歴史的に重要なことが起きたことを、神が預言者に語らせているだけではない。
神自身による世界へのメッセージでもある。
コーランはアラビア語で朗誦と訳され、声を出して読むべき教典とされている。
そうすることで、神と直接対話できる。


読み進めるとユダヤ教、キリスト教の教典と似通ったところがあることに気付く。
唯一の全能の神を崇め、同じ内容の話が何度も登場するが、謎に包まれている。
極めて美しいアラビア語と言われる文章は、散文というより詩に近い。
聖書と違い、話が年代順ではなく、ストーリー性がない。
114ある書スーラは長いものが始めの方、短いものが終わりの方にきている。
コーランには意識の流れのような、概念が流れるようにつらなる手法が使われている。
他にも不思議に思えることが多く出てくる。
ムハンマドの人生や世界の歴史については語っていないが、この世の始まりに関する記述はあり、真中の辺りにでてくる。
イスラム教徒は、コーランは物語でなく、神が自分の創造物を正しい道へ導くためのメッセージだと思っている。
どう生きていくかを示した規範集。
イスラム教には中心的管理組織はなく、コーランの解釈は信者独自に委ねられている。
コーランは何を語り、何を意図しているのか?


現在イスラム教徒の数々の言葉ははるか昔、ある特定の場所に現れた。
イスラムの言い伝えによると、コーランが生まれたのは約1400年前のアラビア半島の砂漠だという。
そこには遊牧民ベドウィンや定住型部族が住んでいた。
現代のイスラム教徒が無知の時代と呼ぶ、ジャーヒリーヤの頃だった。
当時は近隣のビザンティン帝国やササン朝ペルシアに比べると文明に取り残された場所だった。


砂漠の真中に、山に囲まれた町Meccaがあった。
アラビア半島の文化、経済、宗教の中心地。

数多くの宗派が集まり、混在していたが、当時のアラブ人はユダヤ、キリスト教の思想を受け入れていたので、これらの宗教の教義や物語は半島中に知れ渡っていた。
6世紀のアラビア半島には多神教信仰もあり、人々は複数の神を信じていた。
毎年メッカは巡礼者で溢れた。
無数の神々や偶像を祀る聖なるカーバ神殿を巡礼するために、6世紀半ばにはカーバ神殿に祀られた偶像(人々と神の間の媒介者)は360に達した。
神殿への巡礼はそこを管理していたクライシュ族に大きな利益をもたらした。
巡礼者は皆お布施を支払う必要があった。
しかし町の他の人々は貧しく、豊の不均等な分配、経済的不平等が問題になった。
親のない子、女性、貧しい人々の人権問題。
奴隷の使用が定着し、女の赤ちゃんが産まれると、価値がないとして埋められた。


570年、メッカにムハンマド・イヴン・アブドゥッラーフが産まれた。
イスラム教では預言者ムハンマドの肖像を描くことは神への冒涜とされている。
6歳で親を失い、階級に分かれた社会の中で財産がない部類の層に入ることになった。
メッカの政治、経済、文化の全てを取り仕切る名門部族の一員としては認められなくなった。
しかしムハンマドは有力な叔父に引き取られ、25歳になる頃には商人として成功し、キャラバンの有能で頼れる隊長になっていた。
ある時、年上の女性パティージャのキャラバンの隊長に雇われた。
真面目な仕事を認められ、結婚を申し込まれた。
経済的に成功し、幸せな結婚生活を送る一方、貧困と不平等がはびこる社会でその意味を見つけようとしていた。
ムハンマドは小さな集団に属して生活しながら、アラビア半島全体に偶像崇拝や多神教が広まっていることに違和感を抱いていた。
そして時々、人間の存在の意味についてじっくり考える時間を持つために、町を抜け出し瞑想していた。
言い伝えによると、その瞑想中、メッカ郊外の洞窟で神の言葉が啓示された。


イスラム教徒は1日に5回、メッカの方向に向かって祈りを捧げる。
7世紀始め頃、メッカはアラビア半島の偶像崇拝の中心地で社会的不平等がはびこる町だった。
610年のある日、ムハンマドは瞑想中に突然胸に強力な圧迫感を覚え、暗闇に取り囲まれた。
まるで巨大な手に握り締められたかのように苦しく、息も絶え絶えになった。
すると、ある声が聞こえてきた。
「読め、読みなさい。」
「読むものは持っていません。」と答えた。
その不思議な言葉は天使ガブリエルがもたらしたコーランの最初の言葉とされている。
「Recite! In the name of your load who created,created humanity from a clot of blood.
Recite,for your load is the most generous one who has taught by the pen,taught humanity that which it did not now.」(コーラン96-1)
ムハンマドは突然預言者になったが、彼は始め、その役割に関わりたくないと思った。
正気を失ったのではないかと恐れ、妻に相談した。
ハティージャはムハンマドが神から選ばれ、神のメッセージを人々に伝える役割を授かったと説得した。
ムハンマドは22年間に渡って神から言葉を受け続け、それがやがてコーランとなった。
神の言葉が届いた時、耳の中で呼び鈴がなることもあれば、病的なほどに全身が痙攣することもあったという。
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神の言葉はアラブ人が必要とした時に下されたようである。
初期の言葉は短く簡素でメッカの偶像崇拝信仰を否定し、唯一神の信仰を推し進めるものだった。
「Remember the name of your load and devote yourself fully to him.
He is the load of the east and the west there is no God but he so take him as your guardian.」(コーラン73-8)
(主の御名を唱え、ただひたすら主に仕えよ。主は東も西も納め、その他に神はいない。
この方だけを汝の守護者とせよ。)

始めの数年間、ムハンマドは一連の言葉を記憶し、妻や身近にいる人々だけに伝えていた。
しかし自分が預言者として神に選ばれ、神の言葉を伝え広める任務がある事を徐々に自覚していった。
ついに612年、メッカの中心地で布教を始めた。
ムハンマドが語る神は輝かしく慈悲深い。
一方不気味な雰囲気を持っていた。
人々の行動の結果としてやがて審判の日がやってくると唱えた。
ムハンマドは夜通し祈りを捧げた後、町の市場に来てこういった。
「この世はやがて終わる。
この世をお創りになった神がその全てを終わらせるのだ。
あなた方もその一部である。」
力強いメッセージだ。


ムハンマド:「コーランの内容は何世紀も前にユダヤ教とキリスト教に送られた啓示と同じである。
その啓示が始めてアラブ人にアラブの言葉で伝えられた。
私は新しい宗教を説いているのではなく、伝達者として神の言葉を伝えているだけ。
かつて偉大な預言者たちのように。」
コーランには何度もアブラハム、ヨセフに起きたことを忘れるなと言って、アブラハム、ヨセフの話が出てくるが、それらの壮大な物語はコーランでは簡潔にまとめられている。
コーランを聞いた人々はすでにそうした物語をよく知っていた。


当時アラビア語を読み、書ける人は少なく、ムハンマドも同じだったので神の啓示を書き留めることはなかったと、イスラムの言い伝えで言われている。
ムハンマドと行動を共にしていた小さな集団の人々がムハンマドから聞いた啓示を記憶した。
当時物事を口頭で伝承する口承文化の社会だったので、人々は何かを1度2度聞いただけで記憶できた。
また耳で聞いたことを、聞いた通り言える能力を持っていた。

ムハンマドは神の啓示を受けながら、メッカで布教活動を続けた。
ムハンマドの信者は“神に帰依する者”を意味する“ムスリム”と呼ばれるようになった。
ムハンマドの言葉は貧しい人々、恵まれない人々の共感を得た。
公平な社会を創るために奴隷を解放させる。
裕福な者は貧しいものに恵を与えると訴えたからだ。
信者の中にはコーランの言葉の美しさに引かれて改宗するものもあった。
その完璧さに神の存在を感じたのだった。
これらの言葉が神の啓示だといえる証拠はどこにあるのかという問に対し、イスラム教徒は「証拠はコーランそのものだ。」と答える。
読み書きできない1人の男が突然このように崇高で力強い言葉を生み出すことになったのは奇跡だという。


しかしムハンマドはカーバ神殿に祀られている偶像の崇拝を否定していたため、支配者のクライシュ族は激怒し権力を奪われまいと構えた。
クライシュ族とメッカの人々は数10人のムハンマドの信者を迫害し始めた。
9年間ムスリムは迫害を受けながら、神の他に神はなしの信念に従いながら虐待に耐えた。
ムハンマド自身は裕福な妻と有力な叔父に守られていたが、2人が死ぬと信者を連れてメッカから逃げ去るをえなくなった。
ムハンマドには懸賞金が賭けられた。


622年Medina(Yathrib)から混乱を鎮めるために招きを受け、ムハンマド率いる小さなムスリムの集団は、人目をしのいでやってきた。
そして町の指導者として認められた。
メディナでも神の啓示を説き広めていたが内容は変わった。
指導者的立場に関するものや、1つの社会を作り、支配するための方法論的なものが多くなってきた。
コーランに書かれている法律は、メディナ時代に生まれたものと言える。
飲酒の禁止、母親の授乳は2年まで・・・
生活の規範、例えば財産相続に関する規範では孤児や奴隷など財産を持たない者にも権利が与えられ、女性の社会的地位を上げる条項もある。
中には明確に解釈できない条文もある。(一夫多妻制)
「Marry those women who are lawful for you,up to two,three,or four.
But if you fear you cannot be equitable,then only one.」(コーラン4-3)
(法的に認められた女性と結婚せよ。
2人なり3人なり4人なり。
しかし公平に扱えぬなら1人だけにしておけ。)
研究者は色々な意味に解釈できると指摘する。
妻は4人まで持てるとも、複数の妻を公平に扱えはしないので、1人にしなさいとも受け取れる。
また、親のない女の子が大勢いるので、彼女達の面倒をみなさいと言っているようにも受け取れる。


コーランの本当の意味を理解するのは難しい。
メディナの人はコーランの言葉と、リーダーとしてのムハンマドに強く引かれ、イスラム教に改宗した。
コーランに加えられた規範は町の法律となった。
神の啓示は生物のように進化し続けた。

その後神の啓示は生き残る手段として武器を取ることをムスリムに許可した。
メッカの人々はムハンマドの首を狙っていた。
彼がメディナの首長になったことを許さなかった。
622年メッカの人々はムハンマドと信者達に戦いを宣言した。
それまでコーランは社会に必要な法と秩序を与えてきたが、この頃から敵に対する防衛手段を指示するようになった。
「And fight for the cause of God those who fight you,but do not be aggressively surely God does not like the aggressors.
Kill them wherever you fnd them and drive them out from wherever they drove you out.」(コーラン2-190,191)
(戦いを挑むものと、アッラーのために戦え。
だが攻撃的になるな。アッラーは攻撃的なものを好まない。
敵と出くわしたらどこでも殺せ。
そして追い出してしまうがよい。)
単に戦うことをよしとしているのではない。
これはムスリムが敵に包囲されている状況での言葉で、「敵と戦え、神の敵と戦う権利がある。」とある。
また「敵が戦うのをやめた時は戦いをやめなさい。
神は慈悲深く、戦いは第一の道ではないことを忘れるな。」とも言っている。
8年戦い続け、630年メッカは降伏した。
言い伝えによると、ムハンマドは勝利の後、神の啓示に従って慈悲を示し、メッカの人々に恩赦を与えた。


メッカの人々はムスリムに改宗し、コーランに従ったがムハンマドの指命はまだ終わっていなかった。
メッカを勝ち取った今、ムスリムの信条「神のほかに神はなし。」を繰り返しながら、カーバ神殿に入り、全ての偶像を破壊し、そこを唯一の神を祀る聖なる場所に定めた。
ムハンマドは目標を達成した。
632年、生まれた土地へ戻った2年後、62歳で亡くなった。
神の啓示も止まった。
それまで受けた啓示は信者の記憶の中にあるだけだった。
残された信者はムハンマドのメッセージを語り継ぐことに努力を重ねることになる。
書物にすることが必要であることに気付き、コーランを記憶した人々が年をとり、この世からいなくなっており、さらにイスラム教がアラビア半島の外へ広まり始め、コーランの内容が少しずつ変化していった。


651年第3代政党カリフのウスマーンはコーランを編纂するための委員会を作った。
編纂するために集められた資料の中に、動物の骨の破片、羊皮紙の切れ端に書かれたものもあり、コーランを覚えた人の記憶も資料の1つだった。
集めた資料は厳しい審査を受けた。
その言葉がムハンマドの目の前で記録されたと証明するために、2人の証人が必要で、全ての言葉は記憶した人々によってチェックされた。
本物だと証明された言葉は1冊の本にまとめられ、写しが各地に配布された。
それ以外のコーランの写しは破棄せよとウスマーンは命じた。

コーランはムハンマドが伝え広めた啓示が完全に残された。
イスラム教徒の間では、モーゼとイエスが受けた神の啓示は何度も事実をねじ曲げられたと思われている。
旧約聖書、新約聖書にある神の啓示は歴史的、宗教的、政治的理由によって変更されたものだと受け止められている。
「There is among them a section who distort the book with their tongues so that you would think it is part of the book,but it is not part of the book.
And they say,”That is from Got”but it is not from Got,it is they who tell a lie against Got and they know it.」(コーラン3-78)
(舌をひねり、聖典の内容をゆがめる者がいる。
聖典の言葉ではないのに、聖典の言葉だとだます。
アッラーが下したものではないのに、アッラーが下したというが、彼らは承知の上でアッラーに嘘をつく。)
コーランはユダヤ教徒キリスト教の聖典は、コーラン誕生以前からあったことを断言する一方、その2つの宗教の聖典には訂正すべき事柄や、思想があると述べている。
コーランにはそれらの間違いを訂正しているとされる箇所がある。
例えば救世主について、イエスは預言者であり、処女から生まれ、奇跡を起こしたことを認めているが、イエスは神の子については否定している。
イエスのはり付けの刑についても異論を唱える。
イエスは十字架の上で死んだのではなく、神が天に引き上げた。
処刑の施行人が誤ってイエスに似た人物をはり付けにしたに過ぎない、という。

イエスは人間の罪のために死んだとするキリスト教の思想は、全ての人は自分の行動に責任を持つとするコーランの考え方と相反する。
死んで救いとして復活することは、イスラム世界には通用しない。
誰かが誰かの罪をつぐなうという考え方はしない。
イスラムの世界では、コーランは聖書の捏造を見過ごせなかった。
神が最後の最後に下した言葉だと信じられている。
「When the sun is folded up and the stars lose their light and when the mountains are made to vanish…
Then shall each soul know what it has put for ward.」(コーラン81-1〜14)
(太陽が包み隠される時、星星が光を失う時、山々が消される時、海がフツフツと煮えたぎる時、魂が組み合わされる時、天の幕が裂ける時、地獄の炎が燃え滾る時、どの魂もその行いの結末を知る。)
コーランは神秘的で複雑なので、解釈が難しい。
多くのメッセージの内1つだけ、明快なことがある。
やがてこの世の終わりの日が来る。
山々が崩れ落ち、動物の胎児が母親の子宮から流れ出てしまう日が来ると警告しているのだ。
繰り返し、人間はこの世での行動に対する償いを強いられるだろう、と述べている。
天国と地獄の描写は砂漠の環境を連想させる。
天国は緑が溢れ水をたたえたオアシスとして描かれ、地獄は熱と炎が強調され、喉が渇いた人間に水ではなく、大釜でグツグツと煮て溶かした銅を飲ませるという描写もある。


イスラム教徒にとって最後の審判の日に救われる方法はコーランに従うことだけだが、コーランを正確に解釈することは長い間難しい問題とされてきた。
なぜならイスラム教は階級もなく、教会のようなものもなく、中央の権威的組織を持たないので自由に解釈できる。
さらに謎めいた表現が多い。
「アッラーこそが汝にこの聖典を下したもうたが、意味が確かなところもあれば、あいまいなところもある。
だが本当の解釈はアッラーのみぞ知る。」(コーラン3-7)
イスラムの世界ではコーランを正しく理解しているのはムハンマドだけだとされ、イスラム教徒達はコーランの解釈の助けとしてムハンマドの人生、言葉、行動に注目してきた。
しかし神の言葉を完全に理解するにはいたらず、何世紀もの間複数の文化が解釈を巡って対立してきた。
ある学者はコーランを広い海に例え、巨大で神秘的な創造物だとした。
イスラム教徒はその広い海の中で多くのことを学んできた。
愛と恐れ、知識と規範、怒りと暴力、神秘と儀礼、コーランは世界の歴史を変えた。
その教えに忠実に従う信者は情熱を掻き立てられ、極端な行動に走ることがある。
その一方で、神の近くに身を置くこともできる。
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ハルマゲドン 『ヨハネの黙示録』



聖地を舞台とした戦場で、善と悪が対立している。
悪を率いるのは邪悪な人物。
ここは人類最後の決戦場。
その名は身の毛もよだつハルマゲドン

これは『ヨハネの黙示録』に記されている。

執筆から2千年たった現在、多くの議論を巻き起こしている。
キリスト教原理主義者は最後の戦い、この世の終末と捉えている。
その幕は開けたとも言われる。
学者の多くは意見が異なる。
『ヨハネの黙示録』は当時のことを記しており、ローマ帝国に向けたもの。
迫害を受けてきたキリスト教徒に希望を持たせるために執筆されたと考える。
様々な非現実的イメージが登場する。(海から現れる巨大な獣、赤い竜、救世主・・・)
7つの封印について語られている。(神の激情で溢れる平鉢や、獣の背に座るみだらな女など。)
それらが示す意味とはなにか?

『ヨハネの黙示録』が書かれたのは1世紀の終わりごろ。
小アジアの信者の間で書簡として読まれた。
黙示とは暗黙の中で表示すること。
同意のギリシャ語ΑΠΟΚΑΛΥΨΗ(APOCALYPSE)でも知られる。
著者はヨハネ、漁師をしていたヨハネはナザレのイエスと出会い、最初の使途の1人に選ばれた。
忠誠心が強く“愛する弟子”と呼ばれていた。
イエスが十字架にかけられるのを見守った弟子は彼のみである。


著者は世界の終末を段階的に書き記している。
地上を襲う7年間の苦難の時代、地震が発生し、天から星が落ちてくる。
そし独裁的な指導者の到来。
彼は万人に自分の数字を刻印させる。(666)

このシステムにより世界中の人類を支配する。
ヨハネは彼を“獣”と呼び、信者は“反キリスト”と呼ぶ。
人々はこの先の展開を次のように予測する。
権力をつかんだ独裁者は善と悪の間に決戦をしかける。
それがハルマゲドン

地球上の人類は滅亡し、この世の終末を迎える。
原理主義者にとってそれは絶対的未来。
『ヨハネの黙示録』だけでなく旧約聖書にも基づいている。
聖書の約27%は預言的内容であり、言葉通りに理解する以外方法はない。
多くの神学者は異論を唱える。
当時の小アジアのキリスト教徒へ、信仰心を持ち続けるようにと呼びかけているとみている。
直解する人々は『マタイの福音書』を例に挙げ反論する。
「弟子達が彼に聞いた。この世の終わりの際の印は何ですか?
イエスは答えた。
戦争の噂を聞くだろう。凶作があり、疫病、各地で地震もがあるだろう。
その後にこそ終末は到来するだろう。」
(『マタイの福音書』第24章3〜33節より)
預言だと信じる人は現実社会に裏づけを求める。
異常気象、新たな疫病、自然災害、世界を脅かす犯罪者、大量破壊兵器・・・これらは全て前兆だろうか?
しかしそれらは今に限ったことではなく、人間は常に戦争や自然災害に苦しんできた。
それでも今日は本物だと主張する人がいる。
世界は既に秒読み段階に入っていて、終末は目前だと言う。


ビッグバンが始まった世界は音もなく消えるかもしれない。
その瞬間が訪れた時、キリスト教徒は一瞬にして天に消えるだろう。
原理主義者達はこの現象を“ラプチャー”と呼ぶ。
何百万人がいっせいにいなくなる。
地上に残った不信信者達はこの世の終末を目撃する。


1世紀、ローマ帝国はキリスト教徒を弾圧した。
中でも最も厳しかったのは皇帝ネロ。

彼は迫害を政治に利用した。
64年の大火災をキリスト教徒のせいにし、市民の前で張付けにした。

ネロ帝の死後も迫害は続いた。
ヨハネも指導者として、彼の後継者に処罰を受けた。
流刑に処せられ、トルコ沖の小島パトモス島に流された。
ヨハネはこの地で未来への希望、22章に及ぶ『ヨハネの黙示録』を書き残した。
彼はキリストは再臨し、迫害者を罰すると記した。

黙示録文学は困難の多い時代に執筆される。
何らかの明るい未来を見出すために、人々の苦労は報われると信じるようになる。
その方法が“ラプチャー”。
暗い時代の中、“ラプチャー”という思想はすぐに広まった。
イエスの再臨で救われる、という思想。

“ラプチャー”は黙示録に由来するという説に学者達は反論する。
聖書を断片的につなぎ合わせて導いた結果であり、黙示録と直接関係ないのだと。
聖書に記されていない“ラプチャー”は苦難の時期の前に起こると信じられている。

「人類が生まれて以来、かつてないような地震が起きた。
それほど大きな地震だった。」
(『ヨハネの黙示録』第16章18節より)
2004年東南アジアを襲った大地震は、大津波を引き起こし
27万人以上の死者が出た。
より大きな災いの前兆だという人もいる。

さらに黙示録は天体が地球に及ぼす災害を預言している。
「燃え上がる巨大な星が天から落ちて、3分の1の数の川と源泉に落ち、多くの人が死んだ。」
(『ヨハネの黙示録』第8章10〜11節より)
信者達は聖書だけでなく、科学にも裏付けを求める。
小惑星が地球に衝突する確率もゼロでないと、主張する。

黙示録に登場する4人の騎士は苦難の時期を象徴している。
「私は見た。白い馬が現れるのを。
騎士は弓を持っていた。
彼には冠が与えられ、勝利を重ねるために出て行った。」
(『ヨハネの黙示録』第6章2節より)
白馬の騎士は征服、赤い馬の騎士は戦争を表す。
黒い馬の騎士は天秤を持つ。天秤は経済の崩壊、凶作、飢えを表す。
最後は最も恐れられている騎士。
「見たら青白い馬が現れた。馬に乗っているものは死。
地獄が付き従っていた。」
(『ヨハネの黙示録』第6章8節より)

4人の登場は差し迫る終末を意味する。
7年間に及ぶ混乱と苦難の到来を・・・


学者は心配ないという。
ヨハネが書き記したのは西アジアの王国パルティアのこと。
黙示録の中で4人の騎士は暗黒の人物に道を聞く。
黙示録の中で“獣”と呼ばれ、預言を信じる人々が“反キリスト”と呼ぶ。
彼が人類を最後の決戦に導く。→ハルマゲドン

彼は悪魔の顔をして出現すると信じられている。
その人物は世界中で人気者になる。
仮面を被った反キリストは、いずれ世界を支配し、人々に苦難をもたらす。
彼の正体が判明した頃には手遅れ。
すでにどこかにいるのだろうか?

反キリストは新約聖書を通して登場する。
『テサロニケ人への第二の手紙』で、パウロは“滅びの子”と呼んでいる。
『マタイによる福音書』の中では“偽キリスト”“偽預言者”と呼ばれる。
「獣が海から上がるのを見た。
10本の角と7つの頭があり、角の上には10の王冠、頭には神を冒涜する名前。」
(『ヨハネの黙示録』第13章1節より)

獣の正体は?
教皇イノケンティウス靴魯爛魯鵐泪匹世斑埜世靴拭
宗教改革中、マルティン・ルターはローマ教皇だと言い、ローマ教皇がルターだと反論した。
ナポレオンやヒトラーの名も上がる。
ヨハネはヒントを残した。
「思慮あるものは獣の数字を解くがよい。
それはある人間の数字666だ。」
(『ヨハネの黙示録』第13章18節より)

学者達はゲマトリア(ヘブライ文字の数秘術)を用いて解読を試行。
ヘブライ文字は22個あり、各文字は数字を持つ。

1世紀に実在した人物を探したところ、ピタリと当てはまる名前が浮上した。→ネロ・カエサル
ネロ皇帝をギリシャ語からヘブライ語に訳し、数字を全て足すと、合計は666。
666はヨハネからのメッセージだという人もいる。
彼の目的はローマ帝国の皇帝崇拝を批判することだった。
原理主義者は反論する。反キリストは地球上に存在し、人類を支配するために彼の数字を使うのだと。

獣は人々に刻印を強制する。
「卑小な者も偉大な者も金持ちも貧乏もすべて、右手か額に刻印を受けさせる。
刻印や獣の名前、彼の名を表す数字がない上、誰も売買ができないようになる。」
(『ヨハネの黙示録』第13章16〜17節より)
当時階級がわかるように刻印するという習慣があった。
身分証明の技術はその後発展を遂げた。
現代では生態認識やICチップの埋め込みが刻印の代りに使われるだろう。
社会保障番号がなくなると社会的に抹消されたのと同じ。
仕事にも就けず、講座も開けない。
獣は印を使って人々をコントロールする。

黙示録には反キリストの現れる時期は記されていないが、終末の預言を信じる人は、彼がこの世にいるのだという。
根拠は聖書の中にあるという。
神の選民の故郷(イスラエル)への帰還。
1948年イスラエルは独立した。
反キリストが台頭している場所はイスラエル。
一度破壊されたエルサレムのユダヤ教の神殿を建て直し占拠するだろう。
巨大な神殿は紀元前950年頃ソロモン王が建設した。
400年間イスラエルの人々の礼拝の中心だった。

紀元前586年バビロニア人に破壊され、後にユダヤ人が再建。
66年ユダヤ民族はローマ帝国に対し反乱を起こした。
発端は1人のユダヤ教司祭がネロ皇帝に反発したことだった。
70年ローマ軍は反乱を鎮圧し、神殿を炎上させた。

ヨハネや信者達はローマを恨んでいただろう。
神殿はほとんど崩壊したが、1枚の壁“嘆きの壁”だけが残った。(ユダヤ教の聖地)
ヨハネは黙示録の中で神殿跡地にできる新エルサレムに触れている。
神殿は再建されるべき?しかし再建すべき土地には現在岩のドームが建っている。
シナリオによるとラプチャーと7年の苦難のあと、人類は反キリストに従わざるを得なくなるようだ。
そして世界は完全に支配される。

「あらゆる国民や民族を支配する権威が与えられ、全ての人がこの獣を礼拝する。」
(『ヨハネの黙示録』第13章7・8節より)
「かつてない規模の軍隊を集結させ、最後の決戦に臨む。」
具体的な戦略を描く人もいる。
ヘブライ人がメギドと名付けた土地、黙示録ではハルマゲドンと呼ばれている。
紀元前1479年エジプトはメギドでカナン軍との戦いを繰り広げた。
歴史に記された最初の戦いだ。
最後の戦いも舞台はメギドだとヨハネは書いている。


終末論によると反キリストに対抗するのは1つの勢力のみ。
ラプチャーされなかったキリスト教やユダヤ教徒で悔い改めた人々。
「私は幻の中で馬を見た。馬達の頭はライオンの頭のようで口から炎を煙と硫黄を吐いていた。」
(『ヨハネの黙示録』第9章17節より)

「煙の中からイナゴが飛び出た。
イナゴは出陣の用意をした馬のようで女のような髪が生えていた。
羽ばたく羽音は馬戦車の音に似ていた。」
(『ヨハネの黙示録』第9章3〜9節より)

核兵器を描写しているという人もいる。
「かまどから出るような煙が穴から立ち上がった。」
(『ヨハネの黙示録』第9章2節より)

「また天の星が地に落ちた。山も島もあった場所から動かされた。」
(『ヨハネの黙示録』第6章3〜14節より)
「太陽は毛でできた布のように黒く、月は血のように赤くなった。」
(『ヨハネの黙示録』第6章12節)

聖書学者は意義を唱える。
預言はイメージに過ぎず、象徴として捉えるべきだと。
絶望的な状況下でも希望の光はある。
反キリストが勝利をつかみかけた瞬間、奇跡が起こる。
空に切れ目ができ、キリストが空から再臨。
キリストと反キリストの最後の対決。
「私は天が開くのを見た。
獣と王達と軍勢が戦いを挑むために結集していた。
獣は捕えられた。」
(『ヨハネの黙示録』第19章19〜20節より)

苦難の時期が終わり、平和が訪れる。
「私は新しい天と新しい地を見た。
最初の天と地は消え去り、海もなかった。」
(『ヨハネの黙示録』第21章1節より)

人々は悪が倒されるのを見たいだけ、キリストが救ってくれると確信したいだけだと意義を唱える人もいる。
黙示録の読み違いは常にあったという。
終末が近付いていると信じる人々の間で、黙示録は人気がある。
描写がとても象徴的だから、自分が置かれている状況に当てはめやすい。
真意を巡る議論は続くだろう。

内容だけでなく、筆者についても不可解。
法医学的証拠―颪諒限痢ΑΕ茱魯佑諒_蚕颪般杣録で完全に異なる。黙示録のギリシャ語はレベルが低い。
⊇颪れた年代・・黙示録が書かれたのは95年頃だが、ヨハネは100歳近かったはず。
ではいったい誰が書いたのか?
謎は残るが大切なのはそのメッセージ。
終わりは近付いているのか?

黙示録は当初“アポカリブス”と呼ばれていた。(本来「覆いを取り外す」という意味)
神しか知らない秘密がわかるという意味だ。
しかし現代では「終末」として使われる。
内容だけでなく、影響力も注目される理由。
例えば1393年テキサス州ウェイコで、David Koresh率いる教団が51日間施設内立てこもった。
Branch Davidiansは終末論を信じるカルト集団だった。
80人が命を失った。


1918年スペイン風邪が世界中に広まり、人類は滅亡すると信じた人もいた。
しかし人類は生き残った。
キリストがいつ再臨するかわからないから常に気は抜けない。
神は私達の時代に再臨するのか?

どの時代にも苦難の時期に、黙示録の預言を元に終末を宣言する人が出現した。
365年フランスのSt. Hilary of Poitiersという名の司教が終末を語った。


15世紀チェコのTáborで、終末が近いという思想の下にターボル派が結成された。
ゲリラ軍を組み、武力で思想を広めた。
不信心者は殺された。

19世紀アメリカのBaptist派の牧師、ウィリアム・ミラーがラプチャは1843年3/21〜1844年3/21に起こると発表した。
しかし何も起こらなかった。
彼は新たな日にちを割り出した。(1844年10/22)
この頃にはミラーの信奉者は約5万人となり、前夜に財産を手放す人もいた。
昇天用の式服を購入した人もいた。
その日が来ると、天に向けて手を広げ、祈りを唱え、賛美歌を歌った。
翌日、信奉者は大失望を味わった。
彼はその後も懲りることなく毎年ラプチャーの日を発表し続けた。

黙示録は自分なりの解釈ができる。
基本的なテーマは希望。(最終的にはキリストに守られている)
4世紀の司教達は黙示録を聖書に納めるべきか議論を重ねた。
最終的には新約聖書の最後の書となった。
内容の究明はまだ続く。
終末を預言しているのか、希望を表しているのか、この世の終わりまで議論は続く。
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アーユルヴェーダ



インドケララ州が発祥の地。
アーユルヴェーダとはサンスクリット語で、アーユス(生命・寿命・生存)とヴェーダ(真理・正しい知識)という二つの言葉から成っていて、「生命の科学」や「生活の知恵」というような意味。

起源は、仏陀が誕生する遥か以前にインドの賢者であり預言者でもあるリシたちによって生み出されたと考えられている。
彼らは人生における悲しみや苦悩は、人類がその霊性に気づき神と共に毎日を送るために神から与えられたものであると悟っていた。
神は人類への慈悲から苦悩を脱し幸福へと導く術を彼らに与えたといわれる。

リシ(預言者、聖者)たちが、超越意識(真我)において直接知覚したもの、 もしくは神から得た啓示(天啓聖典)。
そこに全宇宙の真理を見出し、健康と幸福を得るために必要な術を体系化していき、「アーユルヴェーダ」と呼ばれる非常に高度な生命科学を作り上げた。

体のバランスが崩れたとき病気が起こると考えられ、治療はそのバンランスを元に戻すこと。
人の体には3つの力が働いている。
◆ヴァータ:身体の運動機能を調節。
風と空の元素につながるもの。
ヴァータが優勢な人は、細身で長い顔で小さい目、そして歯並びが悪くて唇が薄いのが特徴です。皮膚は乾燥肌で、シワやシミができやすく老化が早い傾向にある。

◆ピッタ:消化や代謝を調節。
火と水の元素につながるもの。
ピッタが優勢な人は、滑らかでそばかすの多い顔、日焼けしやすいため皮膚は小麦色な場合も多い。
端正な鼻と薄い色の目の人が多く、歯が黄色っぽい人もいます。口臭や体臭も出やすく、若白髪、若ハゲ、目の充血なども出てくる。

◆カパ:身体の生命力を維持。
水と地の元素につながっている。
カパが優勢な人は、肌はオイリー、髪の毛は豊富でウェーブがかかり、目は青または茶色で、がっしりした体格の人。
女性の場合は胸や腰が豊かで、グラマーな容姿の人が多い。

3つの力の割合は人それぞれ。


ダートゥとは身体を組織する7つの構成要素のことを指す。
具体的には、血漿(ラサ)、血液(ラクタ)、筋肉(マーンサ)、脂肪(メーダ)、骨(アスティー)、骨髄と神経(マッジャー)、生殖器官(シュクラ)の7つ。
これらの7要素はお互いが相対関係にありバランスを保っているので、一つが乱れると他の組織にまで影響を及ぼす。

治療はまず、体質を調べるため50の質問をする。(食事、病歴、睡眠など)

例えばヴェータが強すぎる場合、それを弱める治療をする。
お香がたかれ、ビャクダン香が高まると、アーユルヴェーダの治療が始まる。
頭の先から足の先まで血液の流れに沿ってオイルマッサージで老廃物、毒素を溶かし、体の外へ排出する。
血液の循環がよくなり、代謝を早め体が浄化される。
使うハーブオイルも体質により決まる。
最後に足を使って体を揉み解す。

アシの林の中で休息。
食事は薬膳料理。
その土地で採れた食材が健康へ導く。
「薬は家庭の台所にあり」(アーユルヴェーダ)

2度目の治療、キリー(温熱療法)。
布で包んだハーブをオイルで温め患部に当てる。たたく。
(ネリニル、パキラ、ライム、アシュワガンダー、ムデラ、エバム、レンタクル、シナモン・・・)
ハーブオイル:45種以上のハーブが入っている。
牛乳やヤギのミルク、ギー(バター)を加え煮詰める。

次の治療はシロヴァスティ、頭全体にオイルを行渡らせ心と体をリラックスさせる。

それぞれの人に合った治療をする。
ヨーガや瞑想、呼吸法が取り入れられることもある。


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ダライ・ラマと輪廻転生



ヒマラヤの仏教王国、ブータン。
長い間精神的指導者の転生が信じられてきた。
聖人は死んでもまた生まれ変わり、人々を教化すると信じられてきた。
しかしブータン王国では仏の生まれ変わりが増えすぎている。

ブータンは長い間鎖国状態にあったが、現在は近代化されつつある。
民主化の波が押し寄せている。
昔から変らないもの、首都ティンブーに近い僧院での儀式。
信者から祝福を求められる大僧正の傍らに座るテンジン・ラブゲ(17世紀)の生まれ変わり。
彼は2歳になるや前世を語り始めた。
ここでは転生ラマという制度が建材している。
ラマの転生者であると自ら証明した子供を“トゥルク”と呼び崇める。

ディルゴ・ケンツェ・リンポチェ少年は亡くなったラマに代り、崇拝の対象となっているが、正式には認められていない。
転生者を探すのは容易ではない。
千里眼、夢、先代のラマの遺物を当てた者が転生者と認められる。
信頼できる方法ではない。
実際にはラマの転生者を選ぶ方法は、主観的であり、近年新たな問題を生じている。

カルマ・フンショブは祖父(チベット出身のヨガの師サムリン・リンポチェ)の転生者と言われている。
しかし別の少年も同じ人物の転生者だと言う。
高僧が輪廻転生するという思想は伝統的なものだが、最近ではシャーマンが45人の子をトゥルクと認定し、当局の批判をかった。
ブータンの人々にとって死は生の一部。
高僧の火葬では、仲間の僧や信者が早い転生を祈っている。
輪廻転生が正式な教義となったのは13世紀。
ブータンでは非軍事化が進められてきたので、君主の力が弱まり、代わりに仏教界が社会を統治してきた。
ラマは子を作らず、王朝を築けないので、輪廻転生の思想を取り入れて後継者を持った。
現在ブータンの仏教界と政界には懸念が広まっている。
輪廻の思想が悪用されていると危惧されている。
トゥルクと認定された子供は公的な資金援助を受ける。
親にとっても名誉なことなので、親は必死に認定してもらおうとする。

疑わしいトゥルクが増える中、テンジン・ラブゲは真のトゥルクとして崇拝されている。
彼は国王や高僧など、そうそうたる人々の前で堂々と自分の前世について語った。
トゥルクの問題に正面から取り組んだのはブータンの民主化を進める国会議員達。
ラマの地位を目当てにトゥルクになろうとする人がいる。
ラマに取り入って自分の子をトゥルクと認めてもらおうとする人もいる。
これは国民を欺く行い。

人里はなれた僧院でトゥルクは修行に励む。
トゥルクは名誉ある地位だが、その代償もある。
幼くして親元を離れなければならない。
ブータンの国会が開幕。
主観的な認定でトゥルクが増えている今、制度の見直しが必要。
近年、献上品を目当てに、夢でお告げがあったなどと言い、自分の息子をトゥルクにしようとする人が増えている。
僧団、政府、国民の代表がブータンの将来について話あう。
トゥルク制度を審議するのは1969年以来。
人々は以前より懐疑的になり、ラマの言う事を鵜呑みにしなくなってきた。
仏教では先入観を捨て去り、真実を見極めるように教えている。
「木の価値はその実でわかる。」
と言うが、トゥルクは本物かどうか、いずれわかるだろう。

母の選んだ僧衣をまとい、テンジン・ワンチュクは家族と共に前世での出生地にやって来た。
ブータンで最も神聖なタクツァン僧院の近い洞穴で、亡くなった大僧正ジェ・ケドゥン・リンチェは生まれた。
そこを始めて訪れたテンジンは、そこが自分の寝床だったと言った。


ブータンでは祭にも輪廻転生の思想が表れている。
最も有名な物語は「閻魔大王の裁き」。
人間は死後、閻魔大王により生前の行いの裁きを受ける。
その人の業が来世を決める。

国会審議の結果、内務文化大臣と僧団の代表はトゥルクの新規制を作る委員会を発足した。
これまでの認定は僧に任されていた。
コンゴは政府や市民組織が関わっていく。
トゥルク認定に関するルールが決まった。
神聖なトゥルクの認定に、議会の承認が必要になる。
≪規制の内容≫
・お腹の子がトゥルクであると、夢でお告げを受けた場合、すぐに委員会に連絡すること。
・トゥルクは誰の教えもなく前世を語らなければならない。
・委員会が提示する条件を満たし、必要な教育を受けた者のみ、トゥルクの称号が与えられる。

グル・リンポチェは1000年以上前、トラの背中に乗ってここに舞い降り、仏教と活仏の思想を広めたという。
最も大切なのは、寛容な心。
他者への真の思いやりを持つトゥルクは誰よりも崇拝されるだろう。
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Nostradamus



ノストラダムスは1503年プロヴァンスで生まれた。
1994年、ローマの図書館で署名入り原稿が見つかった。
Enza Massa(イタリアのジャーナリスト)が国立図書館提供の古本市でたくさんの水彩画が載った本を見つけたのだ。

近年壊滅的な出来事が多発している。それを彼は予測していたのだろうか?
ユングが提唱する集合的無意識の領域に達した。
グリッド、マトリクスとも呼ばれる人類が共通して持つ無意識だ。
彼は真の予言者なのか?1500年代中頃から予言が繰り返し的中してきた。
これらはノストラダムスの作品なのか?
書かれた予言はかつてないほど恐ろしく、大胆なものばかり。
80枚ある描写の中に、私達が見たことのあるような場面を描いた1枚の絵があった。
燃え盛る塔の絵である。
世界の終わりや大建築物の崩壊に関するタロットカードを連想させ、9.11事件を思わせる。
実際9.11事件の後、多くの人がノストラダムスをWeb検索した。


イタリアの研究者Ottavio Cesare Ramottiの著書『ノストラダムス・コード』↓
「へいはつ頭の見せ掛けの信仰の元、多くの密偵がばらまかれよう。
井戸や泉には毒が撒き散らされ、彼らは西洋の砦で人肉を食らう。」
見せ掛けの信仰の元、多くの密偵〜とはイスラム過激派のテロリストを指すのだという。
テロ以前、ラモッティはこの描写をサダム・フセインと中東における戦争に関連付けた。
「この地球からいずる炎が新しい都市の辺りで地を揺るがさん。
2人の貴族が長らく虚しい戦をし、泉の靖が新しき川を赤らしめん。」
ノストラダムスの主題の1つは、今にも起こりそうな中東からのアラブ人、イスラム教徒への侵入行為について。
水彩画はノストラダムスが16世紀に予見した内容をテクノロジー重視の時代に伝えるために選んだ賢い手段だと言う人もいる。
占星術に興味があった彼は45歳の時、予言カレンダーとも言うべき暦書の1550年版を作り、初めて予言を書いた。
これは各地に広まり、王や王妃にまで読まれていた。

失われた書N0.23の描写は彼が描いていたフランス革命(1789)に対するイメージ。

王の権利の剥奪と、一般市民による反乱を表現していると解釈できる。
ルイ16世とマリーアントワネットはギロチンで首をはねられた。

この500年間の重要な出来事は全てノストラダムスの予言と関連があった。
大英帝国の出現、ヒトラーの台頭、広島長崎への原爆投下、J.Fケネディ暗殺・・・
原稿はどのようにローマ図書館に持ち込まれたのだろう?
バチカン教会は、不利な内容が書かれた書物を隠蔽したが、実はローマ図書館に保管されていたようだ。
この時代の簡素で殺伐とした生活は信仰だけでは満たされず、ノストラダムスの力で補われた。
悲惨な状況に怯え、人々はすでに予見されていた定めの内なのだと慰めてくれる人物を必要としていた。
ノストラダムスは全能の占い師として成功した、その成功が生み出す独自のもろさに気付いていた。
自分の暦書をフランス総督や王、王妃、教皇、自分を保護してくれだろう人物に進呈していたのだ。

後にノストラダムスの大切な庇護者となる風変わりなフランス王妃カトリーヌ・ド・メディシスは、口にだすのも恐ろしい出来事が夫アンリ兇某兇蠅かると書かれたノストラダムスの翌年の暦書を目にした。
そしてノストラダムスをパリに呼び出した。
52才のノストラダムスは馬で長旅をした。
雨に降られながら、泥だらけの道なき道を進んだ。
途中ノストラダムスは自分の命が危ぶまれるような妙な感覚に襲われた。
恐怖心は彼の予見から来ていたのかもしれない。
それは教会がこの先何百年かで政治上、道徳上の権威を失う、というものだった。
失われた書の描写は、そのような起こりうる不穏な出来事をぼやかしながら表現している。

水彩画の内2枚はヨハネパウロ気鉢兇亡慙△靴討い襪塙佑┐蕕譴襦
あざ笑う見物人に囲まれながら、おとなしく慎ましやかな教皇が戴冠する様子が描かれている。
天使は死と天国の象徴であり、30日余で任期を終えた、ヨハネパウロ気鯢集修靴討い襪隼廚錣譴襦

ヨハネパウロ兇亡悗垢襭泳腓枠爐料農欧蕕靴気箸修竜韻を表現している。
彼を照らす太陽、聖母マリアをあしらった紋章・・・
非常に小さなトルコ兵が巨大な人物に立ち向かっているのは、教皇の暗殺を試みたトルコ人男性を表しているのだろうか?
ヨハネパウロ兇錬嘉抂纏μた襪冒っている。

<
上の描写は後の20世紀に大きな変革を受ける教皇と様々な国を表している。
中央に描かれている輪は人の手、または外から伸びてくるカギ状の棒のようなもので回されている。
その棒は神や神のような存在が時を司っているという考えをはっきり表している。
輪の上には砂時計が乗っていて、この描写が時を表すことを重ねて伝えている。
中央の人物が背負っている重荷は、ノストラダムスが持っている未来に起こる良くない出来事の情報の多さを表しているのかもしれない。
この描写の中に、ツインタワーへの攻撃の不気味な暗示が詳細に見て取れる。
時の輪の中に町が描かれている。
中世都市というより、現代都市。まるでニューヨークのようだ。
ノストラダムスはニューヨークをニューシティとして度々詩を残している。
下にいるワシはアメリカを表す。

ノストラダムスの専門家は、彼が2つの大きな政治活動を予言したという。
失われた書には他に共産主義や冷戦に関する描写がある。

No.30の描写は教皇が竜の上にまたがり、熊の首に剣を向けている。

これは教皇の肉体的、精神的生き残りをかけた戦い。
熊は1917〜91年にソ連が正式に解体するまで、教皇たちが苦闘してきた共産主義を象徴しているように見える。
熊はロシア、ソ連の一般的なシンボルだ。
1917年ロシア革命でソ連が誕生すると、皇帝ニコライ兇和犲させられ、処刑された。
共産主義者が支配権を得て、第二次世界大戦後、中央〜東ヨーロッパにまでソビエト圏を広げた。
互いに傷つけあおうとするこの描写は、未だに見られる非宗教政権と宗教的政治組織との争いを表しているのかもしれない。

ノストラダムスは国家、個人に対する直観力を備えていて、それを信用した。
1955年カトリーヌ・ド・メディシスに会うために初めてパリに向かった際、その月の25日までに自分は打ち首になるという恐怖が彼の中に湧き、心の準備をする。
宮殿の1つに部屋を与えられ宿泊していたが、10日間通風の発作が続き、そのおかげで8/25をやり過ごすことができた。
謎めいた夜の訪問者に会った後、大急ぎでパリを去った。
彼が残した手紙によると、その夜高貴な婦人が来て、パリの司法省の人間がノストラダムスが、どのような化学を使い、どうやって予言を行っているかを質問するために、ノストラダムスを探し回っている、と教えてくれた。
このように彼を支持する人もいたが、ノストラダムスが行う占いは、彼のメッセージを下界に伝えるものではなく、当時の宗教に反する抑圧すべき行いだとみなす人もいた。
王妃との謁見は無事に終わり、ノストラダムスに高い地位や富を約束した。
予言は波及したが攻撃も受けやすくなった。
そこで彼は王家の恩寵を失わないために、彼の最も有名な4拍子による予言の書をアンリ兇吠げた。
当時フランスは世界における超大国だった。
国中の人々は忠誠心に対して神経質だった。
プロテスタントとカトリックが対立していた。
ノストラダムスはその両方と友好関係を築こうとしていた。

2007年4月、ノストラダムスの本や原稿などの珍しいコレクションがニューヨークシティにオークションに出品された。
落札価格はおよそ20万ドル。
失われた書の存在は何世紀もの間ほとんど気付かれず注目もされなかった。
この本は表舞台にでる的確なタイミングを見計らっていたのだろうか?

ノストラダムスの予言の1つに1559年6月アンリ兇某兇蠅かる事件をピタリと言い当てたものがあり、的中した占いが王家を悲劇へといざなっていく。
アンリ兇惑肋總篁邱膵イで、その試合中に相手の槍が彼の面鎧を捕えた。
その衝撃で落馬し、槍の破片が目に入ってしまった。
15cmの木片が脳にまで入り込み彼はもだえ苦しみながら死んだ。
フランスは弱体化し、未亡人となった王妃とその国の危機的状態は、かつてないほどノストラダムスを必要とした。

失われた書は本当に16世紀にノストラダムスが手がけたものか?
ヨーロッパにタロットカードの影響が入ってきたのもその頃だった。
占星術とタロットにはつながりがある。
同じ人々がタロットカードとホロスコープ両方を読んでいた。
ノストラダムスもタロットを用いていた。
タロットの中には法皇、女教皇、吊られた男、死神、運命の輪、燃え上がる塔などがある。
タロットカードの中で塔は最も悪いカードに近く大災害や崩壊という意味を含んでいる。

Ottavio Cesare Ramottiが、ベネディクト15世がオオカミのような姿のビルヘルム供淵疋ぅ長陳襦砲亡Г鮠っている場面だと解釈した描写がある。
ノストラダムスが第一次世界大戦を予測したのだろうか?

失われた書にはさらなる恐ろしい描写が含まれている。
その一連の描写が伝える衝撃的予言は、驚くほど詳細に来るべき出来事の時期を明らかにしている。
壊滅的な崩壊がもたらされると語っている。
失われた書の中でも最も物議をかもすのは、カトリック教会を待ちうけるさらなる混乱に関する予言。
例えば現教皇ベネディクト16世に関係すると思われる描写。

女性達が教皇に背を向けている。
女性とカトリック教会が不和に陥ることを示している。
ふられたサイコロの和は延喜の悪い6.
十字架に手を伸ばす女性。
生命の木やカバラの木で作られた杖に十字架が2つ付いている。
杖の根元には火が燃えている。
そこにいる人々は横を向いている。

近年の教会のスキャンダルと失われた書の予言を結びつける専門家もいる。
しかしノストラダムス懐疑論者は、言う。
ノストラダムスには水彩画を描く才能がなかった・・・
息子セザールには芸術的才能があったが・・・

現代の不安定な社会において、失われた書の著者を特定し、そのメッセージを解読するのは極めて重要。
緊急性が高まっている。
失われた書の描写は激しい憎悪や大量殺戮、という戦闘の系統を示している。

失われた書は、ローマにあるStudio P.Crisostomi(古い書物や記録の復元と分析を専門に行う最高の研究所)に持ち込まれた。

下の描写では、全ての悪を象徴するヘビの頭に十字架形の剣が刺さっている。


キリスト教は襲ってくる怪物はみな殺すと言っているかのよう。
口の辺りの三日月はイスラム教の象徴。
イスラム教徒のせいで将来キリスト教が混乱に陥ることを示唆しているのか?

NO.12の描写に関する4行詩。
「支配はフェズからヨーロッパに広がり、都市は炎上し剣に切りつけられる。
アジアの王が陸海の大群を率い、青緑色死に絶えるまでキリスト教徒を迫害する。」
直接ヨハネの黙示録からヒントを得ている一枚。
教皇、口から剣を出す聖職者、剣に刺される子羊が描かれている。
子羊はキリストの哀れみ、そして全世界の指導者としてのキリストの側面を表すイメージ。
さらに教皇は反キリスト的なものと一体化した姿で黙示録の概念の要約といえる。
人物は兵士であり王(教会の信頼を守ろうとしている。)さらに自我を繁栄させた姿であるとも言える。
隣にはヘビのような悪の化身が描かれている。
これは彼が見ている自分の邪悪な一面の投影。
ギロチンを恐れることなく王の前に出て、過ちを指摘するペテン、魔術師。

ノストラダムスは予言者の人生における特有の苦労について書いている。
「息子よ、父のこの贈り物を受け、この4行詩からなる予言をいつの日か世に知らしめんことを願う。」
成長したセザールは作家や画家として活躍した。

↓の描写は聖杯と3滴の血を流すヘビを追い払うように見える。

ヘビは悪を表しノストラダムスの言う3番目の反キリストかもしれない。
時代を終わらすのは反キリストか?
ノストラダムスが語る3人の反キリストとは、ナポレオン、ヒトラー、3人目は中東のイスラム教徒だと思われる。
3人目の反キリストに関し、この悪魔の化身は時と共に進化すると暗示している。

太陽と足に教皇の杖を持ったグリフィンを描いた未来の反キリストの到来を示した描写。

その人物の登場に続いて起こる問題が聖職者を悩ませることだろう。
太陽は変革を表すと考えられる。
占星術において太陽は英知、竜の頭と前足で押さえる剣は最高権力を表す。

No.16半身半獣の描写。

反キリストの古典的イメージ。
竜の足元で火が燃えている。
太陽が属する銀河系で、中心をなしている場所に私達が入り込んだりすれば、地球は火で裁かれる。そして戦争になる。と言っているのか?
反キリスト的イメージを描くことで、この対立は不可避だと強調しているのか?
これらの描写は私達にこれから先起こるであろう出来事をはっきり予感させる。
あいまいな表現なのは、時代の終焉直前に発見させ、その終焉がどのように訪れるか知らせるため?

専門家達は失われた書の信憑性と起源の研究を続けている。
適切な時期がくるまで描写を理解することはできないのだから、この書物はその時期を待っていたといえる。
分析の結果、ユリの花の透かし模様は16〜18世紀にかけてローマで使用されていた紙にほどこすことができるとわかった。
最終ページのインクには亜鉛が多く含まれているが、亜鉛は18世紀終わりまで珍しく高価なものだった。
最終ページは18世紀以降に書かれたのか?

最後のほうに納められた一連の天文学に関する描写7枚。
内容は世の終りまでをどうカウントするか、それはいつ起こりどんな事態になるのか。
ノストラダムスの自宅の目と鼻の先に建つ聖ミカエルの教会は、テンプル騎士団により12世紀に造られた。
テンプル騎士団は、ローマ教会から正式に承認された武装修道会だが、後に異端の汚名をきせられ裁かれ、以来神秘主義やオカルトの伝説に包まれることになった。
ノストラダムスは密かにそれらと交わっていた。

教会正面のレリーフにある花や植物の蔓、もちろんユリの花、子羊などのシンボルは失われた書の7枚の描写に酷似している。
神の子羊はイエスキリストの死や犠牲を象徴し、黙示録に繰り返し登場するイメージ。
一説にはテンプル騎士団が、カトリック教会に逆らい、世界の終焉の時期に関する不遜なメッセージを冒涜的に教会正面にかかげたと言われている。

ノストラダムスを魅了したものの1つに13星座がある。
通常は12星座だが、13番目に当る星座がサソリ座とイテ座の間あり、ヘビツカイ座と呼ばれる。
ヘビツカイ座はシークレットサインと称され、不吉な数字13を掲げた注目の星座。
ヘビツカイ座は天の赤道沿い、銀河の中心と天の赤道が交わる位置にある。
ノストラダムスの時代は銀河系にこういったものがあることは知られていなかったのだが、世界の終末の予言や審判日、大災害に関する事柄は、太陽がヘビツカイ座(サソリ座とイテ座の間)を通過しようとするときにできる配列に関係している。
DARK RIFT:天の川銀河の中心。
太陽が銀河の中心へ完璧な角度で昇ってくるとき、大いなる配列が完成する。
ノストラダムスはシークレットサインは銀河の中心だと分かっており、自己の指標として使ったと考えられる。

イテ座はその矢をまっすぐ銀河の中心に向けている。
そこはヘビツカイ座でもあり、7枚のうち1枚に描かれた傍らに広がる巻物で表現されている。
そして極めて重要な配列がなされる時、エデンの園にある霧の知恵が明らかになる。

No.67の描写に描かれた小さな本の中にはっきりと英語で“One man”と書かれている。

残りの6枚はこの隠されたメッセージを解明し、誰も知りたがらないような不吉な情報を明らかにするのか?
一部の研究者はカトリック教会が隠し通そうとした暗号が含まれているという。
“One man”は何を指すのだろう?
神のことを指すのか、私達の制度、安心感、命の尊厳を傷つける人物なのか?反キリストか?
英語で書かれているのは気付かれるのは現代だと承知した上で時を越えてメッセージを送っているのか?
失われた書が原本からの複製だとすると、著者の特定はされに困難になる。
3種のテキストは筆跡、インクの種が異なる。
入念な比較の結果、失われた書の筆跡はノストラダムスでも息子セザールでもないと結論付けられた。
しかしこの書物にノストラダムスの署名があり、1800年代に彼の名を著者として記載した最初の図書館の記録が残っている。
原稿は使い古され複製を重ね、そのたびに何らかの構成要素が見落とされた。

1629年頃、セザールは死を目前にし、父から受け継いだ文書類を永久保存したいと考え、書簡のやり取りをしていた人物に全てを引き継いだ。
ノストラダムスはセザールへの手紙の中に、自分の書斎を全て焼き払ったと書いている。
自分の影響の力を他人に悟られまいとした行動か。
最後のページはバチカン図書館を管理するバルベリーニ枢機卿に渡り、禁書扱いされた。

No.66の太陽は未来の世界変動の年代決定における自身の重要性を強調。

No.67ヘビツカイ座がある役割を担っていることを示唆。

No.68上に8方に光を放つ星、または8本のスポークを持つ輪と旗、下に怪物に侵される生命の木が描かれている。

付け加えられた子羊が時代の終わりを象徴する。
空において、イテ座の矢とサソリ座の尾の毒針を線でつなぐと、その線はまっすぐ銀河の中心を通る。
サソリ座とイテ座の間の空間は極めて重要。

No.69にも8本のスポークを持つ輪が描かれている。

天空には動くことのない重要な十字形がある。
それは銀河の中心から銀河系の端までを結んだ線と天の赤道の中心点とその南の地点を結ぶんだ線により形成される。
さらには天球上で春分点と秋分点、夏至点と冬至点を結ぶことによっても十字架が現れる。
天空の十字架と天球の十字架が重なりあうと、8本の腕となり、8方に光を放つ星となり、8本のスポークを持つ輪となる。
この重なりは1万3千年に1度しか見られない稀少な現象。
最後に起きたのは紀元前11000年。ということは、今またそのときが迫っているのだ。

No.70天空と天球の十字形、その下に月食に関係する3つの月が並んでいる。

月食現象が繰り返される合間に日食が3度起こる期間を調べると、1992〜2012年までの20年間だとわかる。
古代の文化も現代の文化も、2012年を重要な節目と捕えている。
マヤ暦は、太陽と銀河の中心が一直線に並ぶ2012年に終わる。

私達は底辺に向かって急速に転がり落ちている。
食糧不足、水質汚染、大気汚染、石油の枯渇、防衛手段の喪失・・・
これら全てが私達を待ち受けている。

No.71に描かれるボートか箱船は、今回は水は使わないという神の約束を暗示。
ボートは私達を救う神聖な権力と概念の形。


「世界的な大災害が発生する前に、各地は何度も大洪水と浸水に襲われるだろう。
それによって水に覆われない土地はほとんどなくなることだろう。
多くの国で雨が乏しくなり、火事が頻繁になり、天から隕石が落ち、破壊されずに残るものは何もなくなるであろう。」
これらの描写は、もし私達が物事を正しく行わないと、こういうことになる、という警告メッセージ。

No.72スポークのない運命の輪は、時が止まり、もはや動かないことを意味する。
宇宙時計の針は終焉の時刻へと進んでいるのだろうか?


この世代、この時代の終わりに際し、私達には選択肢があるとノストラダムスは言う。
それは、新たな運命を切り開き、自分達のあり方を見つけること。
しかし上手くいかなければ、一貫の終わり。
これまでに手に入れたものを全て失うだろう。
新時代か完全なる崩壊か・・・
啓蒙か絶滅か・・・
人々の勇気かやりきれない虚しさか・・・
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