ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

テレビでドキュメントを見るのが好き!
1回見ただけでは忘れてしまいそうなので、ここにメモします。
地球環境を改善し、自然に感謝する心を皆で共有してゆきたいです。
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Koran コーラン






コーラン・・・イスラムの世界では神が直接預言者に啓示した言葉とされている。
歴史的に重要なことが起きたことを、神が預言者に語らせているだけではない。
神自身による世界へのメッセージでもある。
コーランはアラビア語で朗誦と訳され、声を出して読むべき教典とされている。
そうすることで、神と直接対話できる。


読み進めるとユダヤ教、キリスト教の教典と似通ったところがあることに気付く。
唯一の全能の神を崇め、同じ内容の話が何度も登場するが、謎に包まれている。
極めて美しいアラビア語と言われる文章は、散文というより詩に近い。
聖書と違い、話が年代順ではなく、ストーリー性がない。
114ある書スーラは長いものが始めの方、短いものが終わりの方にきている。
コーランには意識の流れのような、概念が流れるようにつらなる手法が使われている。
他にも不思議に思えることが多く出てくる。
ムハンマドの人生や世界の歴史については語っていないが、この世の始まりに関する記述はあり、真中の辺りにでてくる。
イスラム教徒は、コーランは物語でなく、神が自分の創造物を正しい道へ導くためのメッセージだと思っている。
どう生きていくかを示した規範集。
イスラム教には中心的管理組織はなく、コーランの解釈は信者独自に委ねられている。
コーランは何を語り、何を意図しているのか?


現在イスラム教徒の数々の言葉ははるか昔、ある特定の場所に現れた。
イスラムの言い伝えによると、コーランが生まれたのは約1400年前のアラビア半島の砂漠だという。
そこには遊牧民ベドウィンや定住型部族が住んでいた。
現代のイスラム教徒が無知の時代と呼ぶ、ジャーヒリーヤの頃だった。
当時は近隣のビザンティン帝国やササン朝ペルシアに比べると文明に取り残された場所だった。


砂漠の真中に、山に囲まれた町Meccaがあった。
アラビア半島の文化、経済、宗教の中心地。

数多くの宗派が集まり、混在していたが、当時のアラブ人はユダヤ、キリスト教の思想を受け入れていたので、これらの宗教の教義や物語は半島中に知れ渡っていた。
6世紀のアラビア半島には多神教信仰もあり、人々は複数の神を信じていた。
毎年メッカは巡礼者で溢れた。
無数の神々や偶像を祀る聖なるカーバ神殿を巡礼するために、6世紀半ばにはカーバ神殿に祀られた偶像(人々と神の間の媒介者)は360に達した。
神殿への巡礼はそこを管理していたクライシュ族に大きな利益をもたらした。
巡礼者は皆お布施を支払う必要があった。
しかし町の他の人々は貧しく、豊の不均等な分配、経済的不平等が問題になった。
親のない子、女性、貧しい人々の人権問題。
奴隷の使用が定着し、女の赤ちゃんが産まれると、価値がないとして埋められた。


570年、メッカにムハンマド・イヴン・アブドゥッラーフが産まれた。
イスラム教では預言者ムハンマドの肖像を描くことは神への冒涜とされている。
6歳で親を失い、階級に分かれた社会の中で財産がない部類の層に入ることになった。
メッカの政治、経済、文化の全てを取り仕切る名門部族の一員としては認められなくなった。
しかしムハンマドは有力な叔父に引き取られ、25歳になる頃には商人として成功し、キャラバンの有能で頼れる隊長になっていた。
ある時、年上の女性パティージャのキャラバンの隊長に雇われた。
真面目な仕事を認められ、結婚を申し込まれた。
経済的に成功し、幸せな結婚生活を送る一方、貧困と不平等がはびこる社会でその意味を見つけようとしていた。
ムハンマドは小さな集団に属して生活しながら、アラビア半島全体に偶像崇拝や多神教が広まっていることに違和感を抱いていた。
そして時々、人間の存在の意味についてじっくり考える時間を持つために、町を抜け出し瞑想していた。
言い伝えによると、その瞑想中、メッカ郊外の洞窟で神の言葉が啓示された。


イスラム教徒は1日に5回、メッカの方向に向かって祈りを捧げる。
7世紀始め頃、メッカはアラビア半島の偶像崇拝の中心地で社会的不平等がはびこる町だった。
610年のある日、ムハンマドは瞑想中に突然胸に強力な圧迫感を覚え、暗闇に取り囲まれた。
まるで巨大な手に握り締められたかのように苦しく、息も絶え絶えになった。
すると、ある声が聞こえてきた。
「読め、読みなさい。」
「読むものは持っていません。」と答えた。
その不思議な言葉は天使ガブリエルがもたらしたコーランの最初の言葉とされている。
「Recite! In the name of your load who created,created humanity from a clot of blood.
Recite,for your load is the most generous one who has taught by the pen,taught humanity that which it did not now.」(コーラン96-1)
ムハンマドは突然預言者になったが、彼は始め、その役割に関わりたくないと思った。
正気を失ったのではないかと恐れ、妻に相談した。
ハティージャはムハンマドが神から選ばれ、神のメッセージを人々に伝える役割を授かったと説得した。
ムハンマドは22年間に渡って神から言葉を受け続け、それがやがてコーランとなった。
神の言葉が届いた時、耳の中で呼び鈴がなることもあれば、病的なほどに全身が痙攣することもあったという。
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神の言葉はアラブ人が必要とした時に下されたようである。
初期の言葉は短く簡素でメッカの偶像崇拝信仰を否定し、唯一神の信仰を推し進めるものだった。
「Remember the name of your load and devote yourself fully to him.
He is the load of the east and the west there is no God but he so take him as your guardian.」(コーラン73-8)
(主の御名を唱え、ただひたすら主に仕えよ。主は東も西も納め、その他に神はいない。
この方だけを汝の守護者とせよ。)

始めの数年間、ムハンマドは一連の言葉を記憶し、妻や身近にいる人々だけに伝えていた。
しかし自分が預言者として神に選ばれ、神の言葉を伝え広める任務がある事を徐々に自覚していった。
ついに612年、メッカの中心地で布教を始めた。
ムハンマドが語る神は輝かしく慈悲深い。
一方不気味な雰囲気を持っていた。
人々の行動の結果としてやがて審判の日がやってくると唱えた。
ムハンマドは夜通し祈りを捧げた後、町の市場に来てこういった。
「この世はやがて終わる。
この世をお創りになった神がその全てを終わらせるのだ。
あなた方もその一部である。」
力強いメッセージだ。


ムハンマド:「コーランの内容は何世紀も前にユダヤ教とキリスト教に送られた啓示と同じである。
その啓示が始めてアラブ人にアラブの言葉で伝えられた。
私は新しい宗教を説いているのではなく、伝達者として神の言葉を伝えているだけ。
かつて偉大な預言者たちのように。」
コーランには何度もアブラハム、ヨセフに起きたことを忘れるなと言って、アブラハム、ヨセフの話が出てくるが、それらの壮大な物語はコーランでは簡潔にまとめられている。
コーランを聞いた人々はすでにそうした物語をよく知っていた。


当時アラビア語を読み、書ける人は少なく、ムハンマドも同じだったので神の啓示を書き留めることはなかったと、イスラムの言い伝えで言われている。
ムハンマドと行動を共にしていた小さな集団の人々がムハンマドから聞いた啓示を記憶した。
当時物事を口頭で伝承する口承文化の社会だったので、人々は何かを1度2度聞いただけで記憶できた。
また耳で聞いたことを、聞いた通り言える能力を持っていた。

ムハンマドは神の啓示を受けながら、メッカで布教活動を続けた。
ムハンマドの信者は“神に帰依する者”を意味する“ムスリム”と呼ばれるようになった。
ムハンマドの言葉は貧しい人々、恵まれない人々の共感を得た。
公平な社会を創るために奴隷を解放させる。
裕福な者は貧しいものに恵を与えると訴えたからだ。
信者の中にはコーランの言葉の美しさに引かれて改宗するものもあった。
その完璧さに神の存在を感じたのだった。
これらの言葉が神の啓示だといえる証拠はどこにあるのかという問に対し、イスラム教徒は「証拠はコーランそのものだ。」と答える。
読み書きできない1人の男が突然このように崇高で力強い言葉を生み出すことになったのは奇跡だという。


しかしムハンマドはカーバ神殿に祀られている偶像の崇拝を否定していたため、支配者のクライシュ族は激怒し権力を奪われまいと構えた。
クライシュ族とメッカの人々は数10人のムハンマドの信者を迫害し始めた。
9年間ムスリムは迫害を受けながら、神の他に神はなしの信念に従いながら虐待に耐えた。
ムハンマド自身は裕福な妻と有力な叔父に守られていたが、2人が死ぬと信者を連れてメッカから逃げ去るをえなくなった。
ムハンマドには懸賞金が賭けられた。


622年Medina(Yathrib)から混乱を鎮めるために招きを受け、ムハンマド率いる小さなムスリムの集団は、人目をしのいでやってきた。
そして町の指導者として認められた。
メディナでも神の啓示を説き広めていたが内容は変わった。
指導者的立場に関するものや、1つの社会を作り、支配するための方法論的なものが多くなってきた。
コーランに書かれている法律は、メディナ時代に生まれたものと言える。
飲酒の禁止、母親の授乳は2年まで・・・
生活の規範、例えば財産相続に関する規範では孤児や奴隷など財産を持たない者にも権利が与えられ、女性の社会的地位を上げる条項もある。
中には明確に解釈できない条文もある。(一夫多妻制)
「Marry those women who are lawful for you,up to two,three,or four.
But if you fear you cannot be equitable,then only one.」(コーラン4-3)
(法的に認められた女性と結婚せよ。
2人なり3人なり4人なり。
しかし公平に扱えぬなら1人だけにしておけ。)
研究者は色々な意味に解釈できると指摘する。
妻は4人まで持てるとも、複数の妻を公平に扱えはしないので、1人にしなさいとも受け取れる。
また、親のない女の子が大勢いるので、彼女達の面倒をみなさいと言っているようにも受け取れる。


コーランの本当の意味を理解するのは難しい。
メディナの人はコーランの言葉と、リーダーとしてのムハンマドに強く引かれ、イスラム教に改宗した。
コーランに加えられた規範は町の法律となった。
神の啓示は生物のように進化し続けた。

その後神の啓示は生き残る手段として武器を取ることをムスリムに許可した。
メッカの人々はムハンマドの首を狙っていた。
彼がメディナの首長になったことを許さなかった。
622年メッカの人々はムハンマドと信者達に戦いを宣言した。
それまでコーランは社会に必要な法と秩序を与えてきたが、この頃から敵に対する防衛手段を指示するようになった。
「And fight for the cause of God those who fight you,but do not be aggressively surely God does not like the aggressors.
Kill them wherever you fnd them and drive them out from wherever they drove you out.」(コーラン2-190,191)
(戦いを挑むものと、アッラーのために戦え。
だが攻撃的になるな。アッラーは攻撃的なものを好まない。
敵と出くわしたらどこでも殺せ。
そして追い出してしまうがよい。)
単に戦うことをよしとしているのではない。
これはムスリムが敵に包囲されている状況での言葉で、「敵と戦え、神の敵と戦う権利がある。」とある。
また「敵が戦うのをやめた時は戦いをやめなさい。
神は慈悲深く、戦いは第一の道ではないことを忘れるな。」とも言っている。
8年戦い続け、630年メッカは降伏した。
言い伝えによると、ムハンマドは勝利の後、神の啓示に従って慈悲を示し、メッカの人々に恩赦を与えた。


メッカの人々はムスリムに改宗し、コーランに従ったがムハンマドの指命はまだ終わっていなかった。
メッカを勝ち取った今、ムスリムの信条「神のほかに神はなし。」を繰り返しながら、カーバ神殿に入り、全ての偶像を破壊し、そこを唯一の神を祀る聖なる場所に定めた。
ムハンマドは目標を達成した。
632年、生まれた土地へ戻った2年後、62歳で亡くなった。
神の啓示も止まった。
それまで受けた啓示は信者の記憶の中にあるだけだった。
残された信者はムハンマドのメッセージを語り継ぐことに努力を重ねることになる。
書物にすることが必要であることに気付き、コーランを記憶した人々が年をとり、この世からいなくなっており、さらにイスラム教がアラビア半島の外へ広まり始め、コーランの内容が少しずつ変化していった。


651年第3代政党カリフのウスマーンはコーランを編纂するための委員会を作った。
編纂するために集められた資料の中に、動物の骨の破片、羊皮紙の切れ端に書かれたものもあり、コーランを覚えた人の記憶も資料の1つだった。
集めた資料は厳しい審査を受けた。
その言葉がムハンマドの目の前で記録されたと証明するために、2人の証人が必要で、全ての言葉は記憶した人々によってチェックされた。
本物だと証明された言葉は1冊の本にまとめられ、写しが各地に配布された。
それ以外のコーランの写しは破棄せよとウスマーンは命じた。

コーランはムハンマドが伝え広めた啓示が完全に残された。
イスラム教徒の間では、モーゼとイエスが受けた神の啓示は何度も事実をねじ曲げられたと思われている。
旧約聖書、新約聖書にある神の啓示は歴史的、宗教的、政治的理由によって変更されたものだと受け止められている。
「There is among them a section who distort the book with their tongues so that you would think it is part of the book,but it is not part of the book.
And they say,”That is from Got”but it is not from Got,it is they who tell a lie against Got and they know it.」(コーラン3-78)
(舌をひねり、聖典の内容をゆがめる者がいる。
聖典の言葉ではないのに、聖典の言葉だとだます。
アッラーが下したものではないのに、アッラーが下したというが、彼らは承知の上でアッラーに嘘をつく。)
コーランはユダヤ教徒キリスト教の聖典は、コーラン誕生以前からあったことを断言する一方、その2つの宗教の聖典には訂正すべき事柄や、思想があると述べている。
コーランにはそれらの間違いを訂正しているとされる箇所がある。
例えば救世主について、イエスは預言者であり、処女から生まれ、奇跡を起こしたことを認めているが、イエスは神の子については否定している。
イエスのはり付けの刑についても異論を唱える。
イエスは十字架の上で死んだのではなく、神が天に引き上げた。
処刑の施行人が誤ってイエスに似た人物をはり付けにしたに過ぎない、という。

イエスは人間の罪のために死んだとするキリスト教の思想は、全ての人は自分の行動に責任を持つとするコーランの考え方と相反する。
死んで救いとして復活することは、イスラム世界には通用しない。
誰かが誰かの罪をつぐなうという考え方はしない。
イスラムの世界では、コーランは聖書の捏造を見過ごせなかった。
神が最後の最後に下した言葉だと信じられている。
「When the sun is folded up and the stars lose their light and when the mountains are made to vanish…
Then shall each soul know what it has put for ward.」(コーラン81-1〜14)
(太陽が包み隠される時、星星が光を失う時、山々が消される時、海がフツフツと煮えたぎる時、魂が組み合わされる時、天の幕が裂ける時、地獄の炎が燃え滾る時、どの魂もその行いの結末を知る。)
コーランは神秘的で複雑なので、解釈が難しい。
多くのメッセージの内1つだけ、明快なことがある。
やがてこの世の終わりの日が来る。
山々が崩れ落ち、動物の胎児が母親の子宮から流れ出てしまう日が来ると警告しているのだ。
繰り返し、人間はこの世での行動に対する償いを強いられるだろう、と述べている。
天国と地獄の描写は砂漠の環境を連想させる。
天国は緑が溢れ水をたたえたオアシスとして描かれ、地獄は熱と炎が強調され、喉が渇いた人間に水ではなく、大釜でグツグツと煮て溶かした銅を飲ませるという描写もある。


イスラム教徒にとって最後の審判の日に救われる方法はコーランに従うことだけだが、コーランを正確に解釈することは長い間難しい問題とされてきた。
なぜならイスラム教は階級もなく、教会のようなものもなく、中央の権威的組織を持たないので自由に解釈できる。
さらに謎めいた表現が多い。
「アッラーこそが汝にこの聖典を下したもうたが、意味が確かなところもあれば、あいまいなところもある。
だが本当の解釈はアッラーのみぞ知る。」(コーラン3-7)
イスラムの世界ではコーランを正しく理解しているのはムハンマドだけだとされ、イスラム教徒達はコーランの解釈の助けとしてムハンマドの人生、言葉、行動に注目してきた。
しかし神の言葉を完全に理解するにはいたらず、何世紀もの間複数の文化が解釈を巡って対立してきた。
ある学者はコーランを広い海に例え、巨大で神秘的な創造物だとした。
イスラム教徒はその広い海の中で多くのことを学んできた。
愛と恐れ、知識と規範、怒りと暴力、神秘と儀礼、コーランは世界の歴史を変えた。
その教えに忠実に従う信者は情熱を掻き立てられ、極端な行動に走ることがある。
その一方で、神の近くに身を置くこともできる。
| poyo | 思考 | comments(2) | trackbacks(0) | - |
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新スサノオ神話降臨 (2012/11/21 7:06 PM)
 島根県安来市に巨大な工場を構える日立金属が開発した新型工具鋼 SLD-MAGIC(S-MAGIC)は微量な有機物の表面吸着により、金属では不可能といわれていた自己潤滑性能を実現した。この有機物の種類は広範囲で生物系から鉱物油に至る広い範囲で駆動するトライボケミカル反応を誘導する合金設計となっている。潤滑機械の設計思想を根本から変える革命というものもある。
 このトライボケミカル反応にもノーベル物理学賞で有名になったグラフェン構造になるようになる機構らしいが応用化の速度にはインパクトがある。
9 (2014/08/29 8:52 AM)
コーランは22年ではなく23年間で下された。預言者は62才ではなく63才でなくなった。この数字がとても大事なので、間違えないでください。









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