ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

テレビでドキュメントを見るのが好き!
1回見ただけでは忘れてしまいそうなので、ここにメモします。
地球環境を改善し、自然に感謝する心を皆で共有してゆきたいです。
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無常観
Wikipediaによると・・・
無常(サンスクリット:anitya)は、この現象世界のすべてのものは消滅して、とどまることなく常に変移しているということを指す。
釈迦は、その理由を「現象しているもの(諸行)は、縁起によって現象したりしなかったりしているから」と説明している。

釈尊が成道して悟った時、衆生の多くは人間世界のこの世が、無常であるのに常と見て、苦に満ちているのに楽と考え、人間本位の自我は無我であるのに我があると考え、不浄なものを浄らかだと見なしていた。
これを四顛倒(してんどう=さかさまな見方)という。
この「無常」を説明するのに、「刹那無常」(念念無常)・「相続無常」の二つの説明の仕方がある。
刹那無常とは、現象は一刹那一瞬に生滅するこというすがたを指し、相続無常とは、人が死んだり、草木が枯れたり、水が蒸発したりするような生滅の過程のすがたを見る場合を指していうと、説明されている。
この無常については、「諸行無常」として三法印・四法印の筆頭に上げられて、仏教の根本的な考え方であるとされている。
なお大乗仏教では、世間の衆生が「常」であると見るのを、まず否定し「無常」であるとしてから、仏や涅槃こそ真実の「常住」であると説いた。(常楽我浄)

日本人の多くは移ろいゆくものにこそ美を感じる傾向を根強く持っているとされる。
「無常」「無常観」は、中世以来長い間培ってきた日本人の美意識の特徴の一つと言ってよかろう。
[Wikipedia]

刹那:梵語クシャナの音写。
極めて短い時間のことを言い、正確には1秒の75分の1を一刹那という。
釈尊は時間は連続するものではなく、素粒子のようなものから成っていると考えておられた。
その時間の素粒子に相当するのが「刹那」といわれるもので、一刹那間に生れ、滅びがあると考えられ、これを刹那生滅、刹那無常という。
現代の医学は人体が極めて短い時間に生滅をくり返していることを突きとめているが、釈尊は2500年前にこのような事実をすでに直観によって見通されていたのである。

インドの仏教は、「すべてのものは無常である」と観ずる無常観を説く。
この無常観は、人間が苦を脱却するための哲理としての無常観。

その哲理とは?
「無常」の「常」とは、「常にそのまま」ということ、「無」がつくと、「常にそのままで無い」となり、「変化する」ということ。

何が変化するか?
「すべてのものが」。
私たちのこの体も変化する。
すなわち、刻一刻老化し、最後に死んでしまう。
このように観ずることが無常観。

ところが私たちは、若くありたい、死にたくないと思っており、刻一刻老化し最後に死ぬという「事実」と、私たちの「思い」とは食い違いを起こす。
そこに「苦」というものが起こる要因がある。
この場合の「苦」の意味は、その原語である「dukkha」から「思い通りにならないこと」という意味だとされている。
その苦を脱却するためには、「事実」と「思い」との間に食い違いを起こさないこと。
ところが、「事実」の方は変えようがないので、私たちの「思い」の方を換えて「事実」に合わせるしかない。
すなわち「刻一刻年を取り、やがては死ぬのだ」という思いに換える。
そうすると「事実」との食い違いがないので、「苦」というものは起こらず、心は平安となる。
勿論その場合、自己の「思い」を換える程の厳しい無常観が求められることになる。

日本人は、仏教の説くこの「無常観」に大きな影響を受けたとされている。
人の命のはかなさ、世の中の頼りなさを歌った『万葉集』、無常を想う遁世生活を述べた『方丈記』、「諸行無常」の言葉で始まる『平家物語』、更には〈能〉の中にも無常観を表そうとしたものが多いと言われている。
しかし、これらは単に、人間や世間のはかなさ、頼りなさを情緒的、詠嘆的に表現しようとした日本的美意識としての「無常感」であり、インドの仏教が主張する、苦を脱却するための「無常観」とはかなり趣が異なる。

●『平家物語』巻第1
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。
奢れる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の中の塵に同じ。


経家(諸仏)が「諸行無常」とか「諸法無我」と説かれる真意はどこにあるのか?
仏教は菩提心・真心の宗教であり、修行・浄業の因縁によって人生を善処し、清浄・荘厳の果報を自他に得てゆく教え。
変革不可能な運命に従って生きよ、と命令する宗教ではない。
「変革可能」の大筋に随って「諸行無常」の法が説かれた。
つまり「諸行無常」と説かれたのは、「人生の空しさ」や「厭世観」を伝えたいのではなく、「現状が悲惨でも、心がけと努力次第で輝かしい人生を得ることができる」とか「人間は修行次第で仏になれる。」と、自己改革の可能性を大いに示唆し、社会を創造していく積極的な流れの中で「無常」と説かれたのだ。
これは「諸法無我」も同じで、たとえば「凡夫としか言えない今の私も、それは固定的実体ではなく、法の潤いがあれば必ず仏に成れる」と、修行の無限の可能性を示している言葉。
総じていえば無常・無我は、修行の意味やモチベーションを与える原理である。

ただし、<盛者必衰>の裏返しで「貧者必盛」とか「よわき者も遂にはたけき者になる」と言いたいのではない。
「禍福は糾える縄の如し」の幸せは本当の幸せではない。
金銭や名誉ばかり求めているのは我執・無明の欲望で、これらを得るためには身を汚さねばならず、たとえ欲望が叶っても、福を保つ際にまた身を汚し、福を失う苦しみが身を破滅させてしまう。
これを「流転」といい、苦しみの中でもがき続ける迷いの衆生の有様をいう。
仏教では、流転する原因の「欲望」を、不純な煩悩と純粋な菩提心に割り開き、智慧によってコントロールし、方向づけ、人生の覚りと徳を得る「願い」に転じることを勧める。

●蓮如上人 著『御文章』
それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おほよそはかなきものはこの世の始中終、まぼろしのごとくなる一期なり。
さればいまだ万歳の人身を受けたりといふことをきかず、一生過ぎやすし。
いまにいたりてたれか百年の形体をたもつべきや。
われや先、人や先、今日ともしらず、明日ともしらず、おくれさきだつ人はもとのしづくすゑの露よりもしげしといへり。
されば朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。
すでに無常の風きたりぬれば、すなはちふたつのまなこたちまちに閉ぢ、ひとつの息ながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて桃李のよそほひを失ひぬるときは、六親眷属あつまりてなげきかなしめども、さらにその甲斐あるべからず。
さてしもあるべきことならねばとて、野外におくりて夜半の煙となしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。
あはれといふもなかなかおろかなり。
されば人間のはかなきことは老少不定のさかひなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて、念仏申すべきものなり。
あなかしこ、あなかしこ。
『御文章』5帖16 白骨章


【訳】
さて、人間というもののよるべない有様を心を静めて見つめれば、「およそ儚いものとは、人がこの世に生を享けてから去ってゆくまでの始中終、幻のような一生である。
これだから、人が一万年の寿命を受けたとはいまだかつて聞かない。
一生はすぎやすいものである。末世の今にいたっては、いったい誰が百年の姿形を保ちえようか。
われが先か、人が先か、命の終わりを迎えるのは今日とも知れず、明日とも知れない。
先立たれる人、先立つ人、それは草木の根もとの滴がしたたり落ちるよりも、葉先の露が散りゆくよりも多く、人の死の前後はうかがい知ることができない。」と先人は言っています。
ですから朝には美しい生き生きとした顔をしていても、夕には白骨と化してしまう身。
無常の風がさっと吹いたならば、二つの眼はたちまちに閉じ、命の息は永遠に絶えてしまう。
美しい顔も空しく変わりはて、桃李のような愛らしい姿も失われてしまったなら、親族たちが集まって嘆き悲しんでも、もはや何の甲斐もありません。
いつまでもそうしてはいられないので、野に送って荼毘に付し、夜半の煙となりはてれば、ただ白骨だけが残ります。
あわれといっても、なおいい足りません。
人間の儚いことといえば、老いて死に、また若くしても死ぬこの世ですから、どなたも早く浄土往生の一大事に真剣に心を向けて、阿弥陀仏にお従いして、お念仏を申すべきです。
あなかしこ、あなかしこ。


『御文章』は、蓮如上人が教化活動のため長年(寛正2年[1461年]〜明応7年[1498年])に渡り、信徒に書き送った手紙の集大であり、当時の人々の心情と仏法との接点が解る貴重な資料。
この時代は度々起こる戦乱と飢饉で、庶民は未来に絶望せざるを得ない時代であり、学問をする機会も得られず、成仏・浄土往生など望むべくもない境遇にあった。
蓮如上人自身も前半生は物質的には決して豊かではない環境にあったが、常に仏法研鑽に励み、多くの著や編纂本を残した。
中でも『正信偈大意』や『真宗相伝叢書(真宗相伝義書)』は本格的な教学書だが、『御文章』(お文)は文字も読めない一般の人々に贈られた教化用の手紙。
ここでは徹底的に民衆の悲惨な境遇に同感し、「随他意説」のみで仏法が説かれているので、「浄土とは何か」「如来とは何か」という法の真実面を明らかにする作業はほとんど為されていない。
また「一切衆生悉有仏性」という面の展開もなく、「機法一体」であるはずの衆生と如来の関係が、まるで「機と法は別の存在である」というような印象を抱かせる。
つまり「衆生はとことん愚かで劣っていて、如来はとことん賢く尊い」と思わせる表現であったり、「如来の慈悲心だけで罪悪深重の衆生を救済する」というような「機法合体」の印象を与えかねない表現になってしまった。
このままでは外道の教えや啓示宗教と同じになってしまう。
つまり『御文章』を文字通りに読むと、愚民政策に協力しやすい教えになってしまい、仏教の大原則である「自灯明」さえ否定しかねない。
仏教は「この世で自らを島(灯明)とし、自らをよりどころとして、他人をよりどころとしない」教え。
本当は、衆生と如来は元々一体なのであり、仏法によってその真実を幾重にも開いて明らかにし、その功徳によって本来の仏性が芽を出し身に満ち、現実に展開することを尊ぶ。
こうした表現の問題は、時代のせいで仕方がなかったのだろう。
「生死即涅槃」とか「煩悩即菩提」と書いても当時の民衆には誤解と混乱を与えるだけ。
『御文章』は、おそらくこうした理由等から「随他意説」に徹したのだと思われる。
そのため、「寂しさ」や「人生の空しさ」のみが強烈に伝わる懸念もあり、この懸念を払拭するためには、法を説く側に相当の仏教研鑽と留意が必要となる。

●鴨長明 『方丈記』
行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。
世の中にある人と栖と、またかくの如し。
玉敷の都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き・賤しき人の住ひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家は稀なり。
或は、去年焼けて、今年造れり。
或は、大家亡びて、小家となる。
住む人もこれに同じ。
所も変らず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わずかに一人・二人なり。
朝に死に、夕に生るる習ひ、(ただ)、水の泡にぞ似たりける。
知らず、生れ・死ぬる人、何方より来りて、何方へか去る。
また知らず、仮の宿り、誰が為にか、心を悩まし、何によりてか、目を悦はしむる。
その主と栖と無常を争ふさま、言わば、朝顔の露に異ならず。
或は、露落ちて、花残れり。残るといへども、朝日に枯れぬ。或は、花しぼみて、露なほ消えず。
消えずといへども、夕を待つことなし。
鴨長明 著『方丈記』


【訳】
遠く行く川の流れは、とぎれることなく続いていて、なおそのうえに、その河の水は、もとの同じ水ではない。
その河の水が流れずにとどまっている所に浮ぶ水の泡は、一方では消え、一方では形をなして現れるというありさまで、長い間、同じ状態を続けているという例はない。
世の中に存在する人と住居とは、やはり同じく、このようなものである。
玉を敷いたように美しく、りっぱな都の中で、多くの棟を並べ、その棟の高さを競争しているかのような、身分の高い人・低い人の住居は、時代時代を経過しながらなくなってしまわないものであるが、その都の中の家々を、なくならないのがほんとうかと探ってみると、昔あったままの家はきわめて少ないものである。
あるものは、去年、火事で焼け、今年造ったものである。あるものは、大きな家が滅んでしまって、その跡が、小さい家となっている。
その家々に住む人も、これと同じである。
都の中の場所も変らず、中に住んでいる人も多いけれど、昔逢ったことのある人は、二、三十人のうちに、やっと、一人か二人くらいである。
人間というものが、ある者は朝に死ぬかと思うと、ある者は夕方に生まれてくるという、世の常例は、まったく、消えたり、現れたりする水の泡に類似しているのだ。
わたしにはわからない、生まれたり死んだりする人は、どちらから来て生まれ、どちらへ死んで去ってゆくのか。
またわからない、無常の世における仮の住まいというものは、だれのために、心を労して作り、何にもとづいて、目に快楽を与えるように飾り立てるのかが。
その主人と住居とが、争うように、変遷を続けている様子は、たとえてみれば、朝顔の花とその露の関係と同じである。
ある時は、露が落ちて、花だけが残っていることもある。残っているにしても、やがて、朝日によって生気を失ってしまうのだ。
ある時は、花がしおれて、その花の露はまだ消えないでいることもある。
消えないでいるにしても、しばらくの間だけのことで、夕方のくるのを待つこともないのである。


鴨長明は久寿二年(1155年)から建保四年(1216年)、平安末期から鎌倉初期にかけて歌才文才を発揮した僧侶。「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」は、日本人ならほぼ誰もが知っている一節だろう。
鴨長明は「行く河の流れは絶えずして」という常住の方の譬えを深めず、「もとの水にあらず」の無常の譬えばかりを強調しているが、本来「行く河の流れは絶えずして」の常住の方が仏教では重要。

「もとの水にあらず」の内容は、おそらく仏教を学べば、いや学ばなくとも、誰もが体験している諸行無常の現実。
しかし諸行無常の足元には常住の世界が控えている。
それが本来の「行く河の流れは絶えずして」であるはず。
鴨長明は「絶えずして」を、「物事を固定化実体化した見誤り」と批判したのかもしれない。
これは教学的に言うと、「絶えずして」を「遍計所執性」のはからいとした見方。
本当は、「依他起生性」から「円成実性」に、さらに「真実報土」へと話を具体的に展開してほしいのだが、『方丈記』はどこまで行っても「依他起生性」を批判する厭世的な「無常」に留まってしまっている。
また、「知らず、生れ・死ぬる人、何方より来りて、何方へか去る」も「また知らず、仮の宿り、誰が為にか、心を悩まし、何によりてか、目を悦はしむる」という言葉も、本当の仏教者であれば、「我が命の来し方、世界の行く末」に皆の往生を願う浄土の菩提心を説き、諸仏浄土の有様を説く題材としなくてはならないはず。
しかし『方丈記』を読むと、そうした問題意識は欠落しているとしか思えない。

真実の経典には、こうした課題について以下のように諭している。
まさに菩薩に記を授くべし。いま説かん。なんぢあきらかに聴け。
十方より来れる正士、われことごとくかの願を知れり。
厳浄の土を志求し、受決してまさに仏となるべし。
一切の法は、なほ夢・幻・響きのごとしと覚了すれども、もろもろの妙なる願を満足して、かならずかくのごときの刹を成ぜん。
法は電・影のごとしと知れども、菩薩の道を究竟し、もろもろの功徳の本を具して、受決してまさに仏となるべし。
諸法の性は、一切、空無我なりと通達すれども、もつぱら浄き仏土を求めて、かならずかくのごときの刹を成ぜん。
『仏説無量寿経』27 巻下・正宗分・衆生往生因・往覲偈


【訳】
今、ここにいる菩薩たちが未来にさとりを得ることを約束しよう。
これからそのことを説くから、よく聞くがよい。
わたしはさまざまな国から来た菩薩の願をすべて知っている。
菩薩たちは清らかな国をつくりたいと志して、その願の通りに必ず仏になることができる。
すべてのものは夢や幻やこだまのようであるとさとりながらも、さまざまなすばらしい願を満たして、必ずこのような国をつくることができるのである。
すべては、稲妻や幻影のようであると知りながらも、菩薩の道をきわめ尽し、さまざまな功徳を積んで、必ず仏になることができる。
すべてみな、その本性は空・無我であると見とおしながらも、ひたすら清らかな国を求めて、必ずこのような国をつくることができるのである。


このように、菩提心をもって問えば必ず答えが発見できるところが経典の素晴らしいところ。
如来や経典の内容を信じていれば、必ず応えてくれる。

「煩悩即菩提、娑婆即浄土」ということを、親鸞聖人は――
次に信楽といふは、すなはちこれ如来の満足大悲円融無碍の信心海なり。
このゆゑに疑蓋間雑あることなし。ゆゑに信楽と名づく。
すなはち利他回向の至心をもつて信楽の体とするなり。
しかるに無始よりこのかた、一切群生海、無明海に流転し、諸有輪に沈迷し、衆苦輪に繋縛せられて、清浄の信楽なし、法爾として真実の信楽なし。
ここをもつて無上の功徳値遇しがたく、最勝の浄信獲得しがたし。
一切凡小、一切時のうちに、貪愛の心つねによく善心を汚し、瞋憎の心つねによく法財を焼く。
急作急修して頭燃を灸ふがごとくすれども、すべて雑毒雑修の善と名づく。
また虚仮諂偽の行と名づく。真実の業と名づけざるなり。
この虚仮雑毒の善をもつて無量光明土に生ぜんと欲する、これかならず不可なり。
なにをもつてのゆゑに、まさしく如来、菩薩の行を行じたまひしとき、三業の所修、乃至一念一刹那も疑蓋雑はることなきによりてなり。
この心はすなはち如来の大悲心なるがゆゑに、かならず報土の正定の因となる。
如来、苦悩の群生海を悲憐して、無碍広大の浄信をもつて諸有海に回施したまへり。
これを利他真実の信心と名づく。
『顕浄土真実教行証文類』信文類三(本) 三一問答 法義釈 信楽釈


【訳】
次に信楽というのは、阿弥陀仏の慈悲と智慧とが完全に成就し、すべての功徳が一つに融けあっている信心である。
このようなわけであるから、疑いは少しもまじわることがない。
それで、これを信楽というのである。
すなわち他力回向の至心を信楽の体とするのである。
ところで、はかり知れない昔から、すべての衆生はみな煩悩を離れることなく迷いの世界に輪廻し、多くの苦しみに縛られて、清らかな信楽がない。
本来まことに信楽がないのである。
このようなわけであるから、この上ない功徳に遇うことができず、すぐれた信心を得ることができないのである。
すべての愚かな凡夫は、いついかなる時も、貪りの心が常に善い心を汚し、怒りの心が常にその功徳を焼いてしまう。頭についた火を必死に払い消すように懸命に努め励んでも、それはすべて煩悩を離れずに自力の善といい、嘘いつわりの行といって、真実の行とはいわないのである。
この煩悩を離れないいつわりの自力の善で阿弥陀仏の浄土に生れることを願っても、決して生れることはできない。
なぜかというと、阿弥陀仏が菩薩の行を修められたときに、その身・口・意の三業に修められた行はみな、ほんの一瞬の間に至るまで、どのような疑いの心もまじることがなかったからである。
この心、すなわち信楽は、阿弥陀仏の大いなる慈悲の心にほかならないから、必ず真実報土にいたる正因となるのである。如来が苦しみ悩む衆生を哀れんで、この上ない功徳をおさめた清らかな信を、迷いの世界に生きる衆生に広く施し与えられたのである。これを他力の真実の信心というのである。


というように、仏性が兆載永劫において衆生に報いた結果である「信楽」の本質を明らかにしている。
これこそ「煩悩即菩提」「娑婆即浄土」と言われる「即」の内容であり、「絶対矛盾の自己同一」とも「弁証法」ともいわれる思惟の内容。
具体的には、私たち人類の「無始よりこのかた」の無明は、人間本来が宿す仏性により五眼が開いたおかげで無明が無明と見出されてきたのであり、阿弥陀如来の「菩薩の行を行じたまひしとき」よりの浄業によって、三悪道の宿業の娑婆が娑婆であると見出されてきた。
このように娑婆と浄土は互いを照らしあい、現実社会に浄土の働き場を見出してゆく。
現実社会は何一つ仏法から外れたものなどなく、現実のどの一片をとっても虚しいものなどない。
今この場の私こそが永遠の法と報身の働き場なのであり、常住の世界は無常の現実以外に存在しているのではない。
私たちは無常の身でありますが、無常を無常と本当に覚れば、それは既に常住の身に成っている。
如来は我が身に至って、無量無辺にその働きを展開し、阿僧祇劫にわたって菩提心(寿命)が相続されてゆく。

●吉田兼好 『徒然草』
「人は、ただ、無常の、身に迫りぬる事を心にひしとかけて、束の間も忘るまじきなり」(49)
「無常の来る事は、水火の攻むるよりも速かに、のがれ難きもの」(59)
「閑かなる山の奥、無常の敵競ひ来らざらんや」(137)

もののあはれ(もののあわれ、物の哀れ)とは、平安時代の王朝文学を知る上で重要な文学的・美的理念の一つ。
折に触れ、目に見、耳に聞くものごとに触発されて生ずる、しみじみとした情趣や哀愁。日常からかけ離れた物事(=もの)に出会った時に生ずる、心の底から「ああ(=あはれ)」と思う何とも言いがたい感情。
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