ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

テレビでドキュメントを見るのが好き!
1回見ただけでは忘れてしまいそうなので、ここにメモします。
地球環境を改善し、自然に感謝する心を皆で共有してゆきたいです。
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古代エジプト 近代医療の起源


21世紀の専門医療、その最先端技術には目を見張る。
精密さが求められる顕微鏡手術では、わずかな違いが生死を分けることになる。
驚異の新薬は、苦しんでいる人々の痛みや苦痛を取り除き、普通の生活を可能にする。
人の意志で動かせる本物そっくりの義手や義足もある。
現在の医療器具や技術の起源はどこにあるのだろうか?
それは・・・古代エジプト。


記録によると、紀元前1500年から800年にはすでに義眼や義肢が用いられていたと伝えられている。
この時代の義足は紀元前3世紀頃のイタリア、Capuaの墓から発掘された、「Capuaの棒義足」や、レスカール大寺院のモザイクに見受けられる様に、足としての機能や形態をとった物では無く、むしろ杖に近い物であったと推測される。
一方、義手の記録については、ローマの文筆家Plinius(A.D.63〜113)が記した物の中に、ローマとカルタゴが戦った第2ポエニ戦役(B.C.218〜201)の時、ローマの将軍Marcus Sergiusが右手を失い、鉄製義手を作らせたというものがある。



癌、関節炎、糖尿病などの多くは5000年前のエジプトにもあった。
ミイラを調べると、古代エジプト人が肺炎や塵肺症に似た、肺疾患に苦しんでいたことが分かる。
おそらく風で舞い上がった砂が原因だろう。
また重症のアテローム製動脈硬化や変形性関節症に罹っていたことを示すミイラもある。
大昔人間は病気の原因を化学的に理解していなかった。
治療はもっぱらまじないに頼っていた。
しかし紀元前3000年代、古代エジプト人が肉体と精神の病を化学的に治療する取り組みを始めた時全てが変わった。
従来のまじないによる治療と並行して、信憑性のある治療が行われる過程で、現代の奇跡的な医療の基礎が築かれた。
古代エジプトでは医薬品の基準となる薬局方や診断システムが整っていた。
現代の医療とは基本的には変わらなかった。


現代の手術室で医療に使う器具を並べてみる。
その起源は?
2000年前、ナイル川沿いに建造されたKom-Ombo Temple、壁のレリーフに、ノコギリ、Probe、鉗子、ハサミ、外科用メスなど48の手術器具が描かれている。


2001年、4300年以上昔の王家の医師の墓から、青銅の手術器具が30点も見つかった。
世界最古の医療器具の発見だった。
それらの器具の形は、現在の器具と似ている。


古代エジプトの黒曜石で作られたメス。
外科医の要求を満たすという点で、黒曜石のメスを支持する人々がいる。
黒曜石のメスを使用している外科医は増加している。
美容整形外科医として成功を収め、ミシガン大学薬学部準教授でもあるDr.Lee Greenもその1人。
高倍率の顕微鏡で見ると、黒曜石のメスの刃はとてもなめらか。
スチール製のメスの刃はギザギザ。
人工の皮膚に切れ目を入れてみると、黒曜石のメスのほうがなめらか。


現代の医学書に書かれた症例に関する解説は、3つの部分に分かれている。
Symptoms 症状の説明、Differential Diagnosis 明確な表現による診断、Treatment 可能な治療方法の提示。
この3つの要素は、現代の医療化学に基づく治療法の指針。
それは3500年前に書かれた古代エジプトの古文書、医学パピルスにも載っていた。
19世紀のアメリカ人所有者の名前にちなんだ『Edwin Smith Surgical Papyrus』(長さ5m)。
48の症例が記された古代の医学書。


傷病者の重症度や緊急性に応じた適切な搬送、治療をTriageと言い、現在の医療テキストにも載っている。
医師は患者の容態を見て、3つの方法の中から処置を即断しなければならない。
1.速やかに集中治療を始める。
2.ひとまず様子を見る。
3.モニターチェックの後帰宅させる。
Triageの概念は何に端を発しているのだろうか?
古代エジプト、3つの処置判断のどれか1つを患者に伝えるよう医師に指示している。
SmithのパピルスはTriageの古代版。
例えば「治る病気です。」という医師の言葉を患者は望んでいる。
「一緒に頑張りましょう。」という言葉には、「手はつくすが約束はできない。」という含みを感じるだろう。
「私にできることはありません。」と言われる場合は、「手の施しようがない不治の病です。」という意味にもとれるし、「心配はいりません。治療しなくても良くなります。」ともとれる。
どのように伝えるかは難しい問題。

Smithのパピルスには人体内部の機能に関する驚くべき洞察がうかがえる。
例えば循環系、心臓は体のあらゆる部位に血液を送っていると書かれているが、これは画期的な医学概念であり、一般的には17世紀イギリスの医師William Harveyの功績とされている。
しかし古代エジプト人は全て正しい考え方をしていたわけではない。
例えば血液、精液の他、体液は全部同じ静脈、動脈を流れていると信じていた。
最後は閘門にたどり着き、再生されると考えていた。
そのため高い地位の医師は、「王の閘門の保護者」という称号が与えられた。


Smithのパピルスは脳を覆っている皮膜・髄膜と呼ばれる部分に言及した初の医学テキスト。
脳の髄膜がひどい炎症を起こす髄膜炎(Meningitis)。
Smithのパピルスには髄膜炎だけでなく、脳の様々な損傷に関する治療法が書かれている。
水頭症には先天性のものと、外傷や髄膜炎、その他の要因で起こる後天性のものがある。
治療しなければ脳は永遠に回復せず、痴呆症状がでたり体の自由が利かなくなったりする。
水頭症の最新の治療は、第3脳質開窓術と呼ばれる外科的処置。
患者の頭蓋骨に慎重に穴を開け、シャントチューブを差し込んで過剰な脳脊髄液を抽出する。


その起源も古代エジプトにある。
発掘されたミイラや骸骨から、エジプトの外科医がtrephination(頭部穿孔)という難しい手術を行っていたことが分かっている。



On July 15, 1965, Alton Tobey, his wife Rosalyn and son David left for the Ancient Inca city of Machu Picchu, Peru on an adventure that would occupy more than six months of his time. Tobey had been chosen to research and paint a scene that would recreate one of the first instances of open skull surgery known to man, that had taken place there in the early 16th century. The mural, which would measure some seven by twelve feet when completed, was to be installed in the Smithsonian's Hall of Physical Anthropology.

The evidence showed that not only had this procedure, known as trephination been undertaken many times in this ancient city, but that the success rate had been high. This was clearly demonstrated by the discovery of numerous skulls that had a tell-tale "tick tack toe" cut out of them (see further below); and many had evidenced that the skulls had grown back, clearly indicating that the warriors upon whom this operation had been performed had lived and that their wounds had healed.


手足を切断しなければならない事態に陥る深刻な傷病もあるが、その高度な医学の起源も古代エジプトに遡る事ができる。
ピラミッドなどの現場で働く場合、どうしても危険が伴った。
落下してきた石につぶされて重症を負ってしまったら、手や足を切断することになったかもしれない。
古代エジプトの医師は、単に切断するだけでなく、出血についての対応や、どの位置できれば筋肉の機能を損なわずにすむかを知っていた。
今では人工の装具が発達し、手や足を切断した人の生活もかなり支障がなくなった。
2600年前古代エジプトで使われた木製の義足、大きな親指の爪まで作ってある。


手足の切断には激痛も伴った。
エジプトの医師はビールを大量に飲むことも含め、痛みを軽減する方法を知っていた。
特にアヘンは効果的だった。
1899年Bayerが特許をとったアスピリンは、世界初の合成薬品だった。
5000年前古代エジプトは既にアスピリンの有効成分に気付いていた。
古代エジプト人は柳の樹皮のお茶を飲んでいた。
柳の薬効成分を含むアスピリンは、何千年も前から使われていたのだ。


製薬産業を裏で支えているのは大勢の生物工学研究者。
彼らは熱帯雨林を徹底的に調査し、薬草や薬効成分のある植物素材を探し求めている。
素材の薬効成分は、最新の装置で分析された後、大量に合成され、成分の効果が高まるよう、微調整が加えられる。
処方箋なしで買える薬、あるいは処方薬として販売されるものはこうして作られる。
自然界から薬効成分を抽出するという知識や技術の起源を探ると、大部分は古代エジプトにたどり着く。


カイロ、エジプトで一番尊敬されている薬草医ハラーツさんが経営している薬局。
5000年前にも、彼の調合と同じ薬が作られていた。
古代エジプトの職人達は、Deir El Medinaのような職人の村で生活することが決められていた。
伝染病予防のため、毎日タマネギ、ニンニク、ラディッシュが配給された。
現在そうした食物には、抗ウィルス成分が含まれ、非常に強力な抗菌効果があることが知られている。


古代エジプトには、薬学に関する優れた専門知識があった。
薬学のバイブルとも言うべきEbers Papyrusに記されている。
そこには876の処方薬の調合方法や、様々な治療に使われていた500種類にのぼる天然成分の解説が書かれている。



古代エジプトの薬の効き目は?
Geoge Lamoureux(Herbalist)「住血吸虫症(Schistosomiasis)という悩みを抱えていたエジプト人は、Aloe Veraで寄生虫を駆除した。
Aloe Veraは火傷やケガの治療にも使われた。
現在の使い方と同じだ。
Tumericは外傷の治療に使われた。
現在では逆に内出血を抑える時に使う。
乳香(Frankincense olibanum)は殺菌洗浄剤だった。
また口の中、喉、咽頭の痛みを抑えるのにも使った。
現在でも全く同じ使用方法がある。
口の中の炎症を鎮めるために、すりつぶして粉にしたものを、液体に溶かして使う。
古代エジプトで甘草(Licorice Glycyrrhiza Radix)は咳止めだった。
肺を湿らせ刺激を緩和する効果がある。
甘草は現在でも非常に良質な解毒剤、鎮痛剤として利用されている。」


古代エジプトではどれも1ダースを超える数の薬草を特別な計量カップで注意深く量って調合した。
古代エジプト人の薬剤師が使っていたヒエログラフは、カップ半分、カップ1/4、カップ1/8などを示している。
これらのヒエログリフを並べ替えると、太陽神Horusの目の形になる。
その形には、処方箋を意味する記RXが入っている。


古代エジプトの薬剤師は、想定できる全ての疾患を処方した。
病気だけでなく、ケガも同様。
腕にケガをすると、最初に傷に分厚い肉の切り身をあてるよう勧められた。
生肉には、止血を助ける酵素が含まれている。
そして傷にハチミツを塗る。
ハチミツには吸湿性がある。
傷の水分が吸収されることで、腫れが引く。
ハチミツには抗菌性もある。
Alexander FlemingがPenicillinを発見する5000年も前から、エジプトには抗生物質による感染症対策があったのだ。


【実験】ハチミツにはどの程度効き目があるのか、現代の抗生物質と比べてみる。
皮膚科の医師が被験者の両腕に軽い火傷を作る。
一方の腕には皮膚剥離の際行われる美容上のスキントリートメントを施し、シルバディンという現代の軟膏で治療する。
もう一方の腕はハチミツを使った治療を試す。
多くの症例を研究、調査した結果、傷の表面が潤っている方が皮膚細胞の再生が良好で、傷の治りが良いことが分かっている。
7日目、被験者「ハチミツの方は表面がベタベタしていてガーゼの上にも分泌物が染み出している。
軟膏の方は傷跡も綺麗だし、あまり痛みを感じないが、ハチミツの方は少しヒリヒリする。」
ガーズを外してみる。
軟膏の方は少し赤みがあるが、表皮ができている。
順調に回復している。
ハチミツの方は、見た目はいまいちだが、抗生物質を使った現代の治療方法と比べても2〜3日治りが遅いだけ。
ハチミツに含まれるグルコースオキシダーゼでブドウ糖からグルコン酸と過酸化水素が生成される。
それによってハチミツの抗菌作用が活性化する。


古代エジプト人は、膨大な量の医学知識をもっており、専門医がいた。
現在目の専門医は検眼士、及び眼科医と呼ばれ、Phoropterなど素晴らしい機器を使用している。
5000年前古代エジプト人の目の専門医は、目の炎症など感染症のほとんどをハチミツで治療していた。
もう1つの治療は、黒と緑の染料を塗ることだった。
エジプト人はすり潰した孔雀石をアイシャドウに使った。
孔雀石には銅が含まれている。
には抗菌効果がある。
黒のアイラインは
大量の鉛を摂取すると命取りだが、鉛は病原菌を殺すので、目の感染症を防ぐことも可能。


夜盲症の患者は、ほの暗い明かりではよく見えない、あるいは全く見えない。
要因の1つはビタミンAの欠乏。
現在の眼科医はカンエキスで治療を行っている。
古代エジプトの目の専門医は、夜盲症の女性に「ロバの肝臓を生で食べなさい。」と助言した。
本質的に現在の眼科医の治療と全く同じだったのだ。


絶え間なく吹く風で舞い上がる砂が、目だけでなく歯にも影響を及ぼした。
食物に砂が入るため、歯のエナメル質が磨り減り、虫歯の原因となった。
何100体ものミイラの歯で確認されている。
ラムセス兇離潺ぅ蕕了も・・・
パピルスには、古代エジプトにも歯の専門医がいたと書かれていた。
彼らは「歯の医者」と呼ばれていた。
頭蓋骨の顎骨に、小さな穴が開いているミイラがある。
それは歯の医者が膿瘍をとるために開けた穴だと信じている専門家は大勢いる。

綺麗な息に対するこだわり、その起源も古代エジプトにある。
エジプト人が昔から悪臭を恐れていたことは、彼らの愛の詩や、身の上相談の内容からも分かる。
食事にはタマネギが欠かせないこともあり、口臭を気にしていた。
そこでミルラやその他色々な成分を混ぜたものをガムのように噛んでいた。
古代エジプト人の口臭けしはとても効果があり、それを室内消臭剤にも利用した。



古代エジプトの専門医は、避妊のことも知っていた。
例えばアカシアの穂をすり鉢ですり潰し、ナツメヤシとハチミツを加えて、綿の塊につけてペッサリーのような避妊道具として使った。
今ではアカシアの穂を液体で混ぜると、乳酸ができることが分かっている。
乳酸には、現在使われている数々の避妊法と似た効果がある。


古代エジプトで避妊が幅広く行われていたとは思えない。
農作業のための人手が必要だった農民家族は、できるだけ多くの子供を望んでいたはず。
受胎は重要だったと考えられる。
当時の処方箋の中に、生殖に関するものが含まれていた。
当時のエジプトは、乳幼児の死亡率が高く、5歳まで育つのはわずか半数だった。
婦人科医療の重点的な取り組みが行われたのも当然だろう。
Kom-Ombo Templeのヒエログラフの中には、子供の誕生を描いたものがある。


古代エジプトにも簡単な妊娠検査の方法があった。
現代の妊娠検査薬は、スティックに尿をかけて調べるが、彼らは小麦(Wheat)や大麦(Barley)の種にかけた。
小麦も大麦も育たなければ、その女性は妊娠していないか、妊娠していてもその子は死んでしまうと考えた。
【実験】妊娠している女性の尿を、小麦と大麦の種にかけてみる。
結果は・・・
完全に発芽していたのは、ただ1つだけだった。
妊娠期間中、女性の体内では様々な物質が作られる。
その物質が作用したのだろう。


古代エジプト人は、胎児の性別まで言い当てたという。
現在性別確認法は、羊水を採取して胎児の染色体を調べる羊水検査と、妊娠18〜20週の間に超音波を使って胎児の外性器を見る、この2つ。
この分野で現代人がまだ発見していないことを彼らは知っていた可能性がある。

古代エジプトの医師は、体と心の全体を治療した。
その考え方は、にわかに現代医療に適用されるようになった。
1960年代現代医学は精神面も考慮して診察を行うようになった。
Placebo効果とは、偽薬、気休めの薬の効果のことだが、砂糖を錠剤にして投与したのに、薬だと信じて飲んだ患者は容態が改善したとの報告がある。
心には体を癒す力があることを示す証拠だ。
心と体は相互に作用しているのだ。

古代エジプトで医師と聖職者療法の役割を果たしていたセンヌーと呼ばれる人々のことは、Ebers Papyrusに記録がある。
医師としての彼らは、薬、医学を御地いて肉体の病を治療し、心の病は聖職者としてまじない、あるいは宗教で癒した。
古代エジプト人は、病は邪悪な心が引き起こすと考えた。
医師兼聖職者は、人間の心と魂は心臓にあると信じていた。
エジプト人にとって心臓は人間の中心だった。
古代エジプト人は人格や行動、物事の感じ方などの源は、脳ではなく、心臓にあると信じていた。
脳の働きを理解していなかったわけではない。
脳の片側を損傷すると、反対側の体の自由が利かなくなることを知っていたが、感情や感覚、人の個性などをつかさどるのは心臓だと考えていた。
昨今では感情、情緒、精神の問題を描写する場合、心の病という言葉が使われている。
研究によれば、心の病にかかったら、大半のアメリカ人はまず聖職者に助言を求め、それ以外の人々は、心理学者や精神分析医の助けを求め診療所へ足を運んでいるとのこと。


現代の医学には、精神や情緒の治療方法はたくさんある。
例えば心理療法士は夢を分析することで、患者の心の奥底にある情報を導き出す。
夢分析は、Sigmund FreudやCarl Jungの功績とされているが、この治療の元をたどると、古代エジプトの医師兼聖職者センヌーにたどり着く。
古代エジプトでは、心の病を抱えている患者は、聖なる神殿でTemple Sleepという治療を受けた。
神殿の暗闇の中で1晩過す。
神殿での睡眠治療は、現代の精神分析療法の先がけ。
それはセンヌーの父であり、エジプト医学の父であるImhotepにさかのぼる。
Imhotepは死後、神として崇拝された。
彼の持つ癒しの力を求め、神殿を訪れた患者は、睡眠中夢に真実が現れるよう癒しの眠りの治療を受けた。
朝になると神殿の医師兼聖職者は、古代のフロイトのように夢を解釈した。
古代に行われていた夢を解釈し、心の奥に潜む問題をあぶりだす手法は、現代の夢判断の先がけ。
この治療によって人は自分を理解し、潜在意識を最大限に発揮する手掛かりを得る。


人間の魂、意識が体のどの部分にあるのか、現代の医療は長い間、そのことを気にしていなかった。
しかし最近それは変化している。
西洋医学はようやく古代エジプトの医学に追いついたのだ。
今では現代の医師も、頭だけでなく心で患者を治療している。
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水野由紀子 (2010/07/29 4:13 PM)
こんにちは。はじめてメールします。
先ほどこのブログを見つけて、とてもよくご存知なのだな、と大変感心致しました。
私は4年前に転落事故から脊髄損傷になったのですが、そういう状況も手伝って、このような古代の医療というものに興味を持ちました。
と言っても、まだしっかりと調べた事などありません。

poyoさん(でよろしいのでしょうか?)はこういった事をどこでお調べになっているのですか?
また、古代の(又は古代エジプト)医療に関するおすすめの本など
ありますでしょうか?
もし差し支えなければ教えて頂きたいのですが・・・。
もしご連絡いただけるなら、yukku15@hotmail.comに
お願い致します。

突然のメールで、突然のお願いですみません。

よろしくお願い致します。
水野由紀子
poyo (2010/07/30 9:10 PM)
由紀子さん、コメントありがとうございます。
このブログは私のテレビメモなのですよ。
ドキュメント番組を観て、内容をメモして書いています。
だから医療の知識は残念ながらありません。
不自由なお体で大変でしょうが、だからこそできることを見つけ、いつも輝いていてください。
私も古代の医療に関する本など、探してみますね。









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