ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

テレビでドキュメントを見るのが好き!
1回見ただけでは忘れてしまいそうなので、ここにメモします。
地球環境を改善し、自然に感謝する心を皆で共有してゆきたいです。
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Riddles of the Bible. Hunt for the Ark of the Covenant
契約の箱アーク、その箱は人々を恐れさせ、また人々を魅了してきた。
十戒を刻んだ石板が納められたアークは、神とモーセを結ぶホットラインだった。
聖地を攻略した民は、神殿を造り、アークを安置した。
不思議なことに、やがてアークの行方は分からなくなってしまう。
それ以来アークは、考古学者や映画製作者達を魅了してやまない。

アークは今どこに?
アークのパワーとは?

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地エルサレム。
その中心にそびえるモリアの丘に、岩のドームがある。
イスラム教の開祖ムハンマドが昇天した場所。
イエスが病人や盲人を癒したのもこの地。
1000年前、同じ地にソロモンが神殿を建てた。
ユダヤ教の要であったアークを安置するためだ。
アークがどこからやって来て、どこへ消えたかは謎。
実在するのか、それとも想像の産物なのか…


それは3000年以上も前の話、砂漠を歩く200万の民は不安と怒りを募らせていた。
リーダーの男は、今こそ神の啓示を必要としていた。
旧約聖書によれば、その男こそエジプトから民を救ったモーセ。
海を渡り3ヶ月放浪した末に、一行はシナイ山に到着した。
神はこの時それまでにはない物を人々に授ける。
旧約聖書に記された掟は全て何かの引用。
しかしモーセの授かった十戒は違った。
Prof.Eric H.Cline(Archaeologist,Geoge Washington University)「十戒は唯一無二の斬新なものといえるだろう。
例えば聖書に記された“目には目を”は聖書より1000年も古いハンムラビ法典の引用。
しかし旧約聖書よりも前の時代に十戒は存在しない。」
十戒を納める箱についても指示があった。
それがアーク。
神の指示は極めて詳細だった。
持ち運べる箱であること、縦が120cm、横と高さが60cmであること。
材料には弾力のあるアカシアを使うこと。
そして内と外を純金で覆うこと。
箱の4隅に金の輪を取り付け、棒を通して担げるようにした。
神がその上に降り立つ蓋は純金製で、“黄金の翼を持つ天子”ケルビムが付けられた。


神とモーセを結ぶホットラインの仕組みは分からない。
ただし神が民に向かって告げる際は、アークの上に雲が現れたと言われる。
レビ族の祭司だけが運ぶことを許されたアークは、重さが数100kgあるのに、宙に浮かんだとされる。
その姿は祭司でも見ることが許されず、青い布と動物の皮で覆われていた。
作られたばかりのアークにモーセの甥2人が捧げ物をしようとした。
すると一瞬で灰に…
ケルビムが閃光と共に近くのものを焦がしたと言われる。
アークはその後40年かけて民を約束の地へ導いた。
Clane「アークには恐るべきパワーがあった。
旧約聖書によると、アークは常にイスラエルの民を先導していた。
カナン占領が実現するまでずっと。」
Graham Hancock(Author,"The Sign and the Seal”)「敵を打ち倒すため、アークは戦いに借り出された。
驚く記述もある。
アークは宙に浮くと、うなるような音を出し、敵をめがけて飛んでいったという。」
ウッザーという男がアークを支えようとし、手を触れた途端命を落としてしまう。
モーセはアークを天幕に収納した。
アークではなく人々を守るためだ。


アークの記念すべき初勝利はエリコの攻略
アークを運ぶ祭司は城壁を一巡する行為を6日間続けた。
7日目に7巡して角笛を吹き鳴らしたところ、城壁は崩れ去った。
300年後、イスラエルの民はアークに打ちのめされる。
大祭司がアークへの献身を怠ったため、ペリシテ人との戦いで見捨てられた。
アークはペリシテ人に奪われてしまった。
しかし7ヶ月後送り返される。
伝染病がペリシテ人を襲ったからだ。


イスラエルの王ダヴィデはペリシテ人を破り、敵の最後の砦であるエルサレムを攻略、首都を築いた。
神殿を建てるよう神託がダヴィデに下るが、実行したのは息子ソロモンだった。
神殿の建設地となったモリアの丘は、アブラハムがイサクを犠牲にしようとした場所。
ソロモンが計画した神殿は、前代未聞だった。
最高級の杉の木と石材が使われ、高さは20階にも及んだ。
ソロモンは大きな負債を抱え、辺境の村を20ほど隣国に差し出すことに…
アークは神殿の中心部にある至聖所に安置された。
十戒が刻まれた2枚の石板が入っている。
至聖所に近づけたのは大司祭だけだった。
入室時には香を焚き、神々しさから身を守る必要があった。
旧約聖書には、アークが神殿に納められたとあるが、その後アークの記述はすっかり影を潜める。
こうしてアークは旧約聖書の最大の謎となった。
ユダヤ教最大の拠り所であるアークが忽然と姿を消した理由は何だろうか?
Cline「壊されたか奪われた熱で溶けたとも言われる。
しかし肝心の旧約聖書には何も書かれていない。」
謎はそれだけではない。
アークは何のために作られたのか?
特殊なパワーを持つ兵器なのか?
神と人を結ぶ通信機器、またはおとぎ話かもしれない。


失われたアークを探すには、ソロモン神殿から始めるべきだろう。
しかしその正確な位置を示す痕跡は神殿の丘からは見つかっていない。
ユダヤ教最大の聖地として崇められる“嘆きの壁”は、アークの消失から数世紀後にできた神殿の遺構。
神殿の丘にある岩のドームが壊されることを願う人もいる。
彼らの願いはユダヤ教神殿の建立。
アークが見つかれば神殿は建つと言う人もいる。
アークは神殿の最も奥、至聖所に安置された。
安置されたのは紀元前955年頃。
そして紀元前620年頃、アークに関する記述は聖書から見られなくなる。
アークが至聖所から持ち出されたとすれば、その原因は何か重要な出来事のはず。
何だったのだろうか?
聖書にはエジプト王Shishaqが神殿を攻撃したとある。
『Trailer Raiders of the Lost Ark』は、Shishaq襲来にヒントを得た映画。
エジプトでは紀元前1000年頃、Shishaq王がタニスに宝を持ち帰ったと言われている。
映画で主人公がアークを見つけるものタニス。
しかしShishaq王がエルサレムを攻略した事実はなく、実際には貢物をもらって満足したようだ。
貢物の中にアークがあった可能性は?
Cline「Shishaqが受けた賄賂にアークも含まれたのか?
答はNo。
最も神聖なものを自ら進んで献上するはずがない。」


旧約聖書には、紀元前620年頃、Josiahの時代にアークは神殿に存在したと記されている。
それから30年後の紀元前587年、アーク消失の危機とされる事件が起きた。
Nebuchadnezzar2世がエルサレムを制圧した。
アークはこの時破壊されたとも言われる。
事実だろうか?
Hancock「バビロニア人は記録が上手だった。
神殿から奪ったものも詳しく記録している。
唯一リストにないのが、最も重要なはずのアークだった。
リストにないのはアークが持ち去られていないからだろう。」
Cline「記録にはNebuchadnezzarは財宝を大切に持ち帰り、バビロンの神殿に納めたとある。
そしてアークには言及していない。」


ではアークはどこへ?
アークは今もどこかにあると信じる人達は、誰かが機転を利かし、アークを持ち出したと考える。
エルサレムの神殿の丘の地下には、通路が張り巡らされている。
祭司がアークを隠した場所とも言われ、ユダヤの祭典タルムード(Talmud)にもそのことが記されている。
テンプル騎士団を含む大勢が探索に挑んできたが、成果は上がっていない。
ヨルダンのネボ(Nebo)山も有力候補。
聖書にはJeremiahがアークを隠したとある。
死海文書が見つかった洞窟に、期待を寄せる人もいる。
死海文書の1つ、銅の巻物に財宝のことが記されている。
考古学者のVendil Jonesは発掘に200万ドルを費やしたものの、アークは見つかっていない。
Oren Gutfeld(Arcaeologist,Hebrew University of Jerusalem)は、銅の巻物の意味を解明しようと発掘調査を続けている。
Gutfeld「トンネルを調べた結果、財宝に関する何らかの資料が見つかればと思っている。」
神の啓示や空想、妄想のせいなのだろうか?
人々はアークを求めてアイルランドや日本やアメリカへ向かう。
数々の陰謀や教会に残された手掛かり、古代の騎士が記した文書が人々を駆り立てる。
アークはありふれた場所に隠されているのだろうか?


アークの所有を何100年も前から公表していた国が知られている。
Hancock「アークとのつながりを主張する国は多くあるが、アーク信仰を実践する国はエチオピアだけだ。」
エチオピアの古代都市アクスム(Aksum)には、謎めいた石碑がそびえている。
1枚の大理石を彫ったもので、重さは500トン。
作り方や設置方法は解明されていない。
アークが石碑と壮麗な建造物を造ったとアクスムの信者は考えている。
ここにアークが持ち込まれたのは、ソロモン王シヴァの女王との出会いの結果だという。


Timkatの祭、エチオピアの大切なキリスト教行事。
ここにいる人にとってアークは謎ではない。
祭司達はアークの複製品を担ぎ、街を練り歩く。
本物のアークはアクスムのシオン教会の聖堂にあるという。


Hancockは20年以上アークを追った末、エチオピアにたどり着いた。
Hancock「アークが大切にされている証の1つとして、エチオピアの教会には必ずアークの複製品がある。
神聖なものだ。
アークがエチオピアにあると益々信じたくなる。」


物語はこうだ。
旧約聖書の『列王記』によれば、紀元前1000年頃、エチオピアのシヴァの女王はエルサレムのソロモン王を訪ねる。
当初目的は外交だったはずが、2人は恋に落ちたようだ。
エチオピアに帰った女王は、息子メネリクを産む。
成長したメネリクは、父ソロモンの許しを得て、大祭司の子息を連れ帰ることにする。
帰国の際メネリクは、夜に乗じて神殿からアークを盗む。
彼は代わりに複製品を置いてゆく。


この話にはいくつかの問題点がある。
例えばシヴァの女王の素性。
考古学的にはアラビアの古代王国サヴァの女王とされる。
またソロモン王が聖なる遺物を簡単に手放すかどうかも疑問。
Hancockも首をかしげるが、エチオピアとアークの関係には注目している。
彼は大祭司がアークを持ち出したおかげで、紀元前587年の神殿襲撃を免れたと考えている。
また彼によれば、問題は国内の造反者だった。
当時イスラエルには野蛮な王マナセが君臨していた。
Hancock「マナセはユダヤ教の信仰を捨て、戒律に反する行いをした。
なんとエルサレムの神殿の至聖所に、異教の偶像を祭った。
アークを信奉する祭司達ににとって、それは許しがたかったはず。
偶像崇拝の中心となったエルサレムの神殿から、なんとしてもアークを救い出そうとしたと思う。」


イスラエルから彼らはどこへ向かったのだろう?
ユダヤ教徒を追ってエジプトへ向かったという説もある。
ナイル川流域には、ユダヤ教徒の居住地があった。
1997年古代のユダヤ教神殿跡が小島で発見される。
島の名はElephantine


Hancock「その時代にエルサレムの外にあった唯一のユダヤ教神殿。
神殿を建設する理由があるとすれば、それはアークを収容する建物を造ること。」
紀元前400年頃に破壊された神殿からは、人骨は見つかっていない。
アークはここでもまた難を逃れたのだろうか?
Hancock「島のユダヤ人居住区は姿を消した。
ただし虐殺が行われた痕跡は見当たらない。
つまり彼らはElephantineを脱出し、約束の地を求め、アークと旅に出たのだと思う。」


イスラエルもエジプトも安全でないとしたら、彼らはどこへ逃れたのだろう?
エチオピアにもユダヤ教徒が住んでいた。
しかもエレファンティンの神殿が壊された年代に。
アークの伝承がエチオピア高原タナ湖に出現した。
Hancock「Elephantineから青ナイル川を下り、エチオピア高原に行ったと考えるのが自然だろう。
タナ湖に浮かぶ小島には修道士達がいて、アークの言い伝えを語り継いでいる。」
島にはキリスト教の修道院がある。
かつて800年間アークはそこに安置されていたとされる。
ユダヤ教徒だった彼らが西暦350年頃に改宗し、アークはアクスムに移されたと言われる。
アークがエチオピアに持ち込まれた本当の経緯は忘れられ、メネリクの話が作り上げられたとHancockは考えている。
Hancock「アークへの信仰を実践する国は1つだけ。」
彼らの信仰は本物だ。


アクスムのシオン教会、聖マリア聖堂には、習わしに従い人生をアークに捧げる人がいる。
Hancock「アークの番人に選ばれた者は、アークの囚人となる。
アークに仕え祈りを捧げ、守るのが仕事であり、死ぬまでアークから離れることはできない。」
Hancockが取材した3人は、番人になって5年で亡くなった。
アークの影響と言われる。
Hancock「最後に取材した番人は、アークが体を蝕むと信じ、“アークの番人になってから視力が衰えた。”と言っていた。」


Hancockの説は多くの関心を集めているが、アークの実物が手元にない限り、決め手は不十分。
調査に進展の見られないエチオピアを離れ、エルサレムに戻ろう。
アークが神殿から消えた決定的瞬間に焦点をあてる。
旧約聖書にアークの最後の記述が登場する年から神殿が破壊されるまでの間だ。
祭司がアークを隠したとしたら、それはどこだろう?
神殿の丘の地下だという説があるが、イスラム教徒の許可なく発掘することはできない。
別の見方をしてみよう。
その昔神殿の丘を掘り続けた人達がいた。
中世の謎めいた組織、テンプル騎士団だ。
テンプル騎士団は、アークの隠し場所を知っていたと言われる。
エルサレム神殿を本拠とするテンプル騎士団は、第一次十字軍遠征終了からまもない1120年頃に創設された。
騎士団は巡礼に訪れるキリスト教徒を守るためとして、奪還された後のエルサレムに駐留する。
しかしまもなく宝探しに専念するようになった。
タルムードの一説に導かれるように、騎士団はひたすら神殿の丘を掘り進んだ。
最終的に何かを見つけたのだろうか?
やがてテンプル騎士団は異端と糾弾され、1300年代には解体する。
それでもなお騎士団はアークをどこかに隠したのだとアークハンター達は考えている。
Graham Phillips(Author,"The Templars and the Ark of the Covenant")「アークを探そうと思ったのは、映画『失われたアーク』を見たから。
アークは実在すると思った。」
最初に彼が注目したのは、ヨルダンのShara山だった。
地元の伝説によると、イギリスの騎士団が財宝を発見しt、その中には興味深いものが含まれていたとされる。


Phillips「騎士団が見つけた財宝の中に、黄金の箱があったそうだ。
黄金の箱の正体は分かっていないが、テンプル騎士団はきっとアークを見つけたのだ。」
実際イギリスの騎士団は莫大な財宝を持ち帰っている。
その中にアークはあったのろうか?
騎士団はイギリス各地に教会に宝のヒントを残したと言われる。
1つ目はHerdewyke聖堂
村の記録には、1192年の欄に“聖遺物”と記されていた。
Phillips「とても価値のあるものだったはず。
なぜなら記録にある聖遺物を納めるために、わざわざ礼拝堂を建てたのだからね。」
Herdewyke聖堂は現在民家となっている。
2つ目はAll-saints教会、今日秋を改修した際、奇妙な壁画が発見された。
切断された頭部といえば、テンプル騎士団の逸話に登場するモチーフ。


壁画にまつわる言い伝えがある。
アマチュア歴史化のJacob Cove-Jonesが壁画を解読したと言われる。
彼はそれを再び暗号に変え、ステンドグラスに潜ませた。
窓は別の教会にあり、そこには神の出現が描かれている。
Phillips「このステンドグラスには奇妙なものが描かれている。
東方の3博士が幼いイエスの下を訪れるという聖書の一面。
これは何を意味するのか?
聖書によると、東方の3博士は星に導かれてイエスの居場所を見つけた。
ステンドグラスには2つの星が重ねて描かれている。
2つの星はアークを連想させる。
アークにある2体の天使はミカエルとガブリエル(Michael and Gabriel)であるとされ、北斗七星の端にある2つの星を暗示している。
星の名はBenetnashMizar
その頭文字BとMは窓に描かれている。」
いつ頃どこから見た星だろう?


神の出現を祝うのは1月6日。
イエスの誕生を告げたのは、神の雄鶏。
そしてフェニックスの姿も。
Phillips「これらのヒントからあることを思い出した。
丘の上に立つ標識灯“Phoenix Beacon”だ。」


1月6日真夜中のPhenix Beacon、北斗七星の2つの星が導く先には…
赤いアーチのある建物が描かれている。
Phillips「どんなサイズかはともかく、赤いアーチを探していた。
運転中に赤いアーチが見え、これに違いないと思った。
私が正しければ、近くにアークが埋まっているに違いない。」


しかし証拠は不十分。
Phillipsの謎解きは地元の教会を困惑させている。
謎の壁画が見つかったAll-Saints教会。
調べてみると壁画が見つかった年代は案外新しいことが分かった。
修道士「Jonesがこの教会で19世紀に壁画を見つけたなどと、何故主張できるのか分からない。
教会には正確な記録が残っており、建物の起源や年代はもちろん美術史家の裏付けもある。
この壁画が発見されたのは1966年。」
Jonesがステンドグラスを注文した記録はない。
またイエスの誕生はごく普通の手法で描かれている。
雄鶏とフェニックスもだ。
Rev.Richard Livingston(St.Marry'sChurch,Landley,UK)「この図柄に作為は感じられない。
キリスト教についての基本的な知識があれば全て簡単に理解できる。」
地元当局は発掘を許可しない意向。


イギリス各地で探索して回ったのはPhillipsに限ったことではない。
Taraの丘、アイルランドで最も神聖な古代遺跡。
“神々の住む場所”“あの世への入り口”と呼ばれた。
ケルト人やドルイドと呼ばれる僧は、タラを信仰の中心とし、古代アイルランドの王は代々この地で即位した。
“英国のイスラエルの民”と称する奇妙な一団が現れ、タラを荒らし回る事件が1800年代後半に起きた。
自分達は失われた10支族の1つであり、英語は古代ヘブライ語を受け継ぐ唯一の言語だと主張した。
狙いはアークだった。
彼らはアークを探して聖なる丘を掘り返した。
しかし市民の攻撃で発掘は中止。
現在アイルランドの大学が地上と地中の両方を網羅する地図を作成している。
Joe Fenwick(Arcaeologist,University of Irejand,Galway)「タラの丘を地球物理学的に調べている。
医者がレントゲンを使うのと同じだ。」
調査の結果、古代遺跡の輪郭が見つかった。
いずれ発掘されたとしても、アークハンターには不満だろう。
Fenwick「タラにおける考古学と歴史、伝説はアークの存在を完全に否定している。」


探索は再び行き詰ったようだ。
桁外れのパワーと輝きを持ちながら、何故アークは表に出なかったのだろう?
もちろんパワーがあればの話しだが。
アークのパワーは論理的に説明できるのだろうか?
説明できればアークの居場所が分かるかもしれない。
アークにまつわる最大の謎はその特徴にあると言える。
何故その形なのか?
様々な超自然現象はどういう仕組みで起きるのか?
信心深い人々にとっては旧約聖書の記述だけが真実。
アークは十戒を納めるための黄金の箱であり、神がその存在を知らしめるための装置でもある。
現代科学の知識とテクノロジーを持ってすれば、アークのパワーを再現できると考える人達もいる。


古代エジプトの儀式では、アークに似た厨子が使われた。
Prof.James Hoffmeier(Egyptologist,Trinity Evangelical Divinity)「アークは古代エジプトの厨子に似ている。
エジプトでは黄金の箱も作られていた。
それは木製で、外に黄金を施した長方形の箱。
蓋の部分にはエジプトの神々の像が置かれていた。」
イスラエルの民に知識を授けたのは例外的な特権を得ていたモーセだと思われる。
モーセは王宮で育ち、“エジプト人の知恵を全て授かった”とされる。
Hancock「モーセが特殊な技術を会得していたという推理は行き過ぎた解釈や憶測ではないと思う。」


アークには放射性物質が入っていたとも言われる。
“アークを開けたものはほぼ全員命を落とした。”
“輝きのために多くの人に腫瘍ができた。”
“祭司はアークに近づく際体を守るために特別な服を着た。”
しかし人類が放射性物質を手にしたのは3000年後。
モーセは放射性物質をどこで見つけたのだろうか?
アークの殺傷力の源は静電気だと考える人達もいる。
1915年電気の研究家で発明家のニコラ・テスラはアークが多量の電化を蓄積するコンデンサーであると指摘した。
長年アークを研究する家具職人のRichard Andrews(Author"Blood on the Mountain")は、テスラの説を試すことにした。
協力者のハーストはオックスフォードの技術者。
Andrews「箱は金と木材のサンドウィッチ構造。
問題はどうやって帯電させるか。
これはアークを充電し、静電気を貯める実験。」
発電機を使って箱を帯電させる。
乾燥した砂漠では、はるかに静電気が発生しやすく、金属と布の摩擦で十分だと彼らは考えている。
Andrews「実験は成功。アークは蓄電できる。」
アークが静電気の貯蔵庫だとすれば、ウッザーの死は説明がつくとAndrewsは主張する。
ウッザーは運んでいたアークに触れただけだった。
Andrews「ウッザーは感電死したのだ。
アークを覆っていたウールの布が揺れて摩擦が起き、5〜6万ボルトの静電気が貯まったと思われる。
ウッザーがアークに触れた途端一気に放電したのだろう。
それで彼は即死したのだろう。」
6万ボルトなら相当な威力だが、砂漠での実験は行われていないため、アークが蓄電池だったという説は証明されていない。
事実はどうだったのだろう?
小さな話が何100年もかけて誇張された可能性もある。
放射性物質の場合と同じで、物語が先走りしたのかもしれない。
そもそも電気が発見されたのは、今からわずか300年前。
現代科学で説明を試みるなどばかげているという学者もいる。
Andrewsは実験の結果に手応えを感じている。


いずれにせよ手掛かりはエルサレムにあるようだ。
これまで最も可能性が高いと思われてきたのは、祭司がアークを隠したという説。
アーク消失の時期については、紀元前587年にエルサレムが炎上するまでの30年間とされる。
その後はどこへ?
アークの持ち出しには細心の注意が払われたはず。
Andrews「エルサレムの襲撃の前にアークを隠したと仮定しよう。
人目につかずアークを持ち出すには、至聖所から地下に続くトンネルを使ったはず。
アークが今日この世に存在するとすれば、それは神殿の丘の地下だと思う。」
テンプル騎士団や狂信的な信者、そして考古学者達も皆、そう信じて神殿の丘を掘ってきた。
しかし地下水路の他は何も見つかっていない。
神殿の丘は1300年前からイスラム教徒の管理下にあり、発掘許可は期待できない。
神殿の丘を死守する気持ちは切実。
こうして信仰と科学はたもとを分かつ。
Andrews「アークが直接人の体を傷つけないとしても、アークの概念は中東全体を揺るがす可能性を秘めている。」


Gershon Solomon(Temple Mount & Land of Israel Faithful Movement)「イスラエルの民が神の家を建てることを、神は2000年間待ち望んでおられます。」
Solomonは神殿の丘に忠誠を誓う者として、アークの発見がもたらす影響を期待している。
神殿の再建と救世主の再来が彼の悲願。
イスラム教のモスクがあろうと彼には一切関係がない。
Solomonは神殿も忠実に再現することを目標に、仲間と再建案を練っている。
新たな神殿のための礎石も準備済み。
アークの発見は救世主の再来を意味する。
岩のドームはどうなるのだろうか?
Solomon「岩のドームとモスクは神殿の丘から撤去すべき。
信仰に厚く洞察力に富むイスラエルの次の政府がこの問題に対処すると思う。
2つとも本来あるべきメッカに送り返してくれますよ。」


問題も残る。
岩のドームの破壊は、第三次世界大戦の要因となる恐れがある。
それもアークの存在が不確かだからに他ならない。
多くの人間がアークに心を奪われ、人生を翻弄されてきた。
“実在しないものに命を脅かされる。”そんな謎めいた逆説が残された。
旧約聖書に記されたアークは、永遠に解けない謎なのかもしれない。
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