ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

テレビでドキュメントを見るのが好き!
1回見ただけでは忘れてしまいそうなので、ここにメモします。
地球環境を改善し、自然に感謝する心を皆で共有してゆきたいです。
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般若心経 心を癒す処方箋


戦後の復興を経て、昭和30年代以降、急激な経済成長を遂げた日本。
わき目もふらず働く日本人は、同時にストレスの多い競争社会を生み出した。
そんな時代に人々の心をつかんだお経が般若心経。
般若心経は、ものにこだわらない空の思想を説く。
その教えはストレスの多い競争社会で心の拠り所を失った人々を癒し、広く浸透していった。
町の本屋さんの仏教のコーナー、他を圧倒してズラリと並ぶのが般若心経の本。
漫画で描かれた入門書から、本格的な専門書まで、様々な種類が出版されている。
般若といえば、脳のお面を思い浮かべるが、般若心経とは全く関係ない。


“般若”とはもとはサンスクリット語で“智慧”を意味している。
古都奈良、宗教評論家・ひろさちや氏は、般若心経の魅力を探るため、世界遺産・薬師寺(法相宗大本山)へやってきた。
薬師寺で、最も重要なお経の1つとして位置づけられているのが般若心経。
毎日般若心経が唱えられている。
般若心経は300時足らずの短いお経、何度も繰り返し読まれる。
その1字1字に非常に深い意味がある。
般若心経が日本に伝わったのは7世紀。
その後急速に広まってゆく。
インドで作られた般若心経を私達が今読んでいる形に翻訳したのが玄奘三蔵。
1000巻以上のお経を翻訳したが、旅の最中常に唱えていたのが般若心経だったといわれている。
般若心経は仏教の真髄が凝縮されたお経と捉えられているため、日本に入ってきた後、宗派を問わずほとんどの寺院で読まれるようになった。


般若心経は正式には『摩訶般若波羅蜜多心経』という。
この名前に般若心経の重要性が表現されている。
摩訶=大きい 般若=智慧 波羅蜜多=完成
つまり摩訶般若波羅蜜多心経とは完成された最高の智慧のお経ということ。
波羅蜜多にはもう1つ深い意味が込められている。
波羅蜜多は元々のサンスクリット語では“パーラミター(Pāramitā)”、これは般若心経が説く智慧がどういったものなのかを明らかにしている。
川を船で渡る姿を思い浮かべてみよう。
向こう岸を彼岸というが、これをサンスクリット後で言うと“パーラム”、仏の世界を表す。
一方一生懸命船をこいで川を渡ろうとする、この渡るという行為は“イター”という。
“パーラミター”とはパーラム+イターつまり“彼岸に渡る”という意味。
般若心経は私達が住むこの娑婆の世界から離れて、仏の世界に渡り、そこで仏の智慧を学びなさいと説くお経。
ひろさちや「私達は娑婆世界に行き、娑婆世界で智慧を持っている。
しかしこの智慧は多かれ少なかれ人を騙くらかす智慧。
得をしたり、何とかして儲けたいという智慧。
どうしたら儲かるか、損をしないようにできるかという智慧ばかりが発達している。
そこで仏教の智慧という意味で般若という新しい概念を作った。
損得の智慧じゃない、もっと仏様の智慧を持つ。
競争原理に基づいて得したいという智慧ではなく、ちょっとぐらい損したっていいよね、という智慧をもって、こっち岸を見るならば、もう少しゆとりのある生活ができる、もう少し楽に生きられる、と教えているのが般若心経。」


般若心経は具体的にどのような教えを説いているのだろうか?
全てあわせても300字足らずの般若心経、実はその最初の25文字に重要な教えが要約されている。
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄
「観自在菩薩」とは観音菩薩のこと。
観音様が彼岸の智慧について修行した時のことについて語っている。
「五蘊」とは物質や精神、肉体のことだが、これらが皆、実態のない空だと分かって一切の苦しみから抜け出すことができたとおっしゃっている。
つまりすべては空だから、苦しむ必要はないのですろ、と語っているのだ。
ひろさちや「空とは何なのか。
まず1つは、あるとかないとかいう概念を超越したものが空。
例えば苦しみや災難に遭った時、何とかしてその災難から逃れようとする。
それは災難というものを実態視している。
現実に災難がある、その災難から逃れようとする。
でも本当に災難はあるのかどうかということ。」


空とは一体どういうことなのか?
禅の僧侶、菩提達磨のエピソードによると・・・
ある日達磨が座禅をくんでいた。
そこへ1人の弟子が深刻な顔をしてやって来た。
弟子「毎日不安で仕方ありません。
何とか安心させて下さい。」
達磨は即座に答えた。「今からお前を安心させてやる。」
弟子「え〜!本当ですか?」
達磨「安心させてあげるから、その不安な心をここへ持ってきなさい。」
弟子「いくら探しても不安な心は見つかりませんでした。」
達磨「不安なんて元々ないということだ。
安心しただろう?」
弟子「はい、安心しました。」


ひろさちや「私達は不安だ不安だと思っているが、不安は本当にあるのだろうか、ということ。
そのこだわりを取りなさいということが、空。
例えば小学生が校庭で遊んでいる時、この学校の運動場は狭いなぁ、もっと広い運動場であればいいなぁと思うが、その同じ運動場を掃除させられると、なんて広いんだ、もっと狭い方がいいなぁと思う。
広さ狭さというのは、実態的にあるわけではない。
私達の見方によって広くもなり狭くもなる。
あるとかないとかいう概念を超越している。
そのようなこだわりのない心で見ればよいのだ。
私達は苦しいときに苦しみから逃れようとするが、本当に苦しみを実態視してはいけないということ。
むしろ苦をなくそうとするよりも、苦でなくせばよいのだ、という角度で考えてごらんという、般若心経のアドバイス。」


日本の多くの寺院で読まれるようになった般若心経。
庶民が親しむようになったのは、戦後のこと。
そのキッカケの1つが薬師寺の復興だった。
創建以来薬師寺は、幾たびも戦火に見舞われてきた。
戦国時代には、東塔、東院堂以外のほとんどの伽藍が焼失。
その後400年以上、荒れたまま放置されていた。
本尊を安置する金堂も、雨漏りのする仮住いでしのいでいた。
この薬師寺をよみがえらせたのが、般若心経の魅力だった。
昭和43年薬師寺は、般若心経の写経を呼びかけた。
集まったお金を債権にあてようと考えた。(写経勧進)
この呼びかけに多くの人が賛同し、薬師寺での般若心経の写経は一大ブームとなり、その教えが民衆の間に広がっていった。
写経勧進が始まった昭和40年代半ば、日本は高度経済成長の真っ只中にいた。
ビルや道路の建設、工業製品の開発・・・
敗戦からわずか20年で、世界の経済大国の仲間入りを果たそうとしていた。
人々が豊かな暮らしを求め、一心不乱に突き進んだ時代。
こうした中、薬師寺の再建を目的とした般若心経の写経は、大成功を収めた。
当初も目標とした写経100万巻は、10年足らずで達成。
写経勧進で集まったお金で、次々と伽藍が再建され、薬師寺は白鳳時代の威風を取り戻した。
写経勧進は現在も引き続き行われ、そのお金は寺の修復などにあてられている。
薬師寺では全ての写経を境内に大切に保管している。
これまでに集まった写経の数は730万巻。

ひろさちや「経済が発展するするためには、ある意味競争しなければならない。
競争原理が支配するので、私達の娑婆(現実の世界)は競争社会になっている。
競争世界の中で、競争が激烈に行われるからこそ、経済が発展してゆく。
その中で確かに物質的に豊かになったが、民衆としては何か心の拠り所がないなぁ、経済だけでよいのだろうか、もうちょっと何か欲しいという思いが潜在的にあった。
それが薬師寺の写経運動とうまくマッチしたのだろう。
豊かさは空しいもの、実態がない。
そんな豊かさの実態を求めてもしょうがない、貧しいことは実態的に貧しいのでななく、空なもの、単なる縁なのだということに気付かせてもらっとということが、人々の心の癒しになったのだろう。」


色即是空 空即是色とは、どんな意味なのだろうか?
「色」とは肉体や物質、つまり形あるもののこと。
それはまるで空に浮かぶ雲のように、いつまでも同じ形でいられるものではなく、いつかはなくなってしまう。
一方でまた、すぐに形作られるものでもある。
このように全てのものには実態がないということを説いている。
この教えは競争社会を生きる現代の私達にも輝きを放ち続ける。
今も根強い人気を誇る般若心経の写経、多くの人々が心の安らぎを求めて訪れている。
ストレスの多い現代社会、般若心経の空の教えは、私達に大きな癒しを与えてくれる。
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Ku_uu (2009/07/06 12:29 AM)


大般若経典より抜粋!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

莊王毓秀受帝命而誕生 教闡

南海奉勅旨 而救劫尋聲應 感動念垂
慈 聖 巍峩玄功莫測幽顯昭甦而蒙恩
濟度品物咸康而荷恵生成外道仰依邪魔歸正

大悲 大願 大聖 大慈 尋聲

救苦救難 隨心消厄 消災碧落洞 
天帝主圓通 自在天尊

般若波羅密多心經上巻

觀自在菩薩 行深 般若波羅蜜多 時
照見五蘊 皆空 度―切苦包 舍利子

色 不異 空空 不異 色色 即是 空空 即是 色
受想行識 亦復如是  舍利子

是 諸法 空相 不生不滅不垢不淨不増不減 是故空中 
無色無 受想行識 無 眼耳鼻舌身 意 無 色聲香味觸 法

無眼界 乃至 無意識界 無無明 亦 無無明 盡 
乃至 無老死 亦 無老死 盡 無苦

集滅道 無智 亦 無得 以無 所得 故 菩提薩?依

般若波羅蜜多 故 心無?礙無?礙 故

無 有恐怖 遠離 一切 顛倒 
夢想 究竟 涅槃 三世諸佛 依
 
般若波羅蜜多 故 得 阿耨多羅三藐三菩提 故知

般若波羅蜜多

是 大神呪
是 大明呪
是 無上呪
是 無等等呪

能除―切 苦 真実不虚 故説 般若波羅蜜多 呪 即説呪曰

掲諦 掲諦 波羅掲諦 波羅僧 掲諦 菩提薩婆訶

般若波羅密多心經中巻

爾時如來在 大雷音宮 遥聞 菩薩演説
上經即捨 涅槃相騰身 虚空來投 菩薩
所在化―長老雜 大衆中手持優鉢痩曇視
花微笑 菩薩説前 妙經已

長老於 大衆中起合掌白言菩薩 
佛 何以得空五蘊 曰以照故以依
般若波羅密多 故 以 行深觀 故 以 自在觀故 故得 涅槃得
開 ―切 微妙 門 ―切 救苦難 ―切真実 不虚 法

究於 阿耨多羅三藐三菩提
心布 阿耨多羅三藐三菩提
業證 阿耨多羅三藐三菩提

果 如是如是 乃真 行深 般若波羅密多 時 乃真 五蘊皆空 時 

不落 我相人相 衆生相壽者相 如是即現 我相人相 衆生相壽者相 
実非 我相人相 衆生相壽者相

名曰 諸法空相 如來 能隠能現 無往無 
來能 以 芥子包納 三千大千世界能行

止坐(卦)無 異常人 隱則 慧眼不能 
覩現則 肉眼不能 翳 無死無生 
萬劫圓明 我不得而名 強名之曰

金剛尊其號曰 如來爾 時 長老 復 白世有善男子
善女人 依何捨 慧達岸無訛菩薩曰 善哉善哉 是有 

發 大信呪 
發 大慧呪 
發 大戒力呪 
發 無上定力呪

一切 邪魔脱離呪 一切吉神擁護災難 
消亡福田利益 呪 是乃 如來 ロ授功

不可思議 舍利子 樂依 般若波羅密多虔持 此呪 曰

南無佛 南無法 南無僧 怛者他 掩迦
羅伐 多迦 訶 伐多 羅迦 伐多 羅迦 伐多 娑訶



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以下↓勝手訳

觀自在菩薩 行深 般若波羅蜜多 時
照見五蘊 皆空度―切苦包
 
五蘊(時空間)の領界を超えて、未来を観ることを自在とした菩薩は
遠い未来、我々の空で起こる出来事を苦厄と知る

<色>不異<空空>不異<色色>即是<空空>即是<色>  <受想行識>
私たちの住んでいる領域<色>。五感で感知できない領域<空>。<受想行識>

集滅道 無智 亦 無得 以無 所得 故 菩提薩?依
己の所得ゆえに菩提に帰依する者たちは集まり滅ぶ道を歩むだろう

得 阿耨多羅三藐三菩提 故知<過去の聖者たちはすでに知っている>

蜜多き羅刹の時代(末法)にやってくる般若波(超電磁波)は神の呪いなり
是大神呪<是大きな神の呪いなり>
是大明呪<是大きな明るき呪いなり>
是無上呪<是無上に降りかかる呪いなり>
是無等等呪<是皆等しく降りかかる呪いなり>

能除―切苦<除くことは苦なり> 
真実不虚<動かしがたき真実なり>
故説 般若波羅蜜多 呪 即説呪曰

故にこの神呪を知った者は<即説呪曰>である

・・・・・・・・・・・・・

わたし達の知らない超科学について
過去の賢者たちからの警句として・・


長文失礼しましたー。

poyo (2009/07/06 3:05 PM)
難しい漢字がたくさんですね・・・
ε-(;-ω-`A)
どうもありがとうございます。









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