ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

テレビでドキュメントを見るのが好き!
1回見ただけでは忘れてしまいそうなので、ここにメモします。
地球環境を改善し、自然に感謝する心を皆で共有してゆきたいです。
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Excavating Egypt ピラミッドはこうして造られた



古代エジプトのファラオが最初に造り上げた巨大建造物ピラミッド。
クレーンもない時代、人間の力だけで数100万個もの石を積み上げた。
中でも最大規模を誇る大ピラミッド。
一体どのようにして造られたのだろうか?
これまで世界中の数多くの研究者達がその謎に挑んできた。
謎解きに挑む人は、その精緻な内部構造にも頭を悩ませている。
内部には不思議な空間が広がる。
高さ8mを超える巨大な通路、大回廊。
ピラミッドで最も大きな部屋、王の間。
この部屋の屋根には1つの重さが60トンにもなる巨石が積み上げられている。


その建造方法について、大胆な仮説を発表し、世界中から注目を集めている人物がいる。
建築家Jean-Pierre Houdinは、ピラミッドの内部にその謎解きのカギがあると考えた。
Houdin「ピラミッドに残る不思議な痕跡から思いついたのは、内部トンネル説。」
Houdinの説は全く新しい説。
ピラミッドの中にトンネルを作り、石を引き上げたというもの。
しかもそのトンネルは今もピラミッドの中に残っているという。
トンネルはピラミッドの側面に沿って、螺旋状に作られた。
さらにピラミッドの内部には、大掛かりなエレベーターがあり、巨大な石はそれを使って積み上げたという。
このアイディアは建築家ならではのものとして、大きな反響を呼んだ。
ピラミッドの稜線にある不思議な窪み・・・
内部トンネルの痕跡を求め、調査が行われた。


フランス、パリ、フランス科学産業博物館で、3次元映像のイベントが行われた。
ピラミッドがどのように建造されたのか紹介するものだ。
Houdinが建築の仕事を始めたのは1977年のことだった。
建築家の資格をとると、土木技師の父親と共に、パリを中心に公共住宅などの大規模な建築、設計をしてきた。
ピラミッド研究を始めたのは1999年。
父親からの1枚の図面が届いたのがキッカケだった。
そこには渦巻きが描かれていた。
Houdin「その図面はクフ王のピラミッドの新しい建造方法で、内部に丸いトンネルがあるというアイディアだった。
そして父は私に詳細な図面にしてくないかと言った。
次第にピラミッド建造の奥深さに取り付かれてしまった。」
当初Houdinは建築家の仕事の傍ら、時間を見つけてはピラミッドの研究を続けていた。
これまで世界中の研究者達がどのように造ったのか、様々な説を唱えてきたが、内部にトンネルがあるという説は誰1人として唱えていなかった。
土木技師だった父の直感から生まれた内部トンネル説を、Houdinは捨て切れなった。
謎解きに取り付かれたHoudinは、ついに建築家の仕事を辞め、研究に専念することになった。
Houdinは謎解きに先立ち、まず古代エジプト文明の成り立ち、そしてピラミッドに込められた人々の願いを知る必要があると考えた。


ピラミッド建造の歴史
古代エジプト文明は、ナイル川の流域で繁栄した。
ナイル川がもたらす豊かな水と、肥沃な土は、古代エジプトに大規模な農業をもたらし、高度な文明の礎となった。
豊かな生活を享受した人々は、死後の世界でも幸せな暮らしを送りたいと考え始めた。
死後の世界はナイル川の西側にあると信じられていた。
西側は古代エジプトの人々が神と崇拝する太陽が沈む方角だったからだ。
人々は翌朝再び昇る太陽の姿を見て、太陽に少しでも近づけば復活できると信じ、天高く伸びるピラミッドを造り始めた。
ナイル川西岸に広がる砂漠地帯では、これまでにおよそ120のピラミッドが見つかっている。
今から4700年前、カイロから南へ17kmの場所に、エジプトで最初に造られたピラミッドがある。
その形から、階段ピラミッドと呼ばれている。
高さ60m、6つの段が重なっている。
亡くなった王がこの階段を上って死後の世界へ行けるようにと造られた。
このピラミッドの建設を命じたのはジェセル王(Djoser)(在位:紀元前2668〜2649)。
Houdin「ピラミッドができるまで、王の墓はマスタバと呼ばれる台形の建物だった。
ジェセル王はそのマスタバを6段重ね、階段ピラミッドを造った。」


階段ピラミッドには様々な宗教施設が組み合わされている。
ピラミッドは高さ10mの壁に囲まれ、その内側には神殿や礼拝堂、祭壇などが設けられていた。
これらはピラミッドコンプレックスと呼ばれ、その後のピラミッドに受け継がれていった。
階段ピラミッドは最初のピラミッドであると同時に、エジプトで初めて石が使われた巨大建造物でもある。
使われた石は長さ80cm、厚さ20cmほどの小さなものだった。
頁岩と呼ばれる種類の石で、階段ピラミッドの周辺の地層から切り出された。
外側の石は中心に向かって斜めに積む工法が用いられた。
内側に寄り添うように積むことで、石が外に崩れないようにしたのだ。
その後より巨大なピラミッド建造を目指し、石積みの技術は進化してゆく。


ピラミッドの巨大化を推し進めたのはジェセル王の4代後の王、スネフェル王(Snofru)(在位:紀元前2613〜2589)。
大きさと共にピラミッドの形も変えさせた。
それは空から大地を照らす太陽の光の形のように、真直ぐな稜線を持つ四角推のピラミッドだった。
地上16mのところにある入り口から中に入ると、下へ続く通路が58m続く。
ピラミッド内部にある部屋は1つだけ。
縦6m、横幅2.6mほどの広さ。
部屋の屋根には内側にせり出す特殊な工法が用いられている。
持ち送り積み、部屋が崩れないよう重量を左右に分散させるためのもの。


ピラミッドの周りにも変化が見られる。
左側に広がる緑地は、その昔ナイル川の川岸だった。
ナイル川とピラミッドをつなぐ一筋の道の痕跡が見られる。
これは参道の後。
参道の先には河岸神殿と呼ばれる建物があった。
亡くなった王のミイラを作る場所だった。
ピラミッドと参道と神殿、これが典型的なピラミッドの建築様式となってゆく。
しかしピラミッド本体は技術が未熟なため、外壁が崩れ、今の姿になった。


屈折ピラミッドもまた、スネフェル王が造ったもの。
高さ49mの地点で突然角度が変っている。
屈折ピラミッドでは、それまでより数倍大きな石を使った。
表面の石の大きさは1辺2m以上。
より高いものを造ろうとしたことをうかがわせる。
スネフェル王が造らせた2つのピラミッドは、共に失敗に終わったピラミッドだった。
Houdin「崩れピラミッドは階段ピラミッドで使われた石材を斜めに積む工法が用いられた。
ところが石材をより大きいサイズの石にしたため、重さに耐え切れず、完成直後に崩れてしまったと考えられていた。
この問題は同時平行で造られていた屈折ピラミッドに伝えられた。
そのため急遽設計を変更し、ピラミッドの角度を47度から43度に変えたと言われている。」
屈折ピラミッドの設計変更は、角度だけではなく、石の積み方にも及んだ。
建設当初は石材を斜めに積んでいたが、内部に圧力がかかりすぎ、崩れ落ちることが明らかになったため、49mを境に水平に積むことにした。


失敗は成功の母、古代エジプトの人々はついに太陽光線のように真直ぐな稜線を持つピラミッド、赤ピラミッドを完成させた。
使われた石材の色が赤く見えることから、この名がつけられた。
形はスネフェル王が目指した正四角推、高さ105m、底辺の長さは220m。
ピラミッドの内部構造にも大きな変化が見られる。
通路を下ると巨大な空間が次々現れる。
部屋の数は全部で3つ。
1つ目の部屋、屋根の高さは12.3m。
2つ目の部屋にはエジプト考古庁が取り付けた階段がある。
それは高さ10mにある最後の部屋に入るため。
階段を上り切った先にある3つ目の部屋、このピラミッドの中で一番大きな部屋、屋根の高さは15m。
3つの部屋の屋根はいずれも持ち送り積みで造られている。
同じ石積みでも、崩れピラミッドの時代と比べると技術の精度が格段に上っていることが分かる。
ピラミッドの建造技術はこの赤ピラミッドで確立されたのだ。


人の手だけで石を積み、天高く石を積み上げた古代エジプトの人々。
彼らは一体どのような技術を持っていたのだろうか?
古代エジプトの墓には、古代の技術者や職人の姿が描かれている。
古代エジプトには様々な分野で卓越した技術を持った職人達がいた。
古代エジプトの人々が使った物差し、長さおよそ52cm、古代の人々が考案した1cupidと呼ばれる長さ。
この単位は3000年間使われ続けた。


技術者達は方位を正確に割り出す方法も考え出した。
それは北の夜空を観測して導き出された。
まず円形の壁を作り、観察者はその中心に立つ。
壁は水平でなければならない。
視線を固定し、目立つ星に注目し、昇る位置と沈む位置を記録し、その中心を北と特定した。
高度な幾何学も持ち合わせていた。
リンド数学パピルス(Rhind Mathematical Papyrus)』(世界最古の数学問題集)には、割り算や掛け算はもちろん、面積や容積を求める例題が87記録されている。
その中にはピラミドの底辺と高さから角度を求める問題もあった。
ピラミッドをはじめとする巨大建造物は、高度な技術と数学に基づいて建造されていた。


さらに古代エジプトには多くの人々をピラミッド建設に駆り立てる興味深い仕組みがあったことが明らかになっている。
イギリスのエジプト学者によると、ピラミッド建設は、ナイル川が氾濫した時期に行われた公共事業だったという。(メンデルスゾーン著『ピラミッドの謎』)
ナイル川は毎年7〜9月の3ヶ月間増水し、氾濫を繰り返した。
その間農地は全て水没し、人口の大半を占める農民は、一時的に仕事を失った。
そこで考え出されたのがピラミッドの建設。
ファラオは農民達を集め衣食住を保障し、ピラミッド建設に積極的に取り組めるような環境を整えたという。


Houdinは1999年から10年間に渡りピラミッド建造の謎に挑んできた。
Houdin「私は建築家、自分ならどうやって造るだろうと考え、研究を思い立った。」
Houdinが謎に迫ったのは大ピラミッド、底辺の長さは230m、高さ147m、40階建てのビルに相当する。
これまでのピラミッドを大きく上回る平均2.5トンの石灰岩が300万個積み上げられている。
4隅の角はちょうど90度、4つの面は少しの誤差もなく東西南北を向いている。
完成当初ピラミッドは白い石灰岩の化粧石で覆われていた。
しかしその後石は剥ぎ取られ、今の姿になった。


内部には3つの部屋があり、通路で結ばれている。
入り口を入り、1m四方の通路を進むと、突然巨大な空間が現れる。
高さ8.7mの大回廊だ。
人が歩くためだけに造られたとすれば、あまりに巨大。
左右の壁は7cmずつ内側にせり出している。
大回廊の全長は46.7m。
それを登りきった先に、最も大きな部屋、王の間がある。
広さは畳30畳ほど。
部屋の中には縁が欠けた石棺が残されているだけ。
この部屋の壁は赤みを帯びた石、花崗岩で造られている。
日本では一般的に御影石と呼ばれ、墓石などに使われている硬くて重い石。
花崗岩は天井にも積まれている。
石のブロックの重さは1つ60トン、クレーンのない時代に、人の力だけでどのように持ち上げたのだろうか?


これまでに分かってきたいくつかの事実もある。
王の間の上にある重量軽減の間、花崗岩で造られたこの空間は、18世紀に発見された。
天井に古代の文字が記されていた。
それは王の名前だった。
古代エジプトの文字で“クフ(Khufu)”と書かれていた。
この発見で大ピラミッドは、クフ王(在位:紀元前2589〜2566年)により建設されたことが分かった。
そして歴史家ヘロドトスはこの場所を訪れ、「大ピラミッドは20年で造られた。」と記した。


さらに近年大ピラミッドのすぐ傍で、ピラミッド建設に従事した労働者達が暮らした町や墓の跡が発掘された。
町の規模や発見された人骨の数などから、建設に携わった労働者はおよそ4000人だったことが明らかになった。
Houdin「彼らは奴隷ではない。
王は労働者達に報酬としてパンやビールなどを与えていた。
町には労働者の家族も暮らしていた。
あわせると25000人もの人々が幸せに暮らしていたと推定している。」
労働者は家族と共に暮らしながら、ピラミッド建造に携わっていたのだ。


Jean-Pierre Houdin
Houdinはこれまで考えられた建造方法を再検証した。
これまで語られてきた建造方法には主に2つの説がある。
直線傾斜路説と、螺旋傾斜路説だ。
直線傾斜路説:ピラミッドに向けた1本の真直ぐな傾斜路をつけ、石を運び上げたとするもの。
しかしHoudinはこの説には大きな問題があると考えている。
Houdin「人間が2トンもの石を引き上げることができる角度は5度が限界だと考えている。
その角度に基づいて直線傾斜路説を検証すると矛盾が生じる。」
5度の角度で傾斜路を再現すると、ピラミッドの高さが上るにつれて傾斜路はどんどん伸び、頂上に達する頃には1.6kmもの巨大なものになってしまう。
またそれだけの傾斜路を作るための石材も必要となる。


さらに別の問題もある。
それはピラミッドから500mほど離れた所にある石切り場との関係。
ピラミッドの大半をしめる石灰岩はこの場所から切り出されたもの。
Houdin「古代の人々が石を切り出した時についた傷が残っている。
彼らは青銅のノミを使って石を切り出した。」
石切り場が傾斜路の途中に位置する為、石を運び上げるには、大きく迂回することになる。


螺旋傾斜路説:螺旋状の細い傾斜路で石を運び上げたとする説。
石切り場から離れることもなく、石材の量も少なく抑えることができる。
しかしHoudinはこの説にも疑問を投げかける。
エジプトは日中の気温が50℃にもなる灼熱地獄。
強い砂嵐もしばしば吹き荒れる。
そんな中、細い傾斜路で作業を続ければ、転落などの事故が頻発し、効率を妨げかねない。
さらにHoudinは建築学的にも問題があると指摘する。
Houdin「ピラミッドの稜線は一直線。
そのためには地上から常に測量し続ける必要がある。
しかし外側に傾斜路を作るとピラミッドが歪んでしまう。」
つまり外側に傾斜があると稜線の多くが隠れて測量ができず、結果的に稜線が曲がってしまうという。


では一体古代エジプトの人々はどのようにして300万個もの意思を効率的に積み上げたのだろうか?
Houdinはある説を思いついた。
そのキッカケとなったのは、ピラミッドに残る白い筋。
巻きつくように斜め右方向に延びている。
さらにその白い筋の延長線上にある窪みも、その説を思いつく重要な手掛かりとなった。
これまでは単に石が崩れただけだと思われていた窪みに、別の意味があるのではないかと考えた。
Houdin「私が思いついたのは内部トンネル説。
ピラミッドの中にトンネルが作られ、それを利用して石を運んだのではないかと考えた。」


内部トンネル説を再現してみよう。
まずピラミッドの3分の1までの高さまで直線傾斜路を使い石を積み上げる。
その後残り3分の2は内部トンネルを使い石を運び上げる。
内部トンネルはピラミッドの側面に、およそ4度の傾斜で螺旋状に作られている。
石を運ぶソリ、嵐や気温などに左右されず、効率的に石を運びあげることが可能になる。
ソリで運び上げられた石は、ピラミッドに敷き詰められていった。
一定の高さまで造り上げると、トンネルを延ばす。
そして再び石を運び上げ、積んでゆく。
この作業を繰り返し、ピラミッドの頂上まで石を積み上げてゆく。
そして同時に外側の傾斜路は解体され、ピラミッド本体の石材として再利用された。
このことで石を切り出す量が抑えられ、効率よく建設できた。


トンネルの角に正方形の広場が作られ、そこに石が引き上げられてゆく。
すると広場で待機していた人々が、ツルベのような機械を使い、すばやく方向転換させる。
そして石は次のチームに引き継がれ、スムーズに引き上げられていった。
Houdinによるとこの内部トンネルの総延長は1.6km、今もピラミッドの中に眠っているという。


内部トンネル説は果たしてどこまで現実的なものなのか、Houdinはエジプト考古学の世界的権威Bob Brier博士に意見を求めた。
Abu Gorab神殿、ピラミッドとほぼ同じ時代に建てられた。
今は破壊され、崩れているが、100年前ドイツの調査隊が訪れた時にはまだ形を留めていた。
Brierはこの遺跡に内部トンネルの痕跡が残っているという。
ドイツ隊の調査報告書を基に再現すると、入り口から続く内部トンネルがあったことがうかがえる。
元々内部トンネルの天井や壁に使われていたと思われる石のブロックが崩れ落ちている。
Brierによると内部通路は高さ5m、幅4mほどと推定されている。
ピラミッドと同じ時代に内部トンネルを作る技術は確かに存在したのだ。


1986〜87年、フランス隊が2年間に渡りピラミッドの科学的な分析を行った。
その際使われたのが重力計。
わずかな重力の変化を測定し、内部構造を明らかにする目的だった。
調査隊はピラミッドの内と外754ヶ所で重力を測定した。
パリ郊外、フランス国立理工科学校、当時調査に携わった物理学者Huy Duong Bui博士「この調査でピラミッド内部に螺旋状の空洞(15%)があることが分かった。
調査結果を図式化したもの、赤い四角は密度が低かった場所、線で結ぶと1本につながる可能性があることが分かった。
科学的解析を加え、真上から見ると螺旋状の空洞が現れた。
Houdinが唱える内部トンネルによく似ている。


内部トンネルでは、運ぶことができない巨大な石が、ピラミッドに使われている。
それはピラミッドがある場所からナイル川を1000kmさかのぼった町アスワンから運ばれた。
Aswanは古代エジプト時代最も南に位置した国境の町だった。
その石切り場が今も残っている。
ここでは花崗岩を切り出していた。
花崗岩は大変硬い石で、巨大な石の柱などにも使われた。
ここで切り出された巨大な花崗岩がピラミッドに使われている。
花崗岩は地上43mに作られた王の間の建材として使われている。
王の間には石棺が1つ残されているが、王のミイラは見つかっておらず、この部屋の目的は分かっていない。
王の間は少しの隙間もなく、部屋全体が花崗岩で覆われている。
中でもHoudinが驚かされたのは、天井にある花崗岩の巨大ブロック。
1本の重さは60トンあると言われている。
王の間の上にある重量軽減の間は5層構造、そこにも花崗岩が使われており、全部で43本の花崗岩が積み上げられている。
重量軽減の間の最上部、三角の屋根の下に横たわっているのは古代エジプトの人々によって運び込まれ花崗岩の巨石。


一体どのようにして60トンの石を運び上げたのだろうか?
Houdinが着目したのは、王の間の手前にある大回廊。
この巨大な空間は一体何なのか、これまで何らかの儀式に使われたという説や、王の魂が通る道だとする説が唱えられてきた。
Houdinは大回廊に60トンの石の謎を解くヒントを見つけた。
それは大回廊に残されていたいくつかの不可解な点。
その1つが大回廊の角度、調べてみるとおよそ26度あると分かった。
人が歩く通路だとすれば、あまりにも急勾配。
さらに足元にある石の側面に前後に擦られたような傷があった。
傷跡は回廊の入り口から出口まで一直線に残っている。
そして大回廊の上、内側にせり出した石の3段目の石の列だけが傷つき、角が欠けていた。


これらの痕跡を基に、Houdinは大胆な仮説をたてた。
それは大回廊に台車が走っていたのではないかというもの。
大回廊に残る傷は、台車が通る際できたもの、急勾配なのは台車の滑りをよくするためだと考えた。
Houdin「このアイディアを思いついたのは、エッフェル塔にあるエレベーターから。」
エッフェル塔のエレベーターには乗客が乗るカゴをスムーズに持ち上げるための釣合い錘がある。
Houdinはこの仕組みがピラミッドの中にもあったと考えた。
Houdin「釣合い錘があると、人を乗せたカゴを少ない力で上下させることができる。
この原理を使えば、60トンの石を運び上げることができるのではないかと思った。」


ピラミッドの断面図を再現してみよう。
大回廊には釣合い錘が載った台車が走っている。
反対側には60トンの石が載った運搬台がロープで結ばれている。
労働者は釣合い錘の力を借りて運搬台を引き上げる。


このシステムが巨大な石を合理的に運びあげる唯一の方法だとHoudinは考えた。
引き上げられた60トンの石は王の間の上まで運ばれ、少しの隙間もなく精緻に並べられた。
Houdinは王の間の上にある43本の60トンの石は、この方法で引き上げられたと考えている。
エレベーターと同じ仕組みを使ったとするこのアイディアは、建築家ならではのもの。


Houdin「大回廊、一直線に延びる長い傷と共に、黒いシミが残っている。
台車の滑りを良くするためのものだと思う。」
巨大な坐像を運ぶ様子が描かれた壁画。
中心に液体を注ぐ人物がいる。
古代エジプトでは、重いものを運ぶ際、潤滑油を使っていた。
黒いシミはまさにその潤滑油の跡に違いないと、Houdinは考えた。


Houdinは他にも自分の説の裏付となる痕跡を示す。
それは大回廊の左右にある長さ50cmほどの不思議な溝。
ここに木枠が入っていて、台車のスピードを押える役割を果たしたと推測した。
Houdin「壁の3段目の溝、壁に沿って続いている。
個々の部分で台車を支えていたのではないかと考えている。」
せり出した石の3段目だけが欠けているのは、台車が進む際、角があたったためだという。
さらに大回廊の奥、今は階段が取り付けられている場所、以前ここにはV字型の切込みが入っていた。
Houdinは角にロープがあたると切れてしまうため、滑りやすくなるよう切込みを入れたと考えている。


Brier博士はHoudinの仮説を次のように結論付けた。
Brier「このアイディアはにわかには信じがたいが、様々な証拠がある。
残されているのは強度の問題。
台車は壊れないのか、ロープは切れないのか。
そうした問題が解決できれば、この説の信憑性は高まる。」
Houdinは強度を検証するため、ある企業を訪ねた。
ヨーロッパを代表する巨大企業グループのソフト会社。
ここでは実際の物を使わなくてもコンピューター上で強度を検証できる画期的なソフトを開発している。
北京オリンピックのメインスタジアムの強度計算を担当し、その名を世界に知らしめた。
コンピューター技士リシェール・ブライトナーは、古代エジプトで使われた素材を前提に、シミュレーションした。
木材は当時盛んに使われていたレバノン杉、ロープは最も強度があったナツメヤシ、釣合い錘はHoudinの計算に従い24.5トン。
ブライトナーはこうした条件を入力し、Houdinの仮説をコンピューター上で検証した。
検証を繰り返した結果、木材が壊れることもなく、結ばれたロープも切れないことが分かった。
さらに60トンの石を引き上げた場合、最低600人必要なものが、わずか158人で可能なことも分かった。


Houdinの説を振り返ってみよう。
建設現場の周囲には、ナイル川につながる運河や港などが作られた。
港の横に作られた労働者の町、労働者とその家族、商人達が暮らしていた。
その数は25000人ほどと推定されている。
街のすぐ隣には、石を運びこむための港があった。
ナイル川を挟んで対岸にある石切り場から、ピラミッドの表面を覆う化粧石が船で運ばれていた。
そして王の間で使われる花崗岩のブロックも、船で運ばれてきた。


ピラミッドを形作った石灰岩のほとんどは、近くの石切り場で切り出された。
その数およそ300万個。
ピラミッドは石切り場から程近く、地盤がしっかりした場所を選んで建てられた。
そこへ向かって石の運搬路が作られた。
Houdinによると、3分の1の高さまでは、この直線の傾斜路を使い石を積み上げた。
内部トンネルの入り口は、ピラミッドの角にあった。
幅2.2m、高さ5.5m、平均2.5トンの石を載せたソリを労働者8人が1組となり引き上げていった。
トンネルは古代エジプトの伝統的工法、持ち送り積みで作られた。


王の間を形作る花崗岩は、まずは傾斜路で運び込まれた。
大形状の構造物は、花崗岩をさらに上に運び上げるための巨大な装置。
装置の上にある木枠を支点にして、6本のロープがつながり、その先に花崗岩を簡単に運び上げるための釣合い錘があった。
釣合い錘が下がってゆくのにあわせ、運搬代にのった60トンの花崗岩が引き上げられる。
最上部まで運ばれた60トンの石は、王の間の上まで運ばれ、少しの隙間もなく積み上げられてゆく。
1段作るたびに装置そのものも高くし、全部で43本全てこの方法で積み上げられた。
王の間が完成すると、あとは内部トンネルで頂上まで石灰岩を積み上げるだけ。


内部トンネルを使って、石を運びあげるグループが、角の広場までやって来る。
すると広場で待機していたグループが石を方向転換させる。
そして石は次の内部トンネルで待機するチームによって再び引き上げられていった。
極めて効率的な方法だった。
ピラミッドの側面には、内部トンネルに沿って足場が組まれている。
これはトンネルで石を運び終えた労働者達が戻ってくるための通路。
単純な繰り返し作業は、労働者にとっても働きやすく、作業の管理もしやすい方法だった。
最後の仕上げは頂上の石、キャップストーンの設置。
木で柱を組み、キャップストーンに結びつけたロープをねじることで、徐々に引き上げてゆく。
一定の高さに上ったら、組んだ柱をさらに高くして、同じ作業を繰り返す。
最後に稜線上にあるコーナー部分を塞ぎ、側面の足場を外しながらピラミッド全体の仕上げを行う。
こうして20年余りの間にピラミッドを完成させることができたというのがHoudinの説。


ピラミッドの稜線上にある窪み。
Houdinはここに内部トンネルを裏付ける手掛かりがあると信じていた。
Houdin「そこが内部トンネルが交差する場所だと思った。」
Houdinはエジプト考古学庁に窪みの調査を申請したが、考古学者でないため許可がおりなかった。
そこで考古学者のBrier博士に専門家の視点での調査を依頼した。
Brierが地上から87mにあつ窪みに向かい、登ってゆく。
登頂が全面禁止されているピラミッド。
窪みの調査の許可がおりたのは初めて。
登り始めて1時間半、ようやく窪みにたどり着いた。
そこには高さ8mもの直角に切り込まれた石積みがあった。
その周りには、平らな空間が広がっている。
大きさは縦横共におよそ5m、畳15畳ほど。
ここがHoudinが考える内部トンネルが交差する場所なのだろうか?
Houdinの説では稜線1つに対して5ヶ所、トンネルが交差する場所がある。
Brierはさらに広場から奥へと続く空洞があるのを見つけた。
この空洞は、内部トンネルの一部なのだろうか?
Brier「中は暗い。
こんなに大きな空洞があるとは知らなかった。」
そこには高さ2.5m、横幅3mほどの空洞が続いていた。
ところが奥に3mほど進んだ所で行き止まりになった。
しかしさらに壁の向うへ通じている溝があった。


謎の窪み、そこには内部トンネル説を裏付けるかのような、不思議な空洞が確かに存在した。
Houdinは再びパリのソフトウェア会社を訪ね、検証した。
エンジニア達は窪みの映像やデータをコンピューターに入力し、実際のものと同じ石積みを再現した。
そしてBrier博士が立っていた左右の石の先に、トンネルが続いている可能性を見出した。


ピラミッドの建造の謎に挑んだHoudinは、今も自宅で検証を続けている。
Houdin「内部トンネルが見えなかったのは、古代エジプトの人々が入り口を石で塞いでしまったからだと思う。」
Houdinの説は、子供向けの絵本になるほど話題になっている。
謎に挑むHoudinの姿に、子供達からの応援の声が今日も届いている。

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ネコ師 (2010/08/29 3:10 PM)
 詳細な記事に感動しました。すごい文章力だと感心しました。こちらの記事を参考に、以前書いた「世界遺産 大ピラミッド建造の謎の解明に挑む」の記事の追記を書きました。
また、訪問させて頂きます。
poyo (2010/08/30 5:20 PM)
ネコ師さん、コメントありがとうございます。
私のブログは、テレビのドキュメント番組をメモしたものです。
だから、自分の言葉ではないのです。
ネコ師さんのように、自論を述べられたらよいのですが・・・
ところで私はラテン気質に憧れ、テレビやラジオ講座でスペイン語会話を勉強?しています。
スペインへは旅しましたが、南米はまだです。
でも絶対行きたいです。
ネコ師さんのブログを見て、南米を空想旅行しま〜す。
本当は簡単 (2012/01/09 1:11 PM)
エジプト考古庁が頑なにピラミッドの調査を阻むのは・謎と神秘性を持たせて・何かの権威付けに大衆を・誘導しようとしているのかもしれませんね
poyo (2012/01/14 2:00 AM)
本当は簡単さん、返事が遅れてすみません。
世界遺産への登録など、各地で観光地化して、経済活性化をしようと試みられているようですが、住民が自分のホームタウンのことを知り、誇りに思うようになることは、よいことだと思います。
たむたむ (2012/03/18 8:25 PM)
ギザのピラミッドの組み石の内部から人の毛らしきものが発見され、石を分析したら意外なもので製造されていたようです。
現在の名称は、ジオポリマーと名付けられており、近くの石場で刻まれた説が完全否定されました。
また、日本にも階段状ピラミッドが二基存在しています。
片方は某山の山頂にあり、もう一方は静岡県の大室山の中に世界最大級の階段状ピラミッドが眠っています。
そのピラミッドは、ユダ王国の所有物です。
ただ、土砂で覆い隠されていますので掘り出すのにひと手間が掛かるのが欠点です。
poyo (2012/03/19 11:22 PM)
たむたむさん、とても興味深いコメント、ありがとうございます。
ジオポリマーは、アルミニウム系であり、石灰岩から採れるものではないのですね。
現在300Nクラスの超高強度コンクリートが作られているようですが、古代コンクリートのように、半永久的に強度を保てるものを、作ることができるのでしょうか?
それにしても、古代ローマの人は、偶然にそんなにすごいものを発見したのでしょうか?

大室山には行ったことがありますが、あの土の塊の中に、ピラミッドが眠っているとは、信じがたいことです。
ユダ王国の所有物とは、何かに記されていたのでしょうか?
うつぎれい (2016/02/20 8:43 PM)
こんにちわ うつぎれい と申します。
王の間の巨石のサイズをグーグルで検索しててこのページに飛び込みました。
なんで巨石のサイズかといいますと、大林組の古いピラミッド計測データの中に、王の間の花崗岩巨石4つの中の最大のモノの重さが何と490トンある・・・という記述が二ヶ所でありまして、そのサイズに匹敵するのはバッカス神殿の基壇の石か、バールベクの南の石ぐらいなので、一体そんな巨石が本当に王の間の何処に使われているのだ? ということで調べていたのです。
たまたま此処のページの王の間の見取り図に寸法の入ってる画像が有ったので助かりました。( 現在、大林組には問い合わせ中なのですが ) 上の図を見てて気付いたのは、当時、王の間の天井石を計測して重量を見積もった大林組の計画担当者は恐らく、その各々の天井が夫々一枚石であると勘違いしたのではないか?・・・という事でした。上の見取り図からは一番長いものでは9メートル以上もありそうなので、王の間の天井石で最大のものは60トンというのは普通に言われてる数字ですが、もう少し重い物がある可能性も実は十分にあるのではないかと思いました。
これらは火成岩である花崗岩ですから、ギザ大地を覆っていてピラミッドの中心にも取り込まれてるらしい「石灰岩の小山」の一部ということは無い筈で、その490トンもの巨石4枚もが大林組の人以外には誰にも知られておらず、話題にもならず、語られてもいない・・・とは考えにくいので、多分、上の解釈で正しいのではないかとは思いますが、意外にもこうした個々の石のサイズが分かるページというのが、インターネット上にはあんまり無いのだ、とも今回分かりました。

非常に細かく、例のウーダン説紹介番組の内容を全く端折らずにまとめておられますので、当の番組のYouTube映像を、NHKが片っ端から削除してしまっても、その内容を伝えるテキスト資料として十分な位に詳しい、ちゃんとしたまとめになっている・・・と感じました。

参考までに、実は、つい1週間ほど前の2月12日に、この「ウーダン氏の説」の補強と言いますか、更なる拡張説のようなものを、私自身が以下のページで公開しました。

もし興味を持って頂けるようでしたら、是非、1度訪ねていらしてみて下さい。

タイトル「大ピラミッドを建造するいちばん簡単な方法」
内容 ; 巨石にクレードルを巻き付け、4度勾配の内部斜路を楽々転がして運び上げるには、足付きの錘としての「作業員の体重」を最大限活用して、ただ彼らに縄梯子をゆっくりと登らせるだけで、総ての石を運び上げ、必要な場所に積み上げることが可能であった…という、「考古学者ではなく一介の発明家の立てた新説」の詳しい説明ページです。 URLは以下です。

http://www.geocities.jp/netreal_bookbox/utzugi/OpenLetters_014.htm

poyo (2016/02/23 6:49 PM)
うつぎれいさん、じっくり読んでくださり、ありがとうございます。
私自身、ずいぶん前に書いた番組内容をすっかり忘れており、読み直しました。
元々、TVで放映されている、勉強にになるなぁと思ったことを、観てもすぐに忘れてしまうので、メモしておこうと始めたのですが・・・

ピラミッド内部斜路を運んだと思われる巨石の大きさを、それほど厳密に調べておられたとは、素晴らしいですね。
うつぎれいさんのページを覗きましたが、ポポカテペトルの火口へ突入するUFOの話など、私も興味があることなので、じっくり読んでみたいと思います。

宇宙人がはすでに地球に来ていると信じている私は、ピラミッド建設にも宇宙人が関わっているのではないかと思うのですが、どうでしょう?
うつぎれい (2016/02/24 3:31 PM)
poyoさん、早速の回答を有難うございます。

> ピラミッド建設にも宇宙人が関わっているのではないかと思うのですが、どうでしょう?

エジプトの神々というのは恐らく、現在の考古学者たちの考えているような「当時の人々の勝手な空想や想像から搾り出された神話」なんかではなく、「BC 1500年 トトメス三世時代の王室年代記に‥王宮上空に「炎の輪」が現れ、数日間、次第に数を増し太陽より明るく輝いた。王宮の守りを固め見守ると夕食後にそれは空高く上昇し南の空へ去っていった。」などともとあるように、実際に大量のUFOとの遭遇事件があり、当時は空を鳥以外のモノが飛ぶというのは素朴に大変な事だったワケですから、それらの驚異的な光景や事件は悉く神々との遭遇事件であったワケで、彼らはそれをそのまま記録しようとしたのだと思われます。私が面白雑情報という雑多なページ中で取り上げてるウィリアム・ブラムレーの「エデンの神々」には、イクナトンのアマルナ革命の原因となったアテン神とはモーゼを出エジプトに駆り出したヤーウェであったらしい事が綿密な研究によって炙りだされています。つまり聖書の妬む神は、三大一神教であるユダヤ教・キリスト教・イスラム教の神である以前に、イクエンアーテンの前に降臨して彼を回心させた、あの唐突なアテン信仰の神でもあった訳で、そのヤーウェが他の神々との地上覇権争いで破れ、当時の人類の中心地であったエジプトから都落ちしてカナーンの地にまで落ち延びた・・・というのが、出エジプト記の実態だったと思われます。
そんな訳ですから、実際に大元のピラミッド建設にETが関わっていたのは恐らく間違いないだろうと思います。( 何しろスフィンクスにしてからが、一万年も前に作られてたらしいと判明してる訳で、クフが大昔から有った大ピラミッドの外装をリメイクした・・・という可能性もあるのではないかと思っています。 )

先にリンクを張らせていただいた私のページの末尾にある全体の目次を見て戴けると分かりますが、かぐやの撮った地形カメラの本当に精細な画像はグーグルムーンに貼り付けられてるたった一枚だけしか公開されてないままなのですが、そのたった300km四方の月面写真だけから凡そ数千ヶ所ものETの基地らしき異常な形の構造物や光体を、今では誰もが自分の手と目で確認可能です。
そのガイダンスは以下です。
http://www.geocities.jp/netreal_bookbox/utzugi/images/Alien_MoonBase_Catalog/SlideVewerV/images/slider/000s.htm

また火星のキュリオシティが2回撮影に成功してる、( ポポカテペトルの棒状光体と全く同じ形と様子の ) 6枚組UFO写真の詳細な分析からは、その6枚の撮られてる約10分間の間中、火星の地表に対して全く動かないまま背景に写り続ける奇妙な「連なる星々」があり、地球とほぼ同じ24時間で自転してる火星からの写真としては「普通の天体として説明がつかない」為、その全体が火星上空でホバリングするUFOであるか、または静止軌道衛星のネットワークであるか、のどちらか、という結論にならざるを得ないことが分かっています。

なお、ETが地球と関わってるのは、実はもっと遥かに遠い昔からで、人類誕生以前どころか、地球の生物進化史そのものに丸ごと干渉し続けている、と考えざるを得ない決定的な証拠があります。それは毎回の生物大絶滅の直後の「生物爆発と呼ばれる放散現象」で、その現象を論理的に説明することの出来るのはETの関与説しかありません。
詳細は「大恐竜絶滅の謎を解く」のページにあります。

おっと、私は一旦書き始めると止まらなくなりますので、そろそろ止めます。
が、是非とも、先にご案内させていただきました「作業員の体重そのものを動力源として斜面の法則だけで石を積み上げられた」という仮説を最後まで読まれましてのご感想を、一度お聞きしたく思います。

なお、その後、大林組さんからは回答がありまして、やはり私の推定した通り、王の間の490トンもの巨石、というのは王の間の天井石を一枚石と誤認してのものらしい、と判明しました。そんなに大きな石はやはり何処にも無かったのです。

ではまた。

うつぎれい (2016/03/16 6:09 PM)
こんにちわ うつぎれいです。

あれ、前回いきなり長文を返してしまったので、退かれてしまったのでしょうか・・・。

ちょっとお知らせがあります。
YouTube に現在は有る件の番組の「まるごと動画」が、NHKからの要請によって削除されてしまう近未来を想定して、私のページ内で当の動画に張ってある内容参照リンクの直ぐ次の行に、poyo さんのこのページを紹介してリンクを張らせて戴きました。
悪しからず、ご了承下さいませ。

なお、当方のページの推敲がほぼ終わったので、ウーダン氏の画像などを仕上げ段階で多数、貼り込みましたので、大分様子が変わりました。

以上
poyo (2016/03/19 3:46 PM)
うつぎれいさん、リンク、ありがとうございます。
お返事が遅れてすみません・・・
うつぎれいさんのブログをゆっくり読む時間がなく、昨日美容院にて読みました。
私はテレビをボーっと観ていただけなのに、色々想像しており、すごいなと思いました。
人力、人の体重と自然の法則を利用した建設技術を考案した古代の人々はすばらしいと思います。
現代人はサバイバル術など、工夫することをせずにも誰かにに頼れば生きてゆけますね。

巨石運搬については、イースター島のアモイ像や、イギリスのストーンヘンジなど、それぞれ説があり、面白いですね。

建築の始まりは、宇宙人の関わりは別として、自然に対する恐れ、敬う気持ちから、神などへ捧げるためだったのではないでしょうか?
そのために、みんなで知恵を出し、協力したのです。
権力を見せつけるものでもあったかもしれませんが・・・
今は自分らの快適さを求め、自然に対抗するかのごとく、建設や地盤固めがあっという間に進み、自然災害などが起きるとすべてゴミになってしまいます。

実はこのブログを始めた当初、自然を敬う心を皆に取り戻してもらいという思いを話したかったのです。
なぜこの世に生れてきたのかを考えると、そう思ったのです。

ところで月の基地の話、そんなに多くの宇宙人が地球を見守って?いるのでしょうか?
うつぎれい (2016/03/25 4:03 PM)
poyo さん、回答をありがとうございます。

私がウッカリしてたのですが、poyo さんは女の方だったんですね。失礼しました。このページの適確なまとめぶりから、てっきり男の人だろうと思い込んでました。美容院で・・・という処で漸く、あれ?となったのですが、表題中の「テレビでドキュメントを見るのが好き!」などの表現からも分かりそうなものだったのに、不注意でありました。

あの長い長いホームページ ( 何と四百字詰めの原稿用紙で100枚を越えてます ) を読んでいただいて有難うございました。
結構な負担をかけさせてしまって、何とも申し訳ありません。

まだまだ肝心なアイディアの部分を絵解きすべく図が全然入ってない等で、近い内にソレらを描いてまた追記しなければなりません。

斜面でのコロの合理的な使い方も、数日前に解明出来ましたので、その説明図を描く時にでも一緒に全部描いて載せる予定です。


> ところで月の基地の話、そんなに多くの宇宙人が地球を見守って

・・・というよりは、我々人類より彼ら ET の方が、この太陽系の惑星全体の先住民 ( 我々は地球でも彼らより新参者 ) らしいです。

地質学的な証拠である「生物爆発」= 生物種の爆発的な発生とその放散現象の様子からは、どう考えても、この地上に現れたほぼ全部の生物 ( 当然、現生人類や、それ以前の人類種も含みます ) は、彼ら ET が地上に創り出した実験的な生物である可能性が、極めて高いと考えられます。

古生物学をやってる学者は、間違ってもそんな事は認めませんが、6500万年前の大絶滅にしても、大隕石の衝突によって地表をほぼ覆い尽した大規模な火災によって地表の温度は1000度を超え、瞬間的に酸素が燃えられるモノ総てと結び付いた事で呼吸は不可能になり、その為に燃える事さえ出来ずに加熱された可燃物の一切は炭化してるのです。

このような形で地表全体の生態系と栄養系が一旦全部崩壊してしまった後で、一体どうやってその直後に再び生き物の大発生が起き、それ以前までの進化の続きがまた始まったりするのでしょう?

既存の古生物学者たちは、この大絶滅からの復活が生物学的・生態学的に絶対無理であるという事を、完全に無視しているのです。

だからつまり、そこに ET のノアの箱舟的な関与無しには、大絶滅の後の ( 全く生物化石の出て来ないチュチュルブ層を挟んでの ) その上の層からはまた豊富に化石が見付かるという奇妙な事実を説明することなんて到底出来ない・・・という一番肝心な点を、現在の古生物学はちゃんと理解せずに、誤魔化して逃げてるワケです。

こうした考え方を最初にしたのは、世に知られてる限りではチャールズ・フォートでしょうが、地上の生物全体が云わば彼ら ET の持ち物である・・・という可能性は相当に高いと思われます。

我々が牧場の牛や豚や家禽とは違う扱われ方をしてるにしても、彼らのやってる何らかの実験の為に超長期に渡って観察され続けてる・・・というのは恐らく確かでしょう。

その為の実験場の監視塔としては、正に丁度良い場所なのが「月」なのだろう・・・とは、もう随分前から言われてますが、月面にある ET 施設のあの厖大さを見る限りでは、結構十分な説得力があります。

今ではグーグルムーンで幾らでも見付かる・・・と言っても最早過言ではない彼らの都市の如く密な構造物群は、NASAやJAXAが消し忘れてる?モノだけでも、全体で少なくとも数十万箇所以上はあるのではないかという密度レベルに思えます。

人類の文明史に登場する神々と文明の起源の殆どが、彼ら ET との接触や、彼らによる急速な教化に拠ってるらしいのは、シュメールの謎の起源や、トルコのギョベクリ・テペの起源が同じく全く謎なので、恐らくそうでない限り説明が付かないと思います。

彼らは、この地表という実験場で超長期の生物実験を行い、それをずっと監視し続けてる研究者の類いではないか?・・・というのが、チャールズ・フォートにもやや似た、現在の私の見解です。

またまた果てしなく長くなってます。

以下に月面の ET 痕跡についての簡単な纏めページ
http://ameblo.jp/utzsugi-rei/entry-12053583646.html

と「上の見解の根拠」を後半に記したページ
http://www.geocities.jp/netreal_bookbox/info/dinosaurs_end.htm

を一応、記しておきます。
が、あくまで参考までにの話で、別に感想などは強いませんから、お気が向いたら読んでやって下さい。

でわでわ
うつぎれい (2018/04/01 2:26 PM)
お久しぶりです。

その後の研究で、誠に残念ながらウーダン氏の内部トンネルは恐らく建設不可能であることが判明しました。
また、玄室天井周りの花崗岩巨石は、3Dプリンターの如くピラミッドが1段積み上がる毎に、巾10メートル程の仮設斜路を作って、一番最初に花崗岩巨石を全部横にしてクレードルを巻き付けてやれば、まだ斜路巾を限定する外壁が無いのですから、普通に50人から200人分の体重だけで転がして運び上げられたと分かりました。
最終的に最も合理的な結論は、ピラミッドの斜面を「切り通す」形での「外部らせん斜路」だったとしか考えられなくなりました。

余りにも紆余曲折して漸くその結論にまで辿りついたので、ほぼその結論のみの要約ページを、以前のとは別に作って公開しました。
此処のリンクに入れておきました。

以上、ご報告まで。









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手にとるように建築学がわかる本―人と自然が求める空間とは何か?
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| ロドリゲスインテリーン | 2009/12/21 5:49 PM |
世界遺産 大ピラミッド建造の謎の解明に挑む【追記します】
 2年以上前に書いた「世界遺産 大ピラミッド建造の謎の解明に挑む」という記事に追記しようと思ったのですが、長くなったので、新しい記事としてアップすることにしました。  クフ王のピラミッド建設方法で新たな説が唱えられています。その一つが、Houdinという建
| ネコ肉球4個分の幸せ | 2010/08/29 3:16 PM |