ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

テレビでドキュメントを見るのが好き!
1回見ただけでは忘れてしまいそうなので、ここにメモします。
地球環境を改善し、自然に感謝する心を皆で共有してゆきたいです。
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先住民の叡智に学ぶ★ブータン王国〜「足るを知る」生活で伝統を守る

ヒマラヤの山懐に抱かれたブータン王国、人々は急峻な斜面を切り開いて自給自足の生活を送っている。
彼らの生活にはチベット仏教の教えが深く根付いている。
月尾嘉男(東京大学名誉教授)「1995年から現在までのおよそ50年間に日本の電力供給量はおよそ18倍に増えた。
しかしその間人口の増加は1.4倍にしか過ぎないので、1人当たりの電力供給量は12倍に増えたことになる。
この豊富なエネルギーが産業を発展させ、人々の生活を豊かにしたことは間違いないが、視点を変えれば人々の欲求のままにエネルギーは資源を供給してきたということがいえる。
このような方向に世界全体が突進した結果、現在の地球規模の環境問題が発生し、そして各地で資源紛争が発生しているのではないかと思う。
今回訪れる敬虔な仏教国ブータンでは、人々が仏教の『足るを知る』という教えを守り、国民総所得は1人当たり日本の19分の1にしかすぎないが、豊かな生活をしていると言われている。」

ブータン王国はインドと中国に国境を接する小さな国。
面積は九州とほぼ同じ、人口はおよそ70万人。
大部分がチベット系の民族で残りがネパール、ミャンマー系の人々。
様々な民族が交流する中で生まれた多民族国家。
またブータンはチベット仏教を国教とする世界で唯一の国。
8世紀後半にチベット地方からやって来た僧侶によって広められ、人々の生活のよりどころとなっている。

タシガン地方の首都ティンブーから直線距離では200kmほどだが、険しい渓谷に沿って曲がりくねった道が続く、標高3000m級の山をいくつも越えねばならない。
3日間走り続けてようやく到着、山の急斜面に家が点在しいる。
この地域に暮す人々は、チベット仏教が入ってくる以前から遊牧や農業を営んできた。
12件の家が寄り添っている集落ラディ村ツァンカル。
この家の家長ティリン・リンチェンさん(40歳)が出迎えてくれた。
タシガン地方では長女が家を継ぐ。
父ケザンさん(87歳)、母ショデンさん(60歳)、長男ウゲン・ジャムツォ君、そして3年前近くの集落から婿入りしてきた夫のチョゲル・リンチェンさん(23歳)、生後3ヶ月の次男カルマ・ティンジン君の6人家族。

家はブータンの代表的な作り、木造2階建てで壁は土壁。
屋根裏は食料品の貯蔵庫、風通しのよい構造になっている。
2日前採ったマンゴー、熟すのを待っている。
ニンニクはブータン料理の必需品、きらさないように大量に保存している。
ラッキョウのような形の玉ねぎ、トウモロコシの食べかすは冬の暖房の燃料にする。
1階も貯蔵庫、巨大な米櫃、1人で1日1kgは食べる。
日当たりのよい2階はリビング兼寝室。
大きな仏壇がある。
拝むのはティリンさんの日課。
一家の長として家族が1日を無事に過ごせるよう祈る。
夫のチョゲルさんは赤ん坊を背負って乳搾り。
この地方の男性は家事も子育ても実によくこなす。
おばあさんのショデンさんは体を悪口手いるため、孫の世話に専念。
ブータンでは3世代、4世代の家族がそれぞれに役割を持って一緒に暮らしている。

ティリンさんが田んぼを案内してくれた。
ブータンの田んぼは急峻な山を切り開いた棚田。
ブータンは世界1高い場所に水田がある国と言われ、場所によっては標高2700mの高地でも稲作が行われている。

山の斜面の棚田を夕日が照らす頃、ティリンさんの家で月尾教授は伝統のもてなしを受ける。
マテという自家製のお酒、トウモロコシから作る。
ティリンさんの家に近所の人たちが、夕食を食べに集まってきた。
同じ集落の人達とは家族のような関係。
昔から食事を分け合ったり農作業を助け合ってきた。
エマダツィ、ブータンの代表的な家庭料理、全てトウガラシ。
ブータンではトウガラシは野菜として様々な料理にふんだんに使われてきた。
そのためブータン料理は世界1辛いと言われている。
高地でよく育つので、ブータン中で栽培されている。
自家製のチーズとヤクのミルクを皮の袋にいれ、1年以上かけて発酵させる。
トウガラシとチーズを煮込めばユマダツィの出来上がり。
もう1品はトウガラシと干し肉を炒めたもの。
手を使って器用に食べる。

素朴な料理を囲みながらつながるティリンさん一家と集落の人々。
もし生活に困った場合には引き取って家族同様に面倒を見るという。
助け合いの伝統は、険しい山岳地帯で生き抜く知恵なのだ。
月尾「ブータンはンガロッパ、ツァンラ、ローツァンパなど様々な人種が生活する多民族国家。
しかし多くの人々の風貌は日本人と似ており、また熱心に仏教を信じ、主食は米であるなど、日本と似た点が多い国。
しかし3世代から4世代の大家族制度が残り、また地域の弱者を地域社会全体で面倒見る仕組みが残っているなど、日本では希薄になった社会構造が色濃く残っている。
日本では限界集落や無縁社会など社会の基本的な構造が崩壊しつつある。
一見世界から取り残されたようなブータンの社会に私達はもう1度近代社会の過程で失たものを再発見するべきではないかと思う。」

民俗衣装で町を行く人々、ブータンではごく日常的な光景。
東部の山岳地帯に住む人々は、民俗衣装を自分達で作ることで知られている。
農作業の合間を縫ってティリンさんが大きな鍋にお湯を沸かしている。
糸を染めるのだという。
まず自宅近くで採れるセルジムの葉を細かく刻む。
これを鍋に入れて煮だす。
染めるのは町で買ってきた絹糸。
煮立ったセルジムの鍋に浸ける。
「まず黄色く染めてから赤に染めると鮮やかな色になる。」
赤い染料には昆虫のカイガラムシを使う。
お湯に浸してよくすりつぶす。
布でこすと鮮やかな赤い染料になる。
そこに黄色く下染めした糸を浸け、また1時間ほど煮込む。
待っている間にラニヌァンという植物の茎を煮る。
「ここに浸けると色落ちしなくなる。」
材料は全て身の回りにあるものを利用する。
天然の素材を使うため素朴な味が出る。
後は干して乾かすだけ。
絹糸が見事な赤に染め上った。

ティリンさんは布も自分で織る。
この地方の女性は手先が器用。
パンタという織り機を巧みに操る。
無地の布なら1日に2mほど織りあげてしまう。
タシガン地方では機織りは女性のたしなみの1つ。
織りあげた布は大切に保管されている。
手織りの生地はきめが細かくて美しいと評判。
柄も色合いも実に様々、どれもブータンの伝統的なデザイン。
生地はブータン中から買いに来る。
女性用で高いものは平均月収の3ヶ月分もする。

稼いだお金は何に使うのだろう?
「米やトウモロコシは作っているが唐辛子などは少ししか作っていないので買わなくてはならない。
そんなに売れることはない。
もしたくさん売れてお金が入ったら大きな法要をやりたい。」
必要以上のお金を手にしたとしても決して贅沢はしない。
タシガンの人々には「足るを知る」仏教の教えがしみ込んでいる。
身の丈にあった暮らしから得られる幸せは何ものにも変え難いのだ。
月尾「相当の時間を費やして織り上げた織物がもし売れれば、これまで貧しくて十分にできなかった仏様の法要をしたいという農家の主婦の言葉は感動的。
多くの先進国では収入の増大が物やサービスの消費の増大につながり、その連鎖が世界規模の環境問題や資源問題の主要な原因になっているとすれば、どこかで歯止めをかける必要があると考えざるをえない。
このブータンの農村では、欲求に歯止めのかかった社会が維持されており、そこに私達は日本、そして世界のこれからの方向を見出せるのではないかと思う。」

夫のチョゲルさんが民俗衣装に着替えて出かける準備をしている。
目指すのは集落の近くにそびえる山の頂、急な山道を登ることおよそ2時間、ようやく到着した標高2000mの山頂にはお寺がある。
このお寺はチョゲルさんが暮す地域の菩提寺、ナムデチョリン。
地元の人々の心のよりどころ。
チョゲルさんはお供え物を取り出す。
中に入っているのはお米。
何かを相談すると、住職がおもむろにお経をめくり始めた。
住職「日々のお祈りを欠かさないことが大切です。
自宅にお坊さんを呼んで法要を行うのもよいですが、仏壇にお祈りする以外、何か特別なことをする必要はありません。
毎朝必ずお線香をあげてお祈りしてください。
それでよくなるでしょう。」
チョゲル「お義母さんの調子がよくないので相談しに来ました。
お坊さんは私達家族の生年月日から法要を行う必要があるかどうか教えてくれます。
先祖代々からの習慣です。
まず最初は病院ではなくこうしてお寺にきます。
地元のお寺で相談して、それでも直らない場合は病院へ行きます。」
タシガンのお坊さんは地域の万相談役。
夫婦喧嘩の仲裁、酔っぱらいへの説教などなんでも行う。

そもそも仏教は紀元前5世紀にインドで起こり、その後2つの大きな系統に分かれて広まった。
東南アジアへ伝わった上座部仏教は、1人1人が修行を通して悟りを開く。
日本へも伝わった大乗仏教は修行を積んだ人の教えを聞くことで、人々が救われる。
ブータンの仏教は大乗仏教系統だが、チベットから伝わり独自の発展を遂げたもの。

チョゲルさんの村の近くにはブータンでも有名な寺院がある。
この寺院は1人の高名なお坊さんが世界中から寄付を集めて建てたもの。
ランジェンエッセルチョリン、タシガンで有数の規模を誇っている。
80人者修行僧が読経する光景はまさに壮観。
この寺院は全寮制の学校も併設している。
普通の授業のほかにお坊さんになるための勉強もする。
13年かけて仏教について勉強する。
最初の6年で法要の基礎を学び、その後7年かけて様々な仏典について詳しく学ぶ。
この学校は政府からの支援は受けていない。
個人の寄付のみで賄っている。
ブータン各地から集まってくる生徒は授業、衣服、食事などすべて無料。
この寺でお葬式を行うこともある。
経済的な余裕がなく、お葬式を出せない家には寺からお坊さんが無償で出かけ、食事なども提供してくれる。
ここで学ぶ修行僧の多くは貧しい家庭の出身、でもそれを少しも恥じることはない。
むしろ彼らの家はお坊さんを出したことで尊敬される。
卒業後、彼らは人々の寄付への恩返しとして全国各地のお寺で勤めを果たす。
仏教は人々の生活を精神面だけでなく経済面でも支えている。

月尾「世界規模の調査によると、日本では無宗教と答えた人が52%にも及んでいる。
その証拠に多くの日本人は七五三は神社に参詣し、結婚式はキリスト教会で挙式し、葬式は仏式で執り行い、最後に先祖代々のお寺の墓に眠ることにほとんど抵抗がない。
しかしブータンでは農家の主人が我々にとっては難行苦行と思えるような急坂を上り山頂の寺院の僧侶を訪ねた目的は自分の母親の病気の治癒だった。
ブータンではチベット仏教が日常生活の隅々まで浸透している。
一見時代遅れのようだが、それが社会を安定して維持する力になっているとすれば、ここでも我々は近代日本が失ったものを再発見できるのではないかと思う。」

仏教が人々の生活に根付くブータン、今から35年前、当時の国王ジグミ・シンゲ・ワンチェクは注目すべき国家理念を発表した。
GNH(Gross National Happiness) is more important than Gross National Project)
・・・国民総幸福量は国民総生産よりも重要である。
以来ブータン政府は国民の幸せを最優先する政策をとってきた。
幸福を支えるものとは何か?
月尾「日本は約150年前に開国を決断するまで、オランダ以外の国とは鎖国状態にありました。
開国をキッカケに多くの知識やもの、産業技術などが日本に流れ込み、米国に次いで世界第2位の経済大国となりました。
しかしそれと引き換えに多くのものを失いました。
伝統的文化や家族の絆です。
最近では年間3万人以上もの老人達が誰にも看取られることなく死んでいます。
とても悲しいできごとが日本では起きているのです。」

ジグミ・イェゼル・ティンレイ首相「老人の孤独死は日本特有のものではないと思う。
それは世界各国で起こっている問題。
特に裕福は国で起きている。
他の何よりも誰よりも家族よりも自分のことが大切になってしまったのです。
貧しい発展途上国では未だ家族の絆は強く、結婚することが大切だと思われています。
我が国ではGNHを推進するうえ拡大家族ネットワークを重要視している。
両親と子供だけではなく、叔父、叔母、祖父母、従兄弟なども含めた家族です。
個人の豊かさはこの拡大家族の絆に見出すことができると考えられるからです。
経済的な支えだけでなく、精神的な支えにもなります。
政府のつくる社会保障制度はあくまで人為的であり、たとえ裕福な国であっても最終的には持続不可能なものです。
もっとも自然な形の社会保障システムは家族に他ならない。
大家族であればあるほど持続可能で強力なものになります。
私達はこの点を重視してきました。
そして幸福なことにブータンでは未だ家族は大切な存在です。
お寺や祭りなど、どこに行っても世代を超えた人々の姿を見ることができます。
祖父母と孫たちが一緒にやってくるのです。
人々が孤独死することはありません。
そうならないようにしているのです。」
月尾「我々は経済的な成功ばかりを追い求め、文化や伝統精神など、多くのものを失いました。
ブータンがとても幸福な国になることを願い、そこから私達も学びたいと思います。」

8月3日の朝、普段なら農作業をしているはずの水田に人影がない。
今日は村の休日、お釈迦様が初めて説教をしたと言われる日。
他人tの争いごとをしてはならないとされている。
家族そろって穏やかな気持ちで1日を過ごす。
お茶を飲み終え、チョゲルさんは長い竹竿を持って出かけてゆく。
やってきたのは村のはずれに仏塔が建つ神聖な場所。
文字が書かれた布を竹の竿にくくりつけてゆく。
布にはチベット仏教の経文が印刷されている。
ブータンではこの旗を折に触れいろいろな場所にたてる習慣がある。
様々な願いを風に載せて天に送るのだ。
ルンタ・・・仏教の伝統的な5つの色は森羅万象を表している。
木に登り高い所に吊るして風になびかせる。
仏教と寄り添うタシガンの人々の暮らし、時がゆっくりと流れてゆく。

月尾「大国となった日本からブータンの平和でのどかな農村地帯を訪れると、江戸末期から明治初期にかけて日本を訪れた西洋の人々が抱いたのと同じような感じを抱く。
それは世界に現存する数少ない桃源郷のような神秘な国である一方、この桃源郷が次第に世界に開かれてゆくことによって、やがて様々な苦難に直面するのではないかという危惧。
このような状況にも関わらず仏教の「足るを知る」という教えを守る敬虔な仏教国が多くの国々とは違う選択をし、これからの世界にあたらし方向を示してくれることを期待したい。」

男達が弓を持って集まっている。
チョゲルさんの村の弓道大会だ。
この地方の男達の最大の娯楽。
的が置かれているのは136mも離れた場所。
決して多くを望まず、人との絆、仏様との絆を大切にして生きる、それが幸せを求めるタシガンの知恵。

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kazu (2011/11/07 12:59 PM)
ブータンが近代国家に
なるとやはり不幸になるのでしょうか
うーん
ジレンマですね
poyo (2011/11/07 8:32 PM)
Kazuさん、コメントありがとうございます。
近代国家にならないことを、この国は選択したようです。
正しい選択かどうかが、そのうちわかるでしょうね。
我々日本人にも、戦後たどってきた道を、後悔し始めている人がいるみたいです。
アインシュタインも、松島を訪れ、その風景に感動し、このままでいてほしいと言っていたそうです。









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