ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

テレビでドキュメントを見るのが好き!
1回見ただけでは忘れてしまいそうなので、ここにメモします。
地球環境を改善し、自然に感謝する心を皆で共有してゆきたいです。
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古事記の世界2

和銅5年(712年)神官・太安万侶が申し上げる。
かつて天武天皇はおおせになりました。
「諸家に伝わっている歴史や言い伝えは誠とは異なり、多くの偽りが加えられている。
ゆえに正しい歴史を選び、言い伝えを調べ、偽りを削り、誠を定めてのちの世に伝えようと思う。
そこで天皇はおそばに使える稗田阿礼に命じて、歴史と言い伝えを読み習わせた。
しかし天皇がお隠れになり、時は移りいまだその事業は成就しておりません。
安万侶はキンジョウ陛下の詔に従い、稗田阿礼が読むところの歴史と言い伝えをとり記し、献上いたします。

第1話「国生み」のあらすじ
天と地が初めて起こった時、高天原に神々がなった。
アマツカミの命を受け、伊邪那岐命と伊邪那美命は、アメノヌボコで始まりの島・淤能碁呂嶋をおつくりになる。
島に降り立った二柱の神は、天の御柱の周りを廻り、言葉を交わされた。
「ああなんて素敵な乙女なんだ。」
「まあなんて素敵な殿方何でしょう。
そして二柱の神は契りを交わされ、国土となる島々をお生みになった。
さらに自然や人々の暮らしにまつわる多くの神々を生んでいった。
しかし伊邪那美命は火の神をお生みになったことで火傷を負い、亡くなってしまった。
伊邪那美命を比婆之山に葬った伊邪那岐命は火の神をお斬りになった。
そして今一度伊邪那美命に会いたいと黄泉の国へ向かわれたのだった。

第二話「黄泉の国」〜日本人の死生観に迫る〜
「イザナミ〜、イザナミよ」

「愛する我がミコトよ、私とそなたで作った国はまだ作り終えていない。
ここから一緒に帰らぬか。」
「ああ悔しいこと、もっと早く来てくださっていれば。
私はもう、黄泉の国のカマドで炊いた食べ物を口にし、この世界の住人になってしまいました。
もう戻ることはできません。
でもいとしいミコト様がわざわざお出でくださったのだから、何とかして帰りたい。
黄泉の神と相談してみましょう。
その間決して私の姿を見ないでください。」

しかしいくら待っても伊邪那美命は戻られなかった。
「遅い、一体どうしたのだ。もう我慢できぬ。」

伊邪那美命の体には蛆がたかり、雷の神が現れていた。
「うわ〜!」
「よくも私に恥をかかせましたね。
者共、ミコトを追うのだ。」
伊邪那岐命が黒いカヅナの髪飾りを投げ捨てると、たちまち山ブドウの実がなった。
黄泉の国の追手は夢中になって山ブドウを食べ始めた。
次にツマブシの刃を折って投げ捨てると、たちまちタケノコが生えてきた。
追手はまた夢中になってタケノコを食べ始めた。

「雷神どもよ、1500の兵を率いて追うのだ。」
黄泉比良坂にて、伊邪那岐命が桃の実を3つ取って投げつけると、黄泉の国の軍勢はことごとく逃げ去った。

「桃の実よ、お前が私を助けてくれたように、うつしき青人草が、悩み苦しんでいる時に助けてやってくれ。
お前には意富加牟豆美命の名を授けよう。」
そしてついに伊邪那美命は自ら伊邪那岐命を追ってきた。

「よいかもはや私たちは夫婦ではない。
そなたは黄泉の国へ帰ってくれ。」
「いとしい我がミコト、あなたがそのようなことをするのならば、あなたの国の人々を1日に1000人殺しましょう。」
「いとしい我がミコトよ、そなたがそのようなことをするのならば、私は1日に1500の産屋を建てよう。
こうして人は1日に1000人が死に、1500人が生れることになった。
黄泉の国へ戻った伊邪那美命は黄泉津大神と呼ばれた。
黄泉比良坂をふさいだ巨大な千引の岩は、道反之大神(ちかへし)と名付けられた。

『古事記』
其の石(いは)を中に置き 各対(おのもおのもむか)ひ立ち而 事戸度す(わたす)時
伊邪那美命言(まを)さく 愛(うつく)しき我が那勢命 如此為者(かくせば)
汝(いまし)の国之人草 一日(ひとひ)に千頭絞(ちかしらくび)り殺さむとまをす
しかして伊邪那岐命のらさく 愛しき我が那迩妹命
汝然為者(いまししかせば) 吾一日(あれひとひ)に 千五百産屋を立てむとのらす


横穴式の古墳には玄室につながる羨道がある。
生きている人たちは羨道を通ってしばしば死者の肉体が変化してゆく様子を見ていたらしい。
古代人は死者を穢れとして見ていなかった。
その当時殯(もがり)といい、通夜が長かった。(長いと2年間)
医療が発達していない時代、死んだと思っていても実は仮死状態で息を吹き返したことがたまにあると、諦めるまでにあらゆることをしたのだろう。
その間が殯であり、でもどんどん腐ってゆく。
どこかで死者と区切りをつけようという思いが色々な葬送儀礼に含まれているのだろう。

初めて人間が登場するシーン・・・
尒して伊邪那岐命 桃子に告らさく 汝(なれ)吾(あれ)を助けしが如く
葦原中国(あしはらのなかつくに)於有ら所る
宇都志伎青人草之 苦しき瀬に落ち而 患へ偬む時 助く可し

うつしき青人草とは現実の青々として人である草、人間は草である、草と同じように生えてきた。
生れて芽吹いて花が咲いて実がなって、枯れて・・・その循環がとても大事だったのだろう。
旧約聖書では、人間は神が作った土人形に神の息を吹き込んで生まれた、アダムが生れた、となっている。
「人は草である」という発想は湿潤な日本の気候に合っていたといえる。

神話の舞台として名高い出雲、この地に黄泉の国への入り口と信じられている場所がある。
日本海に面した小さな漁村にある猪目洞窟、人1人がようやく入れるほどの洞窟の先には深い闇が広がっている。
一体どのくらいの深さがあるのか、まだわかっていない。
縄文時代の人骨が多数発見されたというこの洞窟、夢でこの洞窟を訪れると、必ず死ぬという古い言い伝えが残されている。
猪目洞窟の50kmほど先には古事記にその名が伝わる伊賦夜坂がある。
其の謂はゆる黄泉比良坂者 今に出雲国之伊賦夜坂と謂ふ
黄泉比良坂・・・現世と黄泉の国とをつなぐ生と死の境目の地。
死後の姿を見てしまったことから、妻の怒りをかった伊邪那岐命、黄泉の大群に追われながら、この坂を走った。
坂の終わりに現れたのは、道をふさぐように置かれた巨石、重さ5トンはあろうかというこの巨石の名は千引の石。
伊邪那岐命が黄泉比良坂をふさぐために置いた岩であると伝えられている。

夫婦の神は、この岩を境に言葉を交わし、永遠に別れることとなった。
伊賦夜坂の近くには1300年以上の歴史を持つ揖屋神社がある。
ここに伊邪那美命が祀られている。
この神社では年に1度本殿に祀る伊邪那美命を、ある場所へとお連れする祭がある。
400年以上前から土地に伝わる一つ石神幸祭、御神体を神輿に乗せ、船で向かう先とは・・・
それは神社から2kmほど離れた湖沿いにある。
ここで年に1度悲しい別れをしたイザナミとイザナキが会うという言い伝えがある。
この場所が逢引の場所。

潮が引いたときにだけ姿を現す一つ石と呼ばれる50cmほどの石、土地の人々はこの石を依代とする漁業の神に、伊邪那美命と共に、豊漁を祈願してきたという。
それがいつしか人々はこう信じるようになる。
祭の日、この一つ石に夫の伊邪那岐命が降臨し、夫婦の神がこの場所で再開を果たすのだと。
この地で離れ離れとなった夫婦の神、しかし土地の人々の思いが、新たな再会の物語を作り出したのだ。

なぜ物語の舞台の出雲が選ばれたのか・・・
今までは西は暗い死の世界につながると説明されていた。
最近様々な発掘があり、出雲から大量の銅・青銅製品、鉄器が出土した。
出雲には大きな勢力があったのではないか、と言われている。

愛する人を死者の国から連れ戻そうとする話はギリシャ神話にも登場する。
竪琴の名手オルフェウスは、毒蛇にかまれて死んだ妻エウリュディケを追って冥界に行く。
そして冥界の王ハデスに、得意の竪琴で、妻を返してくれるよう頼む。
悲しい琴の音色に心動かされたハデスは、冥界から出るまでは決して後ろを振り向いてはならないという条件をつけてエウリュディケを返す。
しかし冥界からあと少しで抜け出すというところで、不安にかられたオルフェウスは、後ろを振り向いて妻の姿を見てしまう。
それが2人の最後の別れとなった。

見てはいけないと言われると、ちょっと覗いてみたくなる。
物語の世界を見ると、「覗く」とは「真実が見える」ということ。
普通に見ても出ているのは表面だけ、壁・窓の隙間から中を覗くと本当の世界が見えると物語は展開してゆく。
似た話はあちこちにあるが、それが伝播したものなのか、自然発生的にそれぞれの土地に出たものなのか・・・
日本人のルーツは南方系民族と北方系民族が混じり合っている。
この話も中央アジアを通って入ってきた神話の1つだったのかもしれない。

ひどく汚らわしい国へ行ってきてしまったものだ。
早く禊をし、この体の穢れを清めなければ。
イザナキの大神は、筑紫の国ヒムカのタチバナのオドの阿波岐原にお着きになると、禊を始めるため身に着けていたものをお外しになった。
この時投げ捨てた杖から悪霊を祓う神、帯から道中の安全を守る神、袋から時を量る神、上着から煩いを逃れる神、冠から口を開けて穢れを食う神がなった。
手首に着けていた腕輪からは海辺の神々がなった。
水で体をすすぐことによって、また多くの神々がなった。
汚れた垢から現れた禍いの神々、その禍を防ぐ神々、海の神々である。
そして顔をすすぎ、左の目を洗った時、天照大神がなった。
次に右目を洗うと月読命がなった。
最後に鼻を洗うと建速須佐之男命がなった。
「私はたくさんの神々を生んだが、最後に三柱の尊い子を得た。
そなたは高天原を治めよ、そなたは夜の国を治めよ、そなたは海原を治めよ。」

こうして伊邪那岐命のおおせに従い、皆委ねられた国を治めていたが、須佐之男命だけは己の国を治めず、あごひげが伸びて胸より長く垂れるようになっても泣きわめいていた。
そのため山々は枯れ果て、川や海はことごとく干上がった。
悪しき神々の声が辺りに満ち、禍が起こった。
見かねた伊邪那岐命が姿を現した。
「なにゆえそなたは委ねられた国を治めずに泣きわめいているのか。」
「私は母の国である根之堅洲国へ参りたいのです。
ですから泣いているのです。」
「そのようなことではこの国に住むことはできぬ。」
こうして須佐之男命は追放されてしまった。
こうなったからには高天原にいる姉の天照大神に事の次第を申し上げ、それから根之堅洲の国へ参るとしよう。
須佐之男命が天へと昇って行く時、山川はことごとく揺れ動き、国土はみな震えた。

「我が弟のミコトが昇りくる訳は、必ず良い心からではないだろう。
我が国を奪おうと思っているに違いない。
天照大神は、髪をといて男の髪型のミズラに結いなおし、背に千本もの矢が入る靫、肘に威勢のよい高鳴りのする鞆をつけ、弓を振り立て堅い地面にももまで踏み込み、淡雪のように土を蹴散らし、雄々しく踏み勇んで待ち受けた。
はたして天照大神と須佐之男命の対決の行方は・・・?

スサノオノミコトを追放し、国づくりを終えた伊邪那岐命、その御霊が鎮まったとされる場所がある。
淡路に国の一ノ宮、伊弉諾神宮、古くから聖域と崇められてきたこの地が伊邪那岐命の療護であると伝えられている。
神宮で行われる結婚式では、今も伊邪那岐命と伊邪那美命の国生み神話に倣った儀式が執り行われている。

あなにやし いをとめを(なんと素敵な乙女だろう)
あなにやし えをとこを(なんと素敵な殿方だろう)
この言葉は古事記に登場するもの。
天から下った伊邪那岐命と伊邪那美命は天の御柱を回り声をかける。
そして契りを交わし国を生んでゆく。
伊邪那岐命 先づ 阿那迩夜志 愛袁登売袁と言ふ
後に妹伊邪那美命
阿那迩夜志 愛袁登古袁と言ふ
神話が息づく地で新たに夫婦となった2人。
境内にそびえる御神木、夫婦大楠が2人の未来を祝福する。

伊邪那岐命が鎮まった後、古事記の神話は天照大神を中心に進んでゆく。
その天照大神を祀っているのが伊勢神宮。
実は伊弉諾神宮から見て伊勢神宮は、ちょうど真東の方角。
同じ緯度上に位置している。
そしてその中間点には古事記編纂の時代の都、藤原京がある。
つまり都から見て真東に伊勢神宮、真西に伊弉諾神宮を拝む形になる。
都の人々は、東の方角より出る日の出を、天照大神の象徴として拝み、西の方角に沈んでゆく夕日を、国づくりを終えた伊邪那岐命の象徴とし、拝んでいたのかもしれない。
国の礎を築いた伊邪那岐命、今も沈みゆく夕日のように穏やかに日本の行方を見つめている。

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