ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

テレビでドキュメントを見るのが好き!
1回見ただけでは忘れてしまいそうなので、ここにメモします。
地球環境を改善し、自然に感謝する心を皆で共有してゆきたいです。
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ダークサイド・ミステリー★ノストラダムスの真実

世紀の預言者ノストラダムス、1999年人類滅亡の予言は外れた?
ノストラダムス自身は、人類の未来について、3797年まで預言したと語っている。
ノストラダムスの預言の本当の恐怖はまだ終わっていない。
ノストラダムスは、織田信長とほぼ同時代の人物。
ノストラダムスとは何者なのか?
『予言集』第4巻68
「アジアとアフリカの2人の最も偉大な人物がラインとヒスターから来たと噂されるだろう。」
アジアとは日本、アフリカとは当時進出していたイタリア。
ライン川はドイツ、そしてヒスターとはヒトラーのことである。
2001年9月11日アメリカ同時多発テロ・・・

『予言集』第6巻97
「火が大きな新しい年に近づくために瞬時にまき散らされた大きな炎が爆ぜるだろう。」
遥か未来である現代の情景を、まるで見てきたかのように記したノストラダムス。
1000近くもの予言詩をどうやって書き記したのだろうか?

南フランス、地中海に面したプロバンス地方、1503年ミッシェル・ド・ノートルダム誕生。
父方は商人の家系、ミッシェルは頭がよく、大学で自然科学や文学を学んだ。
20代の時、8年にわたりフランス各地を放浪、数多くの死者を出していた伝染病ペストの治療を薬草の知識などを用いて行ったという。
30代まで医者として活躍し、40代を迎えると、もう1つの仕事に力を注ぎ始める。
占星術師の仕事だ。
占星術は太陽や月、惑星の位置や動きから、人間や世の中の今後を読み取る技術。
16世紀、医学と占星術は密接な関係があった。
当時の考え方の図↓

例えば、頭には牡羊座が、膝にはやぎ座が描かれている。
小宇宙である人体の各部分は、それぞれ大宇宙の星座に対応していることを意味している。
オリヴィエ・ミレ(ソルボンヌ大学教授)「人間の体のバランスは星からの影響で決まると考えられていた。
なので星や惑星の位置から、何の病気なのかを診断し、治療の時期や方法を判断した。
占星術は当時科学だった。
星の動きの細かい計算と、深い知識に基づく理論的なものだった。」
ノストラダムスが40代から移り住んだ町サロン・ド・プロバンス、暮らしていた家を基にしたノストラダムス記念会に占星術の仕事の貴重な資料が保存されている。

ノストラダムスが出版した暦『アルマナック』、星の動きを基に作ったカレンダーで、農作業や生活の予定を決める実用書として庶民に重宝された。
ポケットに入れて持ち歩けるよう、とても小さくて薄いもの。

中身は月の満ち欠けを占星術で占い、種まきや収穫の時期、天候、宗教行事などがわかるようになっている。
『アルマナック』で、ノストラダムスは日付の横に小さなメモを記している。
「8日、この日は霧が出ます。
10日、誰か死にかけます。
15日、医者にかかりお風呂に入るのがよいでしょう。」
まさに毎日のワンポイント占い。
このように地道な医者兼占星術師だったノストラダムス、世紀の大預言者には程遠い印象。
ところが40代後半、仕事上のちょっとした工夫が彼の未来を劇的に変えてしまう。
それぞれの月初めのところに、月ごとの占いを少し長い文章で書いてみたのだ。
その1例が・・・
「8月、並外れた豪雨によって家畜の価値は適正になり、女たちは死の危険から逃れる。
しかし一方、雹や豪雨によって人々は打ちのめされ死によって真剣に働くようになるだろう。」
これまでの日常の一言占いから、近い将来に起きる運命的な出来事の予測へ。
短い読み物としてのドラマチックな文書は読者の心をつかみ大成功を収める。

そして51歳の時、『アルマナック』で成功した手法を基に、画期的な本の執筆に取り掛かる。
その時の様子をノストラダムス自身がこう記している。
「私は神からの啓示を受けた霊感にとらわれ、甘美で長い計算に没頭した。
それは今から西暦で3797年まで及ぶ終わりのない予言である。
それが人類共有の利益となるように願い、不眠不休で長い時間書き続けた。」
1555年、『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』初版が出版された。
預言者ノストラダムスの登場だ。
4行の詩で描かれた予言100編を1勘にまとめ、最終的に10巻、1000編近い予言が発表された。
その4行詩の多くはまがまがしい災害や戦争、社会を襲う大変動のイメージで描かれていた。
『予言集』第3巻84
「大都市というのはまさに打ち捨てられ、住民の誰1人もそこにとどまらない。
城壁、性、寺院、処女が冒涜され、天で火でペストで人々は死ぬだろう。」
『予言集』第2巻57
「戦闘の前に大いなる壁が崩壊する。
大貴族には死、あまりに突然の悼まれし死。
不完全な誕生、ほとんどの人は泳ぐ、川のほとりで大地は血に染まるだろう。」
漠然と不安を掻き立てる表現、ほとんどは年月も具体性もなく、どうにでも解釈ができる書き方をしている。

なぜ予言の内容を明確にしないのか、ノストラダムスは次のように語っている。
「もし私が未来に起こることを具体的に記せば、政治家や宗教者は、自分たちが望む未来と一致しないと気づき、定められた運命をねじ曲げる不正を働くであろう。
そこで万人の未来のために、意味の隠された難解な文章で記し、広めたいと思った。」
当時は、イタリアを中心に人間の英知が再び花開き始めたルネッサンスの時代、しかしその陰で世の中には恐怖がうごめいていた。
伝染病の流行や飢饉が相次ぎ、領土や宗教をめぐる戦乱は各地で激しさを増していた。
しかも東からは、イスラム教のオスマン帝国が地中海沿いにその勢力を広げ、ノストラダムスがいた南フランスは深刻な不安で覆われていた。
そうした世相を背景に、ノストラダムスの予言集は、半世紀で36版まででるほどの大ヒットとなった。

ベストセラー作家として名を挙げたノストラダムスに、やがてパリの王侯貴族たちからお声がかかる。
特にフランス王アンリ2世の妻・王妃カトリーヌ・ド・メディシスは、ノストラダムスに様々な相談事をするようになった。
人生50代にして突如、王妃お気に入りの占星術師に大出世したノストラダムス、さらに歴史的な事件が彼の未来を変える。
1559年、カトリーヌの夫、国王アンリ2世が年下の貴族との馬上の槍試合を行った時のこと、、相手の槍が運悪く、兜の目の部分を直撃、目を貫かれる大けがを負った。
アンリ2世は、それが元で死亡した。
後に王宮で噂が広まった。
不吉な事故に似た1説が、あのベストセラー本にあったのではないか。
『予言集』第1巻35
「若き獅子が老いた方に打ち勝つだろう。
一騎打ちによる戦いの野で。
黄金の籠の中の両目を彼は引き裂くであろう。
2つの軍隊は1つになり、そして死ぬ、酷き死。」
つじつまが合わない部分もあるが、描写の多くは事故を思い起こさせる。
これがノストラダムスの予言集、最初の的中として語られるようになる。
事件から7年後の1566年、占星術師ノストラダムスは62歳で死去、この後、世紀の大預言者と呼ばれるようになるには、驚くべき数奇な出来事が、現代まで続くのだった。

◆”1999年人類滅亡”の詩の真相◆
ノストラダムスの詩は、当時まるでホラー映画のように受け入れられた。
実際に恐怖をあおる単語が頻繁に使われている。
1000近い詩の中で、戦い(Guerre)が107編に、血(Sang)は115、死(Mort)は153編に登場する。
他にも怪物や飢饉、ペストなど、まがまがしい単語が多い。
また、ノストラダムス自身がわざとわかりにくく書いた、しかも昔のフランス語で書かれている上に、詩のリズムを整えるために単語のスペルを変更・省略したりしているので、現代の外国人が正確に解釈するのはとても難しい。

人類滅亡と騒がれた詩↓
「1999年7の月 空から恐怖の大王が来るだろう
アンゴルモアの大王を蘇らせ マルスの前後に幸運に支配するために」
実際に使われている恐ろしい言葉は”恐怖の大王”くらいで、”幸運”という言葉が使われているなど、ほかの4行詩に比べれば穏やか。
またアンゴルモア(Angolmois)の大王は、地元フランスの人が聞けば、実在の地名であるAngoumoisやAngoulemeを指し、その王様のことだとすぐわかるそうだ。
”1999年7の月 空から恐怖の大王”というのも、太陽の日食を指しているという解釈が一般的。
人類滅亡という解釈は、かなり無理がある。
なんだろうと考えたとき、たまたま知っている知識や目についたものが当てはまる。
それでいろんな説ができてしまったのだろうか?

ノストラダムスの死から28年たった1594年、その評価を大きく膨らませる本がフランスで出版された。
『フランスのヤヌス・第1の顔』、ノストラダムスをヤヌス(2つの顔を持つローマ神話の神 過去と未来の間に立つ)に例えている。
筆者はノストラダムスの弟子であり、秘書を務めていたジャン・ド・シャビニー、彼はこの本で師匠の予言集の記述と、その死後に起きた大きな出来事を照らし合わせてみた。
その結果、ノストラダムスの死後に実際に起きた事件について、見事言い当てている予言が141もあるとシャビニーは主張した。
例えば、『予言集』第6巻11
「7つの小枝が3つに減らされるだろう もっとも年上の者たちが死に襲われるだろう
2人は兄弟殺しに魅惑されるだろう 眠りに落ちた陰謀者たちは死ぬだろう。」
これは先代の国王アンリ3世と兄弟たちの急死や争いを当てた予言だとシャビニーは解釈している。
しかし実際は歴史上の権力者の兄弟争いはたくさんあるはず。
シャビニーは手近な事件に予言を当てはめただけだと言われている。
 こうした弟子や信奉者たちがノストラダムスを称え、その生涯を語り継ぐうちに、生前にはなかった逸話まで生まれてゆく。
ある日、街角で若くて貧相な修行僧に出会ったノストラダムス、突然修行僧の前でひざまずき、あなたはやがてローマ法王になるでしょうと祈り始めた。
思いもよらぬ行動に当惑する修行僧、しかしこの僧は後に第227代ローマ法王シクトゥス5世になったという。
このようなノストラダムスの逸話は数々あるが、いずれも生前の確かな記録はなく、後世の創作と言われている。
ノストラダムスの名声が高まると、予言解釈に取り組む人は次々に登場、解釈本も増えていった。
下のグラフはシャビニー後に出された予言集や解釈本の数を示すもの。

数多く出版された年にはフランスの歴史上、重大な事件が起きている。
1789年フランス革命勃発、王侯貴族が支配する世の中が大きく揺らぎ始める。
1812年ナポレオン1世がロシア遠征で惨敗、それまでヨーロッパを席巻したフランス勢力は急速に転落。
1871年普仏戦争(プロイセンとの戦争)で敗北、首都パリが占領されてしまう。
これからフランスはどうなるのか、先行きの見えない時代になると、ノストラダムスブームが起きていることがうかがえる。

20世紀前半の最大のブームは1939年、第二次世界大戦始まりの年だった。
ドイツの指導者アドルフ・ヒトラーと彼が率いるナチ党の一部は神秘主義に傾倒、大預言者ノストラダムスの名声を使ったオカルト戦術を展開した。
敵国フランスを上空から爆撃、そして予言詩の一説を印刷したビラをばらまいた。
『予言集』第6巻34
「空飛ぶ炎の機械が包囲された人々の偉大な司令官を悩ましにやってくる
内部の扇動はすさまじく、打ち砕かれた人々は絶望に陥る。」
ドイツ人の爆撃によってフランス人の団結心が砕かれるのは運命づけられている、と不安をあおる作戦だ。
さらにドイツ軍は、高名な占星術師カール・エルンスト・クラフトを起用、新たなノストラダムス解釈本を書かせた。
1941年発行、『ノストラダムスはどのようにヨーロッパの未来を予見したか』
予言集の内、35の詩を取り上げ、ノストラダムスは歴史上の事件をことごとく言い当てていること、そしてドイツの敵であるイギリスが敗北し、崩壊してゆくこともすでに予言されているのだと記している。
この本は6か国語に翻訳され、ヨーロッパ各国で、ドイツのプロパガンダとして広められた。
これに対しイギリス側も驚くべき対抗策をとったことが近年明らかになった。
 ドイツ上空、イギリスの爆撃機からばらまかれる謎の紙の束は一体?
2008年この鍵を握るイギリス特殊作戦執行部の機密資料が公開された
ここに「ルイド・ウォール・・・この男は信用できる・・・」と記されている。
ルイド・ウォール、当時現代のノストラダムスと注目を集めていた占星術師。
ウォールがイギリス政府の要請を受け、作成した本の数々がロンドンで保管されている。
その中の1つ『ノストラダムス 対戦の行方を予言』ノストラダムスの予言詩がドイツの敗北を予言していると示したもの。
「木星がかに座に入り、大きな袋は彼を選出したことを嘆くだろう。
ヒスターの破滅が近づく。」
実はこの詩はノストラダムスの予言集には存在しない。
ドイツにとって不吉な内容に説得力を持たせるため、占星術に基づいてウォールがでっち上げたと言われる。
死者3000万人以上、空前の恐怖と不安のさなか、大国同士がノストラダムスの名を用いて繰り広げられた宣伝合戦・・・
その結果ノストラダムスは世紀の大預言者として20世紀によみがえったのだ。
戦後人類は自らを絶滅させる力を手にした。
核兵器の大量生産、アメリカとソビエト、超大国による東西冷戦は、核ミサイルのボタン1つで地球が破滅するという恐怖で人々を覆った。
そうした中の1973年ノストラダムスはついに日本に上陸する。
作家・五島勉が著した『ノストラダムスの大予言』、ヨーロッパでは注目されてこなかった「1999年7の月」の詩を人類滅亡の予言として解釈、センセーショナルな話題を呼び、累計240万部の大ベストセラーとなった。
出版された1973年高度経済成長で明るい未来を描いていた日本を、第1次オイルショックが襲い、経済は大混乱に陥った。
公害などによる環境破壊は、深刻な問題となり、日本は先行きの見えない不安の時代へとすでに突入していた。

「1999年人類滅亡」のイメージは様々なメディアで取り上げられ、予言の恐怖と現実社会の不安が、負の連鎖となって人々をさらなる不安へと導いていった。
フランス・リヨンに住むノストラダムス関連書籍研究家ミシェル・ショマラさん、1989年彼のもとに予言書を調査したいとある日本人がやってきた。
「私はアサハラに言った。ノストラダムスを正確に理解するには、当時の古いフランス語や時代背景が分かっていなければなりません。
古フランス語を英語にして、それを日本語にするやり方では難しいですよと。」
オウム真理教の麻原彰晃は、ノストラダムスに心酔、予言集の原書に、自分が救世主として予言されている箇所がないかを調べにきたという。
1995年、地下鉄サリン事件、麻原は”人類滅亡の予言”を実現するために”ハルマゲドン”を目指したとも言われる。
「ノストラダムスは、人間の不安に対するひとつの答え、人間は常に自分は将来どうなるのか不安を抱き、何かにすがろうとする。
だから大きな社会変動のたびに未来を見通すノストラダムスが引き合いに出され、ブームがやってくるのだ。
ノストラダムスは時代を超えて人間を映し出す、そんな現代性を持った存在だと思う。」

人が未来に不安を感じると、予言に心捕われがちなのは、いつの時代も同じ。
そうした予言と、私たちはどう向き合えばよいのか。
1973〜74年ノストラダムス・ブーム、当時終末ブームがあり、環境問題がクローズアップされていた。
世紀末に人類が滅亡するのではないか・・・
核戦争、小惑星落下、宇宙人が攻めてくるとか・・・
それは全部外れた・・・
ノストラダムスは「1999年人類滅亡」とは言っていない。
日本の解釈者の中には「ノストラダムスは私たちのことを予言している」という人も・・・
ノストラダムスの予言はロールシャッハテストのようなもの(インクの染みを見て何を感じるかで思考を分析)
ノストラダムスの予言は人によって感じ方が違う、心の中の不安とかを読み取れてしまう。
本来なら、人類の危機が来るのなら、皆でそれをどうにかしなければならないと思わねばならない。
しかし予言で運命が決まっていると考えることは楽、責任をとらなくてもよい。
未来は自分たちで変えてゆくのだと思うべきだ。
世の中は誰かが作ったシナリオ通りに進んでいると思ってしまわず、我々がシナリオを作っていくのだと考えるべきだ。

18世紀ヨーロッパ、恐怖の野獣事件
血に飢えたオオカミか、それとも恐怖の狼男か・・・
鋭い牙と長いかぎづめで、ひと肌を切り裂きその肉を食らう巨大な野獣。
かつてフランス南部で起きた残虐な事件、女子供など、100人余りを餌食とした正体不明の謎の怪物。

その名はジェヴォーダの獣、事件から250年がたった今も、その惨劇は人々の脳裏に底知れぬ恐怖として焼き付いている。ばけ
フランス中央山地に位置するジェヴォーダン地方、1000m級の山々に囲まれ、村人が酪農や林業で暮らす地。
1764年6月、ある牛飼いの女性がいつも通り放牧の番をしていた。
そこに、1頭の巨大な獣が襲い掛かった。
女性は鋭い爪で服を引き裂かれ、体中に傷を負ったが、一命はとりとめた。
この事件の記録のなかに彼女を襲った獣の姿が記されていた。
それは村人が見慣れたオオカミとは異なる姿だった。
「化け物は牛ぐらいの大きな体で、頭はオオカミよりも大きく鋭いかぎづめを持ち背中には一筋の縞模様があった。
数日後、最初の襲撃場所から10kmほど離れた村で少女が行方不明になった。
翌朝少女は死体で発見された。

無残にも内臓を食われていたという。
ジェヴォーダンの惨劇はこうして幕を開けた。
謎の獣は度々出現、犠牲者は3か月で20人以上に上った。
しかも犠牲者のほとんどが狙いすましたかのように抵抗する力の弱い女性や子供ばかり。
さらに野獣は人知を超えた不思議な現れ方をして、人々を怯えさせた。
ある日ベルグヌーという村で、10歳の少女を襲った野獣は、同じ日に南西に50kmも離れた村に現れ、15歳の少年も襲った。

野獣は広大なジェヴォーダン地方の遠く離れた場所にほぼ同時に現れたのだ。
またある日、山狩りをしていた村の漁師が野獣を発見、野獣は致命傷を負ったかに見えた。
ところが数日後には別の場所に現れ、殺戮を続けたのだ。
野獣は何頭もいるのか、あるいは不死身なのか、もしや狼男か、それとも魔物か、未知の恐怖に村人の恐怖は膨れ上がった。

謎の野獣事件は、ジェヴォーエアン地方から600km離れたフランスの都パリにも伝わる。
連続妖気殺人の話題に新聞は飛びついた。
「ある者はハイエナではないかと語る。またヒョウのようだとも言われている。」
憶測交じりのセンセーショナルな話題は、フランス全土、そしてヨーロッパ各地に広まっていった。
事件発生から4か月後1764年11月、事件の解決に国王ルイ15世が乗り出した。
国民や外国にフランス王室の威厳を示すため、莫大な資金を投じ、討伐隊を送り込んだ。
フランス軍の精鋭部隊・竜騎兵、別名ドラゴン、華麗な軍服で着飾り馬で原野で駆ける55名の兵士たち。
これで野獣も退治される。
村人たちは胸をなでおろした。
しかし・・・

新聞『クーリェ・ダヴィニョン』1765年1月25日
「竜騎兵は野獣を発見できず被害者は増えるばかり。」
龍騎兵は狩りについては素人だった。
山狩りでは獣を追い立てようとドラを鳴らしたてながら進んだが、かえって獣を遠ざけてしまった。
3か月たったある日、20000人が参加した山狩りで、ついに野獣が姿を現した。
撃たれた野獣は一瞬崩れたが、起き上がり森へ逃げてゆく。
龍騎兵は後を追ったが、馬から降りようとはせず、険しい山に阻まれて野獣に逃げられてしまった。
打つ手がなくかった竜騎兵はこんな作戦まで・・・
兵士を女装させ、放牧の子供たちに同行、野獣を待伏せる作戦だ。
しかし竜騎兵をあざ笑うように、野獣は別の場所で相次いで襲撃、住民は絶望した。
人々は地元の司教や聖職者に救いを求めた。
権威ある彼等なら解決策があるかもしれない。
しかし村人の期待はここでも裏切られた。
司教は各地域の教会に文書を出し、「野獣はオオカミや普通の獣ではなく、神が人々の罪を罰するために地上に送った特別の獣なのだ。
これは天罰なのだ。」と語った。

村人は野獣から身を守るために持つことを許されたのは、長い木の先に短剣をつけた簡素な槍。
銃を持つことは国家への反乱につながるという理由から、漁師など、一部の人しか認められなかった。
犠牲となったのは、しいたげられた地域のより弱い人々だった。
このジェヴォーダン地方は隔絶され、孤立した貧しい土地で、見捨てられていた。
子供たちは生活を支えるため、放牧の仕事をしなければならなかった。
子供がいない家ではその役目は女性だった。
貧しさゆえに子供や女性が1人で外に出なければならなくなり、一番獣の危険にさらされた。
誰も効果的な手を打てないまま、野獣の襲撃は続いていった。
ところが発生から1年3か月1765年9月、事件は急展開を迎える。
国王ルイ15世が新たに派遣した射撃の名手ボーテルヌが野獣を仕留めたのだ。
その体調は1.7m、体重65kg、確かに通常のオオカミより巨大だったが、多くの目撃情報で見られた背中の縞模様はなかった。
ともかく事件は解決、国王ルイ15世は威厳を守り、村人も久しぶりの平穏に安堵した。
ところがその2か月後、牛の番をしていた2人の少年が何者かに襲われた。
1人は死亡、生き残った少年は証言した。
背中に一筋の縞模様がある野獣だったと。
再び始まった殺戮、しかもこれまでよりさらに異様な状況が続いた。
「殺された女性の頭は切り取られ、100歩ほど離れたところで見つかった。」

刃物で切られたように切断された遺体が続出、中には遺体の上に帽子がかけられていることもあった。
もしや、野獣に見せかけた人間の仕業なのではないか、村人たちは疑心暗鬼に陥り、憎しみ合うほど追いつめられていった。
しかし国王も新聞も新たな惨劇には目を向けなかった。
事件はすでに解決済みという姿勢を通したのだ。
1767年6月19日、山狩りをしていた地元の漁師ジャン・シャステルが謎の巨大な獣を射殺。
シャステルが獣を仕留めて以降、襲撃はピタリとなくなり、3年にわたる悲劇は終結した。
この獣の死体を300人が目撃、彼らは皆オオカミとは明らかに異なり、まさに怪物だと証言している。
その後死骸の行方は確認されていない。
ジェヴォーダンの獣、その正体は巨大なオオカミやハイエナという説、犬とオオカミの交配種説、それらが複数いたともいわれるが、真相は謎のままである。
小高い丘の頂に立つ野獣と少女の像、手製の槍で自分の身を自分で守るしかなかった少女。
厳しい暮らしの中、恐怖に怯えながら毎日を闘い続けた人々の悲劇の物語がここにある。

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