ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

テレビでドキュメントを見るのが好き!
1回見ただけでは忘れてしまいそうなので、ここにメモします。
地球環境を改善し、自然に感謝する心を皆で共有してゆきたいです。
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Aliens and Sacred Places 宇宙人と聖地

ここはおそらく人類にとって最も神聖な地といえるだろう。
世界の主要な3つの宗教、キリスト教、ユダヤ教とイスラム教の信者が皆この地を敬い崇め奉る。
まさに聖地と呼ぶのにふさわしい場所。

Jerusalem旧市街、神殿の丘、古代の城壁に囲まれた台地は数千年前から聖なる場所と考えられてきた。
Robert Mullins PH.D.(Archaeologist)「ここがユダヤ教とキリスト教にとって神聖である訳は、創世記の22章でアブラハムが息子イサクを縛って生贄にしようとした場所だから。
またここにある岩のドームには、イスラム教開祖のマホメットが天界に旅立った時に足跡を刻んだという岩がある。」

Philip Coppens(Author,The Ancient Alien Question)「神殿の丘には、3つの宗教にまつわるものが混在している。
それぞれ違った説話があるが、重要な場所であることに間違いない。
その起源は、神が地に降り立ったという点で共通している。
以来ずっと、ここは死後の世界か、神の世界と更新するために場所だった。」

毎年何百万人もの巡礼者が礼拝のために神殿の丘を訪れる理由は一体何なんのだろう?
紀元前10世紀に、ダビデ王がこの地を巨大な神殿の建設地に選んだ訳は?

Mrvin Mewer,PH.D.(Prof.of Religion Chapman University)「ここはイスラエルの王となったダビデが攻め落とした地だった。
神の祝福があった土地でもあるし、イスラエルの民に神が与えてくれた聖なる土地という意味合いが当時からすでにあった。」

Michael Coogan,PH.D.(Leturer,Harvard Divinity School)「聖書によればダビデはエルサレムに遷都した後に、神の住まう家を建てたがっていた。
しかし最初の神殿を建設したのは、その息子ソロモンだった。」

紀元前957年、ダビデの息子ソロモンが建設した神殿には、契約の箱が置かれたと言われている。
ユダヤの紙が与えし掟、十戒が刻まれた石板がこの箱に納められている。
しかし古代宇宙飛行士説を唱える者の多くが、契約の箱は異星人に与えられた強力な装置であるという。

Erich Von Daniken(Author,Chariots of the Gods?)「聖書には契約の箱のことがつづられている。
神はモーセに聖なる山に来るように命じて、この箱のつくり方を伝授する。
この箱がその後どうなったかは聖書に記される通りで、たいへん奇形なものだった。」

R・M「ソロモン王は契約の箱を神殿の奥深く、位の高い祭祀だけが入ることを許された場所に安置した。
本殿の内部に作られた内洞だ。」

ユダヤ教の聖典・タルムードによれば、ソロモンの指輪と呼ばれる特別な記号が刻まれた魔法の指輪を持っていたという。
この記号こそ、ダビデの星。

この指輪は普通の人間なら、到底なし得ないことをも可能にするものだった。
ソロモン王は指輪の力で悪魔を操ることもできた。
こうして力を得たために、それまでは不可能だった建造物の建築が可能になったとも言われている。
イスラム教の聖典によれば、ソロモンは緑の絹でできた魔法の絨毯を持っていた。
それは玉座と兵士が乗れるほど大きなものだった。
Giorgio A. Tsoukalos(Publisher,Legendary Times Magazine)「魔法の絨毯なんてものが存在するはずがない。
私たちの祖先は、この話の中で何を言い表そうとしていたのだろうか。」

David Childress(Author,Technology of the Gods)「ソロモンはどうやって不思議な力を得たのだろう。
宇宙人と接触して空を飛び回るための宇宙船を与えられていたのだろうか?」
ソロモンの神殿の複雑な形状やデザインを研究したアイザック・ニュートンでさえ、ソロモンが秘密の知識を持っていたのでは、と疑った。
Bill Birnes,J.D.,PH.D.(Author/Publisher,UFO Magazine)「たいへん高度な建築技術が駆使され、光の取り入れ方にも正確な天文知識が繁栄されている。
この神殿にみられるデザインとレイアウトを可能にしたソロモン王時代のテクノロジーは、一体どれほどのレベルだったのだろう?
現代の学者や建築家たちでさえ首をかしげるばかり」

「実際旧約聖書のソロモンの契約には、ソロモンが人間の労働者や建築家を使っただけではあく、悪魔にも手伝わせたと書いてある。
悪魔は特に力が強かったため使ったようだ。」
契約の箱に備わった高度なエネルギー装置がソロモンに莫大なパワーを与えていたのだろうか?
その装置とは、もしや宇宙からきたものではなかったか?
ソロモン王の神殿は紀元前6世紀、バビロニアに攻め入られた際に焼き払われた。

だがその跡地には、ヘロデ王によって西暦1世紀、第二の神殿が造られた。
新約聖書によれば、第二の神殿は、イエス・キリストの人生に深くかかわるものであったという。
イエスはこの神殿の境内から物売りを追い出し、その後ユダヤ人とローマ人の両方の手によって磔となり命を落とした。
そしてここは蘇ったイエスが体ごと天に上った場所とされるオリーブ山の近くでもある。
Rev.Barry H.Downing(Author,The Bible & Flying Saucers)「イエスの物語には、弟子たちが、イエスが天にめされても、いつか戻ると信じていたと記されている。
このような話も含めたうえで、地球外に生命体が存在することを聖書は認め、信じるよう説いているとも解釈できる。」

古代宇宙飛行士説がいうように、イエスはソロモン王と同じく、別世界のものとつながりがあったのか。
Rev.Michael J.S.Carter,M.Div.(Author,Alien Scriptures)「異星人との遭遇に関して、天に昇るという話がよく出てくる。
新約聖書にもイエスが昇天した話がある。
このような話は雲の上で待つ宇宙船へと人間を持ち上げ、引き上げる装置を地球外生命体が持っているという裏付けともなりえる。」

第二神殿も、西暦70年にローマ軍によって、炎上、破壊される。
そのおよそ600年後にこの地を侵略したペルシャ人は、崇高なる聖書とイスラム教徒が呼ぶ、岩のドームを、ここに建設した。

岩のドームは、露出した岩の岩盤に覆いかぶさるように建っている。
イスラム教の教えでは、神の導きでこの岩からマホメットが天に昇ったとされている。
実際にこの岩には穴が開いていて、マホメットが、どこから天に連れて行かれたかが分かる。
天でアラートであって啓示をうけた後、マホメットは再び同じ場所に戻ってくる。
なのでイスラム教徒にとってここは、重要で神聖な場所。

コーランによれば、マホメットが天に昇る際に乗った岩は、聖なる岩と呼ばれている。
宗教学者たちは、この岩の上にはかつて、契約の箱が安置されていたと考えている。
ソロモンの神殿の内洞が建っていたというのだ。
神殿の丘は、古代に存在した、銀河をつなぐトンネルの入り口ではなかったかと考える専門家もいる。

宇宙を旅した生物は、何万年も前に、本当にこの地に降り立ったのだろうか。
神殿の丘は、古代人が異星人と初めて接触した場所だったのだろうか?
この地の持つ宗教的意味が、地球外生命体との関連を裏付けとなる証となるのだろうか?

中東の要、サウジアラビア、紅海から80kmほど入った内陸に、イスラム教のもっとも聖なる都市、メッカがある。
西暦570年に、予言者でイスラム教の開祖であるマホメットが生れた場所である。

Michael Coogan,PH.D.(Lecturer,Harvard Divinity School)「当時のメッカは、商業の中心地だった。
インドや、さらに遠くのアジア諸国から持ち込まれた商品は、陸路で北部のダマスカスに送られた後に、海路でエジプトまで運ばれた。
この商業都市で予言者マホメットは最初の啓示を受けた。」

メッカの中心には、イスラム教徒にとって最も神聖な場所アルハラムモスクがある。
このモスクの中心部に位置するのがカーバ、高さ13m、幅10m、花崗岩でできた立方体の神殿。
イスラム教の教えによると、カーバは紀元前およそ2000年に、イスラムとユダヤ、両方の祖となった人物アブラハムによって造られたという。

アブラハムには2人の息子がいたと聖書には書かれている。
最初の息子はイシュマエル、そして次男がイサクだった。

このイシュマエルとアブラハムが一緒にこの地を訪れ、カーバを造ったと言われている。
金の刺繍が施された黒い絹で覆われたカーバは、イスラム教で最も神聖な建造物。
毎年およそ300万人のイスラム教徒がカーバへ巡礼に訪れる。
この巡礼はハジと呼ばれる。

イスラム教徒にとっては、可能であるなら一生のうちに少なくとも1度はメッカ巡礼、つまりハジに行くことが義務となっている。
これはアブラハムとイシュマエル、マホメットの足跡をたどり、それを象徴した儀式に参加することを意味する。

メッカを訪れる巡礼者にとってここで行われる儀式の一番のメインとなるものは、カーバを取り囲む集団の列に参加して、この神殿の周囲を反時計回りに7周歩いて回ること。
この立方体の建物の一角には黒い石が埋め込まれている。

この石がどこから来たのかは不明だが、伝説では天使によって空からもたらされたとされている。
そして現在の場所に保管されるようになった。
この石がマホメットの時代よりはるかに前から崇拝されていたという説がある。
古代に落ちた隕石だという。
古代の人々にとっては、隕石は神からの啓示と映ったことだろう。
巡礼でカーバの周りを7周歩く際に、できることならこの隕石に口づけするのがよいと考えられている。
しかし今は巡礼者の数が多すぎるので、それが不可能になっている。
そこで現在の慣習としては、石に口づけできないのなら、石の方に向いて敬意を示せばよいということになっている。

この石が天国から落ちた隕石で、代々守られてきたのだと人々は信じている。
隕石の一部はかけて破片となったが、銀で縁取りされているおかげで、破片も全て失われず保存されている。
黒い石は本当に隕石なのだろうか?
そうだとすれば、イスラム教の教えに語られるこの黒い石の起源は、どう解釈できるだろう?
カーバは、ある種のエネルギーを放出して、人々にエネルギーを与え、精神性ある健康を高めるという説がある。
おそらくこれは、黒い石が隕石で、宇宙から来たことに関係している?
イスラム世界において、この黒い石は、あまりにも神聖視されているため、科学的分析にかけつことなど、到底許されることではない。

E.Deniken「大天使ミカエルは、地上に降り立った。
そしてアブラハムに文書に記された何らかの情報を与える。
その情報は石の中に封印された。
その石が現在現在カーバにある天より賜りし石なのだ。」
古代の人々は、神の教えを得るためか、天を読む能力に長けていた。
黒い石を読むこともできたかもしれない。
研究者によれば、カーバの壁面はちょうど、竜骨座のカノープスの上る方向と、月の軌道、夏至と冬至の太陽の方向を向いているという。
しかし古代の人々はどうやってこのような天文学の知識を得たのだろうか。
Jason Martell(Author,Knowledge Apocalypse)「太陽の周りを惑星が回るように、カーバの周りを回巡するようになったのは、当時の惑星の配列を人々が知っていたのかもしれない。
G.Tsoukalos「イスラム教には、翼をもつ天使が、光を放ちながら強風と共に降臨し、大地を震動させたという説話がある。
この説話に語られた出来事は必ずしも神との遭遇だったとは言えず、生身の地球外生命体との遭遇だったとも考えられる。」
天文学の知識をもとにカーバが建てられたのは、古代のイスラム教徒が秘密の知識を持っていたからなのか、そして黒い石を崇める行為には、異星人と遭遇したことを祝うという意味合いもあるのでないか。

1819年4月28日インド西部Ajanta村のすぐ近くで虎狩りをしていたイギリス人将校ジョン・スミスは、精巧な細工が施されたいくつもの石窟寺院を発見した。
寺院が彫られた場所は、ワゴーラ渓谷を見下ろす断崖だった。
建設は紀元前200年と考えられている。
この石窟寺院の建設技術と美術品の数々は、謎の多いインドの歴史に新たな光を投げかけた。
アジャンターはインドに現存する仏教徒の寺院では最古のもの。
建築は紀元前200年に始まり6世紀の終わりごろまで続いたと考えられている。

7世紀以降はインド全体で仏教が衰退し始める。
石窟は置き去りにされ住む者もいなかった。
そして時が経つにつれ、ジャングルの木々が石窟を覆い隠してしまった。

堅い岩から削り出され、すべてが巨大な1つの岩から彫られている。
現在のおいてもこの寺院は神聖とされ、毎年何千人もの仏教徒が訪れる。
献身的な僧によって聖堂として建てられたこの寺院は、数多くの礼拝書を持つ。
そこは、目覚めた人と呼ばれた釈迦の一生や当時の時代を写し取った数々の絵や彫刻が飾られている。

David Efurd,PH.D.(Asst.Prof.of Art History Wofford College)「アジャンターには様々な彫刻が残されているが、その多くが釈迦の姿を彫ったもの。
釈迦の他にも神の世界の者たちを記した仏教説話が題材となっている。

この説話はジャータカと呼ばれる。
この中では現生は前世とつながっているという輪廻転生について書かれていて、釈迦も前世では動物や人として生まれたかもしれないし、神だった可能性もあると説いている。」

2000年以上も前に高さ20m以上もある花崗岩の岸壁をくりぬいて洞窟が造られたことには現代の技術者も舌をまく。
この洞窟は岩を外部から掘り進めて、トンネルを造るようにくりぬいて造られている。
現在も見ることができる石窟内部の空洞は、岩を砕き、ノミで削って瓦礫を運び出すという作業によってできたもの。

この石窟に施された装飾の細部に至るまで、また数々の彫刻のすべてが、この岸壁のひと連なりの岩から造られている。
アジャンターの石窟寺院は、岸壁に沿って綿密に計算して造られたその配置に重要な意味があるという。
当時の人々が天体活動について高度な知識を持っていたことがうかがえるという。
石窟は馬蹄形に浸食された断崖に造られているので、様々な方角を向いている。
あるものは東の方角、つまり太陽が昇る方角を向いている。
これを見ると、古代のインドの人々が宇宙や天体の星々の関係といったことに強い興味を持っていたのではと思える。

この寺院を彫った者が天体に関する知識を持っていた証を2つの洞窟に見ることができる。
どちらにも大きなストゥーパがある。
これは仏教の開祖となった釈迦、ゴータマシッタールダの遺骨、仏舎利を祀っているとされるドーム型の建造物、仏塔のことである。

第19窟と呼ばれる石窟は、冬至の太陽の方角を向いている。
つまり冬至の日に朝の光が石窟正面に造られた大きな窓から差し込み、その光がちょうどストゥーパを照らし出すように造られている。
第26窟でも同じことが起きる。
夏至の太陽の方角を向くように建てられている。
やはり差し込んだ光が石窟内のストゥーパを照らし出す。

若いころの釈迦が中央に置かれたストゥーパが数多くあるが、釈迦が何かを操縦しているようにも見える。
ストゥーパは、釈迦が天に昇るとき、または地上に降りるときに使われたという。
なのでこれは釈迦が宇宙に旅立つ姿を表したものではないかと考えられている。」

George Noory(Radio Host,Coast to Coast AM)「古代人は見たことを表現しなくてはという思いに駆られていたのだろう。
それで洞窟に彫られたレリーフや絵画、彫刻、記念碑といったものに自分たちの見たものを見たままに写し取ったのだ。
なのでそれは古代人が目撃したものと考えらえるが、どうにも奇妙なものが描かれている。」

アジャンターの壁画には、半身半獣の姿を持つ神が描かれている。
なのでこの石窟寺院は宇宙の絶対神のような存在のために造られた特別な地底の寺ではないかと考えられる。

僧侶たちは誰と会っていたのか?
地球外生命体の力を借りていたのかもしれない。
宇宙人が遺伝子操作によって異形の生物を作り出したのか?
アジャンターの彫刻と壁画は、現存する古代インド美術の中でも最古のものに分類され、精巧な細工が施されたこの石窟は、宇宙人との接触によってできたのだろうか。

エチオピア、Lalibela、山々が連なるこの風景に隠されたひと塊の岩からなる11の聖堂。
Giorge A.Tsoukalos「ラリベラに近づく間は特に何も見えてはこない。
しかしすぐ近くまで行くと、突然地面が開ける。
そして岩盤から削り出された巨大な素晴らしい聖堂が目に飛び込んでくる。」
Philip Coppens「ラリベラの聖堂群は建築概念が当てはまらない。
聖堂は岩盤を掘り下げて造られている。
この驚くべき工学技術は現代の建築工法を根底から覆してしまうほど。」
ラリベラの生活は、宗教儀式が中心。
毎年約21000人のキリスト教信者が巡礼に訪れる。

Michael Gervers,PH.D.「エチオピアのキリスト教はユダヤ教の流れをくむ古いキリスト教で、現在の西洋諸国のものとは異なる。
キリスト教が西欧諸国に普及したのとほぼ陶磁器にエチオピアにも広まった。」
考古学会では聖堂が12世紀に彫られたと考えているが、聖堂を調査した科学者たちは、この聖堂建築は、科学的には説明がつかないと説明づけた。

聖堂を一目見れば、電動工具が使われていることがすぐわかる。
堅い石を加工する際に、鉄製の専用の道具が必要、現代でも電動のこぎりやグラインダー、電動ノミがなくては不可能。
古代宇宙飛行士説で言うように、ラリベラの聖堂群が現代の技術なしで造られたのなら、一体何者によって造られたのか。

15世紀に記されたとされるラリベラ王に関する説話がある。
それによると天使ガブリエルが現れ、王を連れ去る。
王が連れていかれたのは、神々しいエルサレムの町で、そこで神は王に、ラリベラを第二のエルサレムとするように言う。

王は国に帰り聖堂建設に取り掛かる。
何年物月日が費やされた。
昼夜を徹しての作業を手助けしたのは、天使だったと言われている。
伝説によれば天使が天国から降りてきて、作業員たちが疲れて眠っている夜の間に作業を行って手助けをしたと言われている。

ラリベラの聖堂建設に天使が手を貸した理由は何だったのか?
神や天界の者を称えるためか、あるいは地球外生命体を祀るためだったのだろうか?
エチオピアのキリスト教徒にとっての古代の聖典ケブラナガストによれば、金箔で覆われ、十戒を納めたとされる契約の箱は、紀元前9世紀にエルサレムからエチオピアに移されたという。
ソロモン王とシヴァの女王の間には子供がいた。
ネメリク1世と名付けられ、後に初代エチオピア王となる人物。
ネメリクが22歳になった時、父親に会いたいと母であるシヴァの女王にいった。
そこで女王は息子がエルサレムに行けるよう手配する。

ネメリクはエルサレムに長期間滞在するうちに同じ年頃の貴族の男と知り合いになる。
そしてネメリクが国に帰る前の晩、2人は一緒に神殿に忍び込んで契約の箱を持ち去りエチオピアに持ち帰ったと言われている。

契約の箱がラリベラに保管されたことははたしてあったのか、それを示す歴史的根拠は何1つ存在しないが、この地に残る伝説では、一時期ラリベラに安置されていたと語られている。
ラリベラの聖堂には契約の箱がちょうどぴったりとおさまる祭壇がある。
エチオピア正教会の説明によれば、契約の箱はもはやラリベラの聖堂にはなく、320kmほど北上したアクスムの町にあるという。

今もエチオピア人の司祭が警備する特別な聖堂があって、そこには誰も入ることができない。
アクスムの町にはマリアシオン大聖堂と呼ばれる大きな聖堂があり、地下にはトンネルがあり、このトンネルのさらに下に契約の箱が置かれていたという。
それはなぜ長い間封印されていたのだろうか?
古代宇宙飛行士説によれば、契約の箱を人間に与えた強大な宇宙人がいつかこの箱を取り戻しに来るのだという。
そして宇宙人が再来するときには、最初に訪れた場所に再び降り立つと考える者もいる。

レバノン東部Bekaa Valleyには、古代の都市ヘリオポリスの遺跡が残されている。
紀元前4世紀にアレキサンダー大王がゼウスに捧げた神殿である。
だが、ギリシャ時代とローマ時代の遺跡やコリント式円柱の下には、それよりはるかに古い遺跡が横たわっている。
考古学者によれば、およそ9000年前のものだという。

この古代都市バールベックの名は、古代カナンの地で崇拝されたバールに由来する。
バールは生命と空と太陽をつかさどる神、この神はバールベックの地でカナン人とフェニキア人が共に信仰した神だった。
この場所がバール信仰の聖地であったために、後に訪れたギリシャ人とローマ人も同じ場所に神殿を建てたのだろう。
考古学調査が行われた結果、この遺跡の土台を形作る巨石は、何万年も前のものということが明らかになった。

Hanan Charaf(Archaeologist)「考古学資料からは、バールベックは原石器時代、つまり紀元前6000年から8000年、もしくは9000年に存在したと考えられる。」
古代宇宙飛行士説ではさらに、この巨大な石の土台は、かつて宇宙を旅する者たちの、着陸体として使われていたのではないかと考える。
研究者たちがこの説の根拠としてあげるのが、土台に組み込まれた巨大な石。
巨石はそれぞれ800〜1200トンもある大きなものだが、それが完璧に組み合されている。
このような石をどうやって持ってきたのか、どうやって組み立てたのか?
石があまりにも巨大であったため、古代の人々はこの石が未知の力によってここに運ばれてきたと考えた。
古代宇宙飛行士説で言われるように、バールベックが数万年にわたって聖なる地と人々からみなされてきた理由は、異星人が最初に地球に降り立った場所だからではないだろうか。

バールベックが宇宙人の上陸地点であることがシュメール文明のギルガメシュ叙事詩に記されている。
ロケットがバールベックに着陸したり、発進したりするのをギルガメシュが見たと書かれている。
レバノンのバールベックとエルサレムの神殿の丘を比較してみると、石をくみ上げて造られた超大型の土台が驚くほどよく似ている。
どぢらとも宇宙船を上にのせる目的で造られていたのだろうか。
異星人の集団は、地球の最も聖なる土地にほんとうに降り立ったのだろうか。
信仰に篤いものは、すでに真実を知っているのかもしれない。
それとも将来明らかにされるまで、真実は隠されたままなのだろうか。
 
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