ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

テレビでドキュメントを見るのが好き!
1回見ただけでは忘れてしまいそうなので、ここにメモします。
地球環境を改善し、自然に感謝する心を皆で共有してゆきたいです。
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聖書の掟で知るキリスト教の世界
古代世界の真の姿、その答えは聖書に記された数多くの掟に隠されている。
掟は衝撃的で謎めいている。
その掟を紐解き、古代世界の失われた真実を明らかにしよう。
モーセの十戒はよく知られているが、聖書には2000近い掟や戒律がある。
そのすべてが古代世界を理解するための扉である。
古代の人々の衣服から神に誓った呪いの言葉まで古の人々がどのように生き、死んでいったのかを綴った書物、それが聖書。
家庭生活や人付き合い、社会秩序のあり方や支配者のこと、部族の役割など、こういったことすべてが古代の文化や社会を統制していた掟に反映されている。

紀元前2000年エルサレムの町からほど近いヒノムの谷、空を切り裂くような甲高い声が今もなお旧約聖書のレビ記に残っている。
DO NOT GIVE ANY OF YOUR CHILDREN TO BE SACRIFICED TO MOLOCH(LEVITICUS 18:21)
「自分の子を1人たりともモレク神に捧げてはならない」
モレクという恐ろしい神、この子供を生贄として求める神とは一体何者なのだろうか。
モレク神とは冥界の神、この異教の神は紀元前2000年頃、中東である宗派に崇拝されていた。
我が子をモレク神にささげることは生死にかかわる問題とその宗派は信じていた。
子供の生贄が本当に行われていたことを示す物的証拠が見つかっている。
その場所は現在のチュニジアにあった古代都市カルタゴ。
新生児から2歳ごろまでの子供たちの骨を詰めた骨壺が無数に発見された。
これで要求の多い神へ実際に子供を捧げていたことが、より確実となった。
我が子を生贄にすることなど、悪魔がなすことのようだが、その背景には古代世界のある事情が隠されていた。
おぞましい習わしや土地の神々だけでない、当時の人々の寿命も大きな原因となっていた。
治療できない病気(コレラ 腸チフス 天然痘など)で瞬く間に命が奪われた。
人の寿命は短い、そこで家族の誰かを神に捧げれば、自分だけでなく家族も早死にを免れると信じていたのだ。
神に気に入ってもらうために生贄をささげえる、それは古代世界全体で行われていた。
例えば1000年前、メキシコに暮らしていたアステカ族、実際儀式で甘いものを使った最古の記録はこのことに関係している。
アステカ族はピラミッドの天辺で若いおことを生贄にした。
男が怖がったりするとチョコレートの飲み物を与えた。
それには血が混じっていたが、その地は前に生贄になった人のものだった。

紀元前2000年ごろ、古代イスラエル人は生贄を邪悪だとしていたが、常にそうとは限らなかった。
「出エジプト記22章」で神は最初に生まれた息子を私に捧げねばならない、と命じている。
DO NOT GIVE ANY OF YOUR CHILDREN TO BE SACRIFICED TO MOLOCH [LEVITICUS 18:21]
(自分の子を1人たりともモレク神に捧げてはならない)
これは旧約聖書で子供の生贄の存在を示す箇所の1つ。
しかし聖書にはもっとも衝撃的と言うべき逸話がある。
それは子供の生贄がどう思われていたかを知る決定的な手がかりとみられる。
登場するのは父親と息子、いわゆるアブラハムとイサク。
イサクがある年齢に達した直後、アブラハムは神から息子を生贄に捧げよと命じられた。
そこで山へ登り祭壇を造る。
神はこういったとされている。
「息子を焼いて捧げものにしなさい。
そして刃物を持って行き、それで息子を殺しなさい。」
アブラハムはひどく悩んだはず。
アブラハムはイサクの胸を刺そうとして刃物を振りかざした。
その時天使が現れて「やめなさい」と言い、そばに茂みに角をとられた牡羊がいた。
アブラハムは神がイサクの代わりに動物の生贄を与えたと理解した。
神が与えた試練に応えるなら、親はほとんどのことをやり遂げてしまうだろう。
アブラハムは生贄にすることを神に止められたが、この瞬間古代世界が転換点を迎えたといえよう。
神が止めたことで、神とアブラハム、その子孫の間に子供を生贄にしない新たな取り決めができたのだ。
こうして子供の生贄は減っていたが、古代イスラエル人は時折行っていた。
戦いに勝つためだった。
古代イスラエル人がモアブの王のもとへ攻め入った時、王が息子を神に生贄にしたところ、戦いに勝った。
子供を捧げるなという掟こそ反撃の手段で、子供の生贄という攻撃を封じるためのものだったのだろうか。
もしそうだったら効果的だっただろう。
しかし今もなお続けられている地域がある。
例えばアフリカのある地域では宗教儀式として子供を生贄にしている。
子供の血を守り神とみなした古と同じ考え方なのか。
モレク神はその謎を解く1つの手掛かりに過ぎない。

一方こうした掟を調べると古代世界の姿が見えてくる。
子育てがその例といえる。
WHOEVER CURSES FATHER OR MOTHER SHALL BE PUT TO DEATH [EXODUS 21:17]
(父あるいは母を呪う者は死刑に処せられる 出エジプト記21章17節)
現代はどうか、最近の研究では親を罵る子供が10年前より増えるだけでなく、低年齢化して、3歳ごろから親に悪態をつく子もいるという。
古代世界では悪態をつくと死刑になったのだろうか。
掟の中の「呪う」という強い言葉は何を意味するのか。
呪いの中には恐ろしい暗黒の魔力のための呪文もあるという。
「夜の神々と共に呼び出す。夜を、ベールを被った花嫁を」
聖書の掟には今を生きる私たちの暮らしに新たな光をあてるものもあるという。


呪いという言葉は、3000年前は今よりはるかに強い意味を持っていたのだろうか。
呪いという言葉は社会のあらゆる階層で使われた。
国際政治でも呪いを使ったので、国同士の協定は神によって保障された。
もし協定を破ったら、神から残虐な罰を受けると言って脅したのだ。
この掟の呪いは罵ることだけでなく、悪魔を呼び寄せることも含まれる。
ほんとうにそうしたのだろうか。

その答えは、中東から地中海沿岸に点在する神殿や墓に見られる。
実際に使われた呪文が粘土板に刻まれているのだ。
そこには呪いだけでなく手順も記されている。
効き目を高めるには決まった手順に従う必要があった。
呪いは聖なる場所で行われていたようだ。
神に近づくほど神によって理解され、願いを聞いてもらえるからだ。
呪うときは呪文を唱えるだけの場合もあれば、呪いの対象代わりの人形や痛めつけたい部分を模ったものを用意することもあった。
相手を痛めつけたいときはこんな具合だった。
「女と寝るとき、ペニスを傷むのだ。」

もし呪いを確実にかけたい時などは深い皿などを割った。
呪いたい人の名前を深い皿に書き、声に出して読む。そして粉々にする。
古代人は呪いをかける側には魔力がなかったので、自分より高い存在に頼べば、実行してもらえると信じていた。
神や悪魔にはとてつもなく大きな力があり、その力は他者を痛めつけるためにも使われた。
誰かを呪いたいときにはその力が相手に降りかかるように祈った。
古代人は地獄が実在すると信じていた。
そのため呪えば相手を傷つけることができると考えていた。

親を呪う子供は死ぬという聖書の掟は、ある時代では意味を持ち始める。
古代人は呪いを信じていたので、その手順も整っていた。
親を呪う子供は親に殺意も抱いていた。
だから子供をおとなしくさせる必要があった。
聖書の中の命令や呪いの多くは生き延びることが前提。
古代世界は家父長制の世界で権力ある男性のもとにいるのが安全とされた。
権力ある男性が戦っている時、その男性は自分が守っている者たちが忠誠心を持っているか知る必要があった。

古代世界では言葉には絶大な力があった。
それが呪いや呪文。
ある出来事の結果を変えようとして魔力を使う者もいたが、聖書では掟を述べている。
A MAN OR A WOMAN WHO IS A MEDIUM OR A WIZARD SHALL BE PUT TO DEATH
(男であれ女であれ 口寄せや霊媒は死刑に処せられる[レビ記20章27節])
レビ記の魔術師の魔力は思いもかけないある目的に役立った。
当時は天気図がなく、地震も地面が揺れる仕組みが分かっていない。
なので魔術師は人々を意のままにできた。
身体についても支配できた。
怪我や病気をしたとき、自分が何も悪くなければ誰かのせいだと考えた。
そこで魔術師に責任をとらせた。

魔術を信じることは古代世界に広まっていたが、それを禁じる掟が古代文書に見られる。
古代メソポタミア 紀元前1772年 ハンムラビ法典にはこう記されている。
「もし魔術師が責任を問われ、証明できない場合、問われた魔術師は川で水攻めに処される。
もし助かれば訴えたものは殺される。
魔術師が川で死ねば有罪。」
古代において魔力は存在することが当たり前とされた。
メソポタミアの祭祀は魔力を持つと思われていたが、ヘブライ人の預言者も神の名において奇跡を起こしていた。
もし本当なら、なぜ聖書は魔術師に特に厳しい判断を下しているのだろうか。
正しい手順を経ていないことが問題だった。

もし神が人々と話を望むなら、神は伝言を預言者に託すはず。
現代は魔術を法で取り締まるのが難しく、アメリカ政府は一部を認めている。
1996年国防総省は現代の魔女信仰ウィッカを兵士も信仰できる宗教として承認。
現在軍に5つの実践グループがある。
2007年にはウィッカの五芒星を軍人の墓石に刻むことを許可した。
その一方で魔女への恐れは今も続いている。
ある人々が私たちには理解できない力を持つと思うと、不安を抱く。
部族社会の人々は今も魔女を恐れている。

ONE WHO BLASPHEMES THE NAME OF THE LOAD SHALL BE PUT TO DEATH THE WHOLE CONGREGATION SHALL STONE THE BLASPHEMER [LEVITICUS 24:16]
(主の御名を呪う者は死刑に処せられる 共同体全体が石で打ち殺す)
石打の刑は古代イスラエルでよく使われた死刑の方法。
それは村をあげての行事で村中の人々が集まり男も女も罪人が死ぬまで石を投げた。
なぜ村全体が参加したのだろうか。
石打は忠誠心を試すものだという説がある。
近所の罪人に石を投げることを拒否したら、敵から村を守れなくなるのだ。
どんな状況でも団結が求められたため、処刑には全員が参加した。
絞首刑や斬首刑もあったが、石打の刑は部族にとって特別な意味があった。
石を拾い上げることは同意を意味し、みんな投げた。

石打の刑を受けたのは男性だけではない。
多くの場合女性は首まで埋められた。
そしてその女性が死ぬまで人々は石を投げた。
石打の刑は今では投石刑ともいわれ、15か国で許可されている。
しかし頻繁に行っているのはイランとパキスタン、ソマリアの3か国だけ。
石で打ち殺すという掟は地域社会を守ることと言える。
この掟が実践された背景には何があったのだろう。
古代世界では誰もが崖っぷちに立った状態だった。
つまり生きるか死ぬか。
現代の私たちは快適で安全な暮らしをしている。
それに対していつも命の危険にさらされていた古代世界がどんな場所だったか、想像できる。

3000年前、聖書の掟は衣服でさえ神を冒涜することがあると述べている。
NOR SHALL YOU PUT ON A GARMENT MADE OF TWO DIFFERENT MATERIALS [LEVITICUS 19:19]
(二種の糸で織った衣服を身に着けてはならない)
古い格言でも、衣服はその人を表すというが、聖書もそれを知っている。
つまり植物から作り出される生地と、動物から作り出される生地とを混ぜてはならないということ。
混合は不純を暗示するので物事を混ぜてはいけない。
また混合は不浄で不適切な結合を意味する。

紀元前450年頃、部族を守ることが重要だった古代の中東では、敵か味方かを見分ける必要があった。
使われたのは旗のような意味を持つ布。
衣服でも食べ物でも、つい不純物がないものが欲しいと思うもの、同じく忠誠心にかける人を仲間にしておきたくない。
例えばある男性が他の部族の女性と結婚した後、女性の部族が襲ってきたとする。
その時男性の部族は女性がそれまでの部族ではなく、自分たちの味方であってほしいと願う。
現代では衣類の掟に従うことは無理だろう。
生地の多くは、実用的な合成繊維だ。

YOU SHALL NOT REVILE THE GOD OR CURSE A LEADER OF YOUR PEOPLE.[EXODUS22:28]
(神をののしってはならない 民の代表者を呪ってはならない)
もし現代の政治が過激だと思うなら、指導者を呪うことが許されなかった古代世界を調べるとよいだろう。
古代、民の代表者は検閲を厳しく行っていたが、それは神のようにふるまっていたためもある。
現代社会では、宗教と政治は明確に分けられている。
しかし古代世界、イスラエルでは明確な線引きはなかった。

民の代表者を呪うことは、敬い従うべき親や神を呪うことでもあった。
イスラエルの民が砂漠の中をモーセに導かれていこうとしていた時、長老や統率者、指導者たちに民が彼らに従うよう権限が与えられた。
現在民需主義国家には言論の自由があり、指導者を呪っても逮捕されない。
その件は、聖書の解釈と共に発展してきた。
神は不可侵の権利を与えられると言われ、その権利には生きること、自由、幸福の追求が含まれている。
そこには政治的な指導者に反論する自由はもちろん、神を冒涜する自由も含まれている。

古代世界では、王は民の上にあり、王の上に神がいるということははっきりしていた。
なぜ民の代表者を呪ってはならなかったのか。
代表者が神に立ち向かうとどうなったのか・・・
紀元前2000年頃、場所はペルシャ湾北部からイランに位置していたアッカド王国、史上初と言われるこの王国には、無数の呪いがかけられたという。
そして栄華を極めていたにも関わらず、王国は滅んでしまった。
アッカド王国の滅亡からおよそ100年後、滅亡について書かれた詩を考古学者が発見した。
原因は何だったのか。
神々はアッカドの町を呪った。
なぜなら王が神の意志に反して神殿を建てたから。
王が古い神殿を取り壊すと、神々は嘆き、アッカドを呪った。
すると権力が近くの都市に移った。

考古学者たちによると、呪いの言葉とは歴史的事実を示し、大惨事は実際に起きたのだという。
紀元前3000年頃に干ばつが起きたという考古学的証拠がある。
アッカド王国の場合、王が神に背いたため王国は滅亡した。
しかし神に従い王の権力を奪うとしたらどうなるのだろうか。
ダビデ王はイスラエルの王の中で最高とされている。
しかし聖書の研究者のほとんどがダビデ王の話はかなり美化されていると考える。
実際の彼は意地の悪い人物だったと言われている。
ダビデ王は実在の人物とされ、紀元前およそ1010年から、紀元前970年頃までイスラエルを支配したと言われる。
キリスト教徒にはイエス・キリストの直径の先祖だと信じられている。
ダビデに政治的才能があったのは確かだろう。

彼はサウル娘との結婚を望んだ。
国王の娘だったからであり、深い愛があったわけではない。
しかし平凡な青年であるダビデがどうやって王女と結婚するというのか。
どんなことをしても、ダビデは結婚を望んだ。
時の王サウルはダビデの野心を感じ取り、難題を吹っ掛ける。
普通の男なら、とてもできないことだ。
ペリシテ人100人分の放屁をもってこいと命じた。
事の始まりはさらにさかのぼること数百年前のエジプトの慣習にあった。
エジプト兵は敵を殺した証拠としてペニスを切り取り、それで金銭的報酬を受けていた。
イスラエル人はエジプト人から割礼の慣習を取り入れた。
つまりイスラエル兵は割礼を受けていたが、ペリシテ人は違っていた。
サウルの要求は残虐な行為を必要とした。

古代世界では権力を握るために殺人と暴力が行われていた。
サウルの命令の狙いは100人分の放屁を集める過程でダビデが死ぬことだった。
しかしダビデは200人分を持ち帰り、それが花嫁の家への持参金となった。
2倍の放屁を持ち帰ったダビデは、王に絶対服従を命じる聖書の掟に、倍で返すことで答えた。
そして力は正義なりと言わんばかりに王への道をひた走る。
民の代表者を呪うなという聖書の掟は、指導者にたてつくなと正式に述べている。
指導者は初めからこの掟を見ているのかもしれない。
聖書の掟は現代の趣味にも言及している。
入れ墨である。
YOU SHALL NOT MAKE ANY CUTS IN YOUR BODY FOR THE DEAD,NOR MAKE ANY TATOO MARKS NO YOUR ELVES.[LEVITICS 19:28]
(死者を悼んで身を傷つけたり入れ墨をしてはならない)
入れ墨は異教の進行に関わるため禁止された。
その答えはカナン人、古代イスラエルの隣人で、宗教的な習わしで体に傷をつけていた。
カナン人の神バールの預言者たちは、神の気を引こうとして、体中が赤く染まるまで剣で切りつけたと言われている。
古代エジプトから、ギリシャ、ペルシャまで、入れ墨には様々な意味があった。
通過儀礼、勲章、セックスアピールなどだ。
しかし古代イスラエル人は例外のようだ。
他の民族と違って体を傷つけることを拒んだ。
身体は神の神殿、精霊の神殿、なので体を傷つけたり軽んじたりすること、痛みや苦しみを与えたりすることをしてはならない。
聖書には本質をねじ曲げる言葉を禁じるという掟も見られる。
これはどういう意味だろう。

PUT AWAY YOUR CROOKED SPEECH,AND PUT DEVIOUS TALK FAR FROM YOU.[LEVITICUS 25:17]
(曲がった言葉を口から退け、ひねくれた言葉を唇から遠ざけよ)
嘘にはいろんな段階がある。
何とかうまい言葉を探しながら取り繕う、自分の本当の気持ちを隠す、相手のことを騙す・・・
これは聖書全体の深いテーマ。
生れてはじめて物を考え、話した時はどうか。
子供は言葉を覚えると同時に真実を変える方法も身に着ける。
人間が言葉で行う基本的なことの1つが嘘をつくこと。
現代は言葉が意味をなさない社会、誰かが言葉を口にしても、そんなつもりじゃなかったということがある。
しかし古代世界では、自分が口にした言葉に忠実だった。
現代ではネット上に何でも書きたいことを書きこめる。
古代、なぜ人々は約束を守らなかった時のことを恐れたのか。
現代社会は様々な法律や契約、法廷がある。
しかし古代社会はほとんどの人が文字を読めず、遊牧民族には一冊の本さえなかった。
そんな社会では口約束や何を言われたかを覚えていることが社会をまとめる糊のような役割を果たしていた。
つまり自分の言葉に忠実であることが需要だった。
それを物語るユダヤのたとえ話がある。
ある男が隣人の噂を広めていた。
そこでその男は賢者のもとへ行き、相談した。
彼はカッとなって近所に住む友人のことを悪く言い始めた。
すると賢者は彼にこう言った。
「家に帰ったら羽毛の枕を手に取り、中身の羽毛を取り出して風に飛ばしてしまいなさい。」
その後中身を集め、枕の中に戻す。
彼は言った。
「それは無理です。一度外へ出した羽毛をまた枕の中に戻すなんてできなせん。」
賢者は言った。
「あなたが話した隣人の話も同じです。」
この聖書の掟は言葉の持つ影響力を物語っている。
だがコミュニケーションの方法ならたくさんある現代にこの掟は通用するのだろうか。
言葉で騙されることは、金銭の被害より悪いと考えられていた。
金銭なら返済すればよいが、言葉による被害は治せないからだ。
言い換えれば古代において言葉とは行動を表していた。
何かを約束したときには特にそうであった。
聖書の掟は約束を守るよう戒めている。
守らなければ悲惨な結果になると。
そのような世界では、口から出た言葉は覚えておいて、言葉通りに行動しなければならない。
そうでなければ社会は混乱して崩壊する。

WHATEVER YOUR LIPS UTTER YOU MUST DILIGENTLY PERFORM.[DEUTERONOMY 23:23]
(唇にだしたことはそれを守り実行しなさい)
古代世界は約束をどうとらえていたのか。
その謎を解く手がかりが古代ギリシャの神々の外見にあるという。
紀元前5世紀のギリシャの歴史家ヘロドトスによると、ギリシャの神のほとんどはエジプトから取り入れられた。
しかし外見は変えている。
動物の頭を持つエジプトの神々と違って、ギリシャには動物の頭を持つ神はいない。
これはどういうことか。
動物は話をしない、理性があって話をするのは人間だけ。
ギリシャ人にとって重要な話すという行為は、神々に結び付くものと考えられていた。
当時それはごく普通のことで、口から出た言葉には目的意識が強く込められていた。
約束とは危険を承知の行為だったのだ。
法廷が存在しない世界、文書による契約書がない世界、デジタル録音がない世界、そういう世界。
口から出た言葉を覚えておき、言葉通りに行動しなければならない。
そうでなければ社会は混乱して崩壊する。
約束を守るという聖書の掟を無視すると、報いを受けることになっていた。
古代世界だけでなく、今日も強い影響力を持つ言葉がある。
人種についての発言や人種差別主義者という言葉でさえ、仕事や人生を深く傷つけることがある。
3000年前の人をののしる言葉は違っていただろう。
そんな言葉でも古代ヘブライ語とは要点に直接触れる言語だった。
ヘブライ語はまさに砂漠の言語と言える。
実際砂漠にいけばわかると思うが、できるだけ無駄なエネルギーを使いたくないと思うはず。
暑くて体力を消耗するからだ。
ヘブライ語は、英語のTheやAなど定冠詞を使わない。
前置詞のToやForなど小さな単語を使わない。
ヘブライ語を使っていた人々は言葉に忠実であれば、日常生活を維持できると信じていた。
社会は言葉でまとまっていたのだ。
言葉は影響力があるので、天地創造も言葉で理解された。
言葉がなければ何も現れなかった。
神はこう言った。
光あれ、生き物を生み出せと。
神の言葉は天地創造を実現させた。
聖書は史上まれに見るベストセラー、そこに書き記された2000近い掟や戒律は、古代世界を理解する扉となっている。
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