ドキュメント鑑賞☆自然信仰を取り戻せ!

テレビでドキュメントを見るのが好き!
1回見ただけでは忘れてしまいそうなので、ここにメモします。
地球環境を改善し、自然に感謝する心を皆で共有してゆきたいです。
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神々の戦い メドゥーサ

ここはかつて花園だった。
だが今は屍がひしめく墓場。
その表情はどれも恐怖に歪んだまま。
彼らが最後の瞬間に見たのはメドゥーサ。
Michael Fontaine(Cornell University)「メドゥーサの視線は相手を射抜き硬直させる。」
神話メドゥーサの物語は3000年もの長きに渡って人々をとりこにしてきた。
Scott A. Leonard(Author,Myth & Knowing)「メドゥーサはイノシシの牙を持ち、頭にはヘビが生えているという姿で描かれることが多く、女だが髭をたくわえている場合もある。
大抵は正面を見据えて舌をたらして不機嫌な表情をしている。」
Peter Struck(University of Pennsylvania)「古代世界は神話の上に成り立っていた。
神話が歴史を作り、自然界の謎を解き明かし、人々に生きる指標を与えた。
神話は教訓であり、道標。
神話を読み解くと古代ギリシャにおける世界観を垣間見ることができる。
メドゥーサの伝説は魔性の女の魅力にどっぷりはまってしまった男性の心理が暗示的に語られている。」
メドゥーサはたったの一瞥で男の命を奪う。
Fontaine「メドゥーサは男にとって恐怖を呼び覚ます存在。
この怪物は目があっただけで心を見透かされたようになり、のめりこまずにはいられない。
そんな抵抗しがたい強烈な魅力を持った女性。」

メドゥーサは生まれつき怪物だったわけではない。
かつては美しい女性だったのだという。
Rebecca Kennedy(Union College)「彼女は豊かな髪を持つ美女で、言い寄る男性も多く皆の羨望の的だった。」
だが結婚は許されない。
メドゥーサは戦いの神アテナに仕える神官。
永遠の純潔を誓っていた。
Struck「アテナは都市国家アテネの守り神。
処女神でもあり男性との交わりは持たない。
男にとって手の届かない存在。」
この神話は事実に基いているのだろうか?
アテナの神殿は実在する。
今もアクロポリスに立つ神殿パルテノンは、ギリシャ語で処女の部屋。
一際高くそびえるこの神殿は紀元前430年に建設された。

神殿の中心には象牙と金でできた高さ12mにも及ぶ巨大なアテナの像が立っている。
当時世界屈指の建造物だったパルテノン神殿。
メドゥーサの悲劇はこの場所から始まった。
女神アテナに仕え、穢れをしらない美女メドゥーサ、だが彼女の純潔の誓いをあるものが踏みにじる。
海の神ポセイドンだ。
Kenedy「ポセイドンは極めて男性的な神。
彼が司るのは海、嵐、自身などで、突発的で凄まじい破壊力を持つ。
感情に任せて容赦なく当てに襲い掛かる。」
欲望に駆られたポセイドンは早速行動を起こす。
純潔向くなメドゥーサを暴力でおかした。
しかも神殿の中で・・・
メドゥーサは辱められ純血を汚された。
彼女の一生は一変する。

Leonard「当時性的暴行を受けた者は人並みに結婚する資格がないとされていた。
それに処女ではなくなったので神殿にもいられない。」
女神アテナは激怒したが、知からある男性神ポセイドンが女性を欲するのは当然、罰せられるべきはメドゥーサのほうだと攻め立てた。
被害者に怒りの矛先を向けたのだ。
打ちのめされたメドゥーサにアテナは惨い罰を与える。
美しい容姿を奪い、怪物に変えた。
その姿は古代ギリシャ人を度々震撼させたあるものに似ている。
人間の死体だ。
ヘビの髪を持つ冷酷な怪物メドゥーサ、その目には相手を石に変える力がある。
かつては世の男性、そして神をも魅了するギリシャ1の美女だった。
だがポセイドンにおかされ、何もかも変ってしまった。
女神アテナの呪いは突然メドゥーサにふりかかった。
姿が変わり始め、苦しみの余り必死で顔をかきむしる。
皮膚はしなびてひび割れ、長い絹のような髪はうねうねと動く毒蛇となった。
恐ろしい怪物へと変貌したメドゥーサ。
だが変ったのは容姿だけではない。
メドゥーサの目は見た者を石に変える力を持つようになった。
これは社会からの孤立を意味する。
彼女はもう人と触れ合うことはできない。
アテナはメドゥーサが残りの人生を1人孤独に暮らすよう仕向けたのだ。
怪物となったメドゥーサ、極めつけに辺鄙な孤島に追放され、生涯隔離されることとなった。

メドゥーサのような怪物は古代ギリシャ語で恐ろしいものという意味のゴルゴンと『呼ばれ、ギリシャ神話ではゴルゴンは死を擬人化したものであり、死から生まれた怪物なのだという。
Stephen Wilk(Author,Medusa solvins the Mystery of the Gorgon)「大きく見開いた目、斑点の浮いた浮腫んだ顔、飛び出た歯や舌、そういったゴルゴンの特徴は人間の死体から着想を得ている。」
死後数日がたつとしたいのあちこちの皮膚が段々と収縮を始める。
顔はグロテスクに膨らみ、芽は眼窩から飛び出し、腫上がった舌が口から押し出される。
人間の死体が怪物へと変ってゆく。
古代人の死は身近なものだった。
死体をモデルにした怪物は他にも存在する。
Wilk「アステカの暦石の真ん中にある顔はゴルゴンと同じく目と鼻が大きく、歯としたが出ている。
エジプトのベス神、日食や月食をつかさどるインドの魔族ラーフ、バリ島の子供をさらう魔女ランダなどもみな大きな目と長い舌というよく似た容貌をしている。」

死そのものを表す怪物ゴルゴンに変ってしまったメドゥーサ、与えられた罰は外見の変化だけではなかった。
その目に宿る魔力ゆえに孤立し、同時に命を狙われることとなった。
戦士にとってメドゥーサの首は戦場で最強の武器になる。
首だけになっても石に変える力は消えないのだ。
メドゥーサを殺し、その力を手に入れようと多くの戦士がやってきた。

中でも一際意欲に燃える男ペルセウスによるメドゥーサの首刈は神話史上屈指の冒険物語。
ペルセウスの伝説はギリシャ南部に実在する町アルゴスから始まる。
アルゴスを統治していたのは暴君アクリシオス
王には世継がいなかった。

アクリシオスにはダナエとうい1人娘がいた。
ダナエには子供がいない。
王は預言者にダナエは男児を授かるかどうか尋ねた。
預言者はダナエには子供は生まれるが、その子は王を殺すだろうと予言した。
孫に殺されると聞き、おびえたアクリシオスはダナエに子供ができないよう手を打つ。
王は娘ダナエを誰からも見えない塔に閉じ込めてしまった。
塔には澄んだ空気も入らず、食べ物もほとんどない。
王は手を汚さずに娘を殺そうとした。
アクリシオスは娘が飢えのために死んだという報告がくるのを待ったが知らせはいっこうに届かない。

しばらくすると塔に明かりが見え、声が聞こえてきた。
アクリシオスは様子を見に行くと、ダナエは生きていたばかりか、男の子を出産していた。
それがペルセウス。
誰かが塔に入り込み、娘を妊娠させたと知り、驚くアクリシオス。
だが父親は人間ではなかった。
ギリシャの神々の王、神話世界でもっとも子沢山のプレイボーイ、ゼウスだ。
Wilk「ゼウスは鉄格子の向うにいるダナエを見初め、鉄格子を通り抜けるために黄金の雨に姿を変えた。」
黄金の雨は今もペルセウスの名で呼ばれる流星群をヒントに生まれたという。
Wilk「8月に見られるもので黄色い尾をひく流れ星をじっと眺めていると確かに金の雨が降ってくるかのように見える。」
神と人間の間に生まれたペルセウスは、半神と呼ばれる。
神のように聖なる力がありながら、永遠の命を持たない人物。
偉大な力を持つ半神ペルセウスは祖父から命を狙われることとなった。
アクリシオスは孫が成長し予言どおり自分を殺すことを恐れて母親もろとも殺してしまおうと画策した。
だがゼウスの報復は避けたい。
そこで直接手を下さずにすむ方法をとった。
Ioannis Mylonopoulos(Columbia University)「アクリシオス王は娘と孫を簡素な造りの船に載せて海に流してしまう。」
見捨てられたダナエとペルセウス、食べ物や行くあてもなく危険な海から身を守る術もない。
その頃はるか彼方のとある島ではメドゥーサが意志の像を着実に増やしていた。
怪物の首を狙い、石にされる戦士達。
メドゥーサの目に宿る力には、かのアレキサンダー大王も魅了されたという。
メドゥーサは男を石に変える、正に相手を目で殺す怪物。
だが古代ギリシャ人はその魔力に菅生のよい使い道を見出した。
そのためメドゥーサという名前は実は肯定的な意味を持つ。
メドゥーサの肖像はしばしばお守りに使われ、世界最強の戦士達の鎧にも描かれていた。

その証拠がイタリアにある古代都市遺跡ポンペイに残されている。
Kristina Milnor(Barnard College)「1830年代に行われたポンペイの発掘でイッソスの戦いを描いた巨大なモザイクがが見つかった。
そのアレキサンダー大王の胸当てにメドゥーサの肖像が描かれていた。」

メドゥーサは戦場以外の場所にも登場する。
子供をおびえさせる道具としても使われていた。
例えばコンロにメドゥーサの絵を描いて子供が熱いオーブンに触らないようにする。
ギリシャでは子供達が食べ物の好き嫌いをしないようにしつける時に、食べないとメドゥーサに連れてゆかれるなどと言って怖がらせた。

メドゥーサの首を手に入れ、武器にしようと各国から戦士達がやってきたが、これまでのところみな同じ失敗をして命を落としている。
メドゥーサを見てしまうのだ。
1人のヒーローが立ち上がる。
メドゥーサの住む島からはるか遠くの地でペルセウスが成人を迎えた。
赤ん坊の頃母ダナエと共に祖父の手で海に流されたペルセウス。
親子は死の危機に瀕したが、ペルセウスの父である神ゼウスの保護を受け、2人はSerifosという島に流れ着き、そこに住み着いた。
母親思いのペスセウスが母を心配していた理由はSerifosの王の存在。
Milnor「セリフォスの王はペルセウスを目障りに感じていた。
王は若く美しいダナエに目をつけていて彼女と結婚したいと思っていた。」

王はペルセウスを追い出す方法を考えた。
家臣全員に高価な貢物を要求し、応じないものは追放すると宣言。
貧しいペルセウスは贈り物を準備できないはずだ。
Milnor「古代ギリシャでは父親のいない子供は社会的にかなり虐げられていた。」
ペルセウスは追い詰められた。
もし追放となれば母は望まない結婚を強いられ、もう2度と会うことも叶わない。
そこで彼は驚くべき決断をする。
Struck「高価な品を準備できない代わりにメドゥーサの首をとってきて贈り物にすると言った。」
これは自殺行為、メドゥーサの島から生きて戻った者はいない。
成功すればヒーロー、王と渡り合うだけの名声が手に入り母を守ることができる。
だが失敗すれば石にされてしまう。

神話では常にセットで登場するペルセウスとメドゥーサ。
完璧なヒーローと悪の根源。
2人の物語は廃墟である古代都市遺跡ミケーネから始まった。
伝説によるとこの大都市はペルセウスが築き上げたのだとういう。
数1000年間ミケーネという都市は伝説だと思われていた。
ミケーネについて述べた書籍で現存するのはホメロスの叙事詩イリアスのみだが、19世紀末、失われていた都市が発掘される。
ミケーネはペルセウスの故郷とされるアルゴスの町にも近い。

ペルセウスとメドゥーサの神話が生まれたわけはこの遺跡にあった。
古代神話はすべての謎の解決法となる。
ミケーネの巨大な建造物を後の人間は神が建てたと結論付けた。
この遺跡からでた発想をもとに生まれたのがペルセウス。
大都市ミケーネを築きメドゥーサと戦う人物。
この戦いは究極の試練、ペルセウスは若さゆえに男として認められようと虚勢をはってはいたが、戦の準備は全くできていなかった。
武器もなく経験もなく、敵にどう立ち向かうべきなのかも分からない。
しかも彼はメドゥーサがどんな怪物なのか性格には知らない。
見たものは全員死んでしまい、誰も教えてくれない。
分っていることはその目を見ると石になってしまうということだけ。

荒野で迷ったペルセウスは困難に直面した古代人お決まりの行動をとった。
祈ったのだ。
それは神に届いた。
父ゼウスは伝令の神ヘルメスを遣わし、ペルセウスに翼のついたサンダルを授けた。
翼を手にしたペルセウスだが、本当に必要なのは武器。
ヘルメスは彼に助言を与えた。
メドゥーサを殺すための魔法の武器を持っているという美女ニンフを探しに行けと言うのだ。
Emily M.Allen(Rutgers University)「ニンフ達は自然の生命と深く関わっていて、例えば湧き水や山、木などに宿っている。
ニンフは本能的な性欲を象徴していてニンフォニアという言葉のもとになっている。」

ニンフの居場所は分らない。
知っているのは3人の醜い老女グライアイだけ。
生まれた時から年老いた姿だったこの3姉妹は訪問者を嫌う。
ペルセウスはグライアイに口をわらせ、母を救うために怪物に勝たねばならない。
戦いの様子は目をこらせば居間も夜空に浮かび上がるはず。

グライアイは3人で1つの目しか持っていない。
何か見たいときには3人で交互に使う必要があり、とても大切な目。
グライアイが住む島は着きすら輝くことなない暗闇の国。
ペルセウスが翼のサンダルに導かれてやってきた。
彼は筋骨たくましいだけでなく、頭も良かったので島につくとまずグライアイの弱点は何かと調査を始めた。
彼は3人が目を1つしか持たず、それがないと何も見えないということに気付き、その目を奪う。
目が見えずうろたえるグライアイ、お互いにぶつかりあいながら目を探す。
優位に立ったペルセウスは3人にニンフの居所を尋ねた。
グライアイが答えた場所はステュクス川、人間の世界と死者の住む冥界とを隔てる川。
情報は手に入った。
ペルセウスは目を放り投げ空へ飛び立った。
この神話は事実とどうつながるのだろうか?

神話は天空から生まれたものが多く、ペルセウスの物語もその1つ。
文明の誕生以来人間は空の星に、過去現在未来を託してきた。
Wilk「数々の物語が夜空に見える星座から誕生した。
神話にも星座と関連するものがたくさんある。」
George Zarkadakis(Author,The Mystery of the Mind)「ギリシャ人が星座に神話の登場人物の名前をつけたのは5世紀。
当時の人々は空に浮かぶ星座を形や絵柄としての単なる象徴ではなく、神そのものと捉えていた。」

中でも特に興味深い形の星座がある。
湾曲した剣とゴルゴンの首を持った英雄、ペルセウス座として知られる星座。
この星座にはグライアイ姉妹の話が生まれたわけが隠されている。
Wilk「ペルセウス座の中で2番目に明るい星アルゴルは特殊な星。」
星座ではメドゥーサの頭の部分にあたるアルゴル。
この星は色変光星として知られ、見た目には1つの星だが実は2つの星が互いの周囲を公転しあっている。
アルゴルは公転によって互いの光を覆い隠すと暗く見え、横並びの時は明るくなる。
アルゴルの公転周期は3日、3姉妹はそこから生まれたのかもしれない。
Wilk「アルゴルは明るく光っている3日ごとに姿を消す。
これはペルセウスが目を盗んだことを表している。
ペルセウスがグライアイの3人から目を奪った時、それがアルゴルの光が消えた時。」
アルゴルは物語のクライマックスにも関わりがあるという、つまりメドゥーサの最期。

ステュクス川、冥界の入り口でペルセウスはニンフを発見。
生き残りに不可欠な3つの武器を受け取った。
ゼウスの剣、アテナの盾、そして冥界の王ハデスの兜。

使命を果たす準備は整った。
だが時間はない。
セリフォスの島では婚礼の準備が進み、母ダナエが無理矢理花嫁にされようとしている。
手遅れになる前にメドゥーサの首をとってこられるだろうか?
メドゥーサの首を求めるペルセウスの旅は数1000kmにも及んだ。
運命の時が迫る。
メドゥーサの住む死の館の入り口に立った。
ここから先は神の助けは得られない。

Struck「メドゥーサの住処は石に取り囲まれている。
生き物はみな意思にされてしまった。
荒れ果てたわびしい場所。」
おそるおそる1歩を踏み出すペルセウス。
ただし入り口を背にしている。
若きヒーローは後ろ向きに進んだのだ。
Struck「聡明なペルセウスは正面から向かい合えばすぐさま石にされると分っていたので、盾を前に構え後ろ向きに歩いた。
奥へ進むほど緊張感が高まる。
盾が本当に守ってくれるかどうか確実ではない。」
ペルセウスは盾に目をすえたまま注意深く館の中を進む。
少しのミスでも命取り。
ついに標的を捉えた。
目を閉じ剣を振り下ろす。
見事な1撃で怪物の首は落ちた。
メドゥーサの苦悩と孤独がついに終わった。
怪物の悲劇的な最期。
だが物語りはここで終わりではない。
Leonard「メドゥーサの首は彼女が死んで切り落とされ、袋に入れられた後も見た者を石に変えるという力を失わない。
首を持ち歩けば武器として使える。」
地上もっとも危険な武器を手に入れたペルセウス。
人を石に変えるその力、使う相手は決まっている。

一方彼の母ダナエはたった1人好色なセリフォス王に迫られ、無理矢理結婚させられようとしていた。
急がねば手遅れになってしまう。
セリフォスへの帰り道、メドゥーサの首の威力を照明する出来事が起こる。
翼のついたサンダルを履いてペルセウスがギリシャまで飛んでいると、メドゥーサの首から滴り落ちた血から何100匹もの毒蛇が生まれた。
古代ローマ人は北アフリカに生息するヘビは怪物の首から落ちた血によって誕生したと考えていた。
ついに迎えた婚礼の日。
花嫁の父もアルゴスからやってきた。
ペルセウスの祖父アクリシオシス王だ。
彼は孫に殺されるという予言を恐れていた。
婚礼の儀式が始まる直前、ペルセウスが帰還した。
ペルセウスはメドゥーサの首を持ち上げて言った。
王よ、これが貢物です。
王は恐怖の表情を浮かべたまま一瞬にして石と化した。
もう1人にらまれた者がいる。
アクリシオス王も石にされてしまった。
ダナエは息子の手で救われた。
そしてペルセウスは勇敢なヒーローとして名をあげた。
命をかけた旅の末、少年は男へと成長したのだ。
母を守ったペルセウスはメドゥーサを作り出した女神アテナに怪物の首を捧げた。
メドゥーサに罰を下したアテナが力を受け継ぐことになった。
Struck「メドゥーサの首は最後にはアテナの鎧の胸当てになるという結末を迎える。
罪のない1人の女性の犠牲を経て最初も最後も笑ったのはアテナというわけだ。」

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神々の戦い ベオウルフ


デンマークの王宮、広間には死臭が漂っていた。
首のない死体、血まみれの腸・・・
残酷な怪物グレンデルが暴れまわったのだ。
社会から追われた忌まわしい物の怪が、怒りを爆発させた。
身の毛もよだつ襲撃は、夜毎繰り返された。
Barry Strauss(Cornell University)「殺された戦士達は八つ裂きにされ、首をもがれ、辺りにはちぎれた手足が転がっていた。」

デンマークはヒーローを求めていた。
人食い巨人と渡り合い、退治してくれる強い男、そのヒーローがベオウルフ。
John Davenport(Fordham University)「彼は死を恐れない、名誉や栄光のために命をなげうつことこそ当時のヒーローに求められた資質だった。」
ベオウルフ(Beowulf)の伝説は史実をもとにしたフィクション。
作者は今も分っていないが7〜8世紀にかけてのイギリスにおける英語で書かれた最古の物語と言われている。

Tracy-Anne Cooper(St John's University)「物語の舞台は6世紀のスカンジナビアだが、英語の叙事詩が書かれたのは665年にアングロサクソン人がキリスト教に改宗してからのこと。」
Strauss「ベオウルフの叙事詩はキリスト教がイギリスに定着し始めた頃に書かれた。
話の筋からはキリスト教以前の異教文化の影響が色濃く感じられる。
人々はこの詩を聞いて民族の遠い過去に触れることができるが、物語自体はキリスト教の考え方にあうよう書き直されている。」
Scott A.Leonard(Author,Myth & Knowing)「グレンデルはカインの末裔。」
アダムとイブから生まれたカインは人類初の殺人者。
嫉妬の末に弟アベルを殺し、人間のもっとも醜い感情の象徴となった。
グレンデルはその恥ずべき遺産を受け継いでいる。

Dimitra Fimi(Cardiff University)「グレンデルは酒宴に興じる人々に嫉妬し恨みを抱く。
大広間ではみな親しげに言葉を交わし、楽しい時を過ごしていた。
そうした輪に入ったことがないグレンデルは彼らを羨み、宴をぶち壊してやろうと考えた。」
グレンデルの外見は謎めいているが、叙事詩では地獄の悪霊と形容されている。
怪物は12年もの間デンマークを苦しめたという。
Fimi「突如として現れ、1度に30人を殺す。
血をすすり骨を噛み砕く。」
王宮の戦士ばかりか罪なき人々までもが餌食となった。
だが1人無傷の人物がいた。

北欧南部に位置するデンマークの王フロースガール、暗黒時代の王は神の力を味方につけていると考えられていた。
なぜか追うだけは襲われない。
神に守られた玉座に腰掛けている限り、グレンデルにも近づけない。
彼の家来はことごとく倒されたが、海を挟んだ隣国のGeatlandに飛びぬけた能力を持つ人物がいた。
Strauss「ベオウルフはスカンジナビアの偉大なる戦士達の末裔。
武勇の誉れ高く、志があり、大きな手柄を立てることを望んでいた。」
Thomas Finan(Saint Louis University)「叙事詩の中でベオウルフは名高いツワモノとして描かれている。
部下の戦士達を引き連れて旅をしている。
彼は決して金目当てに雇われようとしているわけではない。
ただひたすら戦うのに相応しい相手を探しているだけ。」

Davenport「ベオウルフは栄誉を求めていた。
古い英語ではロフという身分の高いものが、それに伴う義務をキチンと果たした時に与えられる名誉や栄光のこと。
当時の貴族達にとっての理想だった。」
ゆるぎない栄誉を手にするためのたった1つの方法は誰にもできない偉業を成し遂げること。
グレンデル退治・・・

Helga Luthers(University of Colorado)「夜が来た。
広間に活気が戻り、宴の賑わいが響く。
だがこれはベオウルフの仕掛けた罠。」
血に飢えた怪物が動き出す。
ベオウルフはそれを待っていた。
真夜中宴は静まり、勇者は身を横たえて敵を待つ。
やるかやられるか、グレンデルがついに現れた。
部下と共に攻撃態勢をとるベオウルフ。
戦士達はみな剣を抜き、グレンデルに切りかかってゆくが剣は通じない。
グレンデルは全ての武器に呪いをかけていた。
グレンデルは戦士の1人をつかまえ、体を引き裂いて血をすする。
死体を放り出し、ベオウルフに向かってきた。
この伝説と史実にはどんなつながりがあるのだろうか?

ロンドンから北に約150km、Sutton Hoo遺跡、かつてアングロサクソンの強力な王が支配した場所。
20世紀Sutton Hooにある古代墓地の発掘調査において、驚くべき発見があった。
残忍な方法で切り殺されたいくつもの死体。
彼らはまるで怪物に襲われたかのように暴力的な死を迎えていた。
かつて栄えた王朝における殺戮の爪あと。
ベオウルフの神話も同じ時代に生まれたと見られる。
Michael Drout(Wheaton College)「死体は王にはむかって殺された人々のもの。」

広間を血の恐怖に陥れた怪物グレンデル、との皮膚を剣で傷つけることはできない。
だがベオウルフは諦めなかった。
残された唯一の武器は素手。
突如ベオウルフが有利な立場につく。
Charlie Bethel(Oral Historian)「グレンデルの腕をつかんでねじりあげる。」
ベオウルフは慢心の力をこめて怪物の腕を引いた。
肩が外れたグレンデルは叫んだが、ベオウルフはなおもねじり続け、ついに腕をもぎ取った。
腱はちぎれ、骨は砕け、筋肉は引き裂かれる。
広間にこだまする苦悶の叫び。
グレンデルは血を流しながら暗闇に消えていった。
森の奥で傷ついた怪物は地面に倒れこみ息をひきとった。
ベオウルフは勝利の印に敵の血まみれの腕を高く掲げる。
グレンデルの死は国中に知れ渡る。
勇者ベオウルフは祝福に包まれた。

だが辛い現実も残されていた。
殺害された多くの戦士達を葬らねばならない。
ベオウルフの詩につづられた戦士の葬送場面は古代の北欧で実際に行われていた葬儀の方法とも一致することが分っている。
Strauss「船葬、亡がらと共に金銀財宝を船に載せ、火を放って海に送り出す。」
北ヨーロッパにはおびただしい数の墓地遺跡が存在するが、その多くは今も発掘されていない。
しかしSutton Hoo史跡で1939年に発掘された船形の棺は、叙事詩が書かれた頃と同じ時代のもの。
詳しく調べてみると財宝と共に埋葬された知られざる王の墓だということが分った。

Drout「発掘された遺物は詩に描かれたものによく似ている。
イノシシの飾りがついた兜や束に装飾がある櫛など。」

伝説の裏に潜む真実を教えてくれる遺跡は他にもある。
デンマークのある地方で発掘されたあつ貴重な遺跡、実在した大広間の跡。
壮麗な木造建築は何世紀も前に朽ち果てたが、杭の穴から推定すると、最大45m以上にもなる巨大な広間があったことが判明した。

ここが伝説の王宮なのか、物語でグレンデルに襲われたのはヘオロット、すなわち牡鹿と名付けられた大広間。
玉座の間と宴の間を兼ねたこの場に勝利を祝して王の戦士達が集った。
放射性炭素による年代測定で、ベオウルフの舞台と同じ6世紀のものと判明。
しかも周囲からは権威ある王に相応しい貴重な品々が発掘された。
広間を建てた王は誰なのだろうか?
12〜13世紀に書かれた北欧の史実が書かれた物語サガには、5〜6世紀にかけてデンマークにフロースガールという王がいたと書かれている。
彼が実在の王なら、ベオウルフも実在のヒーローなのだろうか?

沼地の奥深く、息子をなくして嘆き悲しむ母親。
息子の名はグレンデル、悲しみは怒りへと変わる。
ベオウルフが戦った3つの怪物の2番目がこの母親。
グレンデルを倒した後は、その母親とも戦わねばならない。
敏捷で狡猾で血に飢えた敵。
死んだ息子の復讐を果たし、戦利品として辱められているその腕を取り返すのだ。
ヘオロットの大広間、皆が眠りに付いた頃、グレンデルの母親が現れた。
怪物は飛び掛り、次々に殺してゆく。
王宮は再び惨劇の舞台と化した。
だがベオウルフはそこにいない。
ヘオロットとは別の場所に泊まっていたため、事件に気付かなかった。
両手をデンマークの戦士達の血に染め、グレンデルの母親は夜の闇に消えた。

殺戮を知ったベオウルフは怒りに燃える。
だが王は生きていた。
怪物が手出しできない王座にうちしおれ座っていた。
ベオウルフは王にただ嘆き悲しむよりも行動にでるべきだと進言する。
ベオウルフは再び死の危険に挑むこととなった。
手柄をたて名誉を得たものの、今やそれを失いかけている。

フロースガールの一段と共にグレンデルの母親の後を追う。
敵の住処は呪われた沼地の底にあった。
凍りかけた沼の中には毒蛇や大蛇がうごめいている。
グレンデルの母親を仕留めるにはその中を通り抜けねばならない。
この詩を書いた人物はキリスト教徒。
詩の中で大蛇はキリスト教を脅かす勢力、異教徒を象徴していた。
冷たい沼に飛び込もうとするベオウルフに部下は特別な剣を渡す。
今までどんな戦でも負けたことがない多くの血を吸った黒金の剣。
ヒーローはたった1人で戦いに挑まねばならない。
水中では恐ろしい大蛇が待ち構えていた。

栄光の剣で応戦しようとするベオウルフだが、人の手で作られた武器では苦戦を強いられる。
なんとか切り抜けたベオウルフは敵の住処へとたどり着く。
グレンデルの母親が襲い掛かってくる。
ベオウルフは相手をつかみ投げ飛ばした。
母親は素早く立ち止まると恐ろしい爪でつかみかかりベオウルフを床に倒す。
死の危機に瀕したベオウルフ、武器はまたもや役立たなかった。
硬い皮膚を突き破ることができない。
突如ベオウルフはあるものに気付く。
近くの壁際に古の巨人が鍛えた剣があった。
人ならざる者が作った魔法の武器。
ベオウルフはグレンデルの母親にその剣を振り下ろす。
怪物の首は切り捨てられた。

第2の悪が滅び、新たなる希望の光が射す。
ベオウルフは再び勇気を示した。
これは変りゆく北欧世界を映したもの。
異教信仰の衰退、そしてキリスト教の台頭。
西暦600年のブリテン諸島では、宗教が大きく変りつつあった。
ローマからのキリスト教勢力がやってきた。
Finan「6世紀の末期、教皇グレゴリウス気魯▲鵐哀蹈汽ソン人を改宗させるため、カンタベリーのアウグスティヌスをイングランドに派遣した。
そして異教の神殿をキリスト教の教会に造りかえる指示した。
王達が改宗すると国民もそれにならった。」
アングロサクソン人は長い抵抗の末、ついに改宗したがキリスト教が広まる以前の物語は言い伝えの中に生き続けた。
その1つがベオウルフ。
べオウルフは新しいキリスト教的な価値観の中に古風な北欧のヒーローの姿を当てはめようとしていう。
逆境に雄々しく立ち向かい、仲間を思いやる人物像。
イギリスを征服したキリスト教徒はベオウルフの伝説を善悪の戦いの物語とした。

ベオウルフは敵を倒し、大蛇のいる呪われた沼から脱出した。
フロースガールの王宮を目指す。
そして勝利の知らせをもたらした。
宮殿に衝撃が走る。
すでに死んだものと思われていたのだ。
王は比類なき勇者を褒め称え、贅沢な宴を催した。
ベオウルフは北の故郷Geatの王国に帰るが、故国にはさらなる危険が待ち構えている。
詩に描かれたGeat人は架空の民族ではない。
スカンジナビアの南端から来た実在の戦士達で、叙事詩にもよく登場する。
Luthers「詩にはGeatlandSwedenと2つの異なる王国が登場する。
両者の根深い対立は実際にヴァイキング時代の終わりまで続いた。」
実在した2国間の対立は物語の次なる幕開けとなった。
ベオウルフはGeatを勝利に導けるのだろうか?
凍てついた巨大な湖での一大決戦が始まる。

Vanern湖、面積5700k屬傍擇屮好ΕА璽妊鷓蚤腓慮弌
厳しい冬には全体が凍りつき、離れた2つの領域をつなぐ陸地と化す。
現代では平和だが、ベオウルフの伝説によれば、1500年ほど前ここは血なまぐさい戦場だった。
SwedenとGeatlandの戦いだ。
Cooper「ベオウルフが帰国するとGeatの地はSwedenの内乱に巻き込まれていた。」
Sweden王室に起こった内紛がベオウルフの故国にまで飛び火していた。
ヒーローは再び戦いの先頭に立つ。
今回の相手は怪物ではなく、同じ人間。
味方は勝利を収め、ベオウルフは勇者としてGeatの王維を継いだ。
栄誉の探求はついに終わりを告げる。
伝説の決定的な瞬間。
この決戦は実際に起きたことなのだろうか?
北欧の古典文学サガには西暦530年前後に凍結した湖の上で激しい戦いがあったと記されている。
戦いはSwedenのEarnaness近郊で起きたという。
近年の研究によれば、この集落はVanern湖畔に実在したと見られている。
ここでも史実と伝説は一致したようだ。
ヒーローも実在したのだろうか?

戦いから数10年、ベオウルフはGeatの国を平和に治めた。
若き日のベオウルフは栄誉を探し求めていたが、年老いた王となった今ではそうした欲求もない。
しかしデンマークで偉業を成し遂げた50年後、年老いた戦士は恐ろしい怪物との最後の戦いに挑むことになる。
Earnanessの竜だ。
体調は15m余り、大量の黄金を抱えこんでいた。
Fimi「竜は人間の貪欲さを極度に誇張したもの。
この怪物は黄金を集め、それを守ることしか考えていない。」
事件は若い奴隷が主人のもとを逃げ出した時から始まる。
彼が知らずに身を隠した洞窟は竜の巣穴だった。
眠っている怪物の傍に大量の金を見つけた男は誘惑に負けてしまう。
Finan「宝の山から杯をくすめた。
ところがその金の杯は竜のお気に入りだった。」
目を覚まし金の杯が消えたことに気付いた竜は報復にでた。
牧場や田畑を炎で包んだ。
竜は国中に大混乱をもたらし、王に最大の侮辱を与えた。
Bethel「王宮が焼かれた。
ベオウルフは失ったものに対する何らかの埋め合わせを求め、復讐を思い至る。」
年老いた戦士は国の名誉を守るため、再び立ち上がる。
悪に対する最後の戦いだ。
臣下と共に出陣するベオウルフ。
その王国と名誉は存亡の瀬戸際にある。
戦いの果てにあるのは英雄の勝利か悲劇的な死か。
付き従う屈強な戦士達の中に戦士の父をなくした若者がいた。
名前はWiglaf。
1行は深い森の奥にある竜の巣穴にやってきた。
ベオウルフはそっと足を踏み入れる。
怪物は眠っていたが一撃を加えようとした瞬間、竜は目を覚まして襲い掛かる。
援護を求めて叫ぶベオウルフ、しかし部下達は竜を恐れて森へ逃げ込んでしまった。
たった1人を除いて・・・Wiglaf。
未熟と笑われた若者だけが勇気を出し踏みとどまった。
憧れ慕う王に命を預けた若者と共に、ベオウルフは難敵に立ち向かう。
この伝説は現実とどんなかかわりを持つのだろうか?

John Rennie(Editor-in-chief,Scientific American)「キリスト教の伝承における竜は魔王サタンが巨大なヘビの姿となって現れたものと位置づけられている。
しかしキリスト教が広まる以前の時代において、竜は力や凶暴性、謎を具現化した存在だった。
人々は見慣れた自然の中に潜む混沌と謎に満ちた幻想的な雰囲気を恐れていた。」
世界中の伝説において竜は重要な役割を果たしていてる。
たとえ地域や時代が大きくかけ離れていたとしても、物語自体は驚くほどに通っている。
Leonard「多くの竜は鱗に覆われたヘビのような体と長く尖った尻尾を持ち、頭には角が生え翼がある。」

共通する特徴は偶然なのか、それとも現実にあるものから着想を得たのだろうか?
Drout「ある時ゴビ砂漠化中央アジアを旅していた人がティラノサウルスレックスなどの恐竜の骨が地表にでているのを見たのではないだろうか。
その骨格から巨大で恐ろしく獰猛な生物を想像したのではないか。」
人類の歴史が始まって以来恐竜の化石は世界各地で発見されている。
科学が発達する以前、それらは伝説の怪物のモデルになったのかもしれない。

ベオウルフは剣を取り挑みかかる。
それを迎え撃つ竜、王は傷を負ったが勝利のチャンスはまだ残されていた。
唯一の弱点である竜の腹が見えた。
Wiglafの目の前でベオウルフは竜の腹の下に入り込み、その腹に剣を突き立てる。
怪物は退治されたがベオウルフは勝利と引き替えに大きな代償を払った。
首筋を噛まれたのだ。
傷は今にも張り裂けそうで死期が近づいていた。
若者に竜の財宝を見せて欲しいと頼む。
そしてこう言う。

余に跡継ぎはおらず、縁者もすでにない。
されば勇ましきWiglaf、そなたにこのクサビカタビラと剣と兜を授けよう。
年老いた英雄は死に、新しい勇者が生まれる。
叙事詩の終わりにはベオウルフの葬儀が描かれている。
王の亡がらは薪の上に載せられ、火が放たれた。

Drout「ベオウルフの死は、いかなるものにも終わりがあることを示している。」
北欧の戦士達が崇拝した偉大なるヒーローの死。
だがその伝説は始まったばかり。
今もスカンジナビア中に何100と散らばる古代の墳墓。
その一部からは伝説を裏付ける証拠が見つかったが、未発掘の遺跡も多い。
どこかに本物のベオウルフの墓があるかもしれない。

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神々の戦い ミノタウロス

重い扉が背後で閉まる。
目の前に伸びる薄暗い回廊。
辺りには濃い死臭が漂う。
ここは怪物ミノタウロスの迷宮。
逃げ道はない。
Kristina Milnor(Barnard College)「古代ギリシャ人はミノタウロスの物語に震え上がった。」
Peter Struck(University of Pennsylvania)「迷宮は墓に閉じ込められた者には飢えたおぞましい怪物に食われるという運命が待っている。」
David George(Saint Anselm College)「この半人半獣の生き物は獲物をバラバラに引き裂いてその肉を食べる。」
ミノタウロスは人間の母と牡牛の父を持つ野獣。
半分は獣なので卑しく強欲で人を殺してその肉を食べることもする。
しかし人間の部分からくるもろさ、残虐さの下に隠れた人間らしさのようなものも持ち合わせている。
神話の根底にあるのは文明に対する誇り。
ギリシャ人は理性によって多くを成し遂げられると信じていた。」
理性の対極にあるのがミノタウロス、人間誰もが持つ動物的本能の象徴。
Tom Stone(Author,Curse of the Minotaur)「ミノタウロスという怪物は人間の内面の思うようにならない部分、コントロールしがたい衝動を表している。」

神話によるとミノタウロスが住んでいたのはギリシャのクレタ島。(Crete)
神話が生まれた当時クレタ島の王ミノスは迷宮を支配するミノタウロスごとくギリシャに君臨していた。
ミノタウロスはクレタの王ミノスが神を騙そうとしたことへの罰として生まれたとされている。
ミノス王は毎年もっとも上等の牡牛を海の神ポセイドンへ奉納していた。
ある時生贄にするはずの牛があまりに美しく、手放す気になれなかったミノス王は、それよりも劣った牛を代わりに差し出した。
だがポセイドンは見逃さなかった。
Drout「ポセイドンは言った。
その牛がそれほど好きならおまえの妻も牛に心奪われるようにしてやろう。
そして王妃が牡牛に欲情を抱くよう仕向けた。」
ミノスの妻パシパエ(Pasiphae)は牡牛に夢中になった。
Struck「古代ギリシャやローマに人々は正しい性行動とは何かということに関心があり、神話によく描かれる動物との性交渉はタブーとされていた。
実はこの獣姦の神話は見世物として上演されていたことがある。
女性を無理やり牡牛と交わらせ、それを見て楽しんでいた。」
見世物としてしばしば演じられてきたという王妃パシパエと牡牛が出会う場面、王妃の作戦はすぐに功を奏した。
Struck「牡牛は王妃の誘惑にのってしまう。
そして9ヵ月後ミノタウロス誕生。」
Scott A.Leonard(Author,The Myth & Knowing)「怪物はえてして罰当たりな行いや犯罪の結果として生まれる。
今回の場合罪は2つ。
ミノス王が義務を怠った。
そしてパシパエが異常な欲望におぼれた。
そしてそのせいで醜い怪物が誕生した。」
うとまれる運命を背負った半人半獣の男の子。
George Zarkadakis(Author,The Mystery of the Mind)「ミノタウロスは怪物とされているが、悲運な犠牲者でもある。」
Michael Fontaine(Cornell University)「父親はミノスではないのに名前の前半はミノスから来ていて、タウロスはギリシャ語で牡牛、つまりミノスの牡牛という意味。」
古代人にとって人間と負うしという掛け合わせは力と尊さの象徴だった。
牡牛はギリシャ文明の中心、神として崇められる存在だった。
Zarkadakis「地中海の東側では牡牛崇拝に絡んだ儀式が盛んだった。
牡牛は宗教上男らしさや力のシンボルで、ひいては男性の生殖能力や繁殖力といった意味の強さを表すとされていた。」
Stone「この考え方はユダヤ教やキリスト教へも受け継がれた。
キリスト降誕の絵にキリストに命の息を吹きかける牡牛が描かれているのはそのため。」

怪物ミノタウロスの誕生に激怒した暴君ミノス王は、自らの権力にはむかう者への報復にミノタウロスを利用することを思いつく。
この世でもっとも恐ろしい牢獄を建て、人肉を食う忌まわしき義理の息子をその番人に据えるというのだ。
王はお抱えの名工ダイダロスに建設を依頼した。
ダイダロスが考案したのはただの監獄ではなく、曲がりくねった迷路だった。
ダイダロス本人すら生きて出ることはほぼ不可能。
巨大で攻略不能の迷宮。
その中心ではミノタウロスがエサを待ち構えている。
真っ暗の中で方向感覚を失い死に至る。
ミノタウロスの住む恐るべき迷宮は、ただの神話なのだろうか?

現在クレタ島でミノタウロスの住処と不気味なほど酷似した地下の迷宮が見つかっている。
メッサーラの洞窟、地下にある古い石切り場で地元の言い伝えでは神話のモチーフなのだという。
約3kmも続く複雑に曲がりくねった廊下。
事実ここに入る人たちの多くは迷わないようロープをたどってゆく。
神話の世界でもこの方法で迷宮から生還した者達がいた。
壁に残るノミの跡が、そこが古代人の手によって掘られたものだということを示している。
発見以来数100年、訪れた人はみなここがミノタウロスの住処だと確信し、大勢が古代人にならって記念の印を刻んでいった。
現在も調査隊員達が迷宮の攻略に挑んでいる。
彼らが目指すのはかつてミノタウロスが住んだとされる中央の間。
しかし洞窟はどうやら神話より後に掘られたようだ。
Stone「洞窟はギリシャ、ローマ時代後期にできたもので、この時期多くの巡礼者が訪れている。
しかし神話はそれよりもっと前の時代に存在していた。」
迷宮のモチーフがメッサーラの洞窟でないのなら、一体どこなのか。

魔の迷宮が完成し、ミノス王が次に取り掛かったのは最初の犠牲者の長達、ミノタウロスへの生贄。
同じ頃クレタ島から300kmほど北のアテネという小さな都市国家では地中海全体からアスリートたちが集り、様々なスポーツ競技を行っていた。
オリンピックの先駆けだ。
競技者達の中にミノス王の息子アンドロゲオスの姿があった。
ミノタウロスの異父兄弟にあたる。
George「アンドロゲオスはあらゆる競技で優勝した。
走る、投げる、歌う、何でもこなす。
嫉妬に駆られたアテネの若者達は乱闘騒ぎを起こし、アンドロゲオスを殺してしまった。」
一国の王の息子が無残にも殺害された。
戦争は避けられない。
ミノス王はアテネ人を最悪の方法で処分することにした。
ミノタウロスのエサにするのだ。
クレタの兵士達はアテネへと乗り込み、その命令を伝えた。
George「ミノタウロスへの生贄として、処女あるいは童貞の男女7人ずつを差し出せというもの。」
古代純潔は大きな利点だった。
穢れない人間は神に近い存在とされた。
George「若者達は船に乗せられ、劣悪な環境と過酷な運命が待ち受けるクレタ島へと連れて行かれた。
みな涙にくれ、悲しみに泣き叫ぶ。
迷宮に到着しれば怪物に食べられてしまう。」
この神話は事実とどうつながるのだろうか?

この物語が表すのは実際にあった歴史的な戦争。
古くからある大国と新興国との間で起こった紛争。
初期のギリシャにおいて事実敵同士だったアテネとクレタ。
当時は巨大な海軍を持つクレタが圧倒的に優勢だった。
2国はさながら少年ダビデと巨人ゴリアテ、差は大きい。
アテネ人にとって神話は政治的なプロパガンダだった。
怪物はクレタによる専制政治、迷宮は逃れることのできない支配、そして生贄はアテネの苦しみを象徴していた。
クレタを邪悪な国に仕立て上げるというそのプロパガンダは狙い通り浸透した。
Stone「ギリシャ人はこの物語を尾ひれをつけながら何世紀も語り継いだ。
自分達の国や神々のほうが知的で怪物のような粗暴で卑しいクレタよりも優れていると示すため。」
アテネは9年ごとに生贄を捧げねばならなくなった。
さもなくばクレタの総攻撃を受ける。
だが何故9年なのか。
George「古代人は星座の動きを観測した上で、月は9年を1つの周期として1巡していると考えていた。
それをもとに生贄も9年に1回となった。」
満月が昇った昼夜の長さが等しい日、それが野獣に生贄を捧げる日。

最初の犠牲者達が迷宮に入った頃、海の向うである重要な出来事があった。
アテネから80kmほど離れた小国で、男の子が生まれた。
名前はテセウス(Theseus)
ギリシャ神話世界のヒーローの1人。
後にミノタウロスと戦うことになる人物。
テセウスの母親は美しきギリシャの王女。
父親は2人存在した。
テセウスをみごもった日、王女はアテネの王アイゲウスと海の神ポセイドン両方と関係を持った。
Rebecca Kennedy(Union College)「テセウスはアイゲウス王の後継者であると同時にポセイドンの庇護も受ける。」
歴史上実在する君主達もしばしば父親は2人いると主張していた。
Milnor「もっとも有名なのは自分には神の血が流れていると豪語していたアレキサンダー大王。
ローマ時代アウグストゥスなどの皇帝達も自分自身を神格化していた。
神の子を名乗ることで威厳が増すと考えた。」

息子が成長して岩を持ち上げられるようになったら王位継承者として認めると言い残した。
アテネは救いを求めていた。
生贄が3度目を迎えた年、テセウスが立ち上がった。
岩を動かし履物と剣を取り出した青年テセウスは、迷宮へ潜入し、ミノタウロスを倒し、クレタの圧制からアテネを解放すると誓言した。
怪物対英雄の対決だ。
近年その背後にある驚きの真実が明かされた。
クレタ島へ旅立つ息子に王は大切な支持を与えた。
もし生きて戻ることができたら、船に白い帆をあげるように、そうすれば水平線に見えた帆の色で息子の無事を確認できる。
テセウスが向かったのはクノッソスとされている。
紀元前1700年からの250年間、クレタ島は最盛期にあり、クノッソスには10万人が暮らしていた。
町の中心に立つ複雑な構造の巨大な宮殿、一部の専門家によるとこの宮殿が迷宮のルーツなのだという。
Stone「この広い宮殿を迷わず歩くことはほぼ不可能。
無数の部屋があり、場所によっては5階建てにもなる。
広間のような空間はない。
ただひたすら通路が小部屋から小部屋へと続いていて、まっすぐ進むことができない。」

宮殿内の発掘が進むと神話との関連性はいっそう強まった。
至る所に牡牛崇拝の痕跡があったのだ。
牡牛と戦う若者の姿を描いたフレスコ画も発見された。
迷路のような宮殿とそこに残された牡牛にまつわる絵画や彫刻、ここから神話が生まれたとする説もうなずける。

だがつながりはそれだけではなかった。
考古学者がミノス王が実在したことを示す証拠を発掘した。
王座の間に残された完全な状態の椅子、ヨーロッパで見つかった最古の玉座で3500年前のもの。
また発見された古代文字の碑文には、王の名が記されていた。
Stone「1つはミヌテ、もう1つはミスロジャと読めるがロジャは王の位を指す。
つまりミヌロジャは国王ミノスかもしれない。」
ミノス王は実在した可能性がでてきた。
そして同じ遺跡から神話と史実を結びつける決定打となる石版も出土した。
迷宮の女王と呼ばれる人物にあてた石版。
迷宮の女王とは誰だろう?
専門家によるとそれは宮殿に住む有力な人物、位の高い巫女、または王の娘だという。
ミノス追うにはアリアドネという娘があった。
生贄の1人としてやってきたテセウスに、アリアドネは一目で心を奪われた。
彼を死なせるわけにはいかないと手助けすることを決める。
時間は残されていない。
アイアドネは迷宮の設計者ダイダロスを探し出し、脱出する方法を尋ねた。
ダイダロスはヒモの玉を差し出した。
神話が英語に翻訳された時、このヒモの玉には古英語のクルーという単語があてられた。
これが転じて手掛かりという意味で今も使われる言葉クルーが誕生した。
Stone「ダイダロスの提案はこう。
まずヒモの端を入り口の扉に結び、ヒモをたらしながら進む。
中央まで行って戻る時はそのヒモをたどればよい。
今も海中探査には同じ方法が使われている。
ギリシャ人が何より重んじていた理性、知性がカギ。
単純な方法こそが不可能を可能にする。」
テセウスを密かに訪ねたアリアドネは脱出方法を教える代わりに条件をだした。
彼に結婚を迫ったのだ。

翌朝、迷宮に送り込まれる14人の生贄達。
怪物にとってはご馳走。
ヒモの玉を手にテセウスは迷路へと踏み込んでいった。
怪物に捧げられた人間の生贄、今日ではとても理解し難いが、発見された証拠が暗示していたのは古代クレタでの生贄。
そして食人の歴史だった。
アテネの王子テセウスは生贄達を率いて奥へと進む。
怪物に真っ向勝負を挑むのだ。
手にしているのは脱出の際の道標となるヒモの玉。
ミノタウロスのうなり声が近づくにつれ、テセウスに気合がみなぎる。
だが一寸先の見えない暗闇をさ迷い歩く他の者達は冷静ではいられない。
迷宮の奥深くでうごめくミノタウロス、こちらへ近づいてくる生贄の悲鳴が聞こえる。
腹は減り、後は肉を待つのみ。
クレタによる圧制からアテネを巣食うために、テセウスは怪物を倒さねばならない。
この神話は現実とどう関わっているのだろうか?

青銅器時代、クレタとアテネが敵対していたことは実証済み。
ではクレタ人とは本当に粗野な人々だったのだろうか?
クノッソス宮殿の発掘作業で真実を知る手掛かりとなりうるある碑文が発見された。
解読者によるとそこには神への生贄という記述があるのだという。
しかも人間の生贄。
Stone「1人の奴隷女性と10人の男性が生贄として捧げられた、と書かれている。」
イケニエの儀式で人が殺されたミノタウロスの神話とよく似ている。
証拠は碑文だけにとどまらない。
クノッソスでは殺人の痕跡が残る骨が見つかった。
1979年そうした人骨が300体以上も発掘されたが骨は全て子供のものだった。
内4分の1には骨から肉をそぎ落とす時に使うような鋭利な刃物による切り傷が残っていた。
その傷は同じく発掘された羊の骨に残った跡と同じ、食用に動物を解体した時に残る傷跡と非常によく似ていた。
古代クレタ人は人間を生贄にしていただけでなく、食べていたかもしれない。
Struck「人肉食は人間としてもっとも忌まわしい行為。
ギリシャ人はクレタ人が悪人であるはかりか人も食べる獣だという話を広めて、敵国であるクレタを悪役に仕立て上げた。」

明かり1つない迷宮の回廊、宿敵は暗闇に覆われ何も見えない。
段々大きくなるミノタウロスのうなり声、それがコンパス代わり。
ヒモの玉は小さくなり、もはや迷宮に足を踏み入れた時の4分の1ほどしか残ってない。
怪物は近くにいる。
辺りは地の臭いがし、犠牲者の骨も落ちていた。
眠った怪物を見つけた。
飛び掛るテセウス、怪物はまだ寝起きの状態。
飛び起きたミノタウロス、テセウスの剣と怪物の斧がぶつかる。
追い詰めたテセウスが襲い掛かる。
そして見る間に怪物を押さえつけた。
ミノタウロスはうめく。
ヒーローが大手をかけた。
虐げられ、幽閉された闇の怪物ミノタウロスは息絶えた。
ポセイドンの息子、そしてアテネの王子であるヒーローテセウスがミノス王の自縛を解いた。
Stone「テセウスによって表される理性の力がミノタウロスという怪物によって表された不合理の力に打ち勝ったのだ。」
だが勝利を祝う時間はない。
間もなく日が昇る、一刻も早く脱出せねばミノス王に見つかってしまう。
テセウスは糸をたどって生き残った者達と共に迷宮を出た。
一方クレタの王女アリアドネは迷宮に入ったテセウスの身を案じ、眠れぬ夜を過ごした。
生きて戻ったら結婚するといったはずだ、約束を反故にはさせない。
夜明直前アリアドネも乗り込み、船はアテネへと出港した。

これを節目にギリシャは大きく変わる。
テセウスがミノタウロスを倒したことはすなわちアテンがついにクレタによる支配を終わらせたことを意味している。
テセウスが象徴しているのはギリシャそのもの。
そして人間の勇気と知恵。
テセウスの物語を聞いたギリシャの若者達は愛国心を育み、国のために自分を犠牲にし、民主主義国家の一員としての自覚を持つようになる。
英雄として岐路に着くテセウスだが、旅は悲劇の結末を迎える。
戦いに出る前にテセウスは父アイゲウスと約束を交わした。
無事生還したら、勝利の印に白い帆を揚げるというもの。
アイゲウス王は何ヶ月も毎朝同じ崖の上に立ち、船の影を探し続けていた。
だがようやく水平線に見えた船の帆の色は黒。
息子はミノタウロスに殺されたと思った王は絶望し、崖から海へ身を投げ命を絶った。
アイゲウス王の名をとって今この海はエーゲ海と呼ばれている。
テセウスが何故白い帆を揚げなかったかについて神話には何の説明もない。
ただ単に若さゆえに詰めが甘かったということなのか?
勝利に酔ってうっかり忘れていたのか?
テセウスは新しい王として迎えられ、辺境の地に過ぎなかったアテネを大国に変貌させる。
Struck「テセウスを建国の祖として描くことによってアテネ人はクレタの支配は終わった、これからはアテネの時代ということを表明した。」
アテネはギリシャ世界を束ねる強大な都市国家となり、クレタは崩壊、制圧された。
だが2つの国が歴史にうずもれた今もテセウスとミノタウロスの神話は生きつづけている。
そして3000年前も今も変わらず人間の本質というものについて有益な洞察を与えてくれる。
ミノタウロスの物語は様々に解釈できる。
迷宮が表しているのが我々人間の心とするなら、謎に満ちたその暗い洞窟には危険な動物的衝動が隠れ住んでいる。
神話では人が普段隠している本能や欲望、本性が容赦なく暴き出される。
理性と衝動の間で人はみな葛藤しているのだ。

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神々の戦い トール


宿敵同士の命をかけた対決。
雷神トール(Thor)が強大な敵に立ち向かう。
恐ろしい攻撃力で迎え撃つ大蛇。
人間と怪物の戦い。
トールの最強の武器、魔法のハンマーから稲妻が放たれる。
天地を揺るがす雷鳴。
トールの神話はこうした壮絶な戦いの場面に満ち溢れている。
Michael Drout(Wheaton College)「トールは神々のチャンピオン
頼りがいのある偉大な戦死で知恵を授けてはくれないが、邪悪な怪物から人類を守ってくれる。」

トールの冒険物語は厳しい時代を生きる人々に夢を与えた。
暗黒時代と呼ばれる西暦1000年ごろのこと。
当時バルト海からブリテン諸島までを覆った北欧世界は混迷の時を迎えていた。
Drout「当時の社会は農耕を基盤としたが、寒さの厳しいヨーロッパ北部に住む人々の生活は常に苦しいものだった。
作物を育てやすい地中海沿岸とは違い、劣悪な環境だった。」
戦争と飢饉と死が日常化したヨーロッパの荒涼たる北の果て、その混迷に秩序をもたらしたのがトールの神話。
Drout「かつて辺境に住む人々の土着信仰はラテン系の言葉でパガニズム(異教)と呼ばれた。
体系化された宗教ではなく、ギリシャの神々などに比べると、序列や担当もそれほどはっきりしていない。」
John Davenport(Fordham University)「北欧神話に見られる人間生活は非常に辛く厳しいもの。
人々はキリスト教が説くような死後の救済や天国などには期待せず、人生に対しても悲観的だった。
様々な困難を前にして、いつでも勇気と誠実さを試されていた。」

Scott A.Mellor(University of Wisconsin)「トールは典型的な強いヒーロー。
他の神々には時折あてにならないところもあったが、トールは決して裏切らない。
それゆえ人々にもっとも愛された。」
トールには悪を倒すための2つの武器がある。
力を2倍にしてくれる帯と激しい稲妻を放つ鉄のハンマー。
はるか遠くをめがけてハンマーを投げるトール。
しかしこの武器はブーメランのように必ず手元に返ってきたという。
Dimitra Fimi(Cardiff University)「トールのような雷神は、他の神話でもお馴染み。
ギリシャ神話のゼウスも雷を操る神だった。」
トールは絶大な力を持つ両親の間に生まれた。
David George(Saint Anselm College)「父は天の神オーディン、母は大地を司るヨルズだった。
つまりトールは天と地の間に生まれた子。

天と地の間にある世界はミッドガルド(midgard)と呼ばれた。
人類が暮らすミッドガルドにとってトールはもっとも相応しい神といえる。」
北欧神話の世界観は親しみ深い樹木の形で表された。
Mellor「古代の北欧人はアメリカ先住民の家ティピー(Tipi)にも似通った住居を建てた。
真ん中にある柱で周りの壁を支えるタイプの家。
この家屋の骨組みが宇宙の構造にも当てはめられた。
住居という小さい空間が世界という大きな空間をも象徴していた。
こうしたことから樹木は重要視されるようになったと考えられる。」

この世界樹のもっとも高い枝には神々が住まう世界アスガルドがある。
その反対側、根元の下に広がるのはヘルと呼ばれる暗く冷たい死者の王国。
英語で地獄を指すヘルという言葉はここから来ている。
木の中ほどにあるのがミッドガルドと呼ばれる人間達の暮らす世界。
ここがトールの領域。
トールの勤めはミッドガルドに暮らす人類の敵、邪悪な巨人達を退治すること。

Drout「巨人は混迷と破壊の象徴。
人の命を奪う雪崩や地震、洪水などは皆巨人の仕業とされた。
厳しい気候風土の中で人類を常に脅かす自然の猛威を擬人化したもの。」
Mellor「例えばノルウェーのある谷間に住んでいたとする。
冬になって霜が下りるとそれが霜の巨人の到来だと考えられた。
やがてトールが霜の巨人達と戦って山へ追い返すと春が訪れる。
それが秩序の復活だった。」

トールと巨人との戦いの名残は今も北海沿岸の森の中や寒さ厳しい平原に見られる。
スカンジナビア半島全体に散らばる謎めいた石碑。
異郷の時代から存在するもの。
建てられたのは4〜12世紀ごろだとみられ、土地の教会や何かの記念碑、王や戦士の墓石にもなった。
これらはルーン石碑と呼ばれる。
書物などの記録に残らない当時の社会を知る唯一の手掛かり。
刻まれているのはルーン文字。
ラテン文字にもよく似ている。
こうした碑文の中に一際多く登場する人物像がある。
雷を操る神トールだ。

北欧神話の神にはそれぞれ邪悪な巨人族の宿敵がいた。
トールの宿敵の姿もルーン石碑に刻まれている。
蛇の姿をした巨人、ミッドガルドの大蛇。
Drout「ひたすら成長を続け、神々の破滅と背課の終焉をもたらすという大蛇。
ヘビに対する恐怖心は人類共通。
北欧の人々もヘビを把握で恐ろしいものと考え、こうした神話を生み出した。
伝説によるとミッドガルドの大蛇は大地を包み込むほどに成長し、世界を混迷に陥れるという。」
Mellor「世界を取り囲む大蛇はこの世の果てを象徴し、同時にその向こう側へ行くことの危険性も示している。」
この究極の敵に1人立ち向かうのがトールだった。

Troy Storfjell(Pacific Lutheran University)「トールと大蛇が繰り広げる果てしない戦いは、神や人間の暮らす世界の秩序を守ろうとする力とそれを乱そうとする力、つまり絶えることのない不安や混乱との対決を象徴している。」
秩序対混迷、北欧の厳しい環境を思わせる古典的なテーマ。

トールの神話は時にユーモアを交えて伝えられた。
ある物語でトールは大蛇に気付かれないよう近づこうとする。
そこで少年に姿を変え、ヒュミルという名の巨人に頼んで川底のボートを出させた。
Mellor「ボートはみるみる沖へと出てゆく。
ついにヒュミルがこの辺りでいいだろうと言うと、トールはまだだと言いはる。」
十分に沖へ出るとトールは正体を現す。
そして牡牛の頭をルアーに使い、大蛇を水面におびき寄せた。
大蛇が水から頭を出した。
トールは興奮し、ハンマーを手にとってかまえる。
しかし巨人のヒュミルはすっかり怯えきっていた。
トールはハンマーを振りかぶると巨人は船ごと海に引きずりこまれることを恐れ、釣り糸を切ってしまう。
海の底へと去ってゆく大蛇。
宿敵を仕留める絶好のチャンスを逃したトールは激怒する。

雷神と大蛇との戦いは古代世界の至る所に見られる共通のテーマ。
ヒンドゥ教の聖典ヴェーダでは、雷雨の神インドラが怪物じみたヘビと戦う。
ギリシャ神話ではTyphonというヘビの姿をした怪物と雷神ゼウスとの戦いがある。
これらの神話は場所も大きく違えば時代も全く離れているが、基本的に皆同じ物語。
雷を操る神が世界を脅かす。

大蛇と戦う異なる社会に存在する同じ神話は共通の体験から生まれ出たものかもしれない。
神話の大蛇のモデルは実在する海の怪物なのか、そうした生物は今も海の底にうごめいているのか。
その可能性を示す驚くべき証拠がある。
John Rennie(Editor-in-Chief,Science American)「長い触手をもった巨大生物が船をつかんで海の中へと引きずり込む話が度々出てくるが、怪物はクラーケン(Kraken)などと呼ばれた。」
長く滑らかな体で素早く動くというクラーケンはまるでミッドガルドの大蛇。
だが北ヨーロッパ以外にも怪物じみたウミヘビの話がある。
古代ギリシャの物語オデュッセイアの中に登場したのは人間をとって食らう巨大なウミヘビスキュラ
Scott Huler(Autor,No-Man's Land)「スキュラはたくさんの頭と腕を持つ恐ろしい海の怪物。
一度に6人の男達を捕らえては食べてしまうと言われていた。」

スキュラとクラーケン、そしてミッドガルドの大蛇。
これらは偶然の一致か、あるいは史実に基いているのか。
その可能性を示すのは19世紀になされた偶然の発見。
北大西洋の漁師が捕えた見たことのない巨大な海洋生物。
もっとも長い触手が10mを越える胴、ダイオウイカ。
1000年前海の怪物はスカンジナビアの屈強な船乗り達さえおびえさせた。
略奪を繰り返し、海を制して一時代を築き上げた民族ヴァイキング。
巨大な海洋生物を恐れたヴァイキングが航海の無事を祈った神がトール。

Tracy Anne Cooper(St John's Universiy)「儀式はまずトールに捧げた神殿を解体する。
そして神殿の柱を一旦船に載せてからそれを海の中へ放り投げる。
こうすることでトールの力が海を支配することを示し、トールの信者が無事に海を渡ることを願った。」
柱は通常オークの木から作られた。
オークは雷神と特別な関わりがある神々のオークと呼ばれる1本の木だった。
Helga Luthers(University of Colorado)「このオークに呼びかけることは、トール自身に呼びかけることと同じだと考えられていた。」
長い間トールのオークは血なまぐさい生贄の場であった。
信者はしばしば木の根元に肉の犠牲を捧げた。
Mellor「生贄はたいてい農業と結びついていた。
翌年の豊作を祈って行われる儀式。
凶作の時はすべての動物を9体ずつ捧げるとされ、さらに酷い時には人の生贄を捧げた。」

伝説によるとトールのオークは西暦723年までドイツのFritzlarにそびえていたという。
この年に全てが変った。
別の宗教勢力が信心を拒む全てのこのを改宗させるべく、南からやってきた。
彼らは異教世界を代表する聖地トールのオークに目をつけた。
Scott Leonard(Youngstown State University)「キリスト教の伝道師、聖ボニファティウスは人々の前で、もしトールが本当にいるならこの大木を切ろうとする私に雷を落とすだろうと言った。
キリスト教の記録にはその時突風が吹いて木がなぎ倒され、人々は奇跡を認めてその場で改宗したと記されている。」
北ヨーロッパの運命を変える象徴的な事件だ。
熱心な信者の目にはトール自身が倒したように映ったろう。
だが彼らはこんなことでは屈しない。
キリスト教の十字架に対抗するシンボルはトールの魔法のハンマー。
神話のトールはこれでたてつく者に天罰を下す。
だがもし雷神が貴重な武器を失ったとしたらどうなるだろう?
それはトールにも人類にも大災害を意味する。
神話にはその顛末が語られていた。
トールのハンマーは異教の民にとって力と誇りの象徴だった。
神話では怪物退治のために稲妻を放つ武器。
Drout「道具によって人間は動物を越えた生き物になれる。
素手では出せない力を与えてくれる。」
ある重要な神話でトールは大切な武器を失う。
ハンマーがなければ地上を脅かす巨人を倒せず、人類の前途すら危うくなってしまう。

北欧の神々が住まうValhallaの宮殿、ある夜トールの寝室に巨人の王が忍び込む。
そしてハンマーを盗んでいった。
トールになくてはならないものだと知っていたのだ。
王はこれを脅迫の手段に使う。
トールは次の朝目覚めてハンマーがなくなっていることに気付き、ロキ(Loki)を訪ねる。
ロキはトールの従者だが、同時に神でもある。
見てみぬふりをした悪賢いロキは犯人を知っているといった。
トールに命じられ、巨人の国へとハンマーを取り戻しに向かうロキ。
そこで冥界におうじた巨人の王スリムは交換条件を持ち出してくる。
Storfjell「ハンマーを盗んだのは自分だ、返して欲しくばフレイヤ(Freja)を嫁によこせと言った。
フレイヤは美しく官能的な愛と豊穣と性の女神。
スリムにとっては未だ見ぬ幻の女性だった。」
ところがトールにいくら頼まれてもフレイヤは要求に応じようとはしなかった。
しかし何らかの手を打たねばならない。
困り果てた神々は緊急会議を開き、危険な作戦が決断された。
トールにフレイヤの格好をさせ、花嫁として送り込むのだ。
トールは大反対したが、ほかに選択の余地はない。
トールはしぶしぶ承諾し、フレイヤの花嫁衣裳を身につける。
ベールの下からは赤い目がのぞいていた。
Mellor「マッチョな大男の神様が女装しなければならない羽目に陥った。
実のところトールのハンマーとは男らしさ、男根の象徴でもあった。
男のシンボルをなくしたトールはもはや男性とはいえない。
そこで女性にならざるをえない。」
ロキにつきそわれてトールは巨人の国を目指す。
大切なハンマーを取り戻すためにはプライドを捨てねばならない。

Mellor「スリムは自分にかけているものがフレイヤだけだ、それがやっと手に入るといい、婚礼の宴を開く。
トールはすべてのご馳走をたいらげ、ビールを飲み干してしまった。」
この飲みっぷりが疑惑を招く。
慎み深い花嫁のすることだろうか。
Drout「ロキが言う。
丸8日間旅をしてきたので喉が渇いているのです。」
だが相手の顔を覗き込んだスリムは、鋭く燃えるような赤い目に気付く。
Mellor「思わず飛びのきフレイヤの目はどうしたと聞いた。
ロキがすかさずこちらへのお嫁入りが楽しみで、1週間寝付かれなかったのです、というと、スリムは納得する。」
言いくるめられた王はついに花嫁に魔法のハンマーを手渡す。
その途端トールはハンマーによって本来の力を回復し、再び怒りに燃える雷神の姿に戻った。
この神話と事実にはどんなつながりがあるのだろうか?

キリスト教の軍勢が北へ迫る。
西暦1000年ごろ、トールの復活神話は北欧人に勇気を与えた。
Tracy-Anne Cooper(St John's University)「キリスト教を押し付けられるようになると、トールやそのハンマーは居丈高に改宗を迫る勢力に対する胃教徒達の抵抗運動の象徴となった。」
財力、武力、人員共に有利な敵に対し、異教の民は死ぬまで戦うと決意していた。
舞台が整い、にらみ合う両者。
北ヨーロッパ人の魂をかけた戦いの火蓋が切って落とされた。
キリスト教の軍勢対トールの信者達、両者が争ったのは北欧の派遣。
これは実際に起きた対決。
ヨーロッパの至る所で約300年も続いた戦いの中、次第に北上したキリスト教勢力は異郷の地スカンジナビアへと入る。
11世紀にはその前線がスウェーデン王国のUppsalaにまで達した。
トール信仰における最後の砦の1つだ。
ここでは9年後とに熱心な信者達がトールに捧げる血なまぐさい儀式を執り行っていた。
Cooper「儀式では人と動物の生贄が捧げられた。
神殿と近くの森の中に死骸が吊るされた。」

11世紀の終わり頃、スウェーデンの新しい王がこの風習を非難した。
キリスト教徒のインゲ気澄
インゲが即位した頃、国民のほとんどは今だトールを信仰していたが、王はそれを変えようと決意した。
Drout「キリスト教信仰を強要し、馬などの動物の犠牲を取りやめ、異教の祭礼を禁じた。
そして国民の大反発を招いた。」
王室の中にも反対派がいた。
その急先鋒は兄弟にあたる弟ブロッドスデン、宗教的な混乱に乗じて彼は権力を手に入れようとする。
王は国を追い出され、異教徒側がひとまず勝利したが、3年後インゲは異教の神殿に奇襲をかけ、権力を取り戻す。
武力と炎によってトールの信徒を打ち負かし、キリスト教徒はスウェーデンを手に入れた。

北ヨーロッパ中で繰り広げられた同じような衝突。
その傷跡は今尚見ることができる。
スウェーデンののUppsalaにあるキリスト教会、11世紀に建立されたという。
インゲ気異教の神殿を焼き討ちにした頃だ。
しかもこの教会は勝利を記念して神殿の灰の上に建てられたと言われている。
教会の隣に広がるのは暗黒時代にさかのぼる異教の墓地。
キリスト教化以前ではスウェーデン最大の規模だという。
こうした墓地は今もスカンジナビア中に存在する。
墓地の発掘調査では、しばしばトールの象徴が見つかった。
小さなハンマー形のお守り、青銅で作られた首からかけるもの。
古代の北欧におけるトール神話の影響力がうかがえる遺物。
トールの魅力はその人間らしさにもあった。
神でありながら弱点をあわせ持っていた。
強く勇気もあったが怒りを制御できない。
David George(Saint Anselm College)「トールはいつも賢いわけではない。
彼は勇猛果敢な人類の守り神だが、騙されやすいところもあった。
我々が陥りやすい罠にはトールもはまってしまう。」
ある巨人と戦う物語で、トールの短所が露見する。
象徴しているのは御しがたい強敵、自然の猛威。

ある時ウトガルドロキという巨人の王がトールに恥をかかせるために3つの課題を与え、それらはどれも自然の力と密かに結びついていた。
最初の挑戦は角でできた器1杯のビールを飲み干すこと。
簡単そうに感じ、トールは口をつけた。
Leonard「いっっきに飲み干そうとしたが器の中の酒はいっこうに減らない。
トールは驚いて気恥ずかしくなる。」
最初の挑戦は失敗に終わる。
次の課題は巨大な猫の足を持ち上げること。
これも失敗。
トールは全くの無力なのか。

名誉をかけトールは最後の課題に挑む。
か弱そうな老女とのレスリング。
老女に飛び掛るトール、だが倒されてしまう。巨人は目論見どおりトールに恥をかかせることに成功した。

やがて王がその秘密を明かす。
おまえの飲んだビールの器は海につながっていたのだ。
海を飲み干せる者などいやしない。
次に出てきた猫はミッドガルドの大蛇。
大地を取り巻くヘビは持ち上げられない。
最後に戦った私の祖母の正体は老い。
老いと戦って勝てる者などいるわけがない。
トールは騙されていたことを知り、烈火のごとく怒りだす。
だが王はあっという間に姿を消してしまった。
畏怖すべき自然の力の前には神さえ逆らえない、ということを物語る神話だ。

トールは世界の終わりまで自然が生んだ邪悪な巨人達と戦い続けるという。
そしてついには秩序と混迷との壮絶な決戦が始まるのだ。
ラグナロクと呼ばれるヴァイキングで言われる最終決戦。
ラグナロクが始まる時、大地は振るえ、至る所で噴火がおきるという。
太陽は黒ずみ、厳しい寒さの冬がまる3年続く。
炎が全てを焼き、山は海に崩れ落ちる。
そして大地震と大洪水が起こる。
ラグナロクは人類の最後を恐ろしく描き出す。
大災害を伴うこの世の終わりは多くの文化で予見されている。
ノストラダムス、古代マヤ文明、ローマ人さえも。
中でもラグナロクに驚くほど良く似ている古代文書は聖書の黙示録。
Drout「両者に共通するのは怪物が地の底と空の両方からやってくること、目に見える天地が崩壊すること、今まで生まれた全ての魂が裁きをうけるということ。」

しかしキリスト教と異教における終末の予言にはある部分に決定的な違いがある。
ラグナロクでは神々が死ぬのだ。
北欧神話の最終章ラグナロク、秩序と混迷がぶつかる最終決戦。
Drout「神々と巨人、つまりすべての善と悪がぶつかり合う一大決戦。」
Mellor「あらゆるものが混乱と混迷に巻き込まれる。
そして全ての神はそれぞれの宿敵とあいまみれ、凄まじい戦いが始まる。
世界を支えていた全ての秩序が崩れ去ってしまう。」
この天地を揺るがす戦いは長年の敵同士、雷神トールとミッドガルドの大蛇の対決でクライマックスを迎える。
1対1の真剣勝負。
大蛇はトールの体に巻きついて絞め殺そうとする。
しかしトールは力をくれるベルトのおかげでハンマーを突き上げ、ついにはトグロの中から脱出する。
互角の激しい戦いの末、とどめの一撃を放つトール。
だが皮肉な運命により大蛇の傷から流れ出た猛毒に侵されてしまう。
トールは勝利と引き替えに自らの命を失う。
秩序と混迷が衝突した結果、互いの力が打ち消されたのだ。

ラグナロクが始まると我々の知る世界は恐ろしい終焉を迎えるという。
全ての神々と巨人達、そして人類のほとんどはトールと共に死ぬ。
ラグナロクの後で唯一残されるのは世界樹、その中には男女が1人ずつ隠れている。
再び草が芽吹くと2人はかつて神々が住んだ世界に降り立ち、新しい世界を築く。
北ヨーロッパに根付いていた伝道師達は異教を揺さぶるため神話を旧約聖書の序章に仕立て上げた。
北欧の神々は死に絶え、アダムとイヴが生まれる。
キリスト教は北欧世界に浸透し、トールの信者は永久に姿を消した。
改宗から長い時を経てもトールの遺産は静かに生き続けている。
英語で木曜日を表すThrsdayはトールの日という意味。
トールは世界最強の戦士達の聖なる守り神だったのだ。

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神々の戦い トールキン『指環物語』

深い穴の淵で逡巡する1人の人物。
視線の先には燃え盛る溶岩。
フロド・パギンズ(Frodo Baggins)の長く険しい旅がついに終わりの時を迎えた。
彼の使命は邪悪な指環を作られた時と同じ火の中に投げ込み消滅させること。
『指環物語』は彼の旅を軸に展開する。
善対悪の古典的物語。
Corey Olsen(Washington College)「ホメロスのオヂュッセイアに継ぐ大掛かりな冒険小説『指環物語』は、1954年数々の伝承と実体験から誕生した。
生みの親は作家John Ronald Reuel Tolkien 。」
Michael Drout(Wheaton Coleege)「トールキンは母国のために神話を作りたいと思っていた。
ギリシャやローマといった地中海地域には神話があるのに、ヨーロッパ北西が舞台の本物のイギリス神話はない。
そこで彼はないなら作ってしまおうと考えた。」
神話を作るにあたって彼が参考にしたのは自身の経験と古典文学。
Troy Storfjell(Pacific Lutheran University)「色々な神話や中世の伝承を一旦バラバラにして新しく組みなおした。」
Scott A.Mellor(University of Wisconsin)「トールキンは物語の中にアングロサクソン人の神話や北欧神話などあらゆる要素を取り入れた。」

ペオウルフ、アーサー王、バイキングサガ、それらをモチーフに書かれたのだ『指環物語』。
まず影響を受けたのが物語の舞台。
北欧神話では世界は3つの層からなっている。
1番上のアスガルドは神々の住処、最下層はヘル、死者の住む地下世界。
その2つに挟まれた世界ミッドガルドに物語の登場人物達が住んでいる。
これがミドルアース(Middle-earth)、つまり中つ国の原点。
Drout「中つ国は北欧神話のミッドガルド(Midgard)、怖いものMiddangeardと同じ。
どちらの単語もその意味するところは天界と地下世界との間にある海に囲まれた場所。」
『指環物語』の主人公フロドは闇の指環を消滅させるため、中つ国を旅する。
物語の要となる指環の存在も古代の伝承に根ざしている。
物語の軸は中つ国で見つかった20個の不思議な指環、癒しの力を持つものや、寿命を延ばすもの。
だが他の全てを上回る指環があった。
その名は“1つの指環”。
Scott A.Leonard(Author,Myth & Knowing)「その指環をつけると透明人間になる。」
姿を消すことができる指環、後に重要な意味を持つことになる力にもルーツがある。
Dimitra Fimi(Cardiff University)「アーサー王の伝説に、次女ルーネテが騎士イーベインに姿を消す指環を渡すという話がある。」
はめた者が透明になる指輪、1000年以上の時を隔てた2つの物語の共通点。
だがフロドの指環はそれ以上の力があった。
はめた者を蝕むのだ。
1つの指環にはそれを作った王の悪の力が吹き込まれていた。
その王の名はサウロン。
Drout「1つの指環の中にはサイロンの持つよこしまな精神の一部が吹き込まれていて、その力が指環をつけた者を蝕み悪事を働くよう仕向ける。
また指環には中毒性があって長く持ているほど執着するようになる。」

悪の力が宿る指環は古い神話にも登場する。
北欧神話ボルスンガ・サガだ。
Fimi「北欧神話の多くはきちんとした家系図に基いて書かれていて、事実としての歴史的な要素と神話的な伝承がうまく組み合わされている。」
Mellor「ボルスンガ・サガはアイスランドの神話で1300年代、古代ゲルマン人の伝承をもとに書かれた。
登場人物はゲルマン人の英雄だが、モデルとなっているのは中世以前、西ローマ帝国末期に実在した人物達。
その英雄物語はゲルマン人の軍人達の間でとても尊ばれていた。
それをスカンジナビア人が神話に取り入れた。」
ボルスンガ・サガと指環物語にはいくつか類似点がある。
ボルスンガ・サガに登場するある王は巨万の富を生む金の指輪を持っていたが、王の息子が指環を欲するあまり大罪を犯す。
父を殺して指環を奪い、洞窟に身を隠したのだ。
すると悪の指環の力によって王子は醜い蛇に変った。
これと同じ教訓が指環物語にも描かれている。
John Davenport(Fordham University)「この王子は指環物語のゴクリとそっくり。
ゴクリはもともとホビット族で、スメアゴルという名前だった。
ある日釣に出かけた時、親友のデアゴルが川底に指環を見つけた。
スメアゴルはその金の指輪がどうしても欲しくなり、浴に駆られてデアゴルを殺してしまった。」
スメアゴルは奪った指環をもって洞窟に隠れた。
ボルスンガ・サガの王子と同じだ。
すると彼の姿は醜く哀れな生き物に変った。
以来ゴクリは死ぬまで指環は自分の物だ、誰にも渡さないという考えに捕らわれ続けた。
それから500年後、ゴクリは指環をなくしてしまった。
しばらくして指輪を手にしたのが善良なホビット族のフロド・バギンズ。
Drout「フロドという名前は古ノルド語で賢き者という意味。
その彼に指環が渡った。」

フロドの旅は小高い丘と緑の野原の広がるシャイア(Shire)から始まる。
そこは別名ホビット庄、ホビット族の国。
ホビットは小柄で身長は120cmほど。
足の裏の皮が厚く、毛に覆われているので靴は履かない。
冒険などしそうにもない保守的な種族。
ホビット庄ののどかな暮らしは作家トールキンが幼少時代をすごしたイギリス西部の田舎町を彷彿とさせる。
ある意味ホビットはトールキン自身といえるだろう。
シンプルでのんびりとした田舎の生活。
気取ったところのない古きよき平凡な生き方、そんな理想を形にしたのがホビット族。
世界を救うとはとても思えない小さなホビット族だが、フロド・バギンズは違っていた。
フロドはホビット族には珍しく博学で、他の種族のことにも関心があり、世情にも通じていた。
だからこそ彼は世界を救うためにすべてをなげうった。
フロドは叔父のビルボがゴクリの洞窟で見つけたThe One Ringを受け継いだ。
指環に秘められた恐るべき力を知った彼は、それを滅ぼす旅に出る。
だがやがて彼自身が魔力に引き込まれてゆく。
Fimi「物語の冒頭でフロドは指環をはめ、仲間を置いて逃げたいという衝動に駆られる。
なんとか踏みとどまったものの、誘惑は徐々に膨らむ。」

フロドの冒険を中心に描かれた指環物語。
実はこの物語は最終章にあたる。
始まりは別の小説だった。
1977年指環物語の初版から20年以上経て出版されたある未発表小説には、壮大な近代神話の全ての始まりが記されていた。
天地創造の物語だ。
その原泉は聖書。
緻密な仮想世界を作り上げたトールキンは、その行為を神話作り(Mythopoeia)と名付けた。
トールキンは指環物語に先立って天地創造のストーリーまで描き出していた。
彼の死後出版された作品『Silmarillion』の物語、中つ国はここから始まった。
Drout「指環物語の何千年も前の時代のことが全て記されている。
現行の厚みは60cm以上、中に書かれているのはエルフ語や英語の詩、歴史。」
神話世界を作るにあたり、トールキンは様々な文献を参考にした。
中でも特に影響を受けた書物が聖書。
彼は非常に熱心なカトリック教徒だった。
彼の母親はカトリックに改宗したことで家族から勘当されている。
トールキンはカトリックとして育てられ、母親が亡くなるとまだ幼かった彼は弟と共にカトリック司祭に引き取られた。
トールキンの物語における唯一の神イルーバタール。
神はアイヌアと呼ばれる美しい歌声を持つ精霊を作り、世界はアイヌアの歌から生まれたという。
精霊の奏でる壮大なシンフォニー、アイヌアの音楽が世界を形作る。
アイヌアが神の御座の前で歌うと世界の歴史が紡ぎだされ、イルーバタールがそれに実態を与える。
こうして誕生したのが中つ国、後の指環物語の舞台。

当初はただ密かに独自の神話の構想を練っていたトールキン、披露する相手も近しい有人に限るつもりだった。
だが1928年のある日、ふとしたひらめきをキッカケに、36歳の大学教授は近代神話の名手となった。
Drout「学生が出した白紙の答案に何気なく書いた。
地中の穴に1人のホビットが住んでいた・・・」
この1文から新しい世界が開ける。
Mellor「ホビットという単語がどこからきたのかははっきりしていないが、響きは習慣、習性という意味のHabitとよく似ている。
独自の習性を持ち、日々平凡に暮らす生き物ということを表しているのではないか。」
オリジナルの言語を作るのが子供の頃から好きだったトールキンにとって言葉遊びはお手の物。
そこから指環物語の中の様々な言語が生まれた。
特に注目すべきはエルフの言葉。
エルフはホビットとは別の種族。
彼らは不老不死の命を持つ、ほぼ完璧な存在で、まだ罪を犯す前の最初の人間アダムとイヴを連想させる。
エルフ族の言葉には何種類かの方言があり、中つ国の言語の中でもっとも発達している。
一部のエルフ語のモデルは実在の言語、フィンランド語。
Scott A.Leonard(Author,Myth & Knowing)「カンバラはフィンランドの一大民族叙事詩でその中にはドワーフクやエルフなどといった後のトールキンの著書に影響を与えたキャラクターがいくつかでてくる。」

エルフ以外の種族が話す言葉にも重要な意味がある。
例えばサウロンの話す暗黒語にはサウロンの精神や人格がにじみ出ている。
つまり言葉にはその種族の性質が表れる。
独自の言語を持つもう1つの種族ドワーフ(Dwarf)、地下に住み背が低く、がっしりした体を持つ。
ドワーフの使う文字の原型となたのは今も北欧に残るある碑文、古代の遺跡ルーン石碑。
Mellor「ルーン石碑にはたいてい先祖伝来の剣の持ち主や埋葬地の在り処など、何か重要な物事が記されていた。
ルーン文字の文章にはちょっとした謎々が仕込まれていることがあって、解読者は苦労した。」

トールキンは処女作にこの不思議なルーン文字を取り入れた。
指環物語の前進『ホビットの冒険』である。
フロド・バギンズの叔父ビルボ・バギンズが盗まれた宝を探す物語。
財宝の在り処を示す古代の地図、それは月の光に照らされると浮かび上がるルーン文字で書かれていた。
地図に導かれてビルボがやってきたのはスマウグ(Smaug)のねぐら。
中つ国でもっとも恐れられた竜。
この怪物が財宝を持っていた。
Drout「スマウグは黄金竜の生き残り。
この竜はドワーフの王国から宝を山のように集めていた。」
Fimi「竜は人間の欲を象徴している。
欲の塊であるスマウグという怪物は、財宝を集めて手元に置くことしか頭にない。」
ビルボは勇敢にも竜の巣に潜入。
宝の山から金の杯を盗む。
起こったスマウグは報復として近隣の村を襲った。

この物語はどこから生まれたのだろうか?
財宝の山を守る竜、実は同様のストーリーは過去にもあった。
Olsen「この物語はベオウルフの話とほぼ同じ。」
ベオウルフは歴史上もっとも有名な伝説の1つ。
トールキンはこよなく愛した物語。
主人公は祖国の王となったスカンジナビア人の戦士。
彼の遭遇した試練、それは火を吹く竜だった。
ベオウルフが王になる前から竜は長年宝を守っていた。
ある時1人の奴隷が巣へと続く秘密の通路を見つけ、竜が眠っているすきに宝の山から金の杯を盗む。
2つの物語が表すのは欲の怖さ。
どちらのストーリーも財宝を欲する心が恐ろしい結果を招くことになった。

ベオウルフをはじめとする多くの文献に影響を受けて描かれた指環物語。
だがどんな神話、伝承よりも濃い影を落としたのはトールキン自身の実体験だった。
恐怖、血と死が渦巻くセンチでおった心の傷。
第一次世界大戦での塹壕での経験。
1916年フランス、集中砲火を浴びる連合軍の塹壕。
地面を這って逃げるイギリス人兵士達。
虫のように腹ばいになり、少しずつ進む。
その中に24歳のトールキン少尉の姿があった。
Thomas Finan(Saint Louis University)「指環物語を読むとトールキンが戦争とは血なまぐさく、人間性を破壊するものだと考えていたことが分る。」
第一次世界大戦は考えられないほどの数の死者をだした大戦争として歴史に刻まれた戦い。
兵士達はぬかるみの中で互いに殺しあった。
フランス北部の塹壕戦はことの他おぞましいものだった。
Tracy-Anne Cooper(St John's University)「塹壕に溜まった水に足をいれているせいで、足の組織が壊死してしまったり、マスタードガスの攻撃を受けたり、トールキンはそんな光景を目の当たりにした。」
トールキン少尉が参戦したのはソンムの戦い。
こう着状態になり結果人類史上かつてない規模の損害を出した。
Leonard「トールキンハ1年ほど従軍した後、赤痢や発疹チフスのような症状のでる塹壕熱にかかって帰還する。
回復に時間がかかり、戦地へは戻らなかった。」

Storfjell「彼は戦争で体だけではなく心にも傷をおった。
その経験をもとにトールキンは指環を滅ぼすための旅でフロドが背負ったトラウマを描いている。
つまりそれと分らない程度にホビットに自分自身を投影している。」
指環物語の中でフロドは死者の沼地と呼ばれる沼を通りかかる。
そこは何千年も前に大きな戦争が起こった場所。
沼の中にはまだ死者達が横たわっていた。
水の中に見えた青白い顔が暗い水の奥深くにおぞましい顔、邪悪な顔、気高い顔、悲しげな顔、どれも汚れ、朽ちかけ、死んでいた。
戦争の恐ろしさが最初に描かれたのは指環物語の前、『ホビットの冒険』。
物語のクライマックスは竜の宝を巡る5つの軍の戦い。
主人公のビルボ・バギンズは戦場で多くの仲間が殺されてゆくのを見て、戦争というものの愚かさを知る。
ビルボと同じくトールキン自身も戦争中、目の前で仲間を失った。
フランスで共に戦った3人の仲間は皆無二の親友だった。
だが1916年11月までに2人が戦死した。
戦争の苦難と恐怖は物語の他のキャラクターからもうかがい知ることができる。
それは冷酷な悪役達。
トールキンの戦闘体験をもっとも顕著に表しているのは恐ろしく邪悪な生き物、オーク族

最終決戦の舞台は地獄のような暗黒の国モルドール(Mordor)
モルドールの中心にそびえたつ滅びの山の火山で、1つの指環が作られた。
主人公フロドは魔力に屈する前に指環を消滅させねばならない。
モルドールは聖書に着想を得ている。
Helga Luthers(University of Colorado)「聖書を見てみると地獄は火と硫黄が燃える永遠の苦しみの場所というように表現されている。
一方のモルドールも物語によれば暗黒の荒地。」
Drout「モルドールの風景に近いのは詩人ダンテの描写。
地獄には灼熱の平地や火の粉が降る砂漠があると書かれている。」

モルドールという名前の不吉な響きにも根拠がある。
Drout「モルドールは古英語のモーソーに音が似ているが、モーソーは英語でマーダラ、殺人者という意味。
同じく古ノルド語のモルスも殺人を意味する。」
物語ではモルドールに足を踏み入れたものは死んだも同然。
そこをうろついているのは残虐な種族の戦士達オーク。
Storfjell「オーク族は恐ろしい生き物で、腰の曲がった醜い容姿をしている。
元々エルフ族だったが、暗黒の力で捻じ曲げられ、悪の種族に変ってしまった。
オークは知能が高く、機械の扱いも得意で設け話や楽して利益を得ることばかり考えている種族。
つまりオークは資本主義者。
資本主義へのあからさまな揶揄ではないか。」

モルドールに生きる邪悪な種族、他のキャラクターと同様、彼らの起源も古代の伝承にあった。
Drout「ベオウルフの512行目に、全ての悪しき生き物は弟アベルを殺したカインの末裔だとある。
悪しき者とはエウトナス、ユルファー、オルクネアス、つまりエティン、エルフ、オークナスの3種。」
Finan「オークナスはベオウルフに登場する邪悪な存在で、実体のない一種の悪霊のようなものと考えられている。」
古代の文献から生まれたのは嫌われ者の悪役だけではない。
メインキャラクターの1人も誕生している。
魔法使いガンダルフ(Gandalf)、The One Ringを消滅させるために旅するフロドの導き手。
Mellor「ガンダルフの登場が、その後の魔法使いのイメージを変えた。
魔法とは半キリストの悪いものだと考えられていたが、彼は善人でいつも中つ国に住む者のためを思って行動する。

ガンダルフのモデルは北欧神話に見ることができる。
Storfjell「古ノルド語でガンダルフというと魔法を使うエルフという意味になる。
ガンダルフはエルフ族ではないが、偉大な力を持つ不思議な存在。」
北欧神話から受け継いだのは名前だけではない。
風貌の面でモデルとなったのは最強の神オーディン、古代スカンジナビアのあらゆるものをつかさどっていた。
学問、戦争、争いごと、死・・・・
だがガンダルフにもっとも影響を与えたのは放浪者としての一面。

Storfjell「オーディンは変装の達人で、何百もの名前や扮装を使い分けていた。
地上で旅する時は灰色の放浪者に扮する。
灰色のローブにツバの広い帽子、長い髭、ガンダルフと同じだ。」
ガンダルフも悪の力を倒すため、何年もの間密かに中つ国を放浪していた。
もう1人さらに有名な人物がガンダルフのもとになっているかもしれない。
Drout「モデルはキリストだという説もある。
自分を犠牲にして死んだ後、白い衣をまとってよみがえる。」
Cooper「フロドを守って戦ったガンダルフは比喩的な意味で1度死に、白のガンダルフとして復活する。
トールキンのカトリックとしてのルーツが垣間見える。」

指環物語に織り込まれた思想の全貌はクライマックスで明らかになる。
世界を救うカギはガンダルフではなく、ホビット族のフロド・バギンズの手にゆだねられた。
物語の山場に隠されたキリスト障害における重大な局面とは?
フロドは最期の誘惑に挑む。
モルドール、灼熱の地獄、そこに住むのはオーク、そして冥王サウロン。
中つ国を行く辛い道の果てに、ついにここまでたどり着いたフロド。
滅びの山を目指す旅は終わった。
だが本当の試練はここから。
The One Ringを滅ぼすには、山に登りきり、指環を火山の炎の中に投げ込まねばならない。
これは簡単なことではなかった。
Drout「指環の丸いという形には意味がある。
輪っかが人の心の善の部分を封じ込めてしまい、指環のこと以外考えられなくなる。」
滅びの山を登るフロド、指環が彼を惑わし、使命を忘れさせ、その力に屈するよう、ささやきかける。
誘惑との究極の戦いだ。
心の中で葛藤する光と闇、キリスト教徒としてのトールキンの世界観を表している。
Drout「物語に溢れているカトリックの思想の中でも彼が特に言いたかったのは主の祈りのラスト2行。
誘惑に陥らせず、悪からお救いくさい。」

フロドに迫る最後の誘惑は新約聖書の1節と思わせる。
Finan「荒野で40日間断食を行っていたイエスをサタンが誘惑する。
食欲、自己顕示欲、支配用に訴えかけてイエスをつろうとした。」
キリストはサタンの誘いを退けた。
だがフロドは誘惑に勝てなかった。
Drout「滅びの亀裂までたどり着き、指環を作ったのと同じ火が燃える火口の淵に立ったが、手に持った指輪を捨てることができない。
指環の魔力にとりつかれ、こう言った。
ここに来て捨てるはずだったが、捨てるのはやめた。
指環は僕のものだ、そして指にはめてしまった。」
指環の力で姿を消したフロドだが、傍で見ていた者がいる。
かつて数100年間指環の持ち主だった邪悪な生き物ゴクリ。
滅びの山までフロドをつけてきた。
狙いは指環を奪い返すこと。
今が絶好のチャンス、指をかみちぎった。

指環を奪ったゴクリは弾みで燃え盛る溶岩の中へ落ちてしまった。
こうしてゴクリと共に指環は消滅し、フロドは正気に戻った。
ゴクリは悪者だったがその悪い行為が中つ国を救った。
世界を救ったのは主人公ではなかった。
このエンディングはクリスチャンの思想にも、伝統的な神話の筋書きにも合わない。
フロドは失敗したものの、結果的には善は悪に打ち勝つというキリスト教の教えが裏付けられた。
だが勝利は犠牲を伴った。
指環の消滅後、ホビット庄へ戻ってきたフロド達。
彼らを待っていたのはぞっとするような光景だった。
Cooper「ホビット庄は工業化によってすっかり破壊されていた。
鋼鉄の機械があちこちを占拠し、人々は抑圧され、村は汚染されていた。」
容赦なく押し寄せる工業化の波。
トールキンがもっとも恐れていたこと。
彼の故郷イギリスの田舎町でも同様の変化がおきていた。
Olsen「トールキンは幼い頃から産業化が進むのは人間が堕落しつつある証拠だた考えて、強い不安を感じていた。
彼の考えによると、工業化を推し進めることと支配欲との間には密接な関係がある。
人を征服するのも、草木などの自然を破壊するのも、どちらも同じ支配欲の現われ。」
指環を滅ぼす旅から戻ったフロドは落ち着かない日々を送っていた。
悪夢にさいなまれ、以前のような生活を取り戻せない。
トールキン本人と同様、悲惨な体験が彼を別人に変えてしまった。
フロドが指環を巡る戦いから戻った時、トールキンが第一次世界大戦から帰還した時、無事を喜ぶ様子が全く見られない。
一旦指環を手にしてしまったフロドは以後ずっと不安感につきまとわれる。
フランスの戦地で数え切れないほどの死を目の当たりにしたトールキンも長くトラウマを抱えていたのだろう。

指環物語のラストシーン、悪との戦いで深く傷をおったフロドはホビット庄をあとにし、聖なる地での再出発を目指して旅立つ。
こうして壮大な近代神話は幕を閉じる。

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神々の戦い ヘラクレス

神話における最大のアクションヒーロー、その名はヘラクレス(Herakles)
自ら犯した恐るべき罪にさいなまれ、救いを求めて不可能と思える12の試練に挑戦する。
現代人には神話でも、古代人には真実。
モデルは実在した戦士。
伝説には暗号が散りばめられている。
神話に潜む真実とは?

我々の知らない別の世界、水の中でうごめく怪しい影。
何かが現れた。
巨大な毒蛇だ。
ドラゴンのような9つの頭が宙を踊る。
猛毒の息を吐き出し、獲物を生きたまま食らう。
だがそこに強敵が現れた。
地上最強の男、神話の中の究極の人物ヘラクレス。
古代史でもっとも人気のあるヒーロー。
神と人との間に生まれ、超人的な力を持つ彼の運命はギリシャ世界の悪を討つこと。
Tom Stone(Greek Historian)「ヘラクレスは特別、同時に普遍的な存在でもある。
女好きで大酒のみ、優れたアスリートでもあった。」
Michael Fontaine(Cornell University)「現代人から見たヒーローとはめっぽう強く女性にもて、空も飛べるような人物だが、ギリシャ神話で違う。
ヒーローは超人的な力はあっても苦難に耐えねばならない。
その点ヘラクレスは完璧。
その運命は誰よりも過酷だった。」

神話のヘラクレスは数々の強敵と渡り合い、想像を絶する苦しみを味わう。
物語は女性関係にだらしない神々の王ゼウスの不倫から始まった。
Fontaine「ヘラクレスはゼウスが人間の女性Alkmeneに産ませた子。」
George Zarkadakis(Author,The Mystery of The Mind)「半分の神を表す半神とは神のように聖なる力がありながら、永遠の命を持たない人物のこと。
彼らは死ぬこともある。
ギリシャ人はより神に近づきたいという思いから半神という限りなく神に近い人間像を生み出したのではないだろうか。」

ヘラクレスには彼の破滅を企む強力な敵がいた。
ゼウスの妻、女神ヘラだ。
ゼウスは人間の女達に何人もの子を産ませた。
ヘラクレスもその1人。
ヘラはその全てを憎んだが、ヘラクレスにはゼウスの火遊びのつけをとことん払わせようとした。
ヘラの二気味はとても理不尽なものだった。
ヘラクレスに過酷な苦行を強いた。
ヘラクレスがまだ赤ん坊の頃、ある夜ヘラは2匹の毒蛇を子供部屋に送り込んだ。
Rebecca Kennedy(Union College)「幼いへらくれすは両手に1匹ずつ大蛇をつかんで2匹とも絞め殺した。
普通の子供ではないと皆が気づいた。」
David George(Saint Anselm College)「ヘラに憎まれた理由の1つもそこ。
どんなに不幸になっても殺されはしない。
それが彼の運命だった。
女神も運命には逆らえない。」
ヘラの憎しみはヘラクレスの人生を決定付けた。
この神話と事実との間にはどんなつながりがあるのだろうか?

2004年2月、ギリシャのデバイという町でヘラクレスの誕生に新たな光を当てる、驚くべき発見があった。
住宅街の地下から神殿が発掘された。
中心部にあったのは祭壇の跡。
周囲には何100個もの陶器の壷や小さな像があった。
その全てがヘラクレスをかたどったものだ。
ここは2500年前の文書にあるヘラクレスの館という謎めいた場所と関わりがあるようだ。
かつてデバイの城門を出てすぐの所にあったという。
遺跡はそうした記述にも当てはまった。
だがそれだけではない。
古文書によれば神殿はヘラクレスが生まれた場所に建てられたという。
ヒーローは実在したのだろうか?

成人したヘラクレスは半神として2つの世界を股にかける。
人間界と超自然的な世界だ。
Kenney「彼は強すぎて人の体に捕らわれた神のようなものだった。
意図せず周囲の人間を殺したり、損害を与えたりした。
自分をコントロールできなかった。」
超人的な強さのため、ヘラクレスは社会に溶け込むことができない。
Zarkadakis「誰とも心を通わすことができなかった。
実際矛盾を抱えた性格の持ち主だったようだ。
彼の父ゼウスはヘラから課せられた過酷な試練や苦難からかばってはくれなかった。
ヘラクレスは天と地の間にたった1人で放り出された。」

世間並みの幸せに飢えたヘラクレスは、美しい王女をめとり、2人の息子を得る。
だが一家の幸せははかなく消えた。
再びヘラの手が迫る。
幸せなど与えないと心に決めているのだ。
この時女神はヘラクレスを殺人者に変えた。
Kristina Milnor(Barnard College)「へラは眠っている彼に妄想を吹き込む。
正気を失ったヘラクレスには、妻と子供の姿が敵に見えた。」
真夜中ヘラクレスは世にも恐ろしい罪を犯した。
Renaud Gagne(Mcgill University)「ヘラクレスがこの血に飢えた悪夢から目を覚まし、ついに正気を取り戻すと、彼の全身は妻と息子の血にまみれていた。」
目もくらむほどの怒りがおさまると、激しい自責の念が湧き上がる。
恐るべし永遠の苦しみ。
古代ギリシャ人はこれを“流血の罪”と呼んだ。
Milnor「キリスト教の贖罪という考え方にも似ている。
罪をあがなうため、地上で善行をつむのだ。」

魂を清めるため、ヘラクレスは人も神も体験したことのない過酷な試練の数々を潜り抜ける。
旅はギリシャ世界の外側にまで及んだ。
残された足跡からは神話の裏に隠れた真実が浮かび上がる。
ヘラの呪いため、妻と我子を手にかけたヘラクレス、犯した罪を償わねばならない。
だが一体どこへ向かえばよいのか。
彼は古代ギリシャでもっとも偉大な預言者に助けを求めた。
Peter Struck(University of Pennsylvania)「重い罪を犯したヘラクレスを導けるのは、もっとも権威あるデルフォイの神託だけだった。」
デルフォイの聖なる神殿は架空の場所ではない。
人々が神託を聞いた神殿の跡は今もギリシャ中部の山岳地にある。
2500年前、ここにトランス状態の巫女が立ち、周りには不思議な煙が立ち込めていたという。
その謎めいた言葉は神のお告げとみなされた。
近年巫女の力の源が明らかになりつつある。
地質調査の結果、デルフォイの神殿は2つの断層が交差する場所の真上にあった。
John Rennie(Editor-in-chief,Scientific American)「新しい証拠によれば、こうした断層の近くでは地震活動のために地面の裂け目からエチレンガスが漏れていたようだ。
人は大量のエチレンガスを吸うとトランス状態になる。
デルフォイの巫女もそんな体験をしていたのではないだろうか。
古代ギリシャの人々が信頼を寄せたデルフォイの神託は、ガスに酔ったうわ言かもしれない。」

デルフォイの巫女はヘラクレスの罪を清めるには苦行よりほかにないと告げた。
苦行を受けるために彼は従兄弟でライバルでもあったエウリュステウス(Eurystheus)王を訪ねる。
だがこれは罠だった。
巫女とエウリュステウス王はヘラに利用されていた。
エウリュステウスはヘラの考えた12の試練を彼に与える。
後にヘラクレスの12功業として知られるものだ。
その中でヒーローはギリシャ世界を脅かす数々の敵と戦う。
獰猛な野獣に自然の驚異、よこしまな暴君、そして怪物たち。
ただ1つだけでも命の保障はないのに、それをヘラクレスは12回も乗り越えねばならない。
償いの旅が始まる。
第1の試練は人間に潜む動物的本能の象徴である野獣を殺すこと。
Nemeanのライオンだ。
ヘラクレスは弓の名手だったが、このライオンの皮膚は矢を通さなかった。
倒すには力尽くで戦うしかなかった。彼はライオンを殺し、その皮を剥ぎ、以後防具として身につけた。
それ以降へラクレスは獅子の皮をまとった姿で描かれるようになる。

エウリュステウス王は驚愕した。
ヘラクレスは第1の試練で死ぬと思っていたのだ。
そこでヒーローの息の根を止めようと、途方もない試練の数々を並べ立てる。
これら初期の試練に一貫したテーマは人間と自然との対決。
Geroge「古代ギリシャ人にとって自然とは共存できない恐ろしい相手だった。
油断すれば殺されかねない。」
第2の試練は自然が生み出したある怪物を殺すこと。
9つの頭を持つ毒蛇ヒュドラ(Hydra)
毒を吐き、一噛みで人間を食い殺す。
ヘラクレスは剣を抜き挑みかかった。
ヒュドラの首を切り落としてゆく。
だが切り口からはすぐさま2本の首が生えてくる。
この怪物は快楽に対する人間の尽きない欲望の象徴。
新しい作戦が必要、やみくもに斬るだけではこの敵に打ち勝つことはできない。
ヘラクレスは松明をとり、怪物の皮膚を焼いた。
切り株のような傷口を火で焼くと、そこからは首が生えてこなくなった。
最後の一撃、ヘラクレスは9つの首を切り落とした。
ヘラクレスは手持ちの矢を毒蛇ヒュドラの血に浸す。
こうして彼の矢は毒矢となった。
英語で毒を意味するToxicは矢を放つための弓を指すギリシャ語のトクソンからきている。

第2の試練を乗り越えたヘラクレスは厳しい世界で生き抜くため、戦士のように業を磨き続けた。
強靭な肉体、不屈の精神、たゆまぬ忍耐。
次の2つの試練においてもヘラクレスは手ごわい野獣の獣を退治する。
アルテミスの黄金の牡鹿、その逃げ足は空飛ぶ矢よりも速い。
次は凶暴な人食いイノシシ。
ヘラクレスはこれらを見事生け捕りにした。

彼の勢いをそぐため、エウリュステウスは作戦を変える。
違う種類の障害物を取り入れた。
第5の試練、ヘラクレスは人間生理の一面を象徴する過酷な作業を命じられた。
糞にまみれた巨大な家畜小屋の掃除である。
期限はたった1日。
家畜小屋が流れの速い2本の川に挟まれていることに気付いた彼は、一計を案じる。
怪力で2本の川の流れを変え、家畜小屋に大量の水を流し込み、すべてを洗い流した。
試練を乗り越えるたびにヘラクレスは家族を殺した罪をあがなってゆく。
ヘラとその手先、エウリュステウス王が思いつくいかなる障害をも見事に克服した。
戦う度にその強さは増すばかり。
逆境に打ち勝つヘラクレスの物語は古代ギリシャ人に勇気を与えただろう。
これは単なる物語なのだろうか?
ヘラクレスが実在のヒーローだとする興味深い手掛かりがある。
Struck「ヘラクレスの物語は異文化を持つ人々が地元に伝わる不屈のヒーローについて教えあうことで生まれた。
相手の話に自分達との共通点を見出しながら、伝説がまとめ上げられていった。」
古代ギリシャにおける理想の人物へラクレスは果たして実在したのだろうか?
伝説によるとヘラクレスの一族はギリシャの植民地ティリウスの出身。
そこには武勇で知られた戦士が実在したと古文書に書かれている。
彼は神々と直接のつながりがあったようだ。
名前は残っていないが、ミケーネと呼ばれる強力な王朝の支配者に仕えていたという。
神話の中でヘラクレスに12の苦行を課した従兄弟のエウリュステウスもミケーネの王。
これは単なる偶然の一致なのだろうか?

ギリシャでも指折りの伝説に満ちた遺跡オリンピア。
紀元前776年オリンピックはここで始まった。
Tony Perrottet(Author,The Naked Olympics)「数ある競技会の中でもオリンピックはもっとも洗練された威信あるものだった。
オリンピックでの勝利は人としての地位が高まり、神々に1歩近づくことを意味した。」
こうした競技会は苦行に臨むヘラクレスの挑戦に驚くほどよく似ている。
いずれもアスリートの強さと忍耐の賜物だが、両者の間にはさらに深いつながりがあるという。
オリンピアの競技場跡にあるトラックの長さは192.27m、ヘラクレスの600歩分の長さといわれていた。
オリンピアの主要な神殿からもヘラクレスとのつながりをうかがい知ることができる。
外壁には12の功業のレリーフが施されていた。
ギリシャ人にとってヘラクレスの不屈の精神は非常に大切なものだった。
彼を崇拝するアスリートの多くは諦めることよりも死を選んだ。
神話のヘラクレスを支え続けたのもこうした忍耐。

第6の試練で対決したのは獰猛な人食い鳥の群れ。
人類の到達しえない目標の象徴。
毒蛇の矢で怪鳥の群れを追い払った。
ヘラクレスはこの時12ある苦行の折り返し地点にいた。
だがあと6つ残っている。
進むほど困難は増すばかり。
ヘラは攻撃の手を緩めない。
次の3つの試練において彼は初めてギリシャを出て、手ごわい異国の敵と戦う。
これらは勢力の拡大を図っていた古代ギリシャ人の意識を繁栄したもの。
第7の試練、ヘラクレスは島国クレタに渡り、ミノス王の名高い牡牛を捕らえることを命じられる。
牡牛は神話が生まれた当時のギリシャに対するクレタの優位を表すもの。
Milnor「青銅器時代後期においてクレタは地中海地域でもっとも権力のある国家だった。
古典期におけるアテネやスパルタのように非常に大きな影響力を持つ重要な国だった。
ギリシャ人は付近で一番の大国であったクレタに貢物を納めねばならなかった。」
神話のヘラクレスはそんな関係を覆す。
彼はミノス王の牡牛を見つけ出し、戦って服従させた。
牛は船で連れ帰られ、ギリシャはクレタの要求に応じなくなる。

7つの功業が成し遂げられた。
クレタの牡牛を捕らえ、自然との戦いに勝ったヘラクレスが次に戦う相手は人間。
この後続く試練はギリシャを脅かす異国の王達との戦い。
最初の相手はリストニアの残虐な王ディオメデス。
飼っている馬に敵の肉を食べるようしつけていた。
ヘラクレスはディオメデスを馬のエサにしてしまう。
古代ギリシャにとっては明白なメッセージ。
人は自ら生み出した悪に滅ぼされる。
ヘラクレスは初めて人命を奪った。
勇猛な女性戦士、アマゾンの女王ヒッポリテの腰帯を手に入れた後、彼女達を殺した。
12のうち9つの功業が成し遂げられた。
かつてない試練の数々に挑む彼を支えたのは勇敢さと強さの持久力。
だがさらに厳しい戦いが待っていた。
ヘラクレスが赴くのはこの世の果ての向こう側。
どんなに苦行をこなしても、体の痛みは心の苦しみを癒してはくれない。
ヘラクレスは自らの罪に捕らわれていた。
ヘラクレスの心は安らぐことはなく、満たされることもなかった。
残された試練はあと3つ。
彼は地の果てへと向かわねばならない。
そして死者の国へも・・・

10番目の試練はゲリオンから牛を奪うこと。
恐るべき一族に生まれた3人分の手足と3つの頭を持つ怪物ゲリオンを倒すには、まず居場所へとたどる着かねばならない。
ヘラクレスがゲリオンのもとへ行くには地中海を渡り、大西洋に入る必要があったが、行く手には巨大な壁がそびえていた。
地中海はヨーロッパとアフリカをつなぐ山塊によって外洋と切り離されていた。
ヘラクレスは山を迂回せず、通り抜けようと決めた。
剣の一撃で山を2つに割った。
ヨーロッパとアフリカがいかにして離れたかを説明するために生まれた神話だ。
以降両岸の崖はヘラクレスと結び付けられるようになった。
Struck「古代ギリシャ人がヘラクレスの柱と呼んだ絶壁の向うは未知の世界だった。」
古代の人々にとってヘラクレスの柱とは未知の海域単なる入り口ではない。
現実と神話を隔てる扉でもあった。

かつて大西洋を目指す船は皆、ヘラクレスの柱の間を通った。
近年の調査により、ジブラルタルの岩にある洞窟からは、ヘラクレスに関連付けられる古代の遺物が大量に発見されている。
炭素年代測定にかけるとどれも紀元前800〜400年ごろまでの約400年間に作られたものだと分かった。
この場所に集中し、置かれていたということは、ここに大きな神殿があったということ。
ギリシャの船乗りはヘラクレスのように未知の世界へと旅立つ前にこの神殿で無事を祈ったという。
柱の向うに何が待っているのか、誰も知らなかった。
神話のヘラクレスは不安を抱きつつ、未知の世界へと足を踏み入れた。
柱の向うには3つの頭を持つゲリオンと牛達がいた。
怪物は山の上から巨大な岩を次々に落としてくる。
だがヘラクレスには秘密兵器があった。
以前倒したヒュドラの血に浸した毒の矢だ。
狙いを定めて弓を引く。
ゲリオンは死んだ。

ヘラクレスは牛を手に入れ10番目の功業を成し遂げた。
次の試練は世界の果てへ行き、100の頭を持つドラゴンの農園から黄金のリンゴを採ってくること。
リンゴ、農園、危険な大蛇・・・聖書におけるアダムとイヴの物語にも似ている。
George「古代の物語に共通点が多いのは人々がお互いの話を教えあっていたから。」
ヘラクレスの物語における黄金のリンゴは皮肉にも宿敵ヘラのものだった。
George「ヘラのものというだけでなく、ゼウスとの聖なる結婚の象徴でもある。
ギリシャ神話においてリンゴと結婚は大抵セットで描かれる。」
ヘクレスはリンゴを探して何年もさまようが、いっこうに見つからない。
世界の果てへたどり着いた彼は重荷を担いだ神アトラスと出会う。

Milnor「アトラスはタイタンと呼ばれる巨人族の一員で、その仕事は天空という重荷を担ぐことだった。」
今でも耳にする世界を担うという言葉はアトラスの神話に由来するもの。
疲れ果て途方にくれたヘラクレスは黄金のリンゴの在り処を知っているアトラスに、代わりに天を担ぐのでリンゴを採ってきてほしいと頼む。
アトラスはリンゴを持ち帰ってきが、そこには罠があった。
ヘラクレスにもう天を支えたくないというのだ。
ヘラクレスはそれなら肩にライオンの皮をあてて担ぎなおしたいので少し持っていてほしいと頼む。
アトラスが再び天を担ぐと、ヘラクレスは立ち去ってしまった。
ヘラクレスはついにヘラの大切なリンゴを盗んだ。

自由を勝ち取るために残る試練は1つ。
だがそれには生きて帰れないといわれる場所へ行く必要がある。
ハデスが支配する死者の国、冥界だ。
その門を守る番犬、3つの頭を持つケルベロスを捕らえねばならない。
死者の国の王ハデスは人間の魂を全て管理している。
それを手伝うのがケルベロス。
ヘラクレスはハデスの前に進み出る。
番犬を地上に連れ出す許可を求めたハデスのあげた条件は1つ。
ケルベロスと素手で戦い、押さえ込むこと。
真の力が試される瞬間。
ヘラクレスは犬を地面にくぎ伏せる。
そして服従させた。
Stone「地獄の番犬を連れ帰ってくるなどとても常識では考えられない。
つまりギリシャ神話のヒーローとは生と死の秩序さえも揺るがすことのできる存在だった。」

ヘラクレスはついに贖罪の旅を終える。
立ちはだかる全ての障害を乗り越えたのだ。
凄まじい肉体的精神的苦痛にも耐えた彼は、晴れて安らぎを得られるはずだった。
ゼウスの私生児であるヘラクレスに対するヘラの憎しみは消えなかった。
女神の呪いから逃れる道はたった1つ、死ぬこと。
彼は巨大な火葬用の祭壇を設えた。
ヘラクレスはこの地上での障害を苦痛のうちに終えた。
死によってついにヘラクレスは救われた。
神々の王ゼウスは息子の労をねぎらい、永遠の命を持つ神としてオリンポス山に迎えた。
宿敵ヘラもついには彼を受け入れた。
ヘラクレスは復活し父の待つ永遠の王国に迎えられた。
この終わりはくしくももう1人の聖なる人の子イエス・キリストを思わせる。
Fontaine「ヘラクレスの最期は自己犠牲。
キリスト教におけるヒーローも苦しみの末に永遠の命を手に入れる。
自らを焼く火によって肉体が滅び、残った本質だけが天に昇る。」

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神々の戦い ゼウス

世界の派遣を巡って実の父親に戦いを挑み、比類なき力を手に入れた神ゼウス。
ギリシャ神話における最高の権力者。
現代人には神話でも、古代人には真実。
恐ろしい世界を解き明かすためのカギなのだ。
キリスト教の何世紀も前、ゼウスを唯一の神と信じる人々がいた。
神の怒りは大災害をもたらしたという。
古代より語り継がれたゼウスの神話。
その裏に隠された驚きに真実とは?

天空を制する者は世界をも制する。
ギリシャ神話でその力を独占した神はゼウス。
人間と神々を支配し、正義を行う者として統治する。
Kristina Milnor(Barnard College)「ゼウスには義務があった。
神と人間のどちらに対しても正義をもたらすこと。」
David George(Saint Anselm College)「ギリシャの人々にとって神を崇めるということは、神に破滅させられないように気をつけるということとほとんど同じ意味だった。」
天空の支配者ゼウスは自然の力を自由に操った。
最強の武器をも手にしていた。
Peter Struck(University of Pennsylvania)「ゼウスを象徴する強力な武器は雷。
これは他の神々とも一線を画する力だった。」
ギリシャの人々は雷をゼウスの力と考えた。
Michael Fontaine(Cornell University)「神話には不可解な自然現象を説明する役割もあった。」
自然界を支配し、ギリシャでもっとも恐れられた神ゼウスはいかにしてその地位についたのだろうか?

ゼウスが初めて書物に登場したのは紀元前700年ごろのこと。
ギリシャの作家ヘシオドスが書いた『神統記』、天地創造について記された古代ギリシャ版の創世神話。
ゼウスははじめ、神々の王ではなかった。
身を潜めて父から世界の派遣を奪う時をうかがっていた。
だがその道は激しい。
父の名はクロノス、世界を支配する神々タイタン族の王。
クロノスは王として新しい世継を期待されていた。
そこで肉親を妻に迎える。
自分の姉、同じタイタン族のレア
クロノスとレアの兄弟はギリシャの次世代を担う神々を生み出した。
彼らはやがてオリンポスの神々となる。
兄弟の中にハデス、ポセイドン、ゼウスがいた。
世界はただ受け継がれたのではなく、勝ち取られたのだ。
Milnor「クロノスは子供を持つことに不安を覚えた。
息子に地位を奪われることを恐れた。
自分の妻が赤ん坊を産み落とすと、すかさず奪い取って飲み下してしまう。」
Struck「神々は不死なので、飲み込まれた子供達はただ腹の中に閉じ込められているだけ。
彼らを支配し力をつけさせないようにすることが狙いだった。」
ギリシャ人にとっては身の毛もよだつ神話。
今も昔も人を食うことはおぞましい行為。

王妃レアは恐れていた。
すでに5人の子供が飲み込まれていながら今、再びみごもったのだ。
しかし今回は計画があった。
レアは抜け出して密かに息子を産む。
未来の神々の王ゼウスだ。
だがクロノスはまた子供を飲み込もうとしていた。
レアは夫に赤ん坊の毛布でくるんだ石を差し出す。
クロノスは何も考えず、その包みを飲み込んだ。
赤ん坊のゼウスはこっそりと運び去られ、洞窟の中に隠された。
印象深い神話だが、古代の人々にとってはカギを握る秘密の洞窟は実在の場所だった。(ideon Cave)
Ioannis Myonopoulos(Columbia University)「ゼウスが産まれたとされるのはクレタ島。」
George「ゼウス信仰の聖地だった。
ゼウスへの捧げものや儀式に使うものなどが大量に出土している。
地中海沿岸の様々な場所から持ち込まれたものだった。
この見事な盾はかつて洞窟の壁に飾られていたと考えられている。
赤子だったゼウスの護衛についた者が、こうした盾を打ち鳴らしてゼウスの鳴き声がクロノスの耳に届かないようにしたという神話を表している。」

かくまわれた特別な少年、キリスト教徒やユダヤ教徒にも親しみ深い物語。
Milnor「聖なる力を持つ子供が、身を守るためにかくまわれ、やがて成長して自らの運命をまっとうするという物語は様々な宗教や神話の中に見られる。
飼葉桶に寝かされたキリストはヘロデ王の追っ手から逃れ、エジプトで生まれたモーゼもかくまわれた。」
神話のゼウスは洞窟の中で密かに成長する。
運命の日に備えて少年期を過ごしたゼウスは、世界の派遣を巡り、父が率いるタイタン族に戦いを挑もうとしていた。
洞窟で立派な神に成長したゼウスは運命に従い権力闘争に立ち上がる。
父の横暴な振る舞いに復習し、腹の中からオリンポスの神々(兄弟)を助け出す。
そしてタイタン族の手から世界の派遣を奪うのだ。
非常に大きな賭けだった。
勝てば世界が手に入り、オリンポス山の玉座から人類と神々を支配できる。
負ければタルタロスに落とされ、永久に閉じ込められてしまう。
タルタロス、冥界のもっとも深いところ。
古代ギリシャにおける地獄。

天高くそびえる神々の居城オリンポスは実在の場所。
海抜3000mにも近いギリシャの最高峰。
超自然的な存在にはピッタリの場所。
ギリシャ人にとって神々の住む天空の宮殿がどこにあるのか実感することは重要だった。
ゼウスは本拠地オリンポス山でクロノスとタイタン族に対する反乱計画を練る。
究極の骨肉の争い。
最強の味方は5人の兄と姉、オリンポスの神々。
すでに成長していたが、今だクロノスの胃に捕らわれている。
オリンポスの兄弟が自由になればタイタン族を滅ぼす戦いに加わってくれるだろう。
彼らを助けるため、ゼウスは薬を調合する。
ゼウスはクロノスの寝室に忍び込み、寝酒の杯に薬を混ぜた。
それを飲んだクロノスは激しい吐き気に襲われる。
最初に吐いたのは赤子のゼウスの代わりに妻が手渡した石。
その石はやがて古代ギリシャでもっとも権威ある神殿の礎石にんったという。
それこそデルフォイの神殿、神のお告げが下る聖地。
神話のクロノスが吐き出したという石は数1000年の時を越えた今もまだそこにある。
神話ではこの聖なる石に続きゼウスの5人の兄や姉が吐き出される。
彼らはすぐさまゼウスの革命に加わった。
Struck「ゼウスの持ち味は、その優れた知性だった。
周りを説得し、リーダーに相応しいと認めさせ、連帯関係を築くことができる。」

兄弟を味方につけたが、タイタン族を倒すには兵力がまだ足りない。
実は他にもクロノスに恨みを持つ者達がいた。
クロノスの忘れられた兄弟だ。
貪欲な怪獣キュクロプス(cyclops)と100の手を持つ巨人達。
だが彼らは地獄に捕らわれていた。
ゼウスはタルタロスに向かい、捕らわれの巨人達を解放した。
巨人達はゼウスに感謝した。
相手を敬うことを知る彼の力量を認め、味方になることを申し出た。
キュクロプスは感謝の印としてゼウスに贈り物を授けた。
雷の力である。
John Rennie(Editor-in-ohief,Scientific American)「雷は自然界でもっともは快適な力の1つ。
雷が落ちる瞬間、周りの空気の温度は約28000℃にも跳ね上がる。
太陽の表面温度の約5倍。」
戦闘準備が整った。
タイタン族はオトリス山に、ゼウスたちはオリンポス山に陣を張る。
間に広がるのはテッサリアの平原。
この戦場も実在する場所。
紀元前5世紀のペルシャ戦争から20世紀の2度に渡る世界大戦にまで続く血塗られた歴史のある場所。
神々の頂上対決もここで繰り広げられた。

大量破壊兵器と精鋭部隊を味方につけ、世界を揺るがす戦争に乗り出すゼウス。
戦いの傷跡は今も実在の場所に残るという。
山の上から父親の軍勢めがけて激しい雷を打つゼウス。
衝撃は大地の底まで揺さぶった。
方や100の手を持つ巨人達が高くそびえる山々を引きちぎって投げつける。
方や荒々しい力にあふれるタイタン族は負けずに幾度となく襲い掛かる。
この壮絶な光景は単なる神話には終わらない。
近年の研究によれば、この恐ろしい事件は古代実際に起きたものだという。
およそ3600年前、ギリシャのサントリーニ島の火山で未曾有の大噴火が起きた。
Scott A.Leonard(Author,Myth & Knowing)「過去27000年においてもっとも大きな規模の地震現象。
凄まじい威力だった。
高さおよそ5600mの山が一気に吹飛んだ。」
2006年の調査で島の噴火は当初の推定より大規模だったことが判明した。
ビルの20階の高さにまで堆積した火山灰は、島の半径50km近くを覆いつくしたという。
強烈な噴火の威力はTNT火薬6億トンにも相当したと考えられている。
強烈な爆発はギリシャ世界のほとんどを壊滅させた。
火山の成り立ちを知らない当時の人々は、神の怒りに違いないと考えたはずだ。
神話における神場みの戦いはゼウスが世界の派遣を手に入れるための闘争だった。
味方の強力な支援により、オリンポス川の勝利はほぼ目前に迫っていた。
しかしタイタン族には奥の手が残されていた。
タルタロス族の淵から呼び出された巨大な魔人キュポン。
神と魔人のデスマッチ。
善と悪との一大決戦。
ぶつかり合うのは究極の力。
最後の一撃でキュポンとタイタン族の軍勢はタルタロスへ追いやられた。
灼熱の地獄で永久に過ごすのだ。
古代よりゼウスが敵の軍勢を地獄へと落とした場所は地中海の向こう側、シチリア島にあるエトラ山の河口と伝えられた。
そして地元の伝説によれば、何世紀にも渡って繰り返されてきた噴火の影にはキュポンの存在があるという。
ギリシャ人は神話によって火山から溶岩が流れているわけを説明しようとした。
ゼウスの雷の残りがあふれ出しているのだとも、キュpンの炎の息が火山から噴出すのだとも言われていた。
その上キュポンは激しい嵐を引き起こすといわれた。
事実その名はタイフーン(Typhoon)の語源にもなっている。
だが神話の中ではその暗雲もひとまず取り払われた。
父を倒したゼウスは神々の王、万物の頂点に立つ支配者となる。
この神話は現実とどう関わっているのだろうか?

2003年オリンポス山の麓で失われた神殿が見つかった。
Dionという古代の町。
その中心部にある神殿はゼウスに捧げられていたのだ。
神殿は紀元前5世紀ごろ建てられた。
あちこちで見られる大理石のブロックに刻まれている鷲。
古代ギリシャにおいて鷲はゼウスの聖なる紋章だった。
近くの川底から出土した首のない人物像、2400年前のこの像に彫られた言葉は“いと高きゼウス”。
この“いと高き”という言葉が専門家の間で議論を呼んでいる。
古代ギリシャの多神教信仰とキリスト教などの唯一神信仰をつなぐものだという説があるのだ。
キリスト教以前もギリシャ人は唯一の神を信じていたのだろうか?
Dennis R.Macdonald(Author,The Homeric Epicsand The Gospel of Mark)「ゼウスはしばしば最高神とみなされている。
名前の語源セオスは英語のデオスと同じ、神を指す言葉。
ここからもこの上なく高い存在であることがうかがえる。」
Struck「紀元前3〜1世紀にかけて哲学者や神学者の間で新たな説が唱えられるようになった。
神とは唯一の存在で、いろいろな神話は1つの神の持つ多様な側面を象徴したものに過ぎないという意見。」

Dionに集う信者にとってゼウスは他の神々とは別格の存在だった。
唯一の神と認められた可能性も高い。
神話のゼウスはついに頂点へと上りつめた。
だがその権力は予想外の敵に脅かされる。
神々の王は身近な存在に裏切られようとしていた。
Struck「古代ギリシャの神々には、親しみがもてる。
人類同様欠点もあり、強さも弱さも持っている。
実のところ、神々は非常に大きいというだけで、私達とそう変らないとする考えもあった。」
ゼウスの人間的な欠点は、性欲を抑えきれないことだった。
ゼウスは女性をものにするためなら何でもした。
変装させもいとわない。
Michael Fontaine(Cornell University)「ゼウスは女性達の前に様々な姿で現れる。
目的を果たすためにはどんなことでもやってのけた。
例えば鷲や白鳥、牡牛などの姿を借りることはもちろん。
ある女性の夫になるすますため、人間にも変身した。」
初めてゼウスの心を捉え、その妻となたのはメティスという若く美しい女神だった。
メティスという言葉はギリシャ語で実用的な知識を表す。
ゼウスは一目見て彼女に惹かれた。

だがゼウスの愛情は権力を脅かす不吉な予言によって限りを見せる。
メティスの産む子が父の王座を奪うと予言されたのだ。
突如ゼウスは自分の父同様、子供に恐怖を覚えた。
同じ目にあうまいと考えたゼウスは徹底的な手段にでることにする。
生きたまま妻を飲み込んだのだ。
家族の愛はまたしても権力の犠牲となった。
歴史は繰り返す。
だがこの所業によってゼウスはより強く、賢くなった。
Fontaine「メティスを飲み込むことで、彼女が持っていた洞察力や用心深さをも手に入れた。
ゼウスは妻を自分の一部として体内に閉じ込め、より高い知力を身につけることができた。」
Milnor「古代ギリシャの人々は知恵やものの考え方は胃袋の中に宿ると信じていた。」
メティスの後、新たな妻を求めたゼウスは父と同じように肉親から妻を選んだ。
姉のヘラだ。
他の女性達と違い、天界でもっとも権力のある女神。
王の后に相応しい。
Milnor「ゼウスとヘラは対等な関係。
この夫婦の間に生じる様々な衝突には、当時における見方が現れている。
同じ権力を持つ者同士が一緒になればこうなってしまうものだと考えたのだろう。」

ゼウスはありとあらゆる相手と浮気を繰り返す。
女神から人間まで数多くの愛人に100以上の子宝を授けた。
Struck「ゼウスの威信が高まるにつれ、様々な都市がこの神とのつながりを求めるようになった。
一族の女性が生んだゼウスの御子から地元の支配者の家系が始まったと主張する町が次々に現れた。」
今もギリシャ周辺の都市には関連付けの跡が見られる。
アテネ、デバイ、マグネシア、マケドニア、すべてゼウスの子供達の名前。
だがそんな勢力絶倫のゼウスにヘラは苛立った。
神話によれば、堪りかねたヘラは神々の王に火遊びの代償を払わせようと決意したという。
ヘラはオリンポスの神々を味方につけ反乱を企てた。
神々はゼウスを鎖で縛りつけた。
昼寝から目覚めたゼウスはベッドに縛り付けられ、体の自由を奪われていた。
かつて救い出した兄弟による陰謀。
その時かつての戦友が助けに現れた。
100の手を持つ巨人達だ。
ゼウスの弓状を知ってはせ参じ、神々が援軍を呼んでいる隙に鎖を切った。
クーデター計画を切り抜けたゼウスはついに反撃へと転じる。
ヘラは黄金の鎖で空に吊り下げられた。
息子のアポロンと兄のポセイドンには苦役が命じられる。
そして生まれたのが古代世界に名をとどろかすトロイヤの見事な城壁。
これもまた世の不思議を理解するための神話。
古代ギリシャの人々はあまりにも強固なトロイヤの城壁の秘密をアポロンとポセイドンの苦役によって説明した。
遺跡は今もそこにある。

神話のゼウスは歯向かう者に裁きを下した。
その憤怒の矛先は人類にも向けられる。
大洪水を引き起こした。
神の怒りは聖書のノアの箱舟の物語ともつながっているのかもしれない。
Tom Stone(Author、ZEUS:A Journey Through Greece In The Footsteps Of   Journey Through Greece In The Footsteps Of A God)「悪事を働いた人間は油断しているとゼウスの雷に打たれてしまう。
ギリシャ神話ではゼウスの怒りに触れて、国や都市がまるごと滅ぼされた例が数多くある。」
古代ギリシャの詩人へしおどすはゼウスへの畏怖がなければ人間界も弱肉強食の世界になってしまうと書いた。
自然災害が起きると悪い人間胃にするゼウスの天罰と考えられた。
何が最高神の怒りにふれたのか、それを説明する神話が生まれることもあった。

ゼウスがもっとも激しい怒りを見せたのは、人が人肉を口にした時と言われている。
ゼウスはこの所業と無縁ではない。
父に兄弟をすべて飲み込まれたのだ。
人の子が同じ行為に及ぶのを見たゼウスは激しく憤り、人類を滅ぼすことを決意する。
そして大洪水が起きた。
丸9日に渡って雨が降り続け、大地は少しずつ沈んでゆく。
水は2500m近いパルナッソス山の頂にも達した。
世界中の至る所で人類が死滅する。
雨がやんだ時、残された人間はわずか2人。
箱舟を作り、その中で生き延びたのだ。
旧約聖書に驚くほどよく似ている。

John Pennie(Editor-in-Chief,Scientific American)「世界中のありとあらゆる文明において、同じような大水害についての記録が残されている。」
神話に描かれた人類を壊滅させる大洪水は、実際に起きたことなのだろうか?
この10年ほどの間に驚くべき手掛かりが見つかっている。
およそ7000年前、氷河期の氷が急激に溶けた。
流れ出た水は黒海を溢れさせ、周囲の陸地およそ440000k屬魄豕い飽み込んだという。
ゼウスの洪水はここから生まれた物語かもしれない。
強敵を退け、権力の座に君臨した神ゼウス。
だが新たな脅威が現れる。
キリストだ。
1世紀世界に広まったキリストの教えにより、ギリシャの神々の権威は色あせていった。
キリスト教は死後の救済を約束した。
死後起こりうることについて教えと説き、人々に信じるべきものを与えた。
多くの人がそれを受け入れた。
地中海沿岸にキリスト教が広まるにつれ、ゼウスの力は弱まっていった。
かつて信仰を寄せた人々からも、ついには排斥された。
Struck「古代において神々の王ゼウスが逆らうことのできないたった1つの力は運命だった。」

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神々の戦い ハデス

死者たちの住む王国。
そこには支配者がいる。
その名はハデス(Hades)
名前を口にできないほど恐れられた神。
その神話からは古代ギリシャの死の概念がうかがえる。
誰も逃れることのできない唯一の運命。
現実世界との不気味な共通点、呪い、亡霊、秘密の儀式・・・
地下に広がる冥界へと我々を誘う古代の物語、ハデス神話に潜む真実とは?

緑豊かな牧場で花を摘む、若く美しい乙女ペルセフォネ(Persephone)は狙われていた。
突然大地が口をあけた。
暗闇から不気味に手が伸び、乙女は地の底に引きずりこまれる。
死者たちの神、ハデスの后に選ばれたのだ。
神話における死の神ハデス、どんな人間も死ねばその王国に入る。
David George(Saint Anselm College)「彼らを決して逃がさないのがハデスの役目。
ギリシャ人はハデスとのかかわりを恐れた。
ハデスの神話は死後の世界を理解するために生み出された。
Geroge「こうした神話は人間の死にたくないという気持ちを反映している。
古来多くの宗教において死んだ後も人間の魂は別の世界で存在し続けるという教えが説かれてきた。
ギリシャの宗教観においてもそれは同じ。」

神話によると死者は広く隠逸な冥界に入る。
そこは支配者にちなみハデスと呼ばれた。
Kristina Milnor(Barnard College)「キリスト教の考え方では地上での行いによってその人が死後に行く世界が変るといわれている。
生前によい行いをすれば天国に、悪事を働けば地獄におちる。
しかしギリシャ人はどちらの世界も地下にあると考えていた。」
冥界は3つの層に分けられる。
死者の多くはアスポデロスの野に下る。
名もなき人々が集る寂しい場所。
Milnor「カトリックにおける辺獄という考え方にもよく似ている。
ほの暗く静かで平和なところだが、木々は嘆き悲しみ、魂はあてもなくさまよう。」

神々にたてついた者はまた別の所へ行く。
地下およそ65000kmの深さに広がる奈落の淵。
炎の川に囲まれ、囚人を永遠の責め苦にさいなむ牢獄タルタロス
幸運の者にはハデスの第3の土地、楽園が待っている。
Renaud Gagne(Mcgill University)「至福の島と呼ばれた古代ギリシャにおける天国。
自然になっているものを好きなだけ食べられる。
労働することはない。
人々は常に喜びに包まれ、輪になって踊る。
小川が流れ、純粋な友情に満ちた場所。」
神話によれば最後はみなハデスの命に従わねばならない。
だがそのときがあまりに早いこともある。

ハデスはうら若き乙女のペルセフォネを誘拐し、冥界に閉じ込めた。
だが地上では絶大な力を持つ母親がペルセフォネの行方を捜し続けていた。
豊穣主デメテル(Demeter)、世界中の食料をつかさどる女神。
デメテルの神話は季節の変化と深いかかわりがある。
女神は娘の身に何が起きたのか知らずに地上をさまよい、悲しみのあまり大地に実りをもたらすのを忘れてしまう。
植物は枯れ、人の力で芽吹かせることはできない。
地上に長い冬が訪れた。
世界が永久に凍り付いてしまうことを恐れた他の神々は、ハデスにペルセフォネを返すよう命じる。
だがハデスには計画があった。
冥界の食べ物を口にすることができればペルセフォネを冥界の一員にできるということをハデスは知っていた。
ほんの少しと進められたザクロの種を食べたペルセフォネは知らずに運命を閉ざしてしまう。
その行為は世界全体に影響をもたらした。
ペルセフォネは毎年3ヶ月、冥界に住むことになった。
種1粒について1ヶ月、残りの期間は母親のもとで過ごす。
ペルセフォネが冥界に下りている間、デメテルは地上に実りを与えない。
ギリシャ人はその期間を冬と考えた。
娘が地上に戻るとデメテルは喜び、春と夏が来る。
ペルセフォネが冥界を行き来するたび、季節が変ると考えた。
ではどう出入したのだろうか?

アテネ北西、ギリシャの都市エレウシス郊外、古代この洞窟は死の世界の出入口とみなされていた。
生と死、そして現実と神話を隔てる境界。
Sarah Iles Johnston(The Ohio State University)「古代ギリシャで冥界の入り口といわれた場所は少なくない。
みなが地元に冥界の入り口があると言いたがった。」
その中でもエレウシスの洞窟は重要視されていた。
入り口付近の遺跡は神殿の跡だということが分っている。
見つかった1枚の石版にはシンプルな言葉が貼り付けられていた。
神と女神、その名を口にできない、神に捧げられたものだ。
祀られていたのは死の神ハデス。
エレウシスを聖地としたのが古代ギリシャ最大のカルト教団。
古文書によると信者は楽園への近道を求めて集ったという。
ハデスの王国で永遠の幸福を得るのだ。
George「教団は人々を死の恐怖から解き放とうとした。
これがキリスト教の土台となった。」
古代のギリシャにおける死の象徴、無慈悲な魂の管理者ハデスははじめからこうした姿をとっていたわけではない。

神々の宮殿、静けさを切り裂く赤子の声。
生まれた男の子はハデスと名付けられた。
父の名はクロノス、ギリシャを支配する神々タイタン族の王。
自分の子供達の誰かに殺されるという予言を聞いたクロノスは、これを阻止しようと決めた。
クロノスは生まれたばかりの息子を素早く飲み込んだ。
ハデスは兄弟と共に父のいの中で成長する。
だが1人クロノスの手から逃れた子供がいた。ゼウスだ。
成長したゼウスはやがて捕らわれていた兄や姉を助け出す。
団結し、オリンポスの神々となった兄弟は、親達から世界の派遣を奪うことにした。
タイタン族との頂上決戦。

ハデス、ポセイドン、ゼウス、3人の男性神が戦利品を分割することになった。
ハデスにとって決定的な瞬間。
神々の支配体制が永久に決まるのだ。
1番の年長者はハデス。
古代ギリシャの法律では、年長者に優先権があった。
だが末の弟ゼウスには、世界を支配するという野望があった。
ゼウスの野望とハデスの権利が衝突する。
兄弟はくじで決めることにした。
天界を引き当てたものが神々の王になるのだ。
くじが引かれる。
ポセイドンは海を得た。
ゼウスは天を得て神々の最高権力者となった。
しかしハデスが得たものは残された死者の国だった。
ハデスには悲劇の始まり。
ハデスの新居は暗く荒涼として死者の悲しみに満たされていた。
洞窟があり、川が流れるじめじめした世界。
この神話は現実に基いているのだろうか?

ディオス、ギリシャの地下数100km四方に広がる巨大洞窟。
川と洞穴の迷路は古文書の冥界の姿に驚くほど似ている。
Johnston「人々は洞窟のことを地上と冥界とをつなげる中間的な場所と考えていた。」
George「この地域の人々ははじめ、洞窟の中で暮らしていた。
外にでて家を建て、農業を始めるようになってからも、洞窟は聖地としての重要性を保ち続けた。」
ハデスは死後の世界を自らの王国に変えてゆく。
王の勤めは邪悪なものを罰し、善良なものに報いることだった。
死者の魂を管理するため、家来が集められた。

3つの頭を持つ獰猛な番犬ケルベロス、タルタロスの管理には100の手を持つ巨人達。
そしてもっとも忠実なる僕はカロン(Charon)
見回るのは憎しみの水路ステュクス川(Styx)
カロンの仕事は人々の魂を生きるものの世界から死者の住む冥界へと確実に送り届けることだった。
骸骨のようにやせ細り、悪霊を思わせる気味の悪い姿をしていた。
カロンの姿はやがて民間伝承の中でどこからともなく現れ、指差した相手を連れてゆく死神のモデルとなった。

カロンの前を通らずに冥界へは入れない。
その上誰もステュクス川をただでは渡れない。
死者はみな運賃を支払うことになる。
渡し守に支払うお金を持っていない霊魂はステュクス川のほとりを永遠にさまよわねばならない。
そのため古代ギリシャ人は亡くなった人の口の中やまぶたの上にコインを置いた。
儀式は不可欠なものだった。
コインがなければ魂は永遠にさまようことになる。
George「古代ギリシャ人にとっては深刻な問題だった。
多くの国家が埋葬の義務を果たさない者に対する罰則を設けていた。
家族には故人をこの世からあの世へと送り出す義務があり、これを怠れば死者は亡霊となって皆を襲うと考えられた。

幽霊の存在を信じるギリシャ人が残した手掛かりは古代のまじない人形。
墓地から発見された古代ギリシャの小さな鉛の像。
どの人形も手足が縛り付けられ、呪いの言葉が刻まれた小さな棺に入っていた。
Johnston「これらに刻まれたまじないの言葉は、死者や死の神を呼び出し、まだ生きている人物を苦しめてもらうためのものだった。
例えばボクシングの試合がある場合、相手の腕を動けなくするよう頼む。
ビジネスの分野でもよく使われた。
もし近所に商売敵が住んでいたら、死者に頼み、ライバルの仕事の邪魔をしてもらう。」
人形は冥界に入れないとみなされた死者の墓に入れられた。
さまよえる死者と呼ばれた人々の身代わりだ。
Johnston「幼くして死んだ人や殺人などで不慮の死を迎えた人、きちんと埋葬されなかった人など。
彼らの霊魂は冥界に入れず怒りや不満を抱えてさまよっているため、人に危害を加えやすいと考えられていた。」

冥界にたどり着いた霊魂は永久に閉じ込められた。
出ようとした者にはハデスの厳しい罰が下される。
それでも試みる者がいた。
山のふもとにいる痩せ衰えた1人の老人。
滝のような汗、浮き上がる静脈、彼の名はシシュポス(Sisyphus)
大胆にもハデスの意思に逆らった最初の霊魂。
シシュポスは人生を終える間際に死の神を騙そうと考えた。
Peter Struck(University of Pensylvania)「自分を埋葬するなと妻に頼んだ。
そのすれば冥界に入ることができず、あの世の手前で踏みとどまっていられる。」
シシュポスは死者の王より騙しやすい相手を知っていた。
王妃である。
Milnor「シシュポスは王妃ペルセフォネに、妻の行いを訴える。
夫の体をこれほど粗末に扱ってよいのか、ペルセフォネは同情し、彼の妻に腹を立てる。
そしてシシュポスが妻を叱るため、地上に一旦戻ることを許可した。」
シシュポスは不可能を可能にした。
死の神を欺き、自然の摂理を覆したのだ。
だが冥界の王は許さない。
ハデスを騙してただで済むはずはないのだ。
騙されたこのに気づき、怒りに燃えたハデスは即刻シシュポスを冥界へと引きずり戻す。

George「シシュポスは自分ならば神を欺き、死を欺き、自然を欺くことができると考えていた。」
古代ギリシャにおいては危険な考え。
死を欺く行為は社会をも脅かす。
George「死者はきちんと葬られ、閉じこめられるべきものだった。
彼らは生きているものから命を奪うと考えられていた。
死者がこの世をうろついていたら、寿命を吸い取られてしまう。」
死を欺こうとしたものへの罰は過酷で永遠に続くという。
シシュポスが送られたのは古代の地獄タルタロス。
灼熱の中巨大な岩石を山に押し上げるシシュポス。
1日が終わる頃、苦しみにあえぎながら頂上に着くが、石は転がり落ちる。
それを止める術はない。
シシュポスは来る日も来る日も同じ罰を受け続ける。永久に・・・
Struck「無意味な努力を永久に続けるシシュポスの物語から英語のSisypheanという言葉が生まれた。
極めて困難で終わりが見えない仕事などを表すことに使われる。」
シシュポスの物語には強いメッセージがある。
誰も死や自分の主人を騙せはしない。

シシュポスの後にも、あえて挑戦する者がいた。
その1人がオルフェウス(Orpheus)
世界1甘美な調べを奏でる音楽家。
音楽はハデスと戦う武器にもなった。
ビラと呼ばれる竪琴の名手でもあった。
George「ギリシャ語で歌い手を表すアオイドスという言葉には、呪文を唱える人という意味もあった。
つまりオルフェウスの奏でる歌には魔法の力が宿っていた。
オルフェウスが音楽より愛したものはたった1つ、若く美しい妻エウリディセ(Eurydice)
George「ギリシャの物語では必ず幸せな時に何かが起こる。
命に限り有る人の子の幸せとは、常にはかないものなのだ。」
ある日果物を摘んでいたエウリディセはサテュルスの目にとまる。
半分ヤギ、半分人間というおぞましい姿の好色な野獣。
サテュルスは襲い掛かった。
逃げ出すエウリディセ。
しかし追い詰められた。
おののき後ずさりするエウリディセが滑り落ちたのは毒蛇の巣穴。
オルフェウスが現れた頃にはすでに時遅く、妻はハデスの手の中にあった。
妻の死を受け入れられないオルフェウスはハデスの挑戦し、彼女を生きて連れ戻そうとした。
オウフェウスは地下深くを目指し、竪琴だけを武器にして危険な旅を始めた。
しくじれば妻を永遠に失うことになる。
だが成功すればヒーローだ。

オルフェウスはその美しくも悲しい歌でカロンを魅了し、ステュクス川を渡った。
だがその先にも恐ろしい邪魔者ケルベロスがいる。
3つの頭を持つ冥界の番犬。
震える指で竪琴をつま弾くオルフェウス。
ケルベロスはうっとりと聞き惚れ、音楽家を門の中に入れた。
だが最大の試練はハデスとの対面。
George「オルフェウスは偉大なる神派ですの前に進み出て音楽が神の心を動かすよう祈った。
彼は音楽家としての自分の力ではなく、音楽そのものの力を信じていた。」
オルフェウスは人類初の挑戦をする。
死者の心に魔法をかけようとしたのだ。
Milnor「美しく悲しい歌は、みなの心を打ち、ハデスさえも涙をこぼした。」
死んだ妻エウリディセが物陰から見つめていた。

音楽に心を動かされたハデスは、オルフェウスにチャンスを与えることにする。
George「ハデスは愛の力を知り、初めて敗北した。
人間にとって愛する者を失うとはどんなことなのか、永遠の命を持つハデスには理解できない。
しかしオルフェウスは音楽によって神の心を開き、妻を連れ帰る許可を得た。」
しかし1つ条件があった。
帰り道ではエウリディセがついてくることを信じねばならない。
疑って振り返れば妻は永久に失われる。
Milnor「オルフェウスとエウリディセが地上へ上ってゆくうちに、オルフェウスの心には疑いが芽生えはじめた。
エウリディセはついてきているのだろうか、自分はハデスに騙されたのではないだろうか・・・
そして地位上に近づくほど不安は大きく膨らんでいった。
あと1歩というところで耐え切れなくなったオルフェウスはついに振り向いて妻の姿を見てしまう。」
振り向いたその瞬間、彼女は冥界に引きずり戻されてしまった。
ハデスの絶対的な力が再び証明された。
だがその権威はさらに大きな存在からの挑戦を受ける。

神々の最後の対決、それを永久に記録するのは黙示録。
1人残されたオルフェウス、冥界から戻った音楽家ははてしない荒野を旅して、出会う人々に死の悲劇を歌ったという。
この神話は現実とどう関わっているのだろうか?
古代の墓地で、200年以上前から見つかっている謎めいた金の板。
Johnston「死者の口に載せて埋葬したようだ。
唇形の板に彫られたこれらの言葉は、死者の変わりに話しているという意味なのだろう。」
びっしりと彫られたハデスと冥界に関する文書は、そこに行った人物が道順を示すかのようだ。
ハデスの館の左には泉があり、魂が太陽のもとを去ったら気をつけて右に進む。
冥界の様子は神話のオルフェウスが書いた詩に由来すると言われていた。
古代の人々は死後の教訓としてオルフェウスの詩を使った。
ハデスの王国を知り、進むべき道を知るのだ。
それから数千年、冥界のイメージは変らなかった。
だが紀元後何世紀かのうちに新しい考え方が古い概念を覆す。
神ハデスにも新たなる力との対決の時が迫っていた。
イエス・キリストだ。
キリスト教にも古い秩序との壮絶な戦いの言い伝えがある。
神々の最後の戦い、決戦の舞台は冥界。
キリストがそこにいる魂を迎えに現れる。
Dennis R.Macdonald(Author'Does The New Testament Imitate Honer?')「ニコデモ福音書にキリストの冥府下りと呼ばれる話が登場する。
キリストは死後冥界に赴き、ハデスと対決する。
天国の王として現れたキリストは冥界の門を開け放ち、全ての人々の魂を天国へと導く。」
冥界でキリストは死者達に教えを説く。
やがて生けるものも死せるものもハデスを拒み、新たな救い主を受け入れる。
新しい秩序のもとで、死者達の王はどうなるのだろうか?

ハデスの最後はこの世の終わりと共に最初の黙示録に記されている。
George「黙示録によれば、死を超越する力を示すために、キリストはハデスを倒す。
そして死そのものを消しさる。」
最後の審判のため、キリストが再臨する時、ハデスは火の池に投げ込まれる。
ハデスにも市はいた魂達と同じ運命が待ち受けていた。
神でさえ、死の手から逃れることはできないのだ。

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都市と歴史★パリ


パリの歴史を物語るのは表通りではない。
それは路地裏や地下貯蔵庫、共同墓地などに隠されている。
パリは様々な技術によって何度も危機から救われてきた。
侵略の脅威にさらされた時、人々は壁を築いた。
川が干上がりそうな時は人工的に水をひいた。
革命が起きると二度と繰り返されぬよう、通りや広場の設計を変えた。
こうして数々の危機を巧みな技術で切り抜けてきた。
パリは人工の工夫により生き延びてきた街なのだ。
パリは丘やセーヌ川に遮られ、街は広がることがdきない。
高層化することもできない。
なぜなら地盤が弱く、高い建物がたてられないからだ。
パリの発展は科学技術の力なくしてありえなかった。

紀元前3世紀、ケルト系ガリア人のパリシイ族がセーヌ川に浮かぶ島に城砦を築いた。
紀元千58年この堅固な守りを初めて破ったのはローマ人だった。
彼らはこころ沼を意味するルテティア(Lutetia)と呼び、島と両岸を橋で結び、典型的なローマの街を作った。
そして範囲を左岸に広げた、現在のカルチェラタン。

ローマ史が専門のFlorence Saragoza「パリを設計したのはローマ人、自然のままの地形を最大限に利用した。」
川から離れた場所に集落を作り、洪水の被害を回避した。
やがてパリの街はローマ同様のつくりになる。
その名残は今もうかがえる。
Saragoza「ルテティアは帝国の中では小さな街だったが、共同浴場など、ローマ帝国特有の施設を備えていた。」
小さいながらも豊かな街だった。
2000年以上前、高度な技術で建てられた共同浴場には、毎日500人もの人が訪れた。
Saragoza「当時壁には一面に大理石の飾りが施されていた。
かなり広い空間。
当時共同浴場は大切な社交場だった。
入浴だけでなく、余暇の時間を楽しむ場所でもあった。
かなり大きな建物からは、当時の街の繁栄振りがうかがえる。」

辺境の都市ながら6000人もの人が住んでいた。
道路、住宅、闘技場などが次々と建設された。
街の中心には闘技場があった。
かつて健闘士たちがライオンやクマと戦った証拠が発見されている。
15000人の観客を収容できる施設。

しかし栄光は続かなかった。
紀元481年、現在のフランス人の祖先にあたるフランク族が街に侵入。
その後600年でパリの街は発展する橋や道路が増設され、交易の拠点となる。
侵略も容易になった。
ヴァイキングやイギリス人の襲撃にあう。
12世紀に即位した尊厳王フィリップ・オーギュストは外敵の侵入を防ぐため、堅固な城壁を築く。
今でも住宅の裏庭や路地にフィリップ兇琉龍箸寮廚うかがえる。
67本に及ぶ塔と城壁がおよそ2.8k屬量明僂鮗茲螳呂鵑澄

歴史家のRenaud Gagneuは、フィリップ兇諒匹魑瓩瓩動娚阿幣貊蠅砲燭匹蠱紊い拭
修道院の庭だ。
Gagneu「壁の特徴がよく残っている。
斜面に建てられている。
急いで造ったのだろう。
そこはデコボコだが切り石だ。」
壁の大半は壊れていたが、当時のまま残っているところもある。
石灰岩の切り石を手で1つ1つ積み上げている。
壁は高さが10m、厚さは2.5mで約45mごとに見張台があった。
フィリップ兇両詈匹牢莨罎世辰拭

Gagneu「どうやって壁を造ったか説明しよう。
まず切り石で壁を築く。
そして少し離してもう1枚壁を造り、その2つの壁の間に自然石を積んでゆく。
その辺に転がっている普通の石だ。」
城壁の一部がアパートの影に隠れていた。
石の積み方のてがかりになる。
Gagneuが10年以上かけて調べたところ、古い城壁は意外な場所に残っていた。
その地下駐車場では、12世紀の壁と21世紀の車が何気なく並ぶ。
上はコンサートホールで800年前の城壁のすぐ横で学生が音楽を楽しむ。
街の守りを固めたフィリップ兇麓分のために究極の要塞、つまり宮殿を建てる。

Catharine Brut「ここはフランス王の城。
王の権力を象徴している。
現在ではルーブル美術館として市民に親しまれている。
石造りの堅固な要塞であり、フランス王権の象徴。」
今日では美術館の地下に城の遺構がわずかに残っている。
当時はパリで最大の建造物だった。

フィリップ兇侶設した街を囲む城壁。
城の中心に位置するのは周囲46m、高さ30mの塔だった。
フィリップ兇没した1223年、当時街の面積は2.8k屐
多くの人が壁に守られた街に集った。
13世紀末にはパリは西ヨーロッパ最大の都市になる。

壁に守られ30万人が暮らす街はやがて危機に瀕する。
渇水、水不足に苦しむ街に意外な助っ人が現れる。
修道士の一団だ。
外観からは分らないがパリの街は数々の巧みな技術に支えられている。
13世紀になると職を求めて30万人を超す人々がパリの街に移り住む。
当時セーヌ川は夏の間干上がったが、この汚れた川が街の唯一の水源だった。
パリでは飲み水が不足した。
郊外のアパートに隠れた釣鐘形の塔がある。
地下6mの場所に導管が巡らされている。
中世の修道士が敷設した導管の半分は現存している。
修道士達は水源を探し出し、地下の導管を通して街の中央まで巧みに引き込んだ。
Gerard Duserre(Author)「ここは水の引き込みも、水源が導管より高いところにあるので、水はここから出て導管に入る。
そしてここに集り床の傾斜に沿って斜面を流れ落ちる。」
水は重力に従って導管に流れ込む。
段差で水は空気を含み同感の本船に流れ込むまでに勢いが弱まる。
ピーク時には1日に何百トンもの水が導管を流れて街の泉に運ばれた。
泉の周りの通りは導管に沿って走っている。
導水路という名のカフェまである。

Duserre「ほぼ5世紀の間、雨水とセーヌ川の水意外に街が使えるのはこの水だけ。」
しかしこれだけでは水は十分ではない。
この後パリは何百年もの間水不足が続く。
18世紀末まで水の供給はセーヌ川に頼っていた。
1人が料理や洗濯に使える水は1日わずか1リットルほど。
現在の使用量はその500倍。
1815年政府は抜本的な対策に乗り出す。
技師のルイ・ドミニク・ジラールに水不足を解決するよう命じる。
ジラールの天才的なひらめきのおかげでセーヌ川は枯渇せずにすんだ。
東部の田園地帯には豊かな水源があるが、パリまでは遠すぎる。
問題なこの水をどうやって街へ引くかだった。
ジラールが考えた策は水源とセーヌ川を運河で結ぶことだった。
水を供給できる上に船を使って街へ食料や材木を運べる。
しかしそれには問題がある。
人口が結え続けることを考えると、運河は常に満水に保つ必要がある。
船が通過するのに何万リットルもの水が失われる。
常に充填が必要。

ジラールの案は天才的だった。
付近の川の水をポンプで運河へ引き込むのだ。
しかし川は運河より低いため、水は斜面を上がらねばならない。
水理学は専門外だったがジラールが作ったシステムは今日も活用されている。
Clande Gaudin(Engineer)「水は水門を経てポンプ室へ流れ込む。
水が2つの巨大な水車を回し、大きなポンプを作動させて川の水を室内へ送り込む。
同時に別のポンプが水を流出口に押しやる。
押し出された水は10m近い高低差を上り、280m離れた運河へ流れる。」
驚くべき技術。
運河は田園地帯を100kmほど走り、パリの東から市内へ入り、街全体に水を供給する。
まずは噴水を満たす。
噴水の装飾は水を注ぎやすくするため。
もし運河がなかったら、パリの動脈セーヌ川はいつか枯れていただろう。

中世のパリでは問題は水不足だけではない。
フランスはイギリスとの百年戦争に疲弊していた。
国民的英雄ジャンヌ・ダルクの時代。
1453年ようやくイギリスがフランスから撤退、色と富を求める人々が新王が治める首都に押し寄せた。
1589年には通りに人が溢れるほどパリは人口過密になる。
渋滞も酷くなり、新しい橋の建設が不可欠だった。
そこで国王アンリ犬篭兇侶設を支持する。
“新しい橋”を意味するポン・ヌフ、セーヌ川で最初の石造りの橋だ。
当時の最新技術の橋は今ではパリ最古の橋。

今日では36の様々な橋がセーヌ川に架けられている。
ほぼ300mに1つ。
セーヌ川を下ると橋の歴史がたどれる。
ソルフェリノ橋はもっとも新しい歩行者用の橋。
100m強の川幅を1つの鉄のアーチで結んでいる。
両側の基礎を深く掘り、鉄橋を支えている。
ソルフェリノ橋は工場でパーツを作り、現場で組み立てた。
支柱はクレーンで位置決めし、溶接した。
Marc Mimram(Architect)「チュイルリー公園を散策した人が橋にたどり着き、橋を上り中央まで行く。
現地もあるので一休みした後、オルセー美術館へ行ける。」

設計者Mimramはまずコンピューターでシミュレーションした。
それにより橋に使う鉄材を最小限に抑えた。
Mimram「なるべく薄くすっきりした橋を造りたかった。
溶接だからこそ可能なこと。」

ポン・ヌフは全長278mを12のアーチでつなぐ。
川の真ん中にあるシテ島の西端を貫き、両岸を結んだ。
石を支えるため、深い基礎が必要だった。
川岸ではなく川床に直接基礎を置いた。
それが可能だったのは当時の特別な事情から。
Pierre Bauda(Engineer)「アンリ犬了代、セーヌ川は夏に干上がった。
基礎工事は夏に行われた。」
乾いた川床なら簡単だがそれでも手間取る。
工事が行えるのは1年で夏の3ヶ月のみ。
1つめの石の橋だったので工法の開発が必要だった。
Bauda「木の足場を組んで楔形にカットした石をアーチになるよう1つずつ積んだ。」

使った石は街の外の採石場からはこんだものではなく、街の地下を掘ったものだった。
石を求めて掘った穴が今も街の下に迷路のように残っている。
深いところで地下15mほどで、パリ盆地の古い地質がよく分る。
Philippe Thevenon(Archaeologist)「ここは12〜15世紀にかけて採掘された。
4600万年前の地層、硬い石灰岩の層はパリの街が海底だった頃の地層。
これが海の堆積物、海が後退して残された。」
このため石灰岩は丈夫で耐水性がある。
橋にピッタリの建材が手近で見つかったわけだ。
しかし切り出し作業は辛く危険なものだった。
Thevenon「大勢の人が怪我をしたり、死んだりした。
採掘場で働く人のための病院が建てられたほどだった。」

石を地上に運び出す方法は?
Thevenon「16世紀建設業者が石の形を注文すると、まず1トンほどの塊を切り出した。
機械のない時代に石を切り出すのは力と忍耐が必要だった。
断層線に沿って水平方向に切り込みを入れる。
寝転んでの作業。
それから両側を切る。
それでも自然に落ちない場合はクサビを打ち込む。
取れた石は丸太で滑らせ穴の下まで運び、地上にいる人間が巻き上げ機で引き上げる。」
ポン・ヌフの石の1つ1つがこうして切り出された。
橋の建設には30年かかった。
その後200年の間多くの人がポン・ヌフを渡った。
毎日歩行者80000人と馬車25000台が通った。
この橋のおかげで街中を楽に移動できるようになった。
400年以上経った今も健在。

ルネサンス期の高い技術をもってしても橋を維持するためには時折大改修が必要。
ピエール・バウダーのチームはポン・ヌフの飾り部分の担当。
バウダー「グロテスクな顔型は建設当時からのもので、おそらく石工が署名代わりに刻んだのだろう。
全部で384個あり、そのうち1つは女性。」
地下から掘った医師を建造物に使った街は、世界でもパリくらいだろう。

太陽王ルイ14世の時代、彼はパリから20km離れた郊外にヴェルサイユ宮殿を建て、王制の中心とする。
荒廃した街は王にふさわしくないとパリを捨てた。
18世紀末のパリの公衆衛生は最悪の局面を迎えていた。
そのためフランス革命の前に、パリはある奇妙な問題に直面する。
死者の反乱だ・・・
1785年パリの人口は60万人に膨れ上がり、街の中心部はスラム化した。
貧困に苦しむ人が増え、不衛生な状況下で病気が蔓延してゆく。
平均寿命は40歳で死と隣り合わせの生活だった。
遺体は市内の複数の墓地に埋められるが、すぐに腐った死体で溢れた。
公衆衛生は益々悪化した。
悪臭が病気になると信じられていたため、ついに命令が出される。
“死体を市内から撤去せよ。”
遺骨は採石場跡に運ばれた。

Gills Thomasはこの時代の研究家。
Thomas「最初に映されたイノサン墓地は22の教会が10世紀に渡り使ってきた墓地。
死体は高さ3mまで積まれ、飽和状態だった。」
当時は誰も知らなかったが死体の上に雨が降ると有害な最近が地中にしみ込み、地下水が汚染される。
Thomas「18世紀末、共同墓地がいっぱいになり、珍事が起こる。
ある人が自宅の地下に降りたら墓地からあふれた死体が転がっていた。
そこで墓地から死体を移した。」
墓掘人は2年に渡りイノサン墓地の遺体を毎晩掘り起こした。
不気味な作業を司祭が見守る。
遺体は街から十分離れた地下墓地に移された。
建設用に石を掘り出した後の閉鎖された採石場が使われた。

Thomas「作業は夜行われた。
荷車に人骨を山積みにし、黒い布で覆った。
司祭が清めの言葉を唱える。
イノサン墓地はパリで最大の墓地だったため、特に時間がかかった。
困ったことに最初に出てくるのは真近に埋められた遺体。
腐乱していないので下の遺体を掘る間服を剥ぎ石灰をまぶす。」
遺体の身元は可能な限り記録して納骨の数を明らかにした。
Thomas「骨を並べる時のルールは石の壁と同じ。
長い骨を積んだ後ろに細い骨を投げ入れる。
壁には特別に頭蓋骨が飾られる。」
18世紀死は現代と違いタブーではなく、人骨で壁を飾ることに抵抗はなかった。
この地下墓地は最後の安息地と考えられた。
1786年4月イノサン墓地からここに遺骨が移された。
まさに最初の遺骨。
パリ市内の全ての墓地から遺骨が消える。

600万人分の遺骨が慎重に地下納骨堂へ移されている間に、新たな別の反乱が起きた。
1789年フランス革命が勃発すると、パリの通りは民衆に占拠された。
バスチーユ監獄の襲撃は有名。
貴族や王政支持者が捕らえられ、処刑された。
恐怖政治の始まりだ。
そして王制から共和制に変り、1804年ナポレオンが皇帝に即位する。
彼は帝国の都にふさわしくパリの街を広げ、ナポレオン軍の勝利をたたえる凱旋門を建てる。
しかしパリを大改造したのは彼の甥・ナポレオンだった。
1850年にはパリの人口は100万人に達し、人口がかなりの過密状態となった。
交通が渋滞し経済活動が滞る。
ナポレオン靴魯僖蟆造計画に着手。
道幅を広げ交通の流れを改善し、犯罪を生むスラムを一掃する。
ナポレオン靴ウージューヌ・オスマン(Georges-Eugène Haussmann)を責任者に任命。
課題はパリの街を近代化して反乱を防止することだった。
パリの道は狭く排水溝がむき出しで、水道もない。
夜は人通りがとだえ、真っ暗な上にゴミだらけで怖くて歩けなかった。
昔の通りは有名な建物の近くに残されている。
ノートルダム大聖堂の傍に古い町並みがわずかに残っている。
道幅は狭く、貧しい人々が何十万人も住んでいた。

取り壊す前に住民をなんとかせねばならない。
大半の中産階級と同様、オスマンも彼らを追い出さねばと考えた。
土地を買い上げ、重心を追い出して道路網の整備に注力した。
鉄道の開通に伴い、主要な駅を広い通りで結べば移動が容易になる。
パリは鉄道路線によってそれぞれ別の場所に駅があり、ある地方からパリ経由で別の地方へ向かう場合、乗り換えが不便。
北側の2駅と街の中心を結ぶ通り、道幅は広く、歩道に余裕があり、街路樹が植えられた。
これらを基本にオスマンは街の縦横に幹線道路を走らせた。
また凱旋門から放射状に伸びる通りの数を増やし、シャンゼリゼ通りを拡張した。
渋滞がなくなれば街も経済も発展するはず。

街全体が建設現場となった。
スラム跡にはオスマン好みのアパートが建てられた。
高さはちょうど20m、オスマンは建物が整然と並ぶ近代的な街並みを造るべく、建物の正面にこだわった。
典型的なオスマン式の建物、1階には商店が入っている、中2階と2階はバルコニーが広め、3,4階はバルコニーが小さめ。
5階は借り手も中々つかない。
当時はエレベーターがなかったからだ。
でも広いバルコニーからの眺めはよく、新鮮な空気も入った。

街の改造には裏の目的もあった。
広くてまっすぐな道だと、軍が動きやすいのだ。
オスマンは反乱を治めやすい街を造ろうと考えたのだ。
街の東に騎兵隊を駐留させることにした。
今まで多くの反乱が発生したこの地区に軍が目を光らせるためだ。
そのためには大通りが一望できねばならない。
4.8km先の歩兵隊と連絡をとるためだ。
しかし新たに道を造るとなると、運河が邪魔になる。
橋を渡せば視界を遮り反乱者にとってバリケードを作るのに好都合となる。

オスマンが考えた解決策は運河を2km近く地下に通すという大胆なものだった。
これで橋は必要ない。
この難しい工事は完成に2年を要した。
当時まだ電気はなく、船は地下の真っ暗な運河を通ることになる。
技師らは光と空気を確保する妙案を思いつく。
Eric Pons(Engineer)「この地下道には標識意外に電気の照明はない。
天井の明り取りから外光が入る。
明かりに導かれ、船は安全に航行できる。
今でも使用されている。」

整備に伴い人口はさらに増加する。
そうなるとまた不衛生な街になりかねない。
そこで地下の改造も行う。
街の中心の噴水の下から下水道の整備を始めた。
パリの地下には通りをなぞるように下水道が走っている。
地上の地番を示すプレートがあり、道に迷うことはない。
水量は数分で劇的に増える。
道路が交わるところでは下水道も連結している。
下水は勢いよく流れこむ。
道が細ければ下水道も細い。
また下水道は水道管を通すのにも使われた。
どこにどの建物があるか、地下からでも簡単に分る。
住人はネズミだけ、彼らは何でもかじる。
強盗団が地下道から穴を掘り、切手商の店に盗みに入ったこともある。

オスマンは30年足らずでパリを激変させた。
新しい道路網で始めて街中が結ばれる。
市域が拡大され、パリの人口はさらに増える。
そして公園が造られ、初めて市民に憩いの場ができた。

街を改造しつくしたオスマンにも為しえなかった偉業を実現させたのがG.エッフェルだった。
1889年に建ったエッフェル塔は今やパリのシンボル。
鉄の梁をボルトでつないだ塔は、当時世界1他界建造物だった。
パリは世界の注目を浴びる。
建設ブームが起きてエッフェル塔と同じ技術の橋がセーヌ川に架けられる。
鉄という新しい素材が優美な装飾に彩られ、街の歴史に花を添える。

オスマンはその計画の中で、街の人口が最大300万人に達すると予想した。
オスマンは知らなかったがパリはもう1度侵略に遭うことになる。
1940年パリの街は再び敵の手に落ちる。
ヒトラー率いるナチス軍が大通りを行進し、街の中心部へ入る。
4年の占拠の間、街の建物は破壊しなかった。
しかし1944年撤退に際し、ヒトラーは破壊を指示した。
指揮官は従わなかった。
米軍が解放した時、パリはオスマンの時代のままだった。
戦後パリは再び優美な魅力を誇る街になる。
地下には地下鉄が走り、街と郊外を高速で結ぶ。
地上では時間が止まったかのようにオスマンが描いたままの街並みが広がる。
それも1972年までのことだった。
59階建ての高層ビルが建てられたのだ。
モンパルナスタワーは20世紀パリの斬新な試みだったが、以後高層ビルの建設は禁止された。
1つのビルが嫌われ、摩天楼の夢が断たれた。

しかし法律が変っても高層ビルを建てるのは難しい。
街の下には石を切り出した採石場の跡が何千とある。
パリの地下はチーズのように穴だらけ。
地下道ばかりで地盤が弱いため、高層ビルの建設には向かない。
高層ビルはパリのはずれのラ・デファンス地区に集る。
ここは現代建築の宝庫。

第二次世界大戦以降、歴代大統領は印象的な建物を残す。
高層ではないが話題性のある建物。
ポンピドゥセンター、エレベーターと空調がむき出しの斬新なディザイン。
ルーブル美術館のガラスのピラミッド・・・

パリの街は目に見えない技術に支えられている。
優れた技術が本来生活に適さない場所を魅惑的な都市に変えたのだ。

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Dive to Xibalba マヤ文明 謎の水中洞窟


マヤの神話ポポル・ヴフ「これは最初の物語である。
まだ人も動物も採りも魚も蟹もいなかった。
森も石も田にも崖も草も木もなく、ただ穏やかな海と無限の空の広がりだけがあった。」
ジャングルに栄え消えていった謎の文明、マヤ文明。
その遺跡の近くには不思議な穴が口をあけている。
セノーテと呼ばれる地下水をたたえた泉だ。
セノーテの奥深くで、おびただしい数の人骨が見つかっている。
それはおよそ1000年ほど前の古代マヤ人の遺骨。
さらにマヤの大地に数多くある洞窟からも続々と人々の痕跡が見つかっている。
闇に潜む古代マヤの地下世界。
その謎を解くカギはシバルバー(冥界 Xibalba)、神話で語られる地下の冥界にある。
この物語から古代マヤのミステリーが読み解ける。

うっそうとしたジャングルがどこまでも続くメキシコユカタン半島。
その所々に口をあけているセノーテと呼ばれる泉。
その数3000以上。
この鏡のような水の中にマヤの大地ならではのミステリーが潜んでいる。
ジャングルの下に口をあけたセノーテ、地表から10mほど下りた窪地に限りなく澄んだ水がたたずんでいる。

青く輝く光のカーテン、驚くほどの透明度、大地が濾してきた地下水。
セノーテの中には生き物達も数多く住んでいる。
ところどころに見つかる陶器の破片。
古代マヤの人々がこの水を古くから利用してきた証。
セノーテの奥に横穴が開いている。
不思議な形の鍾乳洞。
セノーテの奥は水中の鍾乳洞になっていた。
ミステリアスな水中洞窟はどこまでも続いている。

セノーテから続く水中洞窟の奥深くを調べている人たちがいる。
Fred Devosさんらメキシコ洞窟探検プロジェクトのメンバー。
洞窟潜水ならではの特殊な機材を持ち込む。
デボス「空気を吸う装置レギュレーター、ホースはとても長くなっている。
もし相棒の空気がなくなったらこれを渡す。
彼は私のタンクから空気を吸い、私は予備を使う。
こうすれば2人とも洞窟から抜け出せる。」
Fredたちが調査しているのはユカタン半島東部オシェ・ペル・ハというセノーテが密集するエリア。
セノーテの奥の水中洞窟は果たしてどうなっているのだろうか?
水中スクーターで出発、泳ぐ3倍の速度で進むことができる。
横穴の入り口に着いた。
ここから先は泳いで進む。
初めて入る洞窟では、ガイドラインというロープを張りながら進む。
複雑に枝分かれした水中洞窟、万一道を失ったら生きて帰ることはできない。
さらに天井まで水で満たされているため、何が起きても浮上して空気を吸うことはできない。
ライトが生き物の姿を捉えた。
ムカデエビ、暗闇のなかで暮らすため目がない。

迷路のような洞窟で進路を決める方法がある。
ダイバーがほんの少し底の塵を舞わせた。
すると塵は左から右へと流れてゆく。
調査は下流から来たのでここでは左、上流のほうへと向かう。
また生き物を見つけた、目がある魚、ということは・・・
洞窟の向うに光、出口だ。
セノーテは地下の横穴で別のセノーテにつながっていた。
Fredたちが12年かけて明らかにいした水中洞窟の全容:総延長は180km、100以上のセノーテが口をあけていた。
マヤ文明の大地の下には巨大な水中洞窟が網の目のように広がっていた。
水中洞窟はどうやってできたのだろうか?
それはユカタン半島の地質と関係がある。
この地は土が浅く、地面を掘るとすぐに白い岩が現れる。
石灰岩、鍾乳洞を作りやすい性質がある。
ここは亜熱帯のジャングル、雨季になると毎日のように激しい雨が降る。
それを石灰岩の大地が吸い取ってしまう。
こうして地下にしみこんだ雨水が石灰岩を溶かして鍾乳洞を作る。
やがて地下水の水位が上昇、鍾乳洞は水没し、水中洞窟になった。
そして地表が陥没し、地下水が表にでたところがセノーテになった。
雨が降っても地下の水中洞窟に吸い取られてしまうため、ユカタン半島には川がない。
大地にあわせてマヤ文明は独自の発展を遂げることになった。

ユカタン半島北部ソノット・ポシュ村、古代マヤの末裔達が暮らす村。
村の最長老ウンベルト・パラノイクさんが、村の中にあるセノーテを案内してくれた。
「昔は水はセノーテに頼っていた。
今は人が増えたから井戸を使っているが、井戸もセノーテにつながっているので今もこのセノーテの水が頼りなのさ。」

ウンベルトさんの家はセノーテのすぐ横にある。
マヤの人たちの主食は大昔から変わらずトウモロコシ。
セノーテの水に石灰をいれ、沸騰させてふやかす。
こうすると硬いトウモロコシの皮が柔らかくなる。
それを挽いて焼き上げると、マヤの人たちの主食Tortillaのできあがり。

川のないユカタン半島では、セノーテが命の水だった。
この地の文明はセノーテの水によって支えられてきた。
ユカタン半島のジャングルに花開いたマヤ文明前の昔から、16世紀にスペインの侵略を受けるまで、2000年ほど続いた文明。
高さ51m、エジプトのピラミッドをはるかにしのぐ傾斜でそびえる神殿。
神殿をちゅうしんに何万もの人が暮らす都市がいくつも築かれた。
都市を治めた王の墓、富と権力の象徴、翡翠で飾られている。
こうした高度な文明の基盤になったのが古代マヤ独特の水利用の知恵だった。

3月21日春分の日、世界各地から大勢の観光客がチチェンイツァ遺跡に集る。
この日古代マヤの人々の水利用の知恵を物語る特別な現象が起こる。
それが起こるのは大蛇の頭をもつ階段。
午後3:30、日が傾き始める。
ピラミッドの陰が大蛇の階段の壁に伸びてゆく。
光があたっている部分が大蛇の胴となった。
あたかも天から大蛇が降りてきたかのような現象。
豊穣の神ククルカンの降臨と言われている。
春分を過ぎると雨季が近づく。
それを確実に知らせるための壮大な仕掛け。

降臨したククルカンが向いているその先にはさらに神聖な場所がある。
それは聖なるセノーテ、20000人を超すこの都市の貴重な水源だった。
そしてここである儀式が行われていたこどが分っている。
セノーテの水の底からみつかった儀式の証は、ダンボール箱に収められている。
中に入っているのは人骨。
その中には不自然な傷をもつものが多くあった。
ヤルメン・ピフォアン(メキシコ人類学博物館 特別研究員)「黒曜石のナイフでつけられた傷。
生贄にした後、頭の皮をはいだ。生贄の儀式が行われた証拠。」
ある頭蓋骨には小さなひっかいたような傷がある。
生贄にしたあと、石のナイフで頭の皮をはいだためについたと考えられている。
子供のあごの骨には後ろに大きな傷がついていた。
石斧で首を切り落とそうとした跡だ。
セノーテは古代マヤの人々が生贄の儀式を行う場所だったのだ。

セノーテと生贄、古代マヤ最大のミステリーを解くカギが残されている。
Popol Vuh、マヤの世界の始まりを物語る神話。
ハイライトはまだ人類が生まれる前、Xibalbaと呼ばれる地下の冥界で繰り広げられる物語。
主人公の双子の兄弟が地下の冥界Xibalbaに赴き、そこの主と戦う。
物語の中で繰り返される生と死。
それを読み解くことでマヤの人々の死に対する考え方が見えてくるという。

「私の名前はロヘリオ・エスピノ・サ・テ、皆からはドンパコと呼ばれるシャーマン。
古のマヤの教えを伝えることを生業としている。
Popol vohで語られる冥界Xibalbaは地下にある。
現実の地下である洞窟やセノーテを私達は先制な場所と考えてきた。

Xibalbaへの道
遠い遠い昔、この地上にはHun HunahpuとVukubahpuの双子の兄弟がいた。
2人は古代まやの球技ペロータに夢中だった。
ある日地上の球技の騒ぎをXibalbaの主が聞きつけた。

「なんだこれは、地上では何をしているのだ。
こんなに大地を揺るがし騒ぎ立てているやつは一体誰だ。
今すぐ探し出して連れてこい。
ここでペロータをやらせろ。
俺達が打ち負かしてやる。」

Xibalbaの主の命令に従い、2人は球技の道具を形見に残し出発した。
2人はXibalbaに向かって急な坂道を下っていった。
途中、行く手を遮る大きな水を渡らねばならなかった。
なんとか渡りさらに行くと、4色の十字路にさしかかった。
すると西に向かう暗い道が言った。
「こちらが選ぶべき道、主の道ですよ。」
こうして彼らはXibalbaへと導かれた。」
双子の兄弟が下った地下の冥界Xibalba、そこはXibalbaの主とその手下達が支配する死の世界だった。
そこで双子の兄弟は主から課せられた試練を乗り越えられず殺されてしまう。
そして生贄として捧げられてしまった。

古代マヤの人々が信じた冥界Xibalba、2年前神話の中のXibalbaを映したかのような洞窟が発見された。
オクトゥンという町のはずれにぽっかりと開いた穴。
調査を行ったユカタン大学Guillermo de Anda、これまで数多くのセノーテに潜り、潜水調査を行ってきた水中考古学の第1人者。

2年前地元の人の案内でこの洞窟に入った。
Guillermoはすぐにただの洞窟でないことに気づいた。
それは入り口から100mほど進んだ場所でのことだった。
道、石を漆喰で固めた古代マヤの歩道路サクベだ。
本来サクベは都市を結ぶ地上の幹線道路。
人が通わない地下に作るのはほとんど例がない。
サクベは洞窟が水没している地点で行き止まりになっていたが、Guillermoはさらに先に進めるのではないかと考えた。

神話ではXibalbaに行く途中、大きな水を渡ることになっている。
この水も向うに渡れるのかもしれない。
中は驚くほど透明な水。
不思議な鍾乳石を見ながら進む。
この水の中からGuillermoは人骨を見つけている。
間違いなくここまで人が着ていた証拠。

50mほど泳ぐと水は浅くなってきた。
この先は再び水のない洞窟が続いている。
Popol Vuhの物語のように、水を渡ることができたのだ。
この洞窟の構造・・・サクベに導かれ水をくぐった先にはまだ洞窟が続いていた。
神話では大きな水を抜けた先にXibalbaへの道があった。
Guillermoは洞窟のさらに奥を目指した。
洞窟はまっすぐに奥へと延びていた。
その方角は西。
マヤの世界で西は重大な意味がある。
古代から今に至るまでマヤの人々は方角に色をつけ、意味づけてきた。
東は赤、太陽が昇ることから生命の象徴。
南は黄色で北は白、西は黒、太陽が沈むことから死を意味する。
神話Popol Vuhの地下の冥界Xibalbaへ続く道も黒だった。
死の方角である西にまっすぐ延びる洞窟。
そして西へと延びる洞窟の一番奥、おびただしい数の白く輝く鍾乳石があった。
ここまで来た古代マヤの人々はこの美しさに触れ、冥界のイメージをさらに強めたかもしれない。
洞窟は再び水没し、地下深く消えていった。

セノーテ・アンヘリータ、水深30m、流木が沈み、霞のようなものが漂う水底。
ところが底に人が吸い込まれてしまう。
不思議な底・・・濁った水の層だった。
濁りの層の下、再び透き通った水、そして水深40mに本物の底、音も光もない暗黒の世界はまるで冥界Xibalba。

双子の英雄、Xibalbaでの試練
XibalbaでHun Hunahpu達は殺されてしまった。
Hun Hunahpuは生贄にされ、その首は木に吊るされた。
すると奇跡が起きた。
1度も実らなかった木がたちまち実でいっぱいになった。
不思議な気に誰もが驚いた。
たまらずXibalbaの主は命じた。
「誰もこの木に近づいてはならぬ。
この木のもとに座ろうなどと思わぬことだ。」
ところが1人の娘がこの木下にやってきた。
首だけになったHun Hunahpuは娘の手に唾を吐きかけこう言った。
「唾には私の子孫が込められています。
死というものは死んで失われるものではなく、受け継がれてゆくもの。
さあ地上に上がってお行きなさい。」
そしてみごもった娘は地上に出て双子の兄弟を産むことになる。
この不思議な生まれの双子の兄弟こそ神話の主人公HunahpuとXbalanque。
2人はやがて立派な青年に育つ。
しかし彼らにもまた、父親と同じ運命が待っていた。

HunahpuとXbalanqueは父親と同じように球技ペロータをしていたところをとがめられ、Xibalbaに下ることになった。
しかし父とは違い全ては分っていた。
Xibalbaへの道も主の名前も、そして待ち受けている試練さえも。
Xibalbaの連中は最初の試練、闇の部屋で2人を打ち負かすことができると考えていた。
そして生贄にしてしまおうと考えていた。
2人が真っ暗な闇の部屋に入ると主の使者が燃える太陽と葉巻を持ってきた。
「これはおまえ達の明り取りの松明だ。
ただしこの松明を明日の朝、燃やしきることなく形を崩さずこのまま返せ。」
そう言って使者は去り、最初の試練が始まった。
2人には策があった。
松明には火をつけず、赤いオームの羽根をつけた。
番人達にはこれが松明が燃えているように見えた。
葉巻の先にはホタルをつけた。
このような知恵でHunahpuとXbalanqueの双子の強大なXibalbaの主が仕掛けた最初の試練を乗り越えた。
そしてさらなる難題に立ち向かっていった。
次の試練は槍が襲ってくる石槍の部屋だった。
しかし石槍にあらゆる動物の生贄の肉を約束して切り抜けた。
血に飢えたジャガーが巣食うジャガーの部屋では、骨を与えて乗り切った。
炎の部屋では火を移して炎を避け、自分達が焼かれることはなかった。
コウモリの部屋ではHunahpuが首を落とされ大ピンチに陥った。
しかしイノシシやヤマアラシ達の協力を得て首を取り返し、Hunahpuは粋をふきかえした。
Xibalbaの連中はあらゆる試練を双子の兄弟が乗り越えてきたことに驚き、2人の知恵と能力に恐れおののいたのだった。

Xibalbaと古代マヤ人の深いつながりを物語る新たな発見があった。
その遺跡はかつて入植者の農園だった畑の一角にある。(ツィビチェン)
Guillermoが2年前に発見した洞窟。
中に入ると洞窟は下へ下へと下ってゆく。
雨季になると深さ5mの大きな水溜りができるという。
そこを越えると高さ8mの急な壁が立ちはだかる。
上った先に鍾乳石に囲まれた小さな空間があった。
天井からは鋭く尖った鍾乳石。

Guillermo「これはまさに神話に出てくる石槍の部屋そのもの。
古代マヤ人はこうした洞窟に行って語り合い、想像をめぐらせていたに違いない。
そして神話が誕生したのだろう。
真っ暗で湿り気があり、そして美しい。
下界から隔離された不思議な場に触れ、特別な感情になることが神話の形成につながったのだ。」
双子の兄弟が最大の試練を受けたコウモリも、洞窟によく見られる生き物。
闇の部屋は真っ暗な洞窟。
炎の部屋は地熱で熱い洞窟。
Popol Vuhで兄弟が試練を受けた部屋は洞窟の様々な特徴が発想の源になったとGuillermoは考えている。
新たに発見されたこの洞窟で、石槍の部屋に相当する場所は中央付近にあった。
コウモリの部屋にあたるコウモリも奥にいる。

そしてGuillermoをさらに驚かせた大きな発見があった。
壁の上部にあいた小さな穴。
隙間はわずか40cm、これまでのGuillermoはたどり着くのが難しい洞窟の奥に、古代マヤ人の痕跡があるのを見つけてきた。
穴を抜けるとすぐに垂直の崖になっていた。
高さ6m、この下に何かあるというのか?
暗闇の先に何かが照らし出された。
石垣だ。
石を加工し高さ3mの石垣が築かれていた。
Guillermo「これはおそらく神殿か祭祀用の小部屋。
閉ざされた洞窟の中にさらに狭い空間を作っている。
古代マヤ人は大変な思いをして石を切り出しこの神殿を作った。
おそらく神聖な空間だったのだろう。
ここにとどまって祈ったり瞑想したに違いない。」
古代マヤの神官たちはトウモロコシが芽を出すまで、狭く暗いところにこもる苦行をしたという。
Xibalbaでの双子の試練は現実の洞窟では神官達の過酷な儀式と重なる。
さらに神殿にたどり着くまでも、狭い穴を潜り抜け、垂直な壁を降りなければならない。
ここに来ること事態が試練。
土の上に古代マヤの陶器が散らばっていた。
壁は洞窟を仕切るように作られていた。
壁の材料の粘土も石も、洞窟の外から運び込まれたもの。
何故そこまでして壁を作ったのだろうか?

神殿が見つかった洞窟は本来長さ100mほどの大きな空間だった。
それが真ん中に壁を築くことで、2つの部屋に分割されていた。
仕切ることになんらかの意味がありそうだ。
壁には小さな入り口が作られていた。
人がようやく潜り抜けられるほどの大きさ。
壁の向うは人工物がまったくなく、まるで掃き清められたかのような清浄な空間になっていた。
洞窟は次第に狭くなり、最後は小さな天然の部屋になって終わる。
壁は人工物に溢れた神殿のある空間と仕切ることによって、奥のこの空間をより神聖なものにしていたと考えられる。

Guillermo「Xibalbaへと続く道、険しく傾き大地の中心へとつながっている道は、Popol Vuhを読むとこのような洞窟をイメージしていることが分る。
古代マヤの人々はこのような洞窟にこもり、宗教心を高めたりしたのだろう。
Popol Vuhでは簡単にしか書かれていないが、想像以上に複雑で豊かな洞窟への信仰を人々は持っていた。」
現世の人間は絶対に見ることのできない死者の国Xibalba、洞窟はその想像上の世界を疑似体験できる特別な場とみなされていたのだ。

双子の英雄の死
Xibalbaの主は地面を掘らせ、薪をたくさんいれて大きな火を起こした。
ここに双子を呼び出したが2人は怯えずすぐにやってきた。
主は「さあ若者達、甘いものでも飲もうじゃないか。
そして焚き火の上を4度飛び越えろ。」と言った。
「私達をからかわないでください。
私達が死ぬということを知らないとでも思っているのですか?」
と2人は答えた。
そして互いに向き合い、抱き合って焚き火の中へ入った。
こうして2人は一緒に死んでいった。
その様を見ていたXibalbaの主は喜び叫んだ。
「こんどこそやっつけたぞ。
やつらはとうとう死んでしまったぞ。」
2人は自ら死ぬ運命にあることを知っていた。
ここは冥界Xibalba、そもそも死者が赴く黄泉の国。
死は免れ得ないのだ。
ただしこの死で終わりではない。
死の先もまだ物語りは続くのだ。

中央アメリカのジャングルに栄えたマヤ文明チチェン・イツァ遺跡、ピラミッドの奥に壁で仕切られた平らな空間、Popol Vuhにも登場する球戯場の跡。
大きさは現代のサッカーグラウンドに匹敵する。
2つの壁の間で生ゴムのボールを蹴りあい、壁についた輪に通した方が勝ちとなった。
試合の後にはある儀式が待っていた。
球技で負けたチームの選手、ひざまずいた体の上、首がない。
そこからほとばしるのは蛇で表された血。
敗者は生贄に捧げられたのだ。

亜熱帯の太陽のもと繰り広げられる生と死。
生贄は広くマヤ全域で行われていた。
ジャングルの奥のセノーテからも生贄の痕跡が見つかっている。
ここは近くの村の共同井戸として使われてきたセノーテ。
中は入り口からは想像できない広い空間になっている。
今から10年前の調査で水のそこからおびただしい数の人骨が発見された。
眠っていたのは118体にも及ぶ人骨だった。
歯をギザギザに削っているのは古代マヤ人の証。
何故これほど多くの生贄が捧げられたのだろうか?
亜熱帯のユカタン半島、川がないため大規模な灌漑はできない。
マヤの大地で農業は雨だけが頼りだった。

昔からこの血の農業はトウモロコシの焼畑。
古代マヤの末裔ウンベルト・バラム・イクは、2haあまりの畑を耕して暮らしている。
3月、畑に火をいれる作業が行われた。
火を入れた後、トウモロコシの種をまき、雨季の雨を待つ
去年ウンベルトのトウモロコシのできは散々だった。
雨が降らない日が8ヶ月も続き、トウモロコシが実をつけずに枯れてしまった。
収穫できたわずかなトウモロコシも軽くひねっただけで種が落ちるほど質が劣る。
焼畑が行われるころ、マヤの各地で雨乞いの儀式が行われる。
雨の神チャークに貴重なニワトリを捧げる。
祭壇に供えるのはトウモロコシのパン。
マヤの人たちの大切な主食。
豊かな実りを頼るのは雨しかない。
しかしその祈りが聞き届けられない時すがったのが生贄だった。
生贄の場として選んだのがセノーテだった。
セノーテは川のないユカタン半島で人々を潤す命の水。
そこにもっとも大切な人の命を捧げ、雨を乞い願ったのだ。
マヤの人々にとって死で全てが終わるだけではなかった。
死の先に何があるのか、それを教えてくれるのが神話に登場するXibalbaの物語。

双子の英雄の再生
Xibalbaの主に殺されてしまった双子の兄弟HunahpuとXbalanque。
しかし彼らは復活を果たす。
そしてXibalbaでの反撃を開始する。
2人には死んだ後、しばらくして老いぼれてボロをまとった2人の貧しい男がXibalbaの連中の前に現れた。
彼らがHunahpuとXbalanqueのよみがえりだった。
2人は奇妙な踊りを始めた。
お互いを殺しあった。
斬られたほうは死んで横たわったかと思うとすぐにその場でよみがえるのだった。
Xibalbaの連中はすっかり驚いてしまった。
双子の兄弟の不思議な踊りは評判となり、やがてXibalbaの主に2人は招かれた。
「さあ踊れ、まずオレの犬を殺してよみがえらせるのだ。
それからオレの館を焼いて元通りにしてみせろ。」

2人は主の犬を殺し、すぐによみがえらせた。
そして主の家を焼いては元通りにしてみせた。
「素晴らしい、今度はおまえ達自身を生贄にしてみせてくれ。」
「よろしゅうございます。」
と答えて早速お互いを生贄にしてみせた。
「立て。」
というとすぐに元の体に戻って息をふきかえした。
主は2人の踊りにもう興奮を抑えられなかった。
「オレをやってくれ、生贄にしてくれ。」
「いいですとも、ちゃんと生き返りますからね。」
と答え、Xibalbaの主を殺してしまった。
Xibalbaの連中は主が殺されてしまったのを見るとたちまち散り散りに逃げ去ってしまった。
こうしてまずし男に身を変えた双子の兄弟はXibalbaの連中を打ち破った。
2人は先に殺された父親の霊をあつく弔った。
その後光に包まれ天に昇っていった。
そしてHunahpuは太陽に、Xbalanqueは月になったのである。

これで双子の物語は終わり。
死の世界、Xibalbaに勝利するこの物語は死が全ての終わりではなく、命はよみがえり、世の中を照らし続けることを伝えている。
考古学者Guillermoは神話Popol Vuhで語られる死と再生の考えはマヤの思想の根幹にあたると考えている。
例えば8世紀に作られた絵皿。
Popol Vuhの最後の場面を表していると言われている。
左端の男性が双子の主人公Hunahpu、水を捧げているのがXbalanque。
亀の甲羅で表された大地から水を受けて出てきているのが最初に殺された双子の父親。
房のような頭飾りをつけたトウモロコシの神として復活した。
この絵皿は大地の恵みが人の死によって成り立ち再生することを表している。

Guillermo「生贄も1つの循環なのだ。
1つの命や血を差し出すことで雨が降り、豊作になった他の命が続くことを願う。
これはマヤ文明の根源的な考えなのだが何かを得るには何かを差し出さねばならない。
また死んでも必ず復活すると信じていた。
生と死は循環するのだ。」

ユカタン半島の水中洞窟を調査し続けているFred、水中洞窟は想像以上の広がりを持ち、調査はジャングルの奥にまで至っている。
そてて今、その水が意外な世界とつながっていることが明らかになってきている。
そもそも地下水脈はゆったりと流れていた。
この水はどこに行くのか。
今回は下流に向かって進む。
しばらく進むと不思議な水の境界が現れた。
水質の違う水の境目にできるハロクラインという現象。
境界の下は塩水、上の真水より重いため交じり合わず、層に分かれている。
その先を進むと流れが強くなってきた。
まるで川の中を進むようだ。
明るいところに出た。
何かにつかまっていないと流されそうなほどの勢い。
飛び出したのは・・・海。
ユカタン半島の地下水脈は海へと流れ出していたのだ。
Fred達が調査してきた水中洞窟オシェ・ベル・ハ、総延長180kmの水中洞窟は一帯に降った雨を集めて海へと注ぐ巨大な地下河川だったのだ。
セノーテの水が流れ込む海からは雲が沸く。
雲は雨となって大地に降り注ぐ。
その雨を受けて芽吹くトウモロコシ。
雨の恵みで育ち人々を養う。
雨水は石灰岩をしみとおってセノーテへ。
そしてジャングルの木々の根を潤す。
やがてその水は水中洞窟を通って再び海へ流れ込む。
水中洞窟は川のない大地に恵みをもたらす水の循環の要だったのだ。

セノーテに潜りマヤの地下世界を調べてきたGuillermo、牧場の片隅で次の調査が始まった。
Guillermoがセノーテの水中で初めて古代マヤ人の遺骨を触れたのは25年前。
Guillermo「セノーテに潜ると肌で分る。
なぜここがXibalbaへと続く道なのか、洞窟に人々が託した意味は何か、マヤの人々がなずXibalbaを信じていたのか、セノーテを通して理解できる。」
マヤ文明を育んだユカタン半島、命も水もこの地下の迷宮を巡り、悠久の時を刻んでいる。

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